【事件激情】マーダーズ イン カントリー 壱st【或る田舎的殺戮】

一方、ここ奈良と三重の県境でも、
酒鬼薔薇聖斗事件と相乗効果的に近畿一円をパニックに追いやっていた、
もうひとつの事件が、
これもまたXデーの秒読みに入っている。
酒鬼薔薇聖斗事件が新興住宅地で起きたいわば街の話なら、
こちらの事件の舞台は田舎、超地方、山奥、辺境、川べりの丘陵に家屋がひしめく田舎集落。

その中でもひときわじめじめした悪地の掘っ立て小屋な家をマスコミが取り巻いて、
その瞬間を待っている。

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はい、予告からあっさり副題が変わっとります。
1997年 平成9年
7月25日──
奈良県添上郡月ヶ瀬村
村の住民も彼こそ怪しい、とこぞってうわさしてたし、いかにも彼は怪しかった。見た目から挙動から暮らしぶりから村での立ち位置からなにもかも。
酒鬼薔薇聖斗の逮捕劇は誰も予想だにしない急転直下の大どんでん返しだったが、こちらは予定調和、いかにも怪しげなやつが順当に捕まる。
深夜午前3時、奈良県警、彼を略取誘拐容疑で逮捕。


自宅から連れ出された彼はタンクトップに柄パン、ひょろりとしたやせぎす、汗まみれの叫びまくりで。捜査員が携帯電話を調べようと手にすると、
「おれのケータイやて!」
「やめーや!」
荒れ狂うわ、取材陣に前蹴りを食らわすわ。
と書くと、すげえ凶暴なヤクザ者みたいだが、
実際の彼はごくごく小心者の内気で気弱な男だった。
彼を連行した捜査本部は初めのうち、わいせつ目的だろう、と見込んでそういう取り調べをしていた。

彼の部屋からJC/JKレイプ系のAVや18禁雑誌が見つかったりしてたからだ。それもナイフで制服やらを切り裂いて系が多数。
公衆トイレで見つかった失踪少女のジャージや下着の状態がいかにもそれとぴったりだった。
逮捕から9日後、
ずっと否認を続けてた丘崎誠人@25歳は、
ついに村の女子中学生浦久保充代@13歳の拉致殺害を自供。
で、供述も当初、

「てんごするつもりだった」
てんごはイタズラ、このばやいは性的という冠が付く。
が、
これは取調官の想定してる「少女拉致鬼畜レイプ」的AV系ワールドへと誘導していったから出ただけの言葉だろう。
なぜなら、さらによくよく聴取が進むと、
捜査本部が困惑する流れになって、
単純なロリコン性犯罪とはまったく違う、
よじれた田舎的動機が浮かび上がってきたからで──。
さて、1997年の誠人の動機にせまる前に、

唐突に時空を60年ほど過去へとさかのぼってだな──

そんでもって物理的にも250キロほど西へ移動してだな──
とある山里へと──

で、そこは、まさに「辺境とはこれやろ」ってポジショニングで、
作州弁的には「けゃーお」っぽく発音される。
岡山/鳥取の県境、中国山地、
苫田郡西加茂村。総人口2000人、とはいえ山の合間合間に点在するいくつかの部落を足すとそうなるってだけで、

その端っこにある「けゃーお」は23戸111人、西隣の坂元は20戸94人、ごくこじんまりとした部落だった。
ちなみにここでいう部落は本来の「村落」の意味しかないんで早とちりせぬように。
西加茂の盛り場、小中原からは山あいの道を徒歩1時間くらい、道は部落の中を通って、あとは深い山へと入っていって峠まで人里なし。
で、そんなだから村人の食い扶持は、山と山に挟まれたわずかな平地でのほそぼそ農業と養蚕、冬は雪で埋もれるんで男衆は出稼ぎや山で炭焼き、という山っぽい農村ではおなじみの世界。

さて、
5月半ばの、ちっとばかし肌寒い日の夕方、
けゃーおはとつぜん停電に見舞われた。


まあつい一昨年に起きたのが二・二六事件と阿部定事件、んで日中戦争やってる時代だし、山村だしこういう停電も珍しくない。
住人の一人がよねさん@76歳の家に向かった。
「おうい、睦やん」
睦やんは、よねさんの孫@21歳だ。
「ナショナルランプ貸してくれ。電気来ねーけえ、電柱見なけりゃあならん」

睦やんは自転車のナショナルランプを外して寄越した。
それで電柱に登ってみてみるんだが、まあ素人には分からんわね。
「なあ、睦やんよ。おまえ頭がええから直してくれ」
睦やんは昔っから秀才で手先も器用だ。
徴兵検査で結核とかいわれて丙種合格(つまり不合格)で招集されそこねて以来、日がなぶらぶらしてて「ごくつぶし」状態だったけども。
睦やんはちらっと電線やら電柱を見たが、

「けぇは分かんね。わしは素人やけえ。はあ日が暮れて間に合わん。明日、町の電気屋行って直してもらう」
村人はまあ睦やんでも分かんねえかあ、と納得した。

明かりもねえんじゃ蚕、どうしょう、
ぶつぶつ言いつつ家に戻っていく。
この時期は養蚕の佳境なんである。おかいこさんの世話は手間がかかるし目が離せない。だから今の時期、養蚕室で仮眠してる村人も多かった。

やがてとっぷり日が暮れて。
最初はみんな外に出て電気が点かねーとかぶうぶう言ってたが、やがて諦めたらしく。
蝋燭か何かを灯してたが、やがてそれも消えた。

家々はやっぱり停電中。今晩真っ暗。暗闇。
睦やんには分かってる。
電気は来ねえ。
だって夕方に電柱よじ登って部落への送電線をこっそり切ったのは、睦やん本人だから。
夜零時過ぎ。
睦やんはそっと起き上がり、同居のおばやんが六畳間のこたつで熟睡してるのを確かめると、
“書斎”にしてる屋根裏部屋で、睦やん支度開始。
詰め襟の黒い学生服に着替え、
足には軍用ゲートル巻いて地下足袋履いて。

それから頭に小型の懐中電灯を2つ巻き込んで鉢巻き。ちょうどにょきにょき生えた鬼の角のように見えた。
愛読誌「少年倶樂部」の漫画に出てた日本兵の真似だったりする、いやこの地方で漁するときの習慣だby松本清張、まあいずれにせよ睦やんしか真相は知らねえんでね。
それからさっきのナショナルランプ、首から下げた。
これで照明ばっちり確保。
部落一帯は暗闇、自分だけが最強の武器「光」を手に入れた。
次に武器。


日本刀、そいから匕首。
この2本を腰に差して革ベルトでしっかり締める。
日本刀は大阪の歯医者から買った。「兵隊に行った兄の昇進祝いだから」って値切って。ウソだけど。睦やんには嫁に行った姉はいても兄弟はいねーけど。
匕首は津山の映画館で仲良くなったヤクザの手下から買った。あの男からは阿部定の供述調書を見せてもらったりいろいろ世話んなった。あいつを巻き込まないよう手元にあるもんから名前は消した。
それから、主力兵器
イギリス製の猟銃ブローニング・オート5

自ら5連発を9連発に改造した強化版。って睦やんムダに才能多方面。
弾丸100発をポケットに、もう100発と弾薬を肩から提げる背嚢に分けて詰め込んだ。
弾はせっせと手作りしたスラッグ弾。鹿玉のような散弾とちがい、でかい弾丸1コ玉。大型ケダモノ用。破壊力抜群。熊でも倒す。人間なら──

武装完了。
もう午前1時40分だった。
色白の端正な顔で睦やんはすっくと立つ。
村人たちは何度か道ばたで睦やんがこうつぶやいてるのを聞いたことがある。
「皆様方よ、今に見ておれでございますよ」
その今が、今、来た。
1938年 昭和13年
5月21日

岡山県
苫田郡西加茂村大字行重字 貝尾
フルアーマーモード睦やん──都井睦雄はまず、
ぐうぐう寝てるおばやんの枕元に近づくと、
ゆっくり日本刀を抜いて──



と、こっから先はまたいったんおいといて、

またもや時空を、
そっから20年ちょい未来へと──
1961年 昭和36年
3月28日

熱い時代
この前の年、60年安保闘争。
戦後最大の民衆運動。
このとき「ハンターイ」とか叫んでたのは学生だけでなく
一般の老若男女も興奮して「ハンターイ」とか叫んでた。
日米安保@改定版の締結に反発して、国会議事堂を13万人とも33万人ともいう大々デモ隊が囲んだ。
あの時代の紹介じゃたいてい出てくる光景。
警視庁機動隊+自民党のヘルプに応じた右翼団体+ヤクザ軍団VSゼンガクレンの激突。

今じゃとてもあり得ん、もはや内乱かよ状態の時代。
首相の岸信介@安倍心臓のじいさまは自衛隊に鎮圧させようとしたけども子分のはずの防衛庁長官に「国民を撃てなんて命令できん」と拒否られてピンチ。けっきょく予定してたアイゼンハワー米大統領の来日も取りやめに。
が、安保はなりゆきで自然締結、岸内閣はそれと引き替えってかんじで総辞職。
熱しやすく冷めやすい日本人ってもんで、岸辞任で安保はどうでもよくなったのか忘れちゃったのか、1960年のええじゃないか踊りは急速に沈静化するんだが。
なんて具合に東京やら都会やらは大揺れだったが、
田舎はまああーんまりピンときてなかったりする。ツイッター日本語版ができるのは47年後だ。

とくに川沿いのこの小さな村落なんかじゃますます関係ねえかんじ。
三重県名張市葛尾。三重/奈良県境の名張川沿い、小さい山の山麓から中腹に18戸が寄り集まってる集落。
すぐ隣に奈良県山添村の葛尾ってのも7戸あって、県境が入り組んでて行政はちがうけれどまあ生活圏は同じ。両葛尾あわせて人口130人くらい。住人ほとんどが血縁・親戚関係にある。

この日、公民館で開かれたのは、三重と奈良の両葛尾の農協の生活改善サークル「三奈の会」の年1回の総会だった。

この年の出席は男12人、女20人。
ちなみに時代的にはこの頃、こんなの↓が代名詞的なんだが。




トヨタ乗用車第1号パブリカ。今見ると意外と今風>>エンゼルパイ20円
新幹線開通はあと4年くらい未来、電話のない家も珍しくなく(だから電話のある家にかけてもらって呼んでもらうわけよ)。市外通話は交換手という人力で。
地方はホント距離感そのままの地方でなかなか最先端事情は届かない。

まだまだ農作業も↑これに近く。
トラクターもコンバインも普及前夜おれぁやっぱりヤンマーがええな。
この葛尾はなおさら。産業もこれといってないし土地も肥沃とはいえず要路からも外れてて、豊かとはお世辞にもいえない。
だからこの会は高い酒が飲めるしワイワイやれる数少ないお楽しみチャンスだった。
とくに農村の女たち。そう気軽にお出かけできるような環境でもないから余計にねえ。
この酒も三奈会前会長の奥西樽雄@31歳が農協の予算で酒も買えるってことで奮発して買えたもんだった。

机に折り詰めが並んで、男は清酒、女にはぶどう酒が注がれた。
ぶどう酒(この当時ワインとは呼ばない)なんて珍しいシャレた洋酒に女たちうきうき。

きれいな虹色がかった透明の液体に「きれいやねえ」と見とれて。
つまりこの日ふるまわれたのは白ワインここ試験に出るから覚えとくように。

で、みんなでわいわい飲み始めたんだが、
10分くらい経ったとき、
「う゛っ」
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