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【戦国駄男衆激情】いいじゃない愛さえあれば【今川氏真】

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  そういや激情がついてないざん、と気づいたのでこそっとタイトル変えたのであった。

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名前■いまがわうじざね
長所■蹴鞠 短所■蹴鞠しかできない
生没■天文7年(1538年)─慶長19年(1615年)
出自■駿河今川氏10代当主、父親■今川義元
支配地■駿河・遠江(現静岡県) 居城■駿府
敵■織田信長、武田信玄、徳川家康
味方■北条氏康


まずなんで見返り状態なんだ正面向きで座れなこのブロマイドっつうか肖像画が、戦国武将ってよりも百人一首の歌人って風情で、
まあそれがすべて物語ってるんである。


■◇ 蹴鞠の若殿

さて、今川氏真でググってみると、日本の大名なのにサブワード候補に「ファンタジスタ」とか「サッカー」がついてくるんであるが、




なぜかっつうと、それは蹴鞠と切っても切れないからですね。特技蹴鞠

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あ、↑こんなファイティングなんじゃなくて、
↓こんなんね。
sgdm_fotball02.jpg sgdm_kemari04.jpg  
ジャパニーズフットボール

で、蹴鞠しか能がなかった”
なんても言われてる人である。

いやでもまあケ・マーリもなかなかあれでけっこう奥の深い球技なんじゃぞえ。

ちゃんと神事みたいな前フリもあるし蹴る順もきちんと決まってるし、上手いとふんわりトラップしてなかなか華麗でファンタジスタってかんじになるらしい。

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おごそかな伝統行事にして立派な神事なんである。

ほら、↓こんな風に。


…んーとますますええ年こいておっさんらなに遊んでんねんにしか見えんけども、

戦国時代まで蹴鞠はセレブ級の武家のたしなみでもあった。だから氏真蹴鞠やってた=公家もどきょんのアホ、というわけではない。
ただ、あくまで付属品のたしなみが大前面っつうのは本体のスペックがよほどあかん証明でもあるんだが。


■◇ ぼくのパパ、有名人なんだよね。

さて、この人の父親はあの有名今川義元である。

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そう、日本史の授業でもおなじみ、必ず名前が出てくる有名人

ただし、
sgdm_okehazama_yoshidead03.jpg 桶狭間古戦場まつり
「1560年、織田信長が桶狭間で今川義元を討つ。」

と書かれることでのみ有名、
という不本意な有名ヤだよ忘れてくれよ昔のことだしもういいだろ。

いろんな話に出てくる今川義元は、
武士のくせに白塗りお歯黒で眉ねえし馬に乗れねえくらい太ってて甲高い声でみやびな感じにしゃべってて、
sgdm_yoshimoto04.jpg こんなかんじ

大軍2万も率いて尾張に攻め入りながらながら、織田信長たった2000人に負けたお間抜けな脇役、単なる引き立て役、序盤ステージでやられる中ボス以下、毎度ロクな扱いじゃないお歯黒どの

さいきんでこそ今川義元武将偏差値が見直されていや実はなかなか大した漢であったぞい、とやっと再評価されてきて義元すこし気が晴れる。

んじゃ、どうだったかっていうと、
あの運命的な日、桶狭間の界隈だけとつぜんゲリラ豪雨が降った。
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馬ナシ徒歩の信長と2000人の仲間たちは前も見えない超土砂降りに紛れて、大軍の陣地の合間をするするっと通り抜けて、

いきなり義元が本陣を置いた桶狭間山のド真ん前に現れた。
と同時に雨がパタッとやんだ。
信長も面食らったっぽいが、よっしせっかくだしいっちょガツンとかましたれ

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おりゃあああかかれえええ

いちおう義元は総大将だから周りはちゃんと5000人の本隊に囲まれてはいた。
てはいたんだが、心の準備もなくていきなり戦えで慌てたのか、勝ちいくさだと思ってたのほほんvs後がなくて死にものぐるいのメンタルの差っつうか、
あれよあれよと破られて、お、いっちょかましたれだけのつもりだったけどこりゃあ案外いけるんでにゃあか、進めオラ行けオラ

sgdm_okehazama_yoshidead02re.jpg  
ふんぎゃあああああああああ

あ、気づけば、大将義元の首とられちゃいました、

というのが真実らしい。
フォローしたつもりがますます今川義元アホみたいなんだが、修羅場では理屈で説明しがたいことも起こるってこってすな世の中。

sgdm_okehazama_party_sh.jpg 桶狭間古戦場まつり
奇襲攻撃だとか地元民の歓迎に見せかけて工作員が今川軍に酒飲ませて酔っ払わせてとか後付けっぽい話がいろいろあるのは、
後の世の凡人たちが、10倍の敵にどうして勝てたか、なにか理屈付けしなきゃだわとクリエイティブにいろいろ尾びれ背びれ付け足して出来上がったっつうたわごとってわけである。

だいたいホントに今川義元がバカ殿だったら、そもそも強豪古豪ひしめいて過当競争の東日本でやってこれたはずがない。
今までほとんどスルーされてたが義元はホントいえば「海道一の弓取り」といわれる戦国最強クラスだった。
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いちおうこういう顔もする。ふくよかさんだったのは本当のようだ

若手のうつけ者織田信長@27歳にやられちまったのは時の運ってやつである。


■◇ 戦争を知らずにぼくは育った

さてパパ義元が死んで、
息子の氏真@22歳
sgdm_iconuji02_20101103120248.jpg  
が名門今川家と駿河遠江2カ国+属国三河1カ国を継ぐことになるんだが・・・

桶狭間の合戦をさかいに、「今川」っつう名前は、歴史のメインストリートからふっと消えてしまう。

いや家はまだ続いてたんだけども、衰える以外なんもしてなかったってことである。おまけにその滅亡も気づいたら消えてたよなあ、くらいの。

という空気のように存在感ナシな氏真である。

んじゃ、
パパ存命の頃、惣領息子氏真の軍人としての実績は・・・

無い。

どころか戦場にすらいなかった様子。戦争はパパや家来がやって、息子氏真は本国の政治やら経済やら京都とのお付き合いやら文官っぽい仕事をいろいろ任されてたらしいんだが、
要するに武将として使えねえし、ってことである。

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まあ氏真たいていこんな見られかたである。

いやいやその代わりに蹴鞠という特技があったあった。あと和歌とか書画とか剣術とか。

sgdm_kemari01re.jpg うふふ
sgdm_kemari03re.jpg あ、それ
sgdm_36kasen.jpg おっほほほ
sgdm_furyumai01.jpg さあさ舞えや謡えや


…やっぱだめ。


■◇ 嫁が萌えな感じでうれしいです

さて、そんな氏真にあえて蹴鞠以外の個性を探せば。

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家庭人

氏真「早川殿」という。
sgdm_hayakawadono004.jpg イメージ図。実物と異なる場合がございます

本名わからん。昔のおなごの扱いはいつもこんなん。戒名が「蔵春院」だからがついてる名前だったかもしれない春子さんとか。

パパ義元の頃、

甲州の武田信玄、相模の北条氏康と駿河のパパ義元、隣り合う3強が「まあお互い攻めないってことで」同盟を結んで、

1.今川→武田、2.武田→北条、3.北条→今川、
という具合の三つ巴嫁入り

で3番の北条氏康の娘が氏真のお嫁さんになった春子さん(仮名)だ。
sgdm_hayakawadono08.jpg ちょっと萌えーな感じ

まあ露骨な政略結婚てやつであるけども、北条の姫君たちってのはちんまい頃からしっかり「花嫁講座」を受けてたらしく、
この春子さん(仮名)といい、もうちっと後の北条夫人@信玄息子勝頼の嫁(やっぱり本名わからず)といい、けっこう内外の評判がよかったりする。

@勝頼嫁は婚家が滅びるときも実家へ戻らず夫と一緒に自害っつう19歳にして気合い入ってた女子だし。
この春子さん(仮名)も亭主のいずこ往くか流浪の民!に最後までついて離れなかったし5人も子を産んだしずっと氏真と夫婦仲もよかったっぽい。

まあ逆に考えてみれば北条の姫たちそろって男運に恵まれない感じであるが。

そんなこんなで氏真は戦国大名でありながら、命の取り合いと縁のない行政文化活動夫婦生活をゆるゆる営んでたんである。あと蹴鞠と。


■◇ おばあさんも呆れてるんだよね。

それでも強いパパが生きてりゃよかったんだが、パパ桶狭間で死んじゃった。

のに、危機感がないのか相変わらず公家を駿府に招いて連歌の会やらお茶会やら流行りの踊りとかで遊んでたりするもんだから、
sgdm_36kasen.jpg おほほほ
sgdm_furyumai01.jpg さあさ舞えや謡えや

「ダメじゃんあいつ(`Д´●)弔い合戦もしねえし」
今川に従ってた中小の武将たちはどんどん若殿を見限って、武田だの織田だの勝ち馬に乗りかえはじめた。

sgdm_ieyasushikami02gr.jpg 家康のコワ顔しかみ像
その筆頭が属国三河松平元康@のちの徳川家康めんどうなんで初めから家康にしてしまうがその家康

その家康最強三河武士団がスパッと今川と縁切りして織田信長と組んでしまった。
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今川サイド大幅戦力ダウン、三河国も一緒にとられてしまいました。とほほ。

で、パパ義元亡き後、氏真の周りはこんな顔ぶれ。
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……もうね戦う前から号泣する準備はできてるような。

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織田信長だけ話せば分かってくれそうな。

が、この信長は東京ガスのCMのピエール瀧
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でしかないので450年前の氏真にはなんの意味もない。

もっともまだ今川家には、
ばばさま(パパ義元のかかさま)の寿桂尼つう女傑がまだ生きてて、
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老体にむち打ってがんばって孫を支えてたんである。

ばばさま寿桂尼は若い頃は女戦国大名とかもいわれてそーとーな姐さんである。ただもうばあさんなんでね体力の限界っ。
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こんなえっちな格好できないよ今はしわくちゃだしねえほほほ 

孫もねえ、悪い子じゃないんだけど、未熟って以前にリーダーの素養がないんだねえ、と半ばあきらめじみた寿桂尼である。


■◇ なんか周りの人たちぎらぎらして怖いよ

となると、国内ばかりでなくて隣の国もなんかごそごそし始める。

武田と北条と今川の「お互い攻めないってことで」同盟は、三者実力が伯仲しててやり合ってもお互い痛いばかりだぜやめだやめだってので結ばれてたんだが、

それも強いパパ義元がいたからの話。
蹴鞠しかできないモヤシっ子が大将になれば話がちがうってんで、
sgdm_shigensuzu01.jpg 山梨県みやげ信玄土鈴  
信玄入道がごそごそやり始める。
なぜって信玄が欲しいから。

当時、海に面した領地があれば、船を使えて全国各地と貿易できた。
sgdm_kenshin02.jpg 上杉謙信 18900円 *ウェディンググッズギャラリー 
越後の上杉謙信なんて、布地の原料を船で京都とかに運んで途方もなく大儲けしていた。

あいにく信玄のいる甲州は山ばっか。苦労して征服した信州も内陸部。ぬぬぬ。武田騎馬軍団で海持ってこれんかしゃん海プリーズ。

日本海に出ようにも上杉謙信ムチャ強すぎでマジ勝てる気しねえ。
sgdm_kenshin01.jpg asa_shigensuzu01.jpg ぬぬむ。  

北がダメなら南だ、駿河にはがいっくらでもあるもうたくさんいっぱい数え切れないくらい。
ちょうどよくお歯黒どのがくたばってバカ息子がトップになったじゃないか。怖えババアもじきくたばりそうだしな楽勝じゃん。

というわけで。
asa_shigensuzu02.jpg sgdm_ieyasushikami02gr.jpg  
信玄入道徳川家康「獲物は山分けにすべ」と悪い顔で話し合い、駿河遠江で今川領を東西半分ずっこする勝手な打合せを進める。

まもなく今川のゴッドマザー寿桂尼が、
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寄る年波に勝てずついに死んだ。

よほど武田信玄寿桂尼が苦手だったのか、待ちかねたといわんばかりに、
sgdm_takedaarmy01.jpg  
その年の暮れ、武田騎馬軍団、駿河国に侵攻。

首都駿府あえなく陥落。嫁の春子さん(仮名)は輿も用意するまもなくほとんど裸足で逃げる羽目に。
sgdm_hayakawadono08.jpg sgdm_iconuji02.jpg  
萌え女房をひどい目に遭わされて氏真憤怒。でもどうしようもない。だっていま一緒に逃げてるんだし。

氏真一家は遠江国の掛川城に逃げ込むが、
信玄としめし合わせてた徳川家康も西から攻めてきた。
もう踏んだり蹴ったり鞠のように蹴り回されてる氏真


■◇ 気づいたらぼくの家滅亡してましたorz

が、氏真掛川城で意外としぶとく籠城して家康を手こずらせる。
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『籠城食』─足軽のチカラ─1セット10枚入り380円

これは氏真が強かったんじゃなくて城がよかったんだろう。だって氏真だもん。

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ちなみに今の掛川城は仲間由紀恵と上川隆也が大河ドラマでつくったモノ(のレプリカ)で、戦国時代のこの頃はまだ今っぽい城いや今じゃないんだが今の城と思われてる城じゃなく。

たぶん氏真が籠城した頃の掛川城はこんな砦みたいなかんじ。
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城山史跡公園・荒砥城*

なんてやってるうちに、
強欲な信玄遠江まで勝手に入ってきた。

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家康「約束違うじゃねえかコラ」と激怒。

さらに春子さん(仮名)のパパ北条氏康も、
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「お互い攻めないってことで」同盟違反だ!土鈴のくせに!
怒って信玄入道に宣戦布告。
ややこしいことに。

信玄の約束破りで焦った家康も、
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あのハゲから駿河を奪い返したら、あんたに任せるってことで今日のところはちっと遠慮してくれんかなあ」
とまたじつに嘘くせえ約束で籠城中の氏真に手打ちをもちかける。

家臣(。`Д´。)断る!我が殿はそんな見え透いた罠にかかって開城などせぬ!そんなバカじゃないぞ!」
氏真「よし、開城しよう
家臣「えっ( ̄△ ̄;)
氏真「いや籠城も飽きてきたしさ。意外と親切でいい人ぽいよね徳川どのは」
家臣(-_-; (忘れてたそういやこいつバカだった…)」

もちろんそんな約束守られるはずもねえし。さすがぼんぼん育ち。

これにて戦国大名今川家は滅亡
sgdm_metsubo01.jpg コミック人類滅亡パニック (カルト・コミックス)  
なんとも地味な滅亡。

パパ義元が死んでから8年。よくもったと思うか早すぎるぞと思うか。


■◇ ぼくの人生、大河ドラマより波瀾万丈

国がなくなっちっゃた氏真春子さん(仮名)夫婦とその娘の親子3人は、
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春子さん(仮名)の実家北条に疎開。

氏真は相変わらずで、もう領土じゃないのに駿河のあちこちに命令を書いて送りつけたりして、早くみんなであのハゲ(→信玄)やっつけてくれて駿河返ってこないかな、などと都合のいい思考でのらくら待ってるうちに、

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頼りの舅氏康が死んでしまった。

で、春子さん(仮名)の兄弟氏政が当主になって、さっさと信玄入道と手打ちしてしまう。

え?
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ってことは…おれヤバイざん。
春子さん(仮名)、逃げようよ。
 
氏真一家はまたまた逃げる。春子さん(仮名)が立派だったのは、こういうときふつう「なんで私が逃げなきゃいけないのよ、ここ実家だし。あんた一人で逃げてよ」って三行半たたきつけるもんだろうに、あえて落ちぶれる亭主についてったとこ。

いやー大河ドラマのどんな夫婦モノよりずっと波瀾万丈の人生だけども、絶対に「氏真と春子さん(仮名)」はないな。だって全編ふらふら遊んでるかふらふら逃げてるだけだ。

で、逃げた氏真一家、今度は徳川家康の拠点浜松に転がり込んで居候(もとはここも今川領土だったんだが)
そのあと京都へ昔のなじみに会いに行ったりお寺巡りをしたり、亡国の殿様にしちゃお気楽なもんで死んでった家臣たちは何か言いたいだろうが。


■◇ 父の仇に呼ばれた。今日こそ漢になります

なんてことを氏真がやってるうちに天下人まであとひと息の織田信長から、
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「へえ、やつは蹴鞠がうみゃあか。いっぺん見せてみやあて」
と呼び出された。

そういやすっかり忘れてたが信長「憎っくき父のかたき」
パパの仇の前で見世物大屈辱じゃないか。ぬぬぬ。

いや待て、これぞ漢になるチャンス
氏真は決意。
鞠に火薬を隠してだね、
蹴鞠をおとなしく披露すると見せかけ、スキをみて観覧する織田信長めがけて、

「父のかたき、食らえっ
sgdm_volleyshot.jpg  
華麗なるボレーシュート!!!

sgdm_chudooon01.jpg  
どぎゃーん!

ゴーーーーーーーーーーーーーーーーール!!!!!!!!!!

sgdm_kirakirayattayo.gif  
とうちゃん、ばあちゃん、おれやったよ…(BGM/炎のランナーのテーマ)

……だったなら日本史に太文字で残ったろうが、
そんなことカケラたりとも思いつきもせず、あと別に屈辱も感じなかったらしく、
sgdm_kemari05br.jpg  
ふつうに蹴鞠披露。ふつうにほめられた。

もっとも信長蹴鞠自体はどうでもいいやと思ったらしく、
「武士のたしなみは相撲にしときゃあ」
と、相撲を奨励。この頃は関取じゃなくてふつうの武士がやってたんである。
こうして蹴鞠は急速にすたれて、まあ今のていたらくに。


■◇ じつはずいぶん長生きできました

そういや氏真、一度だけ城を任されたことがあるけども、ヘマやらかしたのかすぐクビ。やはりリーダーの素養はゼロだった。
この人って、徹底的に無能だったから死なずに済んだんじゃなかろうか。半端にまともだったらとっくに殺されてたろうし。

sgdm_shigensuzu01mono.jpg 
さて信玄入道も死に、武田騎馬軍団信長にやられて消えた。

sgdm_nobunagaicon_80mono.jpg sgdm_hide02.jpg 
その信長も本能寺で倒れて、豊臣秀吉が天下人に。

あ、じゃなくて、↓こっちの秀吉
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異常にリアルでキモいみちのく伊達政宗歴史館の秀吉蝋人形

そんなこんなで氏真一家は京都に引っ越したぽい。
「やっぱり京はいいよね、都会だしさ」

公家やら文化人とダベったり和歌やら古書を書写しやら、
sgdm_36kasen.jpg おっほほほ
sgdm_furyumai01.jpg さあさ舞えや謡えや  
  
同じかよ。

生活費は家康秀吉が出してたらしい。まあ人脈もあるし名門だし殺すほどでもないしな、こんなの殺しても寝覚め悪いし、なんて考えたのか。

けっきょく大名としての人生は棒に振ったけども、なにやらひょうひょうと運よしおな生きっぷりって気がしないでもない。死んでいった家臣たちはちょっとなにか言いたいだろうが。

晩年の氏真
家康から品川に屋敷をもらって古女房春子さん(仮名)と夫婦仲良く暮らした。

tyanomi-pea-tatami.jpg 長寿人形お茶呑み夫婦(畳み付き)3150円

思えば武田×北条×今川の政略結婚3組で円満に添い遂げたのはこの夫婦だけ。

息子も徳川の旗本になって、朝廷がらみの典礼やらをコンサルする高家に任命される。

sgdm_denchu01.jpg 吉良上野介邸跡 松の廊下刃傷コーナー  
あの吉良"殿中でござる"上野介もやってた高家。けっこうお得な仕事。
いろいろ逃避行にさんざ連れ回した娘も名門吉良家の跡取り息子と結婚。

たらたら遊んでるだけにみえた氏真の人付き合いもここでやっと息子の就活と娘の婚活に役立ったわけで。

で、
氏真はまだまだ生きた。

sgdm_odawarazeme01.jpg 徳川戦国絵巻 小田原攻めプラモデル 1890円* 
春子さん(仮名)の実家小田原北条家の滅亡

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秀吉の死、

まだ生きた。

sgdm_sekigaharaworland01_200px.jpg 関ヶ原ウォーランド *  
関ヶ原の合戦

を過ぎても、まだまだ生きた。
もちろん武将でなく文化人ってことで。

sgdm_osakanojin01.jpg 
なんと大坂冬の陣まで生きた。みごとに歴史のメインロードには1ミクロンたりともかすりもせず。

そして慶長18年、
sgdm_hayakawadono08mn.jpg  
長年連れ添った春子さん(仮名)が逝った。

その翌年、
sgdm_iconuji02mn.jpg  
妻のあとを追うように、氏真もまた。

享年77歳。

戦国ラストバトル大坂夏の陣勃発したのはそのあとすぐ。
sgdm_osakarakujo.gif 
豊臣家滅び、戦国時代幕を閉じる。

sgdm_ujinihaka.jpg 仲良く寄り添う氏真夫婦の墓

負けたって国なくなったっていいじゃない、
愛さえあれば。

sgdm_conjugallove.jpg  

あれ?なんだなんだ、駄目武将のつもりが、いろいろ大変でしたけどわたし幸せでしたわああわしもじゃよく萌えたなんて縁側なんぞで語らえるようなまずまずの人生だったじゃないきゃ。死んだ家臣たちはちょっと何か言いたいだろうが。


*「信長公記」 著/太田牛一 角川文庫
*「信長」 著/秋山駿 新潮文庫
*「戦史ドキュメント桶狭間の戦い」 著/小和田哲男 学研M文庫
*「センゴク外伝 桶狭間戦記」 著/宮下秀樹 講談社

【戦国駄男衆激情】
第壱席勝負せずして帰る男 ─朝倉義景


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COMMENT

微笑ましい武将がいたんですね。
結局、最高の人生ですよ!

| かあたん | 2010/11/08 00:32 | URL |

>そういや激情がついてないざん、と気づいたのでこそっとタイトル変えたのであった。

まずはこの最初の一行がかわいい~(笑)

氏真くんは、草食男子っていうか文化系男子っていうか
まあ、戦うのが嫌いだったんだね。
戦国時代に生まれたからには戦わなきゃなんないっても考えてみたら不幸な話で
そのメインストリームに乗らなかったってのは
案外勇気のいることだったんじゃないか?などと肩をもってみたりする。

氏真くん、案外自分の生きたいように生きられて
しあわせだったんじゃないすかねえ。
歴史にまったく興味のない私には当然知らない人だったんだけど
のりあきさんにこうやって取り上げられてよかったねえ。ちゃんと評価(?)されて。

| ash | 2010/11/08 23:02 | URL | ≫ EDIT

> かあたんどの

> 微笑ましい武将がいたんですね。
> 結局、最高の人生ですよ!

まあ昔から「がんばらない」を実施してた人はいたんですな。
家臣はいろいろ言いたいことがあるでしょうが、周りの優良企業に吸収合併されたし、結果オーライですわな。

|  noriaky231(仮名  | 2010/11/09 13:12 | URL |

> アッシュどの


> 案外勇気のいることだったんじゃないか?などと肩をもってみたりする。

この徹底して役に立つことをしない、というのはまたひとつの才能かもしれません。ハンパに何かすると義景くんのように死んでしまったりするわけで。

> 歴史にまったく興味のない私には当然知らない人だったんだけど

歴史好きの人にはわりと人気者らしいですよウジくん。周りがギラギラしてる人ばかりだから逆に目立ってんのかもしれません。

|  noriaky231(仮名  | 2010/11/09 13:15 | URL |















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