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【事件激情】その男、K。#02【秋葉原通り魔事件】


#01 「ある正午のひととき」
  
  「私はこの事件を一般化して理解してほしくありません」
        ──公判の証言台に立った被害女性の言葉
  
#02_kandakousa

「時間です」

勝ち組どもへの最終宣告のつもりでカキコした、
というのに、
加藤智大ことK@25歳はいまだ2トントラックで秋葉原の周りを行ったり来たりしていた。
 
神田明神通りを東へと走ってソフマップ本館のある交差点に差しかかる。

アクセルに乗せた足を踏みしめて──



ここでそのまま右折してホコ天のど真ん中に突っ込んで、幸せそうな顔してるカップルをはねてはねてはねまくるつもりだった。

でも──うわ、人が多すぎる。
その人波に怖じ気づいて、つい信号が変わるのを待って交差点を横切った。

なに交通規則守ってるんだおれは。

もう一度だ。

山手線の高架前を右折して駅前のロータリーをぐるりと回って元来た道を戻る。それから今度は西向きに交差点に向かう。

よしっ。

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でもまたハンドルを切れない。交差点をそのまま通り過ぎてしまった。

ああっ、またかよ。

また戻って来るのに昌平橋通りや神田淡路町までぐるぐる回る羽目になった。
くそう、なんてビビリなんだ、おれ。カッコわるすぎる。やるって決めたのに。宣言したのに。なんでやれない。

(なんした、やれないのトモヒロ!) 

ああ、嫌な声を思い出させるな。
うっせえすっ込んでろ、ババア。

行く手に交差点が見えた。

soukou.jpg

よし今度こそ。  

のつもりが、ああっ、また。

まただ、また通り過ぎてしまった。またやれなかった。
でも──ほっとしている自分もいた。

(やっぱりできないの、トモヒロ?)

だまれだまれ!

(トモヒロ、まいねだ、全然ダメ!ダメな子だ! さあ、10秒数えるよ、じゅう、きゅう……)

かぞえるな!かぞえるな!

(はち、なな……)
  

──秋葉原。昼12時24分。2008年6月8日。

  

 最涯ての「10秒ルール」

1994年──、
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──青森県青森市。
  
「…ろく、ごぉ、よん…」

母親が数えてる険しい声。険しい目。
K@11歳は口をぱくぱくさせる。焦れば焦るほど答えが浮かばない。

「にぃ、いち…、ぜろっ」

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母親ビンタ炸裂。
痛さに泣きそうになるけど泣いてもどうせ許してもらえない。

それがこの家の「10秒ルール」
  
の人生最初の記憶は、3歳頃。真っ暗で狭いトイレに閉じ込められて泣いてる自分だった。
閉じ込めたのは母親。理由は分からないがたぶん怒らせて。窓がないのに電気を消された。怖かった。幼いはわんわん泣いて開けてと頼んだけれど開けてくれなかった。
トイレには何度も閉じ込められた。たぶん母親を怒らせたんだった。だいたい理由は説明せず罰だけ喰らうのだった。

2階の窓から突き落とされそうになったこともあった。幼いながら母親が本気だと分かって必死で抵抗した。家から閉め出されたこともあった。だいたい理由すら分からないことが多かった。なにも説明されずただ怒られてひどい罰を受ける。

ご飯を食べるのが遅いと「食器が洗えないっ」とまた怒られてチラシにぶちまけられて床で食べさせられた。床に直接ぶちまけられたこともあった。父親は横目でみながら平然としていた。

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母親との思い出は、怒ってる顔か罰で痛い目に遭ったことばかりだった。家でいいことなんて一つもなかった。

強制的にリビングルームで家族だんらんのトランプをするときもあった。楽しくない顔をしてると怒られる。家族旅行も年一度行ったが、たいていK母がぜんぶ決めて、そのとおりに動かされるだけだ。

楽しくなかったけれど、つまらなそうにしてると怒られるので、楽しそうな顔をする。なかなかその表情のつくりかたが難しいのだった。

子どもに分かるわけもないが、K母の癇癪や体罰は八つ当たりと憂さ晴らしだった。
一戸建てに引っ越した頃から夫K父との夫婦仲が険悪になって、K母はいつもイライラしてそのはけ口を子どもに、とくに「頭はいいがあまり言うことを聞かない子」のに向けた。


それでもK母は、これは虐待じゃなくてしつけだ、と正当化していた。それはK父にも伝染して、同じように子どもに当たり散らすようになった。

K母は度はずれた教育ママへと進化した。八つ当たりを「教育のため」と言い換えられる。子どもを支配してもいびってもいい、教育のため将来のためだもの。


K母は津軽半島の海沿いで育った。
才媛の誉れ高き少女時代。青森市一の進学校、青高こと青森高校に進学。
この寒々とした海
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がいやだったのかK母、北陸の国立大を狙った。
しかし運が悪かったか実力か、不合格。才媛、はじめての挫折。
  
K母はしぶしぶ地元の労働金庫に就職。
  
そこで出会ったのが3つ年下の同僚が、のちのK父
以下略で2人は結婚。K弟の兄弟が生まれる。

K父も高卒で、大卒に負けじとがむしゃらに働き、支店を束ねる管理職にまで出世した。

そんな高卒夫婦。大卒コンプレックスがはち切れんばかり。
とくにK母執念めらめら。

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「子どもたちは必ず大学へやるのよ!」

一家の激烈な「英才教育」が始まる。

学習塾、そろばん、スイミングと予定びっちり。
友だちの家に遊びに行くのも、もちろん家に呼ぶのも一切禁止。
男女交際禁止。
見ていいテレビは、「ドラえもん」と、
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「まんが日本昔ばなし」
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だけ。
  
K@5歳のとき、弟@3歳と2人でべそかきながら、数キロ離れたおじいちゃんおばあちゃんの家に逃げたことがあった。
じじばばが車で家まで送ると、K父が幼い兄弟を睨みつけ、憎々しげに、

「おばあちゃんの所に逃げても許されると思うなよ

以来、兄弟はじいさんばあさんの所にも来なくなった。
「息子の教育に口は出さないで」
K母は自分の親も突っぱねた。

K父の部屋にあった少年ジャンプを読んでたのを見つかってメシ抜きの刑。K弟も一緒にいたのに、たいていだけ罰せられた。「自分だけ目の敵だ」。要領のいいとの仲も冷たくなった。
  
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小学校の1、2年の頃から「北大工学部に行くのよ」と言われ続けた。母親の母校で進学校・青高に行くのは当然のコース。

は子どもらしい単純さから「大工さんになりたい」「レーサーになりたい」と言ったりする。K母はすべて全否定。「なんでそんなものになりたいの!」「そんなものになるべきじゃない」。子どもの意志の芽を念入りに摘み取った。

テストも100点は当たり前で、95点だと怒られた。
  
作文や絵は提出する前に必ずK母検閲が入った。
K母が気に入らなければ何度でも書き直し。
基準は「先生ウケ」(とK母が思うもの)。
作文は消しゴム使用も許さない。1字でも間違えたらぜんぶ書き直し。何回でも何十回でも書き直し。
  
さらに、話題の「10秒ルール」

作文をねっとり添削するK母がとつぜん問う。
「この言葉を使った意図はなに?」
まあ答えられない。すると、10秒のカウントダウンが始まる。

10秒以内に「先生ウケする答え」を言えないと、
闘魂注入!
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じゃない母親のビンタ
答えるまで10秒→ビンタ→10秒→ビンタ→以下無限
  
K母とお風呂に入るのは嫌だった。九九をやらされて間違えると湯舟に沈められる。溺れる寸前まで。母親は息子を沈めるとき苦しがるのを面白がって笑っていた。

「スタンプカード」という罰ツールもあった。10カ所スタンプ欄があって、泣くたびにスタンプを押す。10カ所埋まると蒸し暑い屋根裏部屋に閉じ込める。

圧迫的な生活のせいだろう。は小学校高学年までオネショをした。K母は激怒して布製オムツを履かせた。そしてオムツをわざわざ物干にかけて外にさらした。は幼いながらも屈辱を味わった。

自分の意志は徹底的に押しつぶされた。
毎日着ていく服も母親が決めた。が選ぼうとすると無言で床に投げ捨てた。

中学の頃、2人ほど女子と付き合ったことがあった。登下校を一緒にするくらいのかわいいもんだったが、勉強机をあさった母親に女の子からの手紙が見つかって、
「付き合うのはやめろ」「やめないとおまえを転校させる」と迫られ、二度とも自然消滅。

K母虐待の天才だった。強制収容所の看守長でもやらせたらさぞ精神を抉るようないやらしい陰湿な罰をたくさん思いついただろう。

が真冬(しかも青森の)の雪の玄関先に薄着で何時間も立たされてることもあった。見かねたご近所さんが「もう許してやりな」と取りなしてもK母は頑として譲らず。
叱るときはK父母が2人してガミガミ怒りまくった。逃げ場なし怒られっぱなし。
 
その甲斐あって(?)は一応小学校の成績と「先生ウケ」はよかった。足が速くて元気で人気者。将棋クラブに陸上部。陸上では県大会まで行った。
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ピリピリした家なんかより学校の方がまだマシだった。

まあデキ杉くんな感じだから、
年賀状に「好きです」とか書いてくるませた女子もいた。
それを見たK母はすかさず激怒、

「恋愛は許しませんからね!」
  
年がら年中これじゃうっぷんも溜まる。人気者の反面、怒ったらイスを投げつけようとしたり、先生と言い争いまでしたりしたから、まあパーフェクデキ杉くんってわけでもなかった。

この頃、K@小学生は、のちのちまで発揮される「言葉よりも行動でアピール」の性質が出てきた。

同級生が列を乱すと、言葉で注意するより先に叩いたり殴った。
相手からすればいきなり訳も分からず殴られるんである。のちに親友的になる幼なじみもいきなり殴られたクチだ。
  
小学校の卒業文集。
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K@12歳は書いた。

「もっといろんなことをしとけばよかった」
「こうかい先にたたず」

  

 母親を殴った日

K@中学生の成績は鬼特訓のおかげでやはりトップ。クラスでは学級委員

部活はソフトテニスで頑張った。短距離走でも頑張った。
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合唱コンクールで指揮者も頑張った。行事も頑張った。
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そんな頃の先生の印象。
明るくて何事にも一生懸命な頑張り屋だった」

が、この頃の同級生たちからは、
「印象がなかった」「存在がなかった」「大人しい普通の」「目立たない

おい、いきなり空気化してるではないか。人気者はどこへ?

まさにの「頑張り屋」な行動は、K母の指示の下、先生ウケ狙い、内申書対策というわけだった。
は中3の頃からクラスで浮くようになった。たぶん彼の「異形性」に同級生が気づき始めたんだろう。
そうなると異端いじめを楽しむのはガキのさが。クラス委員も人望じゃなくてよくある弱者への押しつけだった。

  
で、この頃の一家はどうだったかというと、
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ソフトテニス部は怖い先輩に勝手に登録されて、反対する母親の「テストで学年10番以内なら」という条件で入部を許された。およそ初めてが意志を通したんだが、別の痛い目から逃れるためだったしべつにやりたかったわけでもない。

K母はことあるごとにやめろやめろとうるさかったが、が新人戦で入賞して新聞に名前が載ったりすると、手のひらを返したように応援した。もちろん内申書に有利だからだった。

そんなだけれども、中2の頃、一度だけ母親に手を出したことがあった。

食卓でK母がまたよく分からない癇癪を起こして、無視してもしつこく追ってきて殴ってきた。気がつくと反射的にゲンコで母親の顔を殴っていた。

なんでこうなっちゃうんだろう、と悲しくて、は涙を流した。

K母は以来、と口を利かなくなった。

はそんな家で育った。


それから4年遅れて──、はるか遠く離れた場所で、
ある少女中学生として青春を送っていた。
  
  
 東京育ちのオー!マイキー!
  
1999年──、
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──東京都。

彼女のあだ名はいつの頃からかマイキー

マイキーというと、浮かぶのはこれなんだが。
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しかしまあ彼女の人となりはまさにこのイメージまんまなんである。顔も実はけっこう似てる。いやまあこれは男の子のマネキンだけれども。
  
ついでに言うと、彼女の家族もまさにこんなイメージ。
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そして奇しくも、マイキーもまたと同じソフトテニス部だった。
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ただしこちらは都大会準優勝の実力。

成績ずっと学年トップ級生徒会役員も経験。
  
というと、もそうだし、あのゴスロリ桃寿だってそうだったじゃん、であるが、マイキーの方は裏表なく健全印である。
  
さらに中2で各中学から1名ずつ選ばれる短期留学生として渡米。サンフランシスコでホームステイ
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音楽好き一家で姉妹で子ども時代からエレクトーンコンクールの常連
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両親は、賢くて素直な娘を愛し、伸び伸び興味と才能を生かす子育てをした。
おかげで伸び伸びすくすく大きくなったマイキーは、やがて「音楽」という道に目覚めるわけだが──。



 トップ進学校に合格した2人

さて、
ここまで4年違いながら、2人の人生はわりと似た経路をたどってきた。


1998年。
K@15歳は、K母の鬼指導の賜物で、県立青森高校に入学。
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そう、K母の母校でもある県下一の伝統名門校である。
  
2002年。
マイキー@15歳は、東京都立日比谷高校に入学。
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そう、都立随一の伝統名門校である。
  

都内と地方とはちがえど、うわべはなんとなく似たエリートコース。

でも母親120%監修と、
今どき珍しいほどの理想的子育てをされたマイキーとは、そもそもプロセスと内訳がまったく違う
  
だから2人の少年少女の人生街道は、高校入学を境に、まったくちがう方角へと分かれていくんである。
  

目論見通りに息子を自分の母校に合格させたK母は鼻高々。
大学進学の夢を息子がはたすんだから。今に見ていて!
  
だがK母はまだ気づいてなかった。
優等生の息子は自分が操ってしつらえたもので、

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本当の息子じゃないことに。
  

【つづく】 #03 「酒鬼薔薇聖斗と同い年なんだよ」
  

 【事件激情】
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