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日比谷ルネサンス

#03に戻る

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名門復活日比谷高校―奇跡の学校改革はなぜ成功したのか (学研新書)


この学校からは、国会議事堂議員会館、メジャーな高層ビルが周りに聳え立つハリウッドのカン違いした日本の描写的なシュールきわまる風景が望める。

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便利なグーグルアースさんより

赤丸日比谷高校、すぐ隣に聳えるのがプルデンシャルタワー@元ホテルニュージャパン跡地。左手前が山王パークタワー。画面奥には赤プリ@廃業ニューオータニ村も見える。画面の右下が国会議事堂、右上のちろっと見える緑地は皇居のお濠。

校名は日比谷でもまさに永田町にある高校なんである。


 ■ かつての名門、「日比谷つぶし」で墜落


さて、東京都立日比谷高校は伝統校で、
かつてダントツの東大合格を誇りまくり、前身のナンバリング中学時代から進学校の最高峰だった。
当然ながらOBには教科書に載ってるような政治家、財界人、高級官僚、学者に文化人を、ズラズラと輩出している。

1960年代半ばにはなんと東大合格194人。どんな人数だよ。

ところが、ある時期を境に、日比谷高は没落低迷してしまう。

1967年、東京都教委が学校群制度」を始めたからである。
人呼んで「日比谷つぶし」。なんかの必殺技みたい。

学校群は特定の都立高(つまり日比谷)に優秀生徒が偏るのを平等に行き渡るようにしようと狙ったシステムで、
生徒は本人の志望に関係なく、群の同カテゴリの学校へとぽいぽい自動的に振り分けられた。

が、お上が考える制度がうまくいった試しなんて有史以来一度たりとも、無い。

学校群のルールで志望校に入れない生徒たち(とその親)の不満は役人たちのお手盛りな予測以上に大きく(当たり前だ)、優秀生徒はまんべんなく広がってくれるどころか、
都立そのものが嫌われて国立や私立へと流れてしまった。

日比谷だけでなく、都立ぜんぶのレベルがそろってがくんと落ちたんである。

やがて東大合格率のシェアは、開成、麻布、桜蔭、駒場東邦などおなじみの私立にすっかり奪われてしまう。
(私立名門はたいてい中高一貫なので、例の「お受験」がかえって激しくなった)

喜んだのは漁父の利を得た私立学校法人だけ、という悪名高き学校群制度はようやく1982年に緩和、1994年には完全に廃止される。

が、とくに日比谷の凋落ぶりは見るも無惨で、一度落ちた学校力はなかなか戻らなかった。1993年東大合格はたった1人

しかも厄介なことに、過去の栄光に浸るばかりの保守な関係者がたくさんいて面倒くさい存在となっていた。
教師陣も最悪のありさまで、東大卒を鼻にかけていまだ研究者気取りで生徒をバカにしてたり、昼から校内で酒盛りして酔っぱらって授業したり、労働争議ばっかり熱を入れたり、そんなダメ教師たちが異動もなく十何年も居座って校内を牛耳っていた。
まさにダメだこりゃ。



 ■型破りの新校長の大胆革命


が、
2001年、転機が訪れる。石原慎太郎都知事の肝煎りで始まった「進学指導重点校」に日比谷高が選ばれたのである。

そこで一念発起して、全国初の自前の入試問題を作成。

さらに翌2002年に就任した新校長は、東大卒ぞろいの歴代校長には珍しく同志社卒で、
しかも廊下で生徒が焚き火をして警察沙汰になるような問題校離島の高校を回ってきた苦労人だった。

ろくに進路指導もしない放任主義(なぜか都教委の奨励。ほんと教育委って存在自体ダメだな)だった校風を改め、抵抗勢力との激しい権力闘争も切り抜けつつ、

「公立高校としてエリート校の地位を取り戻す。めざせ東大合格2けたゲット

をスローガンに、一大改革に乗り出した。

のちに日比谷ルネサンスと呼ばれる改革の始まり始まり。


45分7コマ授業!
教員公募制で東大院卒とかどしどし採用!
3年分の綿密なシラバス(学習計画)!
1年生から徹底三者面談で生徒のすべてを把握!
生徒ごとに学力や勉強のクセまで徹底把握徹底指導!
成績低下は放っとかず徹底テコ入れ
ほとんど予備校みたいなアップテンポの濃厚授業!
先生成果主義!生徒が授業評価!つまんねえ先生は追放!
予備校・塾に頼らず校内学習に重点!
校内居残り自習上等
夏休み講座もたっぷり100講座
現役大学生の先輩が補習の講師に!
もし浪人しても予備校並に面倒見ます!

と大胆な改革をどんどん実行。

この経営努力が実を結んで、
偏差値は02年に急激上がって66.504年70.107年72.2と上昇。
05年東大合格14人とついに念願の2ケタ達成08年の東大合格者は29人となり、京大、阪大など国立上位や早慶など難関私大への合格者もぐんと増え、
中高一貫が嫌だしやっぱり都立だとお金かからないしという優秀生徒もどんどん入学するようになり、
死に体だった都立名門は息を吹き返したんである。


 ■芸術、体育、部活も重視の自由な校風も


ちなみに、
2010年東大合格37人38年ぶりに30人を突破。
東大合格者数では、10位の岡崎高校(愛知県)に次いで12位で、公立で2位につけている。ちなみに1位は中高一貫の私立開成

また、
ただ受験重視ばかりでなく、花も実もある真のよきエリートを育成!ってことで、日比谷では文化、芸術、体育や課外活動にも力入れている。
部活の入部率は9割。(ホントの秀才ってのは部活と勉強を両立させてるもんだ。ひょーすごいもんだ)
文化祭では各クラスが教室で50分演劇を上演、日比谷公会堂で開かれる合唱祭プロが審査員
という文武両道っぽい深みもある。

勉強も課外も進路も、生徒の意志を重視して自主性に任せる。

これマイキーのような何事にも積極的な生徒にとっては最高の学校なんである。


さて、あやうくこれが【事件激情】なことをすーかり忘れかけてたが、えーと、そう、マイキーである。

彼女の世界に戻る。

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本当にゆとり教育のせいなのか?それとも…

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いやあ、上海万博のテーマ曲のパクリ疑惑。
どんなもんか、と思ったら、

2曲聴き比べ


がっははははは!
すっげえ、そのまんまじゃん。

パクリ以前。

そりゃ岡本真夜の曲ってことにするしかないわなあ。全世界的にパクリを宣伝するわけにもいかんし。


しゃて、

かのネバダたんとミタちゃんの世代は、小学校でゆとり教育とやらが始まったときに小学4年くらいだったゆとり第三世代になるらしい。(あれ?違った?算数苦手ん)

いまや「ゆとり世代」というのは「使わない方がいい」という差別用語にすらなってるようである。たしかに良い意味で使われた試しはない。

ひと足先に社会に出たのは、高校でゆとり教育(週休2日)を受けた第一世代で、「2008年入社組」などと呼ばれるらしい。
しかも忌み言葉のようなニュアンスで。

さらにそのあと、総合学習などという遠足とか遊びの時間やらカリキュラムが大幅に削減されるやら円周率が3になるやらの世代が第二、第三、と続くわけだが。算数が苦手なので何年生まれがどうというのはまあ他のもっと詳しいサイトやブログに載ってるだろうからそれを見てくれ。

しかし、ワ士はこのゆとり教育を受けた=ダメというのがホントかよ、と思ってるんである。


ビジネス系サイトとかを見ますれば、
「ゆとり世代との付き合いかた」
「ゆとり世代の育成術」
とかがあふれているんだが、

そこに描いてあるゆとり世代がどんな資質を持ってるかというと、

・失敗をおそれ、間違いのない答えを求める
・自分から動けない
・真面目で、言われたことはできる
・入社時からうわべの知識だけはある
・下積み仕事や雑用を嫌がる
・ITの使い方など部分的な能力は優秀
・ハングリー精神がない
・飲みニケーションに付き合わない
・メールで重要なことを済まそうとする

なんてことが並ぶ。
人事担当者や上司たちも「今までにないタイプの世代」と戦々恐々としてるそうな。


しかし待てよ?
こんなもん、懐かしの「新人類」もそうだったし、ありとあらゆる新卒入社がその上の世代から「最近の若いもんは」的に言われ続けてきた要素と同じじゃないのか? どこが違うのだ?

しかも、仕事で接するどの世代にもこういう人は見かける。
要は「使えない人」だ。


「飲みニケーションに付き合わない」「メールで重要なことを済まそうとする」とかは、ゆとり教育と関係ないだろう。
それにむしろ今の新卒世代は「飲みにケーションに行きたい」と志望してると聞くぞ。

ワ士的には、ゆとりだろうと昭和だろうと大正だろうと、「使えない人」はどの世代にも平等にいて使えないし、どれも似たり寄ったりに使えない。

ところがどうもゆとり世代という年齢層には、その「使えない人」の数が多いそうな。


でも、高校生だけゆとり教育だからってそんな大幅に変わるのかよ、と腑に落ちないような顔してたら、

そのうち、面白いブログを見つけた。
(算数が得意そうな人で、表がいっぱい載っている)

「ゆとりじゃなくて大学全入時代のせいだろ」

と言うんである。

たしかに大学全入は、奇しくもゆとり世代となんとなく近い時期になる。なんとなくだが。

要は出生率が低くなって全入とは言わないまでも選り好みしなきゃどこぞの大学には入れるようになったというやつだ。
(全入と云いながら、じっさいは2009年でも進学率5割なんだがの。ちなみに1990年は1/4弱だった)


じゃ、ガキの出生数を見てみますれば、

1965年の182万人、1974年の第二次ベビーブームの209万人あたり(このへんが管理職世代)とくらべると、

ゆとり第一世代といわれる1988年生まれ(いま22歳)は130万人、
1990年生まれ(いま20歳)は124万人、
ついでに2000年(いま10歳)119万人。
どんどん減っている。

これはどういう意味か。


ここでひとつ。
ある島に100人住んでいて、大きな魚を釣れる人が10人中くらいの魚を釣れる人が20人いるとしましょう。

じゃ、
島の人が50人になると大きな魚を釣れる人は何人になるでしょう?

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