【事件激情】サティアンズ 第二十八解 後篇【地下鉄サリン事件】



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4月7日 金曜日──
オウム捜査のターニングポイントとなる人物が狩られようとしている。
石川県金沢市
レンタカーを借りに来たカップル、指紋残らないようにむっちゃ不自然な手つきでサインしたんで、逆になんだこれ?と怪しまれて通報。←前篇ここまで
まもなく検問で引っかかったのが、

外崎清隆@ローマキサンガヤと村上栄子@オウム看護婦。
レンタカーに向精神薬と劇物発見>穴水署に連行。
ちなみに警察は外崎が地下鉄サリン実行犯のひとりとはまだつゆ知らず。
けども、この日の主役は外崎の方ではなく、

1995年3月30日から4月23日までのオウム真理教と警察のおもな動きは、公開された情報にもとづく。
登場する公官庁、企業、機関、組織、部局、役職もすべて実在する。
白鳥百合子、1107などこの色で示されるのは、架空の人物であり、実在する人物、事件、出来事と架空の彼らの交差する部分は、例によって創作全開ソースは妄想なんであるが、その内容には一応意図がある。
またこの色この形*の人物は仮名である。

「あの…トイレに行きたいんですけど」
村上栄子@オウム看護婦長。林郁夫の18歳年下の愛人 ex.第十五解







あッッ


待ちなさいっ

「それ渡しなさい!」「むきゃーっ!」


ぎゃいやああああああッ


「捨てようとしたそれなんなのこちらに渡しあ痛たたたた!」


婦警とナース、便所の死闘。




はあはあぜえぜえはあはあ──

「はなせえええ!」「いいかげん大人しくしなさいっもう!」




「うっ、うっ、うえっえっ」

村上栄子@オウム看護婦が便所に流そうとした紙切れ、
婦警がキャットファイトの末なんとか死守。

それはなんかのメモ書き。数字と記号の羅列で意味分っからへんけども。
謎メモは警備局公安第1課に急ぎファクスされる。

受けとった白鳥は外事技術調査室へ急ぐ。
「この暗号、解いてお願い」

警備局外事課外事技術調査室
日野市三沢にある第二無線通信所こと通信傍受施設『ヤマ』で国内全無線を傍受、
ひたすら某仮想敵国と潜入工作員との通信を盗み聞きして分析してる、
暗号解析のプロ集団。暗い言うな。
白鳥から渡された暗号なんてせいぜい符牒程度の仕掛けで、ヒントの全サマナ名簿もあるんだし、チームには軽いもんだった。
「最初のAN1は宛名だ。全サマナ名簿にある“アーナンダ”、井上嘉浩」

「最後のDPBPMは差出人、同じく村上栄子のホーリーネーム“ドウッシーラ パハーナ ブータ パティヴィッダ ムッター”の頭文字と一致」

「ただし村上栄子は中継役で、メモの書き主はクリシュナナンダ、つまり林郁夫@治療省大臣。メッセージは『整形手術用の電気メスを欲しいから手配を』となる」

「さっすがー、毎日毎日暗く暗号解いてるだけあるね」
「(#^ω^) 暗い言うな」
つまり穴水署管内からそう遠くない場所に林郁夫が潜伏してるはず。

4月8日 土曜日──

山梨県富沢町 富士清流精舎@じつは自動小銃およびサリン噴霧車工場

銃器及び化学兵器の製造工場の疑いで、300名体制の家宅捜索。
いざというときに備えて第六機動隊が立ち会う。
特科中隊SAPも黒子よろしく後ろで待機。
さらに同じ4月8日──
警察的には勘弁してくれよってかんじの、
大人数が集まる行事↓が都内で開催。
東京ドーム開幕戦

巨人─ヤクルト 観客5万5千人きゃー。

ここでサリンやられたらひとたまりもない。
ひそかに機動隊150名を配して厳戒態勢。

さらに陸上自衛隊も101化学防護隊、第32普通科連隊を待機させた。
で、無事なにごともなく試合終了。
「ところで、巨人ヤクルトどっちが勝った?」「……あれ? さあ」

一方、石川県警、林郁夫をマンハント中。
高名な心臓外科医林郁夫は麻原の主治医だろうと思われていて、
ってことは麻原も近くにいるんじゃないか、と期待高まる。
じっさいは研修医経験しかない中川智正がなぜか主治医なんだが。

深夜になる頃、治療省大臣林郁夫@クリシュナナンダ正悟師を発見>逮捕。

放置自転車パクって逃げてるのを見つかってすっころんでお縄。盗んだバイクで走り出した占有離脱物横領罪そんな罪あったんかよみたいな容疑で。
さらに穴水町の貸別荘「千里浜荘」に10日前から怪しい男女数人がいると通報。
ほとんど出入りもなくカーテンも閉めっぱなし。いかにもである。
「麻原がいるのか?」
加賀百万石史上最大の大捕物あるかも?と盛り上がり。

「千里浜荘」に県警捜査1課と銃器対策班が踏み込むと、すでにもぬけの殻。
どうやら麻原は初めっからいなかったみたいで加賀百万石肩すかしである。
この別荘で整形手術受けたての松本剛@サマナ見習いもすんでで逃げた。

じつは松本剛は林郁夫と一緒に自転車で逃げてたが、警察に見つかり>逃げるうちに>たまたま田んぼに落ちて>闇にまぎれて泥んこで逃げた。
松本剛は指紋除去手術も受けてたが、あいにく千里浜荘に「掌紋」を残していた。

じつは手のひらも十人十色で、指紋並の物的証拠になるんである。
松本剛、痛い損である。
新入りの使いっぱでしかなかった松本剛は、強制捜査の根拠になる指紋を残したばっかりに、なんだか警察からオウム捜査の象徴みたいな意味付けされちまい、
このあとも分不相応なほど全力で追い回されることになる。やや気の毒なくらい。
この北陸の片田舎で展開された逮捕劇は、そのとき大して注目されず。
が、じつは途方もなく大きな意味を持つことはまだ誰も知らない。

法皇官房次長石川公一@サルヴァニー ヴィシュカンビン正悟師名前とか長げーよ!
都内ホテルに偽名で宿泊>有印私文書偽造容疑で逮捕。
まーやろうと思えばなんだって逮捕の口実にできるんである。
こうして潜伏する幹部信者がじりじり狩られ始めた。

4月9日 日曜日──
志賀警部補@神奈川県警、岡﨑一明を引き続き聴取中。

「本当に家の中に入ってないのか」
「本当です、志賀さん。おれを信じて下さいよ」
「そうか。じゃ帰っていいよ。ご苦労さん」
「……え? 帰るってここ出ろってこと? でもおれ共犯で見張りしてたし…」
「まあ捜査協力してもらったし逃亡のおそれもないから放免だよ。おまえマスコミにもてはやされるぞ、ヒーローだ」

「え、名前出るの?」
「坂本事件の真相を勇気もって告発した元信者としてな。じゃ、お疲れ」
「え、い、いや、ちょちょちょっと待った!」
「今から記者クラブに行っておまえのこと知らせてくるから。夕方のニュースには間に合うだろう。おい、外までお送りしろ」

「ら、らめー! やめれー! おれ捕まえてくれ!」
「いや拘留する理由がないからな」
「ある! 理由ならあるもん!」

「だっておれが坂本弁護士の首を絞めたんだ!」
ジョーカー岡﨑、ついに陥落。

神奈川県警捜査1課、このジョーカーにまんまと5年も騙されてたんである。

「いやーまだ大変なときに申し訳ない。生まれるのはいつ頃?」
「おかげさまで8月です」
「そうか。あの逆境をお母さんと一緒に生き抜いた強い子だ」

「向こうからこちらは見えないマジックミラーだから。
あの男は君を監禁していた医者か?」

「お久しぶり、先生」
林郁夫を首実検したのは、不屈の妊婦@杉マリコ*だった。

4月12日 水曜日──
ああ言えば上祐を追尾してキャッチした立ち寄り先のひとつ、
千代田区一番町の高級マンションを監視中。

「おい、あの坊主頭。ひょっとして新實じゃね?」
「えーまさかー、坊主だからってそうと決まったわけじゃ」

ほんとに新實でした……
自治省大臣新實智光@ミラレパ正悟師、
元オウム看護婦会田カホ*監禁容疑であっけなく逮捕。
新實の出入りしていた高級マンションの一室からは、
「やんごとなきあの場所」が一望できた。

ってこれ、やばいんじゃね?

4月13日 木曜日──
“預言の日”をめぐる攻防が始まる。

15日まで徹底して全国津々浦々で連日家宅捜索と逮捕の波状攻撃。
やつらに息つく暇も与えるな。




群馬県長野原施設も、高知支部や水戸支部も──ぐいぐい家宅捜索、

全国一斉検問。
この日までに逮捕されたオウム信者147人。
さらに“預言の日”前日、
4月14日 金曜日──

全国27都道府県120カ所で大々的に最大規模の一斉強制捜査。
あわせて首相官邸から催促されてたオウム児童の保護も決行。
出家信者の子どもたちは、親が修行とかしてるあいだゴミとゴキブリだらけのサティアン内でヘッドギアつけられほったらかし、義務教育も受けず衛生栄養環境も劣悪。

この日、児童福祉法違反で教団施設から連れ出された15歳未満の子どもは53人。うち栄養失調重めで6人入院。
けっきょく全国あわせて112人の子どもが保護された。
教団は「親から子どもを奪う迫害」「警察の不当な拉致監禁」「人権が権利が」的に連呼。子どもを返せと甲府地裁に人身保護請求。
人権派もいよいよおれの時代かと出しゃばってきて。

「アーミッシュのように教義に従い、コミュニティ内で教育する例もあるじゃないか」
なんていかにもらしき理屈もこねられた。
アーミッシュ「一緒にすんな(怒」
オウムのばやいは教育も成育もろくにない単なる放置虐待なんで。
死者へのぞんざいな扱いとおなじく厨二脳でこしらえた同好会に毛の生えた集まりにすぎず、およそ継続性もなくコミュニティなんて呼べる代物ではないんである。

ついに“預言の日” 4月15日 土曜日──

全国各地で厳戒態勢。


出家信者から「新宿が危ない」という話が広がり、
ルミネとマイシティ終日休館、近隣の幼稚園も軒並みお休みに。

そして
4月16日 日曜日──

の、夜が明ける。
「………緊急の報せは?」
「ありません、管理官」
「みんな、4月15日の麻原預言は、これで外れました。
2、3日遅れとかまだあり得るんで引き続き警戒は怠らないよう、
各方面に念押ししてください。

でも今これだけは言わせて。
みんなありがとう。
というわけで今日はみんなに、
白鳥特製タレ入りカップヌードル奮発しましたさあお食べっ」

「あ、…要らないです管理官」
「えーッ、なんで要らないの! ぜんぶお湯入れちゃったよ!」

「だって管理官のあのタレって、なあ?」
「すんません、あの特製タレ、謎の味…」
「なんでタレ緑色なんですか?」
「…ちょっと…無理っす」
「えーっおいしいじゃん! みんな味覚おかしくない?」

「アーナンダ、なんで自衛隊のクーデターをやらないんだ」

「コンビナートを爆破しろ」「政権交代するまでテロをやり続けろ」

(……そんなの無理だよ)

「ティローパ、11月は戦争だ。銃の部品を上九一色から別の場所に移せ。
危険だと? そんなことでは勝てんぞ」

(……そんなん無理やわ)

「マイトレーヤ、なぜ創価学会の犯行だと言わない。世論を誘導しろ」

(……無理だって)
麻原は怒りまくりである。誰に、というかこのどんづまり状況に。
自分はオウム世界の王だった。教団では皆がかしずき、なんでも思いのままだった。警察にも自衛隊にも在日米軍にも負けないと思っていた。
だがリアルハルマゲドンは思い描いてたのとぜんぜんちがってて、警察の力はあまりにも圧倒的すぎる。伝家の宝刀宗教弾圧連呼も今回ぜんぜん効いてねえし。
あたかも宙高く蹴り上げられたうえ空中で延々とコンボ技喰らいっぱなし状態。
王なのに息をひそめて一歩も外へ出られない。

「ミラレパ正悟師が捕まったぞ」「サルヴァニー正悟師もクリシュナナンダ正悟師も」
「警察の弾圧が予想以上にきつい。隠れているのがやっとの信徒もいる」
サマナだけでなく在家信徒にまで警察の監視が及んでるのが大いなる誤算で。
警察はどうやってか全信者を把握してるようだった。
オウムの“聖戦士”たちは今まさに警察の本当の恐ろしさを思い知らされてるところ。

4月17日 月曜日──
ああ言えば上祐、相変わらずテレビでああ言えば上祐ってるんだが……

ああ言えば上祐から見てどうにも危なっかしいやつがいる。
村井秀夫である。
すましたツラでああ言えば上祐の隣に陣取ってるんだが、信じられんほど口が軽いというか、何を言っていいか悪いか、いや置かれてる立場すら理解できてないというか。

村井はここんとこテレビに出るたび阪神大震災が闇の勢力による“人工地震”だと証明しようと張り切っていた。
そんなもん公共の電波で言えば言うほど逆効果だし、大体そこじゃねーだろ今やらんといかんとこは!
でもそれ尊師の意向でもあるから止めにくい。
麻原と寝食を共にして尊師と同化することだけに全力投球してきただけあって、リアル世界への実感すら薄いようで。そんなら黙ってりゃいいのに要らんことばかり言う。
今日のテレビ特番だってそうだ。
第七サティアンのプラントが農薬用だってのを説明中、

村井なに思ったのか「我々のプラントではハステロイを使っています」
まずいことにスタジオにいるゲストは、

米国のシンクタンク生化学兵器研究所の副所長カイル・オルソンだった。
じつはこのアメリカ人、オウム真理教と因縁の相手。

オルソンは昨年の松本サリン事件のとき、日テレ「ザ・ワイド」に出演、
『これはテロリストの“テスト”で、次は東京で起こる。
とくに閉鎖空間の地下鉄や新幹線が危ない』
ドンピシャすぎる予言(ではなくまさに解析)してたホンモノの化学テロ専門家である。断じてインチキ専門家常石敬一ごときとはちがって。
だから地下鉄サリン事件後はマスコミあっちこっちで引っ張りだこ。何を言えばマスコミに喜ばれるかもちゃんと心得ている。
だから最も警戒しなければならない相手なのに。村井ノーガード杉というより自ら顔を相手の拳にぶつけにいったようなもん。
もちろん即座にオルソン(-_☆)キラン!!


『ハステロイはサリンの製造設備に使われる特殊合金で、アメリカでは禁輸指定です。それを設備に使っているとはサリンを造っている、ということになりますよ?』
村井はきょとん顔。
この瞬間、ああ言えば上祐 心の声→ オワタ \(^o^)/
とっさにああ言えば上祐、また村井がバカなこと口走る前に得意のまくしたてで話題を明明々々後日くらいへと吹っ飛ばした。
が、もはや手遅れ。テレビの電波に乗ってしまった言葉は消せない。
みごとなまでのオウンゴール orz

こンのやろー。一夜漬けのくせによけいなことばかりぺらぺらぺらぺらぺらぺらくっちゃべりやがって。しかも自分の失言にまーだ気づいてねーし。
上祐はますます村井を危険視するようになった。
マスコミは大期待である。隙をみせない上祐青山とちがって村井はアホだ。
いいぞいいぞその調子で素晴らしき失言どんどんしちゃってちょうだい。

4月19日 水曜日──

ロシアから帰国以来ずっと行方をくらましてた建設省大臣早川紀代秀@ティローパ、
TBS「ニュース23」に富士山総本部から生中継で出演。
筑紫哲也「今までオウムといえば、幼い印象の人物ばかりでしたが、はじめて本当の大人の人物を見た気がしますね」
早川生出演を事前にキャッチした警視庁は逮捕状とってTBS前で張り込んでたが、
番組が始まってみたら中継だったんで慌てて。

「なんじゃこら、離せコラわれえ! 痛い、痛い痛い、痛い」

放送終了後、富士山総本部に急行した公安部、
早川紀代秀を銃の部品を移動させたときの住居不法侵入で逮捕。
これで武装化を担ってるとされる建設省・自治省・防衛庁のトップ、早川紀代秀、新實智光、岐部哲也、中田清秀@元暴力団組長信者を押さえたんで、
警察的にほっと一息、という空気が漂いかけるが、

「それは外から見たイメージにすぎません、いまの実態は違うんです」
白鳥、速攻で楽観論をさくっと否定。

インテグラにあったMOの>ファイル「新省庁編成」>「CHS 諜報省」に注目。
教団内でも大半の信者は知らない省で、

井上嘉浩が「次官」として記載。
「長官」は麻原四女@5歳なんで、事実上の長官は井上。
これが例の「近未来問題研究会」を隠れ蓑にした非合法ワーク部隊の正体に違いない。
で、林郁夫のメモもアーナンダ=井上宛だったし、
どうやら全国に散った逃亡信者の支援してるのもこの諜報省らしく。
滋賀県警の手に入れたMOやパソコンには科学技術省の新兵器(という名のガラクタ)開発資料、レーザー戦車とかブラックホールとか、まーこのへんはゴミと大差ないんでどうでもいいんだが、
それと並んで防衛庁(オウムのじゃなく日本国の)や兵器メーカー保有の公開特許一覧まであったのが衝撃的で。
諜報省がオウム社員やオウム自衛官を使って産業スパイばりに国家レベル重要機密を盗みまくったものだった。
「いまオウムの非合法ワークの中核は、諜報省であり、そのトップ井上嘉浩です」

「15日はなんとかしのぎましたが、一刻も早く井上を捜さなければ、彼らは次のテロをねらうでしょう。そして井上を押さえない限り、彼らはいつか成功します」
そんなまっただ中、事件は起きた。

4月23日 日曜日──
地下鉄サリン事件、上九一色強制捜査、警察庁長官狙撃事件──
怒濤の3月からそろそろひと月という4月下旬の日曜日おきたその事件は、

もはやなんでもありの連続でマンガじみたオウム騒動の、
トドメの一撃みたいなもんだった。

この男>田中裕行こと徐裕行
その場で、最初っから目立ちまくってた。
南青山のオウム真理教東京総本部前は、

昨日とおなじく報道陣とヤジ馬であふれ返ってる。
徐裕行は午前11時半頃に現れると、それからずっと東京総本部前で待っていた。

───────────────────▲
報道陣はすぐにもンのすごい柄のセーターの男に気づく。
──────────────▼

服とぜんぜん合わないアタッシェケース。それも時々開けて中を確かめたりして。
絵に描いたように怪しい徐は映像のあちこちに映り込んでいる。
対オウム捜査が長期化するとともに、
オウム許すまじを広言する物騒なやつもいろいろ出てきてたんで、
この男、きっとやらかすぞ。
なのに、マスコミの誰ひとり通報しないし。徐を問いただすわけでもないし。
でも報道陣の目線とカメラはこの男をなにげにマークしていた。
かつての豊田商事事件の↓アレと同じことが起ころうとしている。

居合わせた報道陣みんな、この男の目的をうすうす察してる。だけど何もしない。というかわくわく期待して待っている。大見出しのニュース種を。

といってる間に、ああ言えば上祐が車で乗りつけ、東京総本部に入った。
青山弁護士もやってきた。
ああ言えば上祐がまた出かけた。

そのたび報道陣が群がりもみくちゃにされる。
だが、徐は動かずそこらへんにぼさっと立ったまま。
特別コメンタリー@徐裕行
「ああ言えば上祐でも青山でも村井でもよかったんだけど、上祐青山は車で来たから、歩く距離が短すぎて間に合わず失敗すると思ってやめといた」
@2011年夏、鈴木邦男@一水会@新右翼との対談より

夕方になって徐裕行は近くのラーメン屋へ。戻るとまた東京総本部前でうろつき。
そして午後8時半──
ついに「彼」が姿を現した。
いつもの彼は地下駐車場の通用口から出入りしてるんだが、

その夜はなぜか地下の通用口に鍵が掛かってて入れず。
しかたなく地上に上がってくる。

科学技術省大臣村井秀夫@マンジュシュリーミトラ正大師
教団ナンバー2、偉大なるイエスマン
首魁麻原を除けば、全オウム犯罪の主犯格と言い切れる人物。
ほかの違法ワーク信者は


が、ただひとり村井に限ってはそういう言い訳は当てはまらない。
自ら率先して尊師に迎合、ときにはあおってときに先回りときに導くように、
ほとんど麻原と二人三脚で嬉々として極悪街道を突き進んだ。

今日はそんな村井を不機嫌にするできごとがあって。
麻原村井直属の地震占星術担当信者@高橋英利がとつぜん脱会、

テレ朝の特番に実名顔出しで出演。これだけでも勇気あるってもんだが、
さらに地下鉄サリンはじめ教団ダークサイドについて問いただしまくったのだった。
情報鎖国で毒ガス攻撃もマジ信じてる大半の出家信者とちがって、高橋はパソコン通信ニフティサーブにアクセスする手段を持ち、外部の情報に接することができたんで。
村井からしたら可愛がってた子犬に手を噛まれたようなもの。

正面玄関の前に現れた村井、「囲まれてしまった」状態。
群がる報道陣にわやくちゃにされ。
かき分けながらのろのろ進む。

と、徐が動いた。そのとき初めて。

徐は殺到する報道陣にまぎれて、するするっと村井の通るコースに立つ。
そこへ村井が報道陣にまとわりつかれながら近づき、

特別コメンタリー@徐裕行
「村井は遠くから歩いてきたから、刺す体勢やポジション取りの時間があった」
@同じく鈴木邦男との対談

アタッシェケースから出した牛刀@骨すき包丁、
家から出てくる途中で買った新品、まだ値札ついたまま。

凶刃は最初、村井の腕を傷つけただけ。

群がる報道陣はその間、ただただカメラを向けつづけ。
いちおうそういう我利我利亡者ばかりでなく、徐につかみかかって止めようとする人たちも何人かいて、いったん徐は村井から引き離される。

が、かんじんの村井「あれえ? 血が出てる」的に不思議げ顔で突っ立ったまま。
生き延びるための貴重な1、2秒をムダにした。


もう一度突っ込んできた徐の包丁は、



マスコミの期待どおりに。


徐は包丁を投げ捨て、逃げずにそこで待った。みんなもそれをぼーっと見てて。
なんか微妙に間抜けなひとときが流れる。

やっと警察が駆けつけたんで、徐は「自分がやった」と名乗り出る。
パトカーに乗ろうとする徐の背中を、なぜかヤジ馬の中学生男子がぽんと叩く。
「がんばってください」
特別コメンタリー@徐裕行
「しょうじき違和感があった。この子。おれ返り血とか浴びてるのによくするよな」


「なんで警官が一人もいなかったんですか!」

と怒る白鳥にも、こういうばやい、警官の1人や2人いようといまいと、
たいして結果は変わらなかったのは分かってることで。

村井は広尾病院に運ばれた。

「ユダニヤラレタ」

オウムが敵視していたユダヤのことか、身内の裏切り者という意味のユダか、
それはもうわからんし大して意味もないだろうし。
6時間後、村井は死んだ。


教団はユダヤだの巨悪の陰謀だの叫び、“悲劇の天才科学者”を讃えて死を嘆き、
現場の東京総本部前で美人信者チームが弔いの舞を踊った。

踊り子のなかにオウムシスターズ三女@タントラナンダーの姿もあったりする。
破戒しまくりドロップアウトした姉ソーマ/セーラーとは対照的に、
彼女は若手幹部へと成り上がっていた。

徐裕行@35歳、在日韓国人3世
元イベント会社経営。バブル崩壊で倒産して2300万諭吉の負債。
取り調べで三重県の右翼団体所属を名乗る、が、
それつい最近つくられたペーパー右翼で実体なし。
つぎに山口組系羽根組@三重県伊勢市のの一員と供述するが、前年に出入りするようになったばかりで、無縁じゃないものの組員どころか準構成員ですらなく。
徐の語った動機↓
「オウムにみんな怒ってるが口だけで何もしないし」「成敗すべきと思った」
が、だーれもそれ信じず。

「背後に巨悪」「闇の勢力」「北朝鮮と覚醒剤オウムシャブの取引の不動産の…」「暴力団とオウムシャブの不動産の…」「徐の友だちの家族が北朝鮮の拉致犯一味の…」「麻原が山口組に頼んで村井を口封じ…」「警察もグルで…」
なんかふつうのマスコミ人まで「巨悪」とか「オウムシャブ」とかあること前提で言ってるしみんな巨悪大好き。
“落としの金七”小山金七警部@捜査1課

「なんで4課がガラ持ってくんですか! 徐をしょっ引いたのは1課ですよ!」
「しかたない。羽根組の名が出た以上、4課の担当だ」
「4課じゃオウムさわらずに終わっちまいますよ! オウムとヤクザの接点洗うチャンスなんです。後藤組の線だけでもいいですから、徐を調べさせて下さい」

「警部、これはもう決まったことだ。4課に渡せ」

「くそッ」
警察も村井殺害を「口封じ」ととらえて、
ますます他の幹部信者の逮捕を加速。
なにより教祖麻原彰晃の身柄確保を急ぐことに。
怒濤の3月に続いて4月は長官狙撃で幕を開け、村井秀夫刺殺で終わる。
粘こく濃ゆい謎につつまれた2つの事件に彩られた、ミステリーな4月だった。

「村井が死んだとなると、残る裏ワークのキーマンは井上嘉浩」
もうすぐゴールデンウィーク。きっと連休の人出の多い場所にテロを仕掛けてくる。
一刻も早く井上を押さえないと。
でも、いまだ居場所も立ち回り先もつかめない。
これだけ警戒線を張っててほかの幹部信者は次々と網にかかってるのに、
なぜか井上だけは足跡すらたどれない。

井上は用心深い男、でも慎重なだけでこれほど長く潜り続けられるはずがない。
さかんに動き回っている形跡だけはある。なのに尻尾をつかませない。
んーむ、一体どうやって?


「亡きマンジュシュリー正大師は、尊師を守るためにどのようなことをしても捜査を攪乱せよ、と訴えられていた」



「その遺志を継ぎ、次なるポアを実行すべし」

葛飾区小菅

東京拘置所




キイ──


「あ──」

「私の顔になにか付いてる?」

「……公安デカとは話さない」
「まあそう言わないで。共通の思い出話でもしたいと思ってさ」
「共通って、あんたなんか知らないし」

「たしかに、あなたをよく知っているつもりだったけど、
じかに顔を合わせるのは初めてだね。
斎藤和くんには会ったよ。彼が倒れる直前の数分だけね」

「……あんた、なんなの?」
「お察しの通り、私は公安デカでね」


「19年前、あなたと、あなたのお仲間をとっ捕まえたのは、私よ」

浴田由紀子
@日本赤軍@元東アジア反日武装戦線“大地の牙”
【第二十九解 周波数とメロン】へとつづく






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