【事件激情】サティアンズ(終)最終解脱【地下鉄サリン事件】




人は、宗教的確信があればあるほど、徹底的に、しかも喜んで、残虐にふるまう
──パスカル(数学者 哲学者 思想家)

いつ果てるとも知れなかった【サティアンズ】も、とうとう幕となる。
三十解@前後篇も含めて四十解くらいいってしまったけんども。
あらためて事件と犯人多杉である。
あまりにも多くの悲劇にあまりに多くの人々が巻き込まれ。
飛び散ったかけらの数もケタ外れで、
それぞれのかけらは、すれ違い、ひたすら遠ざかり、
もはや交わることは決してなく。

対オウム捜査は、坂本弁護士一家の遺体発見をもってひと山越えた感、
舞台は裁きのお白州へと移る。
だが警察も討伐に手こずった、なにからなにまで前例のない異形の犯罪集団。
裁判だけふつうってわけもなく。やはり異形の法廷と化すんである。

オウム真理教もしくはアレフと警察のおもな動きは、公開された情報にもとづく。
登場する公官庁、組織団体、部局、役職もすべて実在する。
白鳥百合子はじめこの色で示されるのは、架空の人物であり、
実在する人物、事件、出来事と架空の彼らの交差する部分は、
例によって創作全開ソースは妄想なんであるが、その内容には一応意図がある。
またこの色この形*の人物は仮名である。

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飛び散ったかけらの数が多様多彩なので、かけらごとにランダムにとべるようにしてみたんである。本来こういう脈絡のないカオスこそオウム事件そのものだったかも。
もちろん時系列でみていくこともできる。その場合はふつうに延々とスクロール乞う。

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oum01


──オウム法廷

東京地検は、麻原彰晃こと松本智津夫を17事件で起訴した。
・信者リンチ殺人@田口事件(殺人)
・坂本弁護士一家殺人事件(殺人)
・サリンプラント建設(殺人予備)
・滝本サリン事件(殺人未遂)
・松本サリン事件(殺人 殺人未遂)
・自動小銃密造(武器等製造法違反)
・薬剤師リンチ殺人@落田事件(殺人)
・信者リンチ殺人@冨田事件(殺人)
・VX 3事件@水野・濱口・永岡事件(殺人 殺人未遂)
・目黒公証人役場事務長拉致事件@假谷事件(逮捕監禁致死)
・地下鉄サリン事件(殺人 殺人未遂)
・覚醒剤・チオペンタール・LSD・メスカリン密造事件
(麻薬及び向精神薬取締法 薬事法違反)
にしても凄いのが、麻原自らは一度も自ら手を下してないってことで。
犯行現場にさえ行かない。一瞬でも居合わせたのは落田事件のみ。
地下鉄サリン、松本サリン、坂本一家のうちひとつでも極刑確実なんだが、検察はあえてすべてひっかぶせた。重大性を強調して内乱罪や破防法につなげたい思惑からである。
が、けっきょくそれが自縄自縛で後悔することに。

麻原の国選弁護団が、地下鉄サリン事件の被害者3794人、松本サリン事件被害者144人について「本当にまかれたサリンが原因か」一人ずつ難癖つけてちまちま検証。
長期化狙い戦法。この調子じゃ30年経っても裁判終わらへんぞ状態に。
やむなく検察は異例の決断。
地下鉄サリン負傷者3794人→14人、松本サリン144人→5人に大減らし、
被害者のいない薬物密造も取り下げた。
教団も裁きを妨害中。勾留中の信者たちにせっせと手紙攻勢。
「取調官の言葉を音としてすら認識しなければ、一切の苦しみから解放される」
「私は調べの中で1日休まず修行を続けている」
「逆境での修行こそ最高の修行」
そのせいで自供しかけたり脱会しかけた信者の多くがまた逆戻り。
この手口「獄中説法」と呼ばれ、お上はかなり手を焼かされる。

大馬鹿者―私の話を聞きなさい 死刑弁護人 生きるという権利
さらに弁護団も二転三転、
まあこの人たちに正直ぜんぜん興味ないんで細かくは略である。
麻原彰晃こと松本智津夫、宗教テロの指導者らしくポーズとるかと思いきや、
事件を認めたり撤回したり、途中から「弟子が勝手にやった」的に主張。
けっきょくそういうこった。
「アサハラショーコーアイネバー」
「ザットイズディセンバー」
「第3次世界大戦が起き、日本が無くなって悲しい」
法廷では不規則発言と珍問答、証人の元弟子たちを威嚇、暴言、わめいて3分で退場、居眠り、だんまり、法廷で元弟子たちに責められなじられ、ついになにもしゃべんなくなり。弁護団ですら意思疎通不能に。
被害者、元弟子がなにを言っても虚しく空を切る──

白鳥百合子の解析どおり、麻原裁判はぐだぐだの茶番ショーと化した。
oum02
──ケミカルウォーフェア
日本では司法当局や報道の扱い>「テロ」じゃなく一貫して「事件」
そこにはオウムを社会派のテロリストというステイタス枠ではなく、あくまで人殺し枠にとどめようとする「メロン大好き大作戦」の影響もあるようなないような。
むしろ海外諸国の治安当局の方が「テロ」としての検証に熱心だった。
米軍化学戦研究チーム、自衛隊中央病院にぞろぞろ現れて。
「地下鉄サリンテロの臨床データを教えてくれ@英語」
化学兵器の臨床データなんて世界中のどこにもない。
先進国の大都市で起きて、数千人の詳細な治療記録のある地下鉄サリン事件は、
化学戦対策的には“宝の山”なのだった。
ジーヴァカ棟にあった凶悪げな細菌溶液の類は、危なすぎるんでほとんど焼却処分、
一部だけ超厳重に密閉されて米アトランタのCDC@連邦疾病管理センターへと空輸された。日本国内ではそんなもん分析できる施設なんてつくれないのだ。
oum03
──天網恢々
マスコミは捜査当局の思惑でリークされるネタを例によって丸呑み、
視聴率もオウムとさえあれば爆上げだしオウム報道合戦で大はしゃぎである。
なかでもTBS、とくにノリが悪質で。
麻原メッセージ録音をまんま放送>聴いた元信者が教団に戻っちゃうし、
坂本弁護士母の映像を勝手に放送しちゃうし、
そのへんもあって被害対策弁護団が出演拒否して対立するし、
面白半分にサブリミナル映像を入れてみたりするし。
まあ他局も五十歩百歩ながら、ひときわ黒い悪ふざけを繰り返すTBS。
が、
まもなく日テレの横っつら拳、クリティカルヒット。
【TBSビデオ問題】
坂本事件の原因「放送前録画オウムに見せましたテヘッ問題」がついに発火。
国会の参考人招致でTBS社長@磯崎洋三は
「いや1秒も見せてないっす」「社内調査でも無問題」「事実無根」と強弁するが、
が、早川紀代秀の法廷証言&例の「早川ノート」も公開され。
「いや本当のホントは見せちゃってました」と発覚。
>TBSフルボッコ。
問題の番組「3時にあいましょう」の総合プロデューサー多良寛則&担当プロデューサー武市功>懲戒解雇。磯崎社長ら三役>引責辞任。
筑紫哲也@ニュース23「TBSは死んだに等しい」「辞めるつもりだった」
でも辞めるのをやめた筑紫は、結局そのあと死ぬまで10年以上キャスターの席に居座り続けるんだが。
20年後の11月──
各局「坂本弁護士一家殺人事件」の特番を組んだが、
TBSは「さ」の字もふれない平常運転だった。
oum04
──所沢シェアハウス
1996年11月──
この時点でまだ捕まっていないオウム真理教特別指名手配被疑者が7人いた。
林泰男 平田信 高橋克也 菊地直子 八木澤善次 松下悟史 北村浩一
完全復帰した國松長官の強い意向で全国警察本部に、警察庁直轄のオウム手配犯専従「特命捜査官」チームが編成、全国津々浦々で追い込みをかけていた。
埼玉県警所沢署

「八木澤だ」
「どちらの八木澤さん?」
「オウム真理教の八木澤だ! おまえらちゃんと働いてるのかこの税金泥棒が!」
特別指名手配なのに署員の誰もピンとこず。平熱に戻るの早杉である。
「オウム真理教の八木澤善次」の供述でアジト発覚。数人でワンルームマンションを段ボールで仕切ってなんちゃって個室にして共同生活していた。
>警察が踏み込む寸前、逃亡信者たちは着の身着のまま逃げた。菊地直子は急ぎすぎて一生の不覚の邪悪心ノートを忘れた。
その日のうちに北村浩一@地下鉄サリン事件運転役が逃げ遅れて捕まる。
八木澤相方の松下悟史、あてもなく公園で寝起き、ホームレスに。>「これも修行だ」>「…修行、か」>「…修行、か?」>「…………」>10日で心折れて出頭>逮捕。
残る高橋克也と菊地直子も捕まえようと、
埼玉県警5警察署が警官500名動員で捜査線を張るが、
さすがオウム真理教記録達成部 走る爆弾娘
>空振り。逃げ切られた。
菊地直子「林泰男と平田信が逃避行に誘ってくれる」と思っててどっちを選ぼうかしらいやん直子迷っちゃううなんてお花畑に考えてたらしい。
でも、林泰男も平田もべつの女を誘って逃げてしまい、気づけばアローン。傷心のまま好きじゃないつうかむしろ嫌いな高橋克也と逃げるしかなくなっていた。
この時点で残るオウム特別指名手配は、高橋と菊地、
別ルートで逃げてる殺人マシン林泰男、そして平田信の4人になった。
oum05
──メロン大好き
一方、内乱罪と破防法をめぐる法務省VS警察庁。
水面下の情報合戦、まだやってたりして。

1996年7月、公安調査庁、ついに破防法適用手続きスタート、
公安審査委員会に処分審査を請求。
公安審査委員会は破防法のお目付役にして最後の安全装置。
ここが破防法の適用ゴーかストップかを決めるんである。
が、
その頃には、警察の「メロン大好き大作戦」もじわじわ効果を上げつつあり。

“暗い部屋の面々”は、白鳥百合子が置き土産に書き上げ託していった「メロン大好き大作戦」の精緻な行程表に忠実にしたがって粛々と布石を打っていく。
武装化の基盤だった集金システムも、相次ぐ逮捕で信者組織もズタボロ。マハーポーシャ系列商売も商売にならず廃業に追い込まれ。オウムは絶対的金欠に。
1996年3月、トドメの一撃。
破産者 オウム真理教 管財人、12年の闘い
国と被害者弁護団による申し立てで、>教団は破産。管財人の管理下に。
気づけば世間の対オウム目線もいつしか、
「反体制テロ組織」から「DQNの集まり」へと格下げされていた。
検察庁、>内乱罪の適用を断念。
1997年1月、公安審査委員会「具体的な脅威が認められない」
>破防法の適用申請を棄却。
対オウム捜査を「国と国との戦い」とあおって
破防法適用を推していた野中広務@元国家公安委員長、
「あれだけ条件が揃っていて適用できないなら破防法は要らない。
オウムなら国民の同意を得られたはずだ」
“赤レンガの館”の便乗ゴリ推しは、
白鳥百合子の仕掛けた2年越しの駆け引きの末、潰えたんである。
oum06
──上九一色、残照


上九一色サティアン群には麻原逮捕後もずるずる信者が居残っていたが、
破産宣告で1996年にはみんな立ち退かされ、>取り壊された。

麻原の築いた厨二病王国は瞬く間に瓦礫の山となりはてた。
第七サティアンだけは、国際機関OPCW@化学兵器禁止機関の査察対象として残されていたが、1998年には役目を終了、これも解体された。
すっかり「オウムの村」として全国区になってしまった上九一色村は、
イメージアップはかって「富士ガリバー王国」をオープン、
するが、
そのセンスも謎すぎる
天候不順な富士裾野でアウトドアリゾートは無謀杉た。
数年であえなく閉園。
さらに数年後、周囲の市町に分割吸収され、
上九一色という村は消滅した。
oum07
──主文は後回しで
麻原裁判は初めっから「死刑ありき」の空気感のなか、国選弁護団の重箱の隅つつき戦法、お約束の精神鑑定戦法でずるずるあんま意味もなく長引き、
公判は254回、呼ばれた検察側証人171人。
やっと地裁判決が出たのは、8年目に入った2004年。
「主文は後回しとする」
そうなるとお約束的に結論は出たようなもん。マスコミ大はしゃぎで実況。
つづいて延々と「理由」の朗読。朝からお昼をはさんで午後もまだ朗読。
やっと朗読終わったのは午後3時過ぎ。
判決言い渡しの瞬間、麻原こと松本智津夫は規則どおり立つのを嫌がり、
刑務官数人かがりで無理矢理立たせた。

「主文、被告人を死刑に処する」
東京拘置所に戻った松本智津夫は「なぜなんだちくしょー!」と叫んだ。
第一審の国選弁護団は控訴しといて総辞任。再編成された弁護団もあーだこーだ言い訳つけてずるずる2年も控訴趣意書を出さず。
会話できず廃人状態→訴訟能力なし→公判停止(゚д゚)ウマーをねらう。
その定番の戦法が裏目に出た。
高裁「期限切れだばかやろー」>刑事訴訟法にもとづき控訴棄却。いちども控訴審が開かれないまま手続きの問題で地裁の死刑判決が確定、という前代未聞の事態に。
慌てた弁護団は最高裁に特別抗告するが、

あれだけ延々と引っ張った麻原裁判はあまりにあっけなくケリがついた。
oum08
──やつらを高く吊せ!
我らが【サティアンズ】では、いっちゃってる連中よりも、ある程度まともさを残した信者がいつしか否応なく深みにはまって罪を犯すさまに目を向けた。
端本悟とセーラーを。やっさん・まこやん・ポパの3人組を。
林郁夫の妻りらと愛人村上栄子を。遠藤土谷よりも中川智正を。
最高幹部衆のなかで数少ない“大人”だった早川紀代秀を。
まあ早川は事件にあんま関わらないんで気づけば途中でどっかいっちゃってたが。
そんな彼らもまるっと同様に罪を裁かれる。
殺人級の信者たちの法廷では
「マインドコントロール」が争点に。
弁護人たち「心神喪失で減刑ていうか無罪で」という例の戦術に出た。
滝本弁護士ん~ん~ん~ん~@被害者対策弁護団「麻原以外の死刑反対!」
事件当時30代だった滝本ん~ん~ん~ん~、もはやオウムはライフワークに。
今もアンチオウム発信を続けつつの、逮捕されたオウム信者たちの弁護も引き受け。
そういう中間色な考えは最も正しい答えかもしれんけども、
あんまし世間に広がってくれない。パッと聞きでワケわかりにくいんで。
だからけっきょく↓
建設省大臣 早川紀代秀@ティローパ
>田口事件 坂本弁護士一家殺し サリンプラント建設など7事件起訴。
早川は麻原逮捕直後に脱会届を出したが、じつはホントのほんとに帰依が消えたのはずっと後の1999年。麻原が予言した災厄がぜんぜん来なかったからだった。
トンデモ発言で退廷させられるグルをみて、証言台で早川は号泣した。
早川紀代秀>>2009年7月 死刑確定
「君は、人殺し。それだけだから」
諜報省トップ 井上嘉浩@アーナンダ
逮捕された直後からなぜかすでに心折れていて、まもなく罪も認めて完オチ。
法廷でかつてのグル麻原を烈しく口撃した元信者のひとり。
傍聴人いわく「改心したというより、精神的には入信した高校生のままだ。被告という役割に一生懸命とりくんでる。教団のワークに一生懸命とりくんだように」
地裁「地下鉄サリン事件では連絡係くらいの補助的役割だった」
2000年6月 第一審 地裁判決>無期懲役
判決を聞いた井上は泣きじゃくった。検察は控訴。
高裁「地下鉄サリン事件では調整役として重要な役割だった」
井上嘉浩>>2010年1月 死刑確定
法皇内庁長官 中川智正
@ヴァジラティッサ
同級生だった水道橋博士によると中学時代のあだ名「ケツ」
麻原と新實に次ぐ11事件25人殺人で起訴。
「警察はアジトを見張っていたのなら、
なぜ都庁に爆弾を送る前に捕まえてくれなかったのか」
ケツは法廷で泣いた。
中川智正>>2011年 死刑確定
ケツの親はオウム真理教被害者の会の主要メンバーだった。
治療省大臣 林郁夫
@ボーディサットヴァ クリシュナナンダ
地下鉄サリン事件解決に大きな役割はたしたとして、自首が成立。
地下鉄サリン事件散布役でひとりだけ極刑を免れる。
林郁夫>>1998年5月 無期懲役判決>服役中
のちに獄中の林郁夫が座禅を組んで瞑想中、
と知って、判決を下した元裁判官、ショック。
「……騙された、んじゃないよな、おれ」
科学技術省次官 豊田亨
@ヴァジラパーニ
法廷では無表情で感情も見せず淡々と証言。
通称「ポーカーフェイス」「殺人ロボ」
だが地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人 高橋シズエ宛の手紙でだけ、
「ポーカーフェイス」はひそかに本心を明かした。
「裁かれる者として、遺族、被害者の方の不快感を増大させる言動を慎むことが最低限のとるべき態度」
一審で死刑判決が出ても豊田は受け入れる意向だったが、弁護人の権限で控訴した。
豊田亨>>2009年 死刑確定
東大出身者の死刑確定は、日本国憲法はじまって以来、初になる。
科学技術省次官 廣瀬健一
@サンジャヤ
逮捕後まもなく神秘体験が科学的に説明できると知り、
あれほどガチコチだった
マインドコントロールあっけなく解ける。
でも、その代わりにこんどは罪の意識に押しつぶされ。
一時精神を病み、失語症状態に陥った。
法廷での廣瀬の表情は、豊田亨とは対照的、つねに苦悩に満ち満ちていた。
一審判決後、廣瀬は被害者全員に一通ずつ謝罪の手紙を書く。
「汚い字では失礼だ」と獄中でペン習字の通信講座うけて、几帳面な達筆で。
廣瀬健一>>2009年11月 死刑確定
科学技術省次官 横山直人
@ヴァジラ ヴァッリィヤ
やはりコミュ力皆無は変わらず。反省よりも、取調中に刑事に殴られたとひときわ熱心に主張。しゃべるのは弁護人だが。
横山の車両だけは死者ゼロだったんで、
他の散布役より罪は軽いはずっしょ、と弁護人は訴えたが、
裁判長「計画ぜんぶを知っててやったんだし、おまえら5人セットの犯罪だから。てめーがトロくて1回しか刺せなかっただけ」←と(いうのを法律用語で)ばっさり。
横山真人>>2007年 死刑確定
「@_@)…………ぁ…」
架空のあだ名やっさんこと科学技術省次官 林泰男
@ヴァジラチッタ イシディンナ
殺人マシンと呼ばれた “最も危険な男”
1年半にわたるカップル逃亡は、彼女がお水で稼いで部屋に匿いヒモ状態で、朝は2人仲良くジョギングしたり……んー? なんか楽しげだぞ。
だが追っ手はつねに迫っていて、千葉、>名古屋、>京都、>と流れ流れた先の沖縄石垣島で、ついに12月3日、カップル逮捕される。
問題のVXボトル2本は玉川用水の遊歩道に埋めて隠していた。
康男の老母ひとり暮らす実家の近くだった。
麻原への帰依なんてとっくに消えてたが、逃避行のあいだプルシャはずっと持ち続けたし、瞑想や断食も習慣づいてたのがなんかもの悲しいところ。
捕まった林泰男の証言で、井上嘉浩の「ちょっとした保身の嘘」もたくさんバレる。
殺人マシン林泰男のイメージとはあまりにも真逆で裏腹の、
穏やか誠実な好人物ぶりに法廷は戸惑い。
裁判長が判決文に異例の↓一文を添えたほどだった。
「被告人を一個の人間としてみるかぎり、被告人の資質ないし人間性それ自体を取り立てて非難することはできない」「およそ師を誤ることほど不幸なことはなくその意味において被告人もまた不幸かつ不運であったといえる」
だが、
のち林泰男が、麻原三女アーチャリーへの手紙で、「“おとうさん”の死刑執行を遅らせるため何十回でも再審請求を繰り返すべき」と助言してたことが発覚。
尊師への帰依を捨てたふりをしただけでじつは信徒のままだったのか、単に昔のよしみでアドバイスしただけか、麻原の死刑執行を遅らせることで次に続くであろう自分たちの執行も遅らせて少しでも長く生きたいっつう悪あがきか、
真実はやっさん当人しか知らず、たぶん明かされないまま終わる。
林泰男>>2008年 死刑確定
架空のあだ名ポパこと
自治省次官 杉本繁郎@ガンポパ
どうしてこうなった
>地下鉄サリン事件の運転役
>薬剤師リンチ殺人@落田事件と信者リンチ殺人@冨田事件
>>無期懲役
自治省次官 北村浩一@カッサパ、
同次官 外崎清隆@ローマサカンギヤ
>地下鉄サリン事件運転役>>無期懲役
元信者 岡﨑(佐伯 宮前)一明
@元マハーアングリマーラ
「ぼくが自首したから坂本弁護士一家殺人事件が解決したんで逆に感謝してほしい」的に熱弁。法廷では毎度悲しい生い立ち語り、毎度山場で必ず泣いた。
自分の地位を低く役割をできるだけ小さく見せて罪を軽くしようと大熱演。
そのたゆまぬ努力と熱演の結果↓
「え? あれ?」
岡﨑一明>>2005年 死刑確定
オウム事件で最速
厚生省犬猿コンビ、被告としても人としても、
やっぱりダメダメなやつらだった。
第一厚生省大臣 遠藤誠一
@ジーヴァカ
土谷との犬猿の仲っぷりは起訴されても変わらず。土谷裁判の証人になるのを拒否。
さらに自分の役割をできるだけ小さくしようと言い訳、反省の様子いと少なし。
そんな遠藤の前に、ひとりの少女が現れる。
かつて遠藤の許嫁だった麻原四女@遠藤逮捕時5歳。
江川紹子が後見人になったりすぐやめたりして話題になった少女、ペンネーム松本聡香*である。のち家族とも教団とも絶縁、ネカフェ難民になったりホームレスになったり風俗嬢になったり麻原の子らのなかで最も激しく人生爆裂狂い咲きサンダーロードるが、このときまだそこまで爆裂してない。
ペンネーム松本聡香*は人生いろいろ考え中で、拘置所の信者たち、林泰男 新實智光 端本悟 横山真人 それに“許嫁” だった遠藤と何回かにわたって接見していた。

もうペンネーム松本聡香*も5歳じゃないわけで。乙女年齢になった許嫁が自分に会いに来てくれて遠藤すっかりうかれてしまったらしく。
二審判決までの4か月ほど2人は集中的に接見と文通。おもに遠藤がせっついて。
遠藤が四女に送った手紙↓
「あなたは私を愛しているのです」
なんか主語と目的語が逆じゃねーかだが、遠藤はこんなストーカーチックなラブレターをせっせと送り続けた。
……つうかなんでこいつは豊田や廣瀬とこうも書いてる手紙が違うのか。
四女「……キモいんですけど」
と思ったかどうかはともかく、
許嫁っていっても5歳の頃に親が決めてただけだし。17歳の四女にとって遠藤なんて「昔あそんでもらったけど今は疎遠になってる親戚のおっさん」くらい他人。
四女がふつうに話せる大人林泰男の方とよく面会してたのは遠藤には内緒だ。
やっさんモッテモテじゃないか。
遠藤誠一>>2011年キモいんで死刑確定
「職業はなんですか」
「麻原尊師の直弟子です」
第二厚生省大臣 土谷正実@クシティガルバ
検察官いわく「悪魔に魂を売り渡した殺人化学者」
実行犯を一度も経験してないせいか、
マインドコントロールなかなか解けず。罪の意識が最も薄い、というかまったくなしの信者にして化学バカ。
最も後悔してることが「遠藤を殴らなかったこと」だし。
最終陳述では陰謀論的妄想ゆんゆんの小説風上申書を2時間かけて朗読。
……なんで豊田や廣瀬と書くものがこうも違うのか。
反省ゼロの態度悪さもあって一、二審とも>死刑。
ここまできてようやくやべっと思ったのか、
「麻原に騙された」と言い出し謝罪も口にしだす。
死刑は重すぎる、と上告。
土谷正実>>2011年 死刑確定
自治省大臣 新實智光@ミラレパ
言葉を理解するドーベルマン
大物幹部の中でただひとり、最後まで麻原への帰依を捨てず、公判でも飄々と狂信的。
教団の犯行とは認めながらも、罪は認めず。
「うふふ、すべてはシヴァ神の意志なのですよ」
でもオウム最初の殺人@田口事件や坂本弁護士一家殺しのあと情緒不安定になったり、
接見にきた例の麻原四女@17歳の小娘に論破されて、「責めるならもう僕に近づかないでくうんくうん」と疎遠になったり。本当はそんな強い人間ではない。
新實智光>>2010年2月 死刑確定
恋する殺し屋@自治省端本悟
@ガフヴァ ラティーリヤ
「一緒に逃げたのは彼女とずっと一緒にいたかったから。
麻原は信じてないけどなんとなく地震くらい起きると思ったし」
>坂本弁護士一家殺人事件 松本サリン事件ほかで起訴
法廷で罪を認めつつも、麻原や幹部たちへの恨み節、泣いたりわめいたり。
「麻原のぶたやろー」「村井のくっそやろー」「上祐このやろー」
端本悟>>2007年 死刑確定
報道でそれを知ったであろうセーラー、なにを思う。
端本の親もまたオウム真理教被害者の会のメンバーだった。
「このままでは“加害者の会”になってしまう」
会長夫婦の心配は的中してしまった。
のち同会は、家族の会と名を変える。
恋する空手使いにして元社交ダンス講師
@自治省富田隆@シーハ>松本サリン事件で起訴

「ソーマーーーーー!」
>>懲役17年
法務省大臣兼顧問弁護士 青山吉伸
@アパーヤージャハ
滝本弁護士サリン襲撃事件で滝本ん〜ん〜ん〜ん〜をおびき出す役割をはたした件で、
殺人未遂の共犯で起訴。
1995年6月、弁護士資格抹消。
それでも青山の公判には、京大法の同期やかつての仲間が詰めかけ見守った。
もしオウムと出会わなければ、熱血人権派弁護士として坂本堤や滝本太郎と同じ側に立っていた、かもしれない。
ただし、法律家ゆえか公判中もぶっちゃけることもなく、のらりんくらりん。
リムジン謀議など核心がらみは微妙にかわし続け、消化不良に終わった。
青山吉伸>>懲役12年
端本と一緒に逮捕された法皇内庁中村昇@ウパーリ
井上嘉浩と双璧のモテ男
>松本サリン事件 冨田事件 假谷さん拉致事件で起訴
>>無期懲役
自治省山形明@元自衛官@ガル アニーカッタ ムッタ
>VX殺人&殺人未遂事件実行犯ほか
あ、こいつ出し忘れとった。
>>懲役20年
法皇官房 富永昌宏@ヴェーマチトラ
>新宿青酸ガス事件 都庁小包爆弾事件 滝本サリン事件
東大医学部卒。石川公一と灘高の同級生。
法廷でも犯罪の実感ないのかしじゅう他人事のような顔してたが、
小包爆弾で指を失った都庁職員が法廷で証言、てめえのもたらした結果を目の当たりにしてやっと罪を自覚した模様。
爆弾事件は例の爆発物取締罰則になるんで、人死んでなくても罪が激重である。
>>懲役15年
科学技術省次官 渡部和実@ゴーサーラ
村井秀夫@死亡の右腕的存在だった。
>サリンプラント建設@殺人予備罪&松本サリン事件@殺人幇助罪
>>懲役14年
ロシア支部長兼外報部長 上祐史浩@マイトレーヤ
>波野村強制捜査の国土利用法違反つながりの偽証や有印私文書偽装なんていうずいぶん古い話を引っ張り出してきて、>95年10月逮捕
>>懲役3年
上祐が指揮した亀戸異臭騒動@1993年は、
「毒なし炭疽菌だったから不能犯」ってことで立件されず。
死刑13人 無期懲役5人
有期刑@実刑80人──
マインドコントロール下でやったにしても、
罪は罪、が司法の答えだった。
マスコミの好きなフレーズ>「謎は残された」「事件の闇」「教団がなぜ暴走したのかまだ充分に検証されたとはいえない」「謎のまま麻原を死刑にしていいのか」
でも、麻原が急激に改心するかしてぜんぶしゃべんないかぎりそれ無理だし、いやそれでも「まだ残された謎が」とか「まだまだ闇が」とか言うんだろう。
oum09
──オウムの女たち
東信徒庁長官 飯田エリ子@サクラー
>假谷さん事件などで起訴。
>>懲役6年6か月
女子幹部のなかで最も重い刑に。
服役中に脳出血で倒れ、出所するも、重い脳障害が残る。
まだ若いのに脳出血は、PSI@ヘッドギアの電気刺激が原因?ともささやかれる。
「ついていった人が間違いだった」
大蔵省大臣 石井久子@マハーケイマ
>地下鉄サリン事件で犯人隠匿
信者逆さ吊り修行致死事件@越智事件で死体損壊遺棄
>>懲役3年
母親の自分が逮捕されて麻原との子3人を施設に入れられないよう、教団究聖音楽院 鎌田紳一郎と名ばかり入籍。服役中の子育ては自分の妹@元信者に託した。
麻原の後継者とか噂されたが、本妻松本知子と三女アーチャリーが睨みをきかせる教団にはけっきょく戻らず。一時精神を病む。
親元に戻って、ひっそり子どもたちを育てる。
本妻の子たちと同じくこちらの尊師チルドレンも小学校入学を拒否された。
西信徒庁長官 都澤和子@ウッパラバンナー
>>懲役1年
公判でもグルへの鉄の忠誠ぶりを披露したけども、
例のドクター苫米地の脱
マインドコントロールを受け、>脱会。
彼女の脱会が呼び水のごとく、女子幹部たちは次々と教団から去った。
郵政省大臣 松本知子@ヤソーダラー
@麻原彰晃こと松本智津夫夫人
「私は夫に虐げられ騙されていた哀れな女」
>薬剤師リンチ殺人事件で起訴される。
法廷では「無力で何も知らなかったかわいそうな妻」設定で涙を流し、夫麻原を口撃。坂本事件のとの関わりなど都合の悪いことはごにょごにょ口を閉ざす。
>>懲役6年
麻原の子どもたち──例の四女以外にも、長女ドゥルガー、次女カーリー、三女アーチャリー、3歳長男2歳次男、それぞれ爆裂な人生を歩むが、ほぼ出てきてないんで略。
「僕と女医と看護婦さん」の女医と看護婦さん──
↓女医

林郁夫の妻りら
>松本剛の指紋切除を夫とともに行った犯人隠匿で起訴
>>懲役1年 執行猶予3年
医師免許は剥奪されず、旧姓に戻る
↓看護婦さん

村上栄子@ドウッシーラ パハーナ ブータ パティヴッダ ムッター
>宮崎資産家拉致事件や松本剛逃亡を助けた犯人隠匿で起訴
>>懲役2年4か月の実刑
新信徒庁長官 大内早苗@ソーナー
>>懲役2年4か月
公判ではこう陳述し、涙をひとしずくこぼした。
「教団では誰も救われなかった」
oum10
──桜田門の変
対オウムの中心となった警視庁の総大将井上幸彦総監、
鼻たっかだか>戦功をもってして無限無敵モードに突入。
國松長官がまだ半療養中ってこともあって、
警察庁キャリアの人事にすら介入できるほどの影響力をみせつける。
井上総監と相性悪かったすがぬーこと菅沼清高@長官官房長>とつぜん辞職、
警視庁組の廣瀬権@副総監>大阪府警本部長へ栄転、中田好昭@警備部長>長官銃撃事件で都内警備の大失態なのに、>なぜか兵庫県警本部長へ栄転、
なんていう井上総監のゴリ推しと噂の人事が横行。
もはや警視庁と警察庁のパワーバランスも逆転、井上天皇の時代はじまっ
たが、好事魔多し、
うかれ気分の警視庁、まもなく超弩級カタストロフィ到来。
1996年2月、例のオウム警官小杉敏行巡査長、とつぜん自供。
「長官を撃った」
井上総監は、小杉の身柄を隠して箝口令を敷き、警察庁にも知らせなかった。
オウム捜査終盤で習慣化した隠しグセがまた出たんである。
けども、
まもなくうわさとなって警察周辺でじわじわ囁かれ、
10月、怪文書「一警察官」がマスコミに届いて発覚。
1keisatsukan

差出人「一警察官」の正体はいまだ分からず。
上層部の隠蔽に怒った内部告発的な公安ノンキャリとも、
アンチ公安の刑事部のデカとも、その誰かのリークを受けた外部の誰かとも言われる。
≫ 「一警察官」による告発文書(全文)

「小杉問題」炎上、警視庁バッシングつまり井上総監バッシングめっちゃ活性化。
青くなった警察庁首脳陣は、小杉問題の範囲を警察全体ではなく、
警視庁公安部にとどまるように手を打つ。
10月28日、マサルンこと櫻井勝@公安部長、更迭。
「……秘匿ごっこ、か」
“尊師”に逆らえず、恩ある杉田パイセンにすら「小杉自供」を隠し続けたのが致命的。
干され職に回された元公安エース、まもなく辞表を出して姿を消す。
が、大荒れ模様おさまらず、
「断腸の思いである」
96年12月3日、井上幸彦@警視総監、てっぺんから奈落の底へ。事実上の引責辞職。
偶然ながら殺人マシン林泰男が沖縄で逮捕されたのと同じ日だった。
で、警視庁がぺちゃんこになる騒動の出火元の小杉巡査長はというと、
長官狙撃の供述はふらふら揺れて矛盾だらけ。例のドクター苫米地までからんでさんざゴタゴタしたあげく、けっきょく尻すぼまり、一体なんだったんだ状態に。
いまだに長官狙撃事件で小杉とはなんだったのか不明のままあーんぁみんなぉれが悪いのかそれは小杉十郎太。
守秘義務違反で懲戒免職、でも刑事罰はなし。
地元静岡に戻ってしれっと再就職。
さて、警察庁もまた──
たかじーこと國松孝次@警察庁長官
全国警察本部に、警察庁直轄のオウム手配犯専従「特命捜査官」チームを編成させ。
さらに全国を精力的に行脚して刑事公安がマジに合同捜査するようハッパをかける。
さらにさらに警察官の定員枠増、さらにさらにさらに広域犯罪には管轄外でも大規模警察ぶっ込めるように警察法改正──前のめり急ピッチで改革を仕掛けるが、
じつは撃たれた後遺症で「体力のげんかっ」
井上総監辞職からまもない97年3月、自らも長官を退任。
>2010年、長官狙撃事件は真相に近づけないまま時効となった。
垣見隆@刑事局長
カッキミーってあだ名まで考えたのに、
白鳥に言わせるのすーかり忘れてたほどまったく空気だった。
オウム騒動がひと段落して我に返ったカッキミー、自分のさらした醜態っぷり小心者っぷりに絶望。次の次の長官の座を投げ出して、まもなく警察を去る。
カズヒーこと杉田和博@警備局長
かわいい後輩マサルンの裏切りと失脚にセンチメンタルンなカズヒー先輩である。
1997年4月、内閣情報調査室長に任命されて警察をはなれ、のち内閣危機管理監に。
2012年、第2次安倍政権で官房副長官@官界序列1位に。地味に勝ち組。
安倍晋三首相就任会見では立ちっぱなしで>気絶、ぴくぴく痙攣、
お姫様だっこされるカズヒー先輩である。
関口祐弘@警察庁次長
井上天皇にさんざ振り回されたが、國松のあと晴れて長官に。
攻めの姿勢でいわゆる「通信傍受法」を成立させる。
だが、まもなく警察不祥事ブーム到来。神奈川県警の連続多発スキャンダルはじめ全国警察で次々と不祥事が出るわ出るわ。
2000年1月、長官辞職。神奈川県警多発不祥事の引責とささやかれた。
数年後、肺がんで死去。
その次の長官に繰り上がったのは、対オウム捜査にかかわった優勝候補の誰でもなく、
ダークホースの地味メン田中節夫@交通局長だった。
高石和夫@警備局公安第1課長
のち防衛庁出向>静岡県警本部長>公安部長>副総監、て具合に出世コースを進むが、
まもなく食道がん治療のため退官、>2008年死去。
小山金七警部@落としの金七捕物帖@警視庁捜査1課
八王子署刑事課長を経て、警視に昇任。
このときすでに胃がんにおかされていた。
定年まであと2年で捜査1課特別管理官@長官狙撃事件担当になり、
意欲を燃やすが、その名刑事っぷりが披露されることは、もうなかった。
>闘病の末、2000年、この世を去る。
oum11
──13階に棲まう魔物

【サティアンズ】は気づけば【ハラハラクロック!】とセットで
警視庁公安部事件史になってたりもするんだけども、
対オウムでひさびさに「らしさ」を内外に見せつけた公安警察だが、“オウム特需” もまもなく終わり、ふたたびアイデンティティがぐらぐらし始め──
公安は誰をマークしているか
新たに「カルト」を要警戒対象に加え、911が起きればアルカイダこそ次の市場!と警視庁に国際テロ専門の外事3課を新たにつくり…。
でもオウム並の破壊的マジキチなんてそうそういないし。イスラムテロリストが日本にわざわざ来てなにするかっつうと微妙だし…。ぬーむ。
時効捜査 警察庁長官狙撃事件の深層
そこもってきてダメージ大なのが、長官狙撃事件捜査の泥沼化。迷宮入り街道ばく進。
てめーらの大将撃たれて解決できず激失態である。世界の治安当局の物笑いだ。
9年後、ひさびさにヤマが動く。
警視庁公安部と南千住署特捜本部いきなり元警官小杉と元オウム法皇官房次長の石川公一と元防衛庁長官岐部哲也を逮捕。
この逮捕を仕切ったのは伊藤茂男@公安部長。事件のとき公安参事官、以来ずっと長官狙撃事件捜査にからんできた唯一のキャリアという因縁で、ついに意地をみせ
たはずだったんだけども、これがですな……
こんどは狙撃犯が端本悟、小杉は後方支援役にして、なーんか代わり映えしない顔ぶれをパズルのごとく置き換えただけの無理無理な筋立てで、
とうぜん検察は「ダメだろこんな創作」とすげなく不起訴。屈辱上塗りしただけに。
“戦犯”状態の伊藤公安部長、気づけばそこにいなーい人の形に輪郭の点線が点滅、ってくらいのマッハで異動させられ、以後出世コースから粛々とはずされる。
さらに警視庁極めつけの暴走は──2010年 長官狙撃事件公訴時効直後、
わざわざ青木五郎@公安部長が記者会見までひらいて、
「時効になったけどオウムの犯行だからな!」
……覚えてろよ的な捨てゼリフっつうほかなんの意味があるのか不明の。
とうぜんながら速攻アレフに名誉毀損で訴えられて、とうぜんながら警視庁側が敗訴。
にゃーにやってんだよ!
きしゃーっ
“悪魔的ジャーナリスト” 江川紹子もお怒りです。
公安警察オワコン臭は、
2009年、宿敵新左翼ルーツの左派色あふれる民主党政権の誕生でさらに強まり、
2010年10月──
【警視庁外事3課国際テロ捜査情報流出事件】からの
>青木公安部長更迭で、危険水域に達する。
oum12
──遺されたひとびと
不屈の妊婦杉マリコ*、無事に男の子を出産。
やっぱりタフネスに子育て中。
宮崎資産家拉致事件の大牟田父*どげんかせんといかん
次女三女と娘婿が、自分の誘拐犯として逮捕。まあ自分で刑事告訴したんだが。
裁判で父にして被害者「罪を償ったらまた家族として迎えたいとげんかせんといかん」
娘たちには実刑判決が下された。
高橋シズエ@霞ヶ関駅助役高橋一正の妻
ごくごく平凡な主婦だった彼女、地下鉄サリン事件で夫を亡くして人生激変。
「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人として奔走することに。
オウム犯罪被害者救済にむけた地道な活動がようやく実を結び、
2008年、特別立法「オウム被害者救済法@オウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律なっげーよ」施行。
13年の長きにわたって国から補償も支援もまったくナシの見殺し放置ほったらかしだった被害者たちが、ようやく救済されたんである。ちょっとだけ。
一方で、裁判を無意味に長期化させた麻原の国選弁護団12人には、
当然の権利として国から報酬4億5000万円(もちろん税金)が払われる。
「疑惑」は晴れようとも 松本サリン事件の犯人とされた私
“第一通報者” “あの会社員”
長野県公安委員会に加わった河野義行だが、決して長野県警への私情あふれる下劣な意趣返しには走らず、つねにフェアなスタンスをとり続けた。
でも私情あふれる下劣な意趣返しを期待してた田中康夫知事は気に入らず、
河野は1期で委員を解任された。
出所して謝罪しにきた元信者とも交流したり、ハンパない高潔の人である。

2008年8月、松本サリン事件以来、ずっと昏睡状態だった妻澄子、息をひきとる。

「我が家にとって事件が終わる日」
2010年、妻の三回忌を終えると、長年暮らした松本市を去った。
のち河野義行は、ああ言えば上祐の開いた「ひかりの輪」の外部監査人を引き受け、
一歩踏み入って教団(の片割れ)を見守ることになる。
高橋シズエも河野義行も、あまりにもスーパーサイヤ人杉て、
そのへんの凡人にはぜんぜん真似できないんだが。
oum13

──厨二病帝国の末裔
逮捕されなかった正悟師が多頭制でとりあえず教団を仕切るが、
残党状態になっても重度の厨二っぷりは変わらず。
「サリンはでっちあげ、強制捜査は弾圧、尊師逮捕されると、日本はカルマで滅びる」
まったく非を認めず、謝罪も賠償もさらさら考えず。
彼らの精神構造からして、そういうの期待するだけムダなんだが。
96年6月、当局の追及をかわすため、麻原を「開祖」に棚上げ、長男@3歳 次男@2歳を共同教祖にというか追及かわせないだろそれじゃ。
で、破防法の適用棄却を「完全勝利」とカン違いして有頂天に。
さっそく挑発的街角パフォーマンス「私たちまだオウムやってます」
また性懲りもなく教団拠点用の土地買収を始めて住民と衝突。
渡る世間の嫌オウムが絶頂ピークに。

「クソガキどもを痛い目に遭わせろ」
ついに国会でオウム規制法案が可決されそうになって初めて、
やっとオウム残党たちは「え、やばいんじゃね」と気づき。
慌てて事件を認め、被害者への謝罪と賠償も表明するが、今さら遅し。


1999年、オウム新法こと「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律そんなんオウムしかいねーじゃん」成立。
おかげで公安調査庁は仕事にありついた。
以後、ことあるごとに立ち入り検査、危険集団として監視されることになる。
というあいだも、獄中の麻原はずっとだんまり。
残党たちは宙ぶらりんになった。
だからこう思う。
事件やグルの逮捕や意味不明の言動もふくめて壮大なマハームドラーなんじゃないかグルへの帰依を試されてるんじゃないか。
「これも修行」「もうすぐ戦争が起きる」「世が変わって尊師がおでましに」
彼らとり残された者たちは、1995年のあの日から抜け出せないまま
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる同じ所をめぐり続ける。
警察と公安調査庁はそんな彼らを冷ややかに見守る。
アレフというかオウムはもはや “死んだ宗教” 。以前の勢いを取り戻すことはない。
あえて教団をつぶさず残し、残党をまとめて監視しながら、高齢化により自然消滅するのを気長に待つソフトランディング作戦である。
が、事件から5年目の2000年、当局が緊迫する非常事態が一度だけ起きた。
oum13

──ウラジオストクからの危険な客人
2000年3月【シガチョフ事件】
ロシア人信者の残党ドミトリー・シガチョフの対日テロ&尊師奪還計画。
かつて教団はヴァジラヤーナ教本@殺人肯定教義をロシア支部では発禁にして、
現地の信者たちの目にはふれないように注意していた。
ロシア政府にいろいろ便宜をはかってもらってて気ぃつかってたからで。
ところが、教団崩壊のどさくさ紛れで、
この禁断の教義がめぐりめぐって。>シガチョフの目にふれる。
ロシアではオウム真理教が禁教になり、信者たちは隠れキリシタンのごとく地下に潜ってひそかに宗教活動中。
元出家信者ドミトリー・シガチョフはそのなかでも過激なやつで、前からネットのサイトで元“上司”上祐の融和路線を「腰抜け」とかディスっていた。
そんなやつがヴァジラヤーナを知ったもんだから。
「尊師を奪還するぞ!@ロシア語」
まあそうなるわな。
日本の人口密集地で爆弾テロ、その混乱に乗じて拘置所を襲って麻原を解放、
モーターボートで日本を脱出。というアバウトすぎる計画というか妄想。
でも妄想に乗るマジキチも何人かいて、日本海沿岸ウラジオストクで着々と準備。
が、さいわいインターネットで起爆装置を注文するバカだったので、
ロシア連邦保安庁が目をつけシガチョフ一味の内偵を始める。
という流れだけども、
このシガチョフ登場で日本のオウム@アレフ、にわかに存亡の危機に。
じつは教団、このマジキチシガチョフに計12万ドル資金援助してたんである。
窓口はオーケストラ・キーレーンでロシアと縁のある石井(鎌田)紳一郎@石井久子と入籍して石井姓といわれていて、ウィーンで落ち合い、最初の金を渡した、という。
明らかにテロしようとしてるやつにテロ資金わたす、こんな愚行だれが決めたのか。
上祐も松本知子も当時まだムショの中、名ばかり指導部の正悟師たちに実権はなく、影響力をもっていたのは麻原の娘たちとその取り巻き。なんだか責任者あいまいだった。


どっちにせよ教団としてテロリストに資金提供しました、
>それで日本で爆弾テロ起きました人たくさん死にました、
>拘置所襲撃で麻原脱獄しました、
>なんてことになったら、
計画が成功してもしなくても今度こそ教団は完全終了。木っ端微塵に分子レベルまで解散させられるだろう。
出所してそれ知りビビった上祐もロシアの隠れ信者たちもシガチョフ説得に失敗、
>しかも近々シガチョフ来日予定、と分かる。
どうしようもなくなって上祐はかつての宿敵警視庁公安部に泣きつき、ロシアの隠れ信者たちも連邦保安庁に「おそれながら」と泣きつき。
ただし上祐はこのとき、公安部にシガチョフが「危険な男」とだけ告げて、用心深く麻原奪還テロ計画があるとは明かしてない。そのへんやはりしたたかである。

が、ロシアがなんの手違いかシガチョフを出国させてしまい、新潟入管も「入国させない法律ないし」と小役人根性丸出しでシガチョフを日本に入れてしまう。
計画では先遣隊のシガチョフが攻撃目標を決めて、一味がモーターボートに武器と爆弾満載で密入国、という予定だった。あいかわらず大雑把な。
だが、それでも成功するときはしてしまうのはオウム事件の数々で立証済だ。
が、サミット開催地の福岡に向かったシガチョフに警視庁公安部・福岡県警とアレフが徹底的に追っかけ状態で常につきまとい、
さすがにあきらめるしかなくなったシガチョフしょんぼり帰る。
帰国したところを待ち受けたロシア連邦保安庁が一味もろとも逮捕。
ウラジオストクのアジトはマジで武器庫だった。
さすがロシア。
oum16

──3名様
残るオウム特別指名手配犯はこの3人に。
高橋克也 平田信 菊地直子
教団瓦解で連絡も支援も途絶えるが、3人はそれから17年も逃げつづける。
彼らは下っ端にすぎなかったが、結果的に最も名前と顔の知れたオウム信者となった。
口封じで殺された、裏社会の力でフィリピンへ逃げた、タイのカジノで目撃された、
数々の“真相”が“裏事情通” たち@もちろん一橋文哉含む、によって語られ。

もはやこの3人が生きて見つかることもなかろうて、
なんて思われてたんだが、
2011年暮れから、思わぬ怒濤の顛末が待っていた──
「あのー自首の窓口ってここですか」
「はぁ?」

「警視庁に行ったら門番の人にここだって言われたんで来たんですけど」
「君ねえ、年の瀬に悪ふざけしてなにか楽しいの?」
「え、ちょ、ふざけてないです本物ですって。ほ、ほら、背高いでしょ背(必死」


3人ともずっと日本にいて、社会の片隅でひっそり生きていた。
oum15

──オカルティック
オウム事件一発で、新宗教 精神世界 オカルトの類は壊滅的大打撃を受けた。
一時はヨガ教室や怪談話ですらタブー視され、テレビからその手のものがかき消えた。
けども、喉元過ぎればで。



んー……懲りてないというか学ばないというか結局好きというか。
大学のオールジャンルサークル、ソーシャルネット、ヨガ教室で宗教色を隠して近づき、
巧妙に深みへと誘い込む、そんなカルトも蠢く今日この頃。
公安警察はこういう動きに歯止めをかけようと、アレフ京都道場の女信者を詐欺罪で逮捕起訴したが、2013年3月、地裁で無罪判決、逆にアレフの勧誘活動に“お墨付き”を与えるという痛い失点に。
いまや地下鉄サリン事件すら知らない世代の入信もちらほら。
彼らは1995年あの日あのときの若いもんとはちょっと違う。
いまの若いもんには、なんで盗んだバイクで走り出すほど尾崎豊がイラついてたのか、共感も理解もできないしする予定もない。
90年代のあの頃とは違う意味で、ボクは誰ここはどこである。
入信者A「でも話してみたら世間で言われるほど悪い人たちじゃない」
入信者B「思ったよりいい人たちだよ」
そりゃそうよ。オウム真理教は基本「いい人」の集まりだった。
いい人がいい人のまま、よいことと信じて、
大量殺戮をやってのけた。
oum14

──回帰現象
出所した上祐は教団代表に就任するが、
麻原カラーを一掃しようとして主流派(原理主義派 A派 麻原家族派)と対立>失脚。
のち教団を割って新団体「ひかりの輪」を興す。
アレフこと旧オウム真理教は、その後も二転三転の権力闘争の末、
上祐や正悟師たちばかりか師クラスすら排除してしまい、
麻原と接点のほとんどない又弟子ばかりになった。
そうなると実像から遠く離れた神格化が進んだりする。
表向き教団と無縁って建前の麻原妻&三女の濃い影響下、麻原回帰が進行中。
公安調査庁の立ち入り検査で、祭壇から公調長官や担当調査官や公安部幹部、滝本太郎ん〜ん〜ん〜ん〜弁護士の写真に小刀ぶっ刺したやつが見つかったり。
ますます内に閉じて反社会気質は濃縮こくまろ化、もはや土着の呪い怨念系かなにかまで混じって脳内物凄いことになってる模様。


「凶悪事件を起こした犯罪集団をなんで完全に潰せないのか? 正義はないのか」

皮肉なことに、そういう正義を単純明快にえいやっを振るえないことこそが、
この日本がなんだかんだいって法治国家という証明だったりもするんであり。
最後の被告遠藤誠一の死刑が確定した2011年、
ひさびさにアレフ信者が1000人を超えた。
その後も北海道などで入信者を積み上げ、
2013年半ば、1500人に迫る。
そんな彼らのメンタリティは、
1995年3月20日午前8時1分からから1ミリも変わっていない。
oum17

2012年、公安審査委員会はアレフとひかりの輪に対して
オウム規制法の観察処分を4度目の更新、さらに3年延長を決めた。
だが次なる悪意は、そんなところではなく、
まったく別の場所で脈動しはじめる。

誰もがそこを知ってて、でも気にもしてなかったそこで。
ひっそりと、
じっとりと。

“──総理は今日の会見で……”

「ずいぶんあちこち行かれてますね。何をされてたんですか」
「観光、かな」
「急に帰国した理由は?」
「そろそろ職場で私が必要になってるみたいだから」
「職場というと、なんのお仕事で?」
「公務員」
「公務員? 公務員がこんなに長く海外で観光旅行ですか?」
「それが?」
【終】
被害者のいない薬物密造も取り下げた。

教団も裁きを妨害中。勾留中の信者たちにせっせと手紙攻勢。
「取調官の言葉を音としてすら認識しなければ、一切の苦しみから解放される」
「私は調べの中で1日休まず修行を続けている」
「逆境での修行こそ最高の修行」
そのせいで自供しかけたり脱会しかけた信者の多くがまた逆戻り。
この手口「獄中説法」と呼ばれ、お上はかなり手を焼かされる。


大馬鹿者―私の話を聞きなさい 死刑弁護人 生きるという権利
さらに弁護団も二転三転、
まあこの人たちに正直ぜんぜん興味ないんで細かくは略である。
麻原彰晃こと松本智津夫、宗教テロの指導者らしくポーズとるかと思いきや、
事件を認めたり撤回したり、途中から「弟子が勝手にやった」的に主張。
けっきょくそういうこった。
「アサハラショーコーアイネバー」

「ザットイズディセンバー」
「第3次世界大戦が起き、日本が無くなって悲しい」
法廷では不規則発言と珍問答、証人の元弟子たちを威嚇、暴言、わめいて3分で退場、居眠り、だんまり、法廷で元弟子たちに責められなじられ、ついになにもしゃべんなくなり。弁護団ですら意思疎通不能に。
被害者、元弟子がなにを言っても虚しく空を切る──

白鳥百合子の解析どおり、麻原裁判はぐだぐだの茶番ショーと化した。
oum02


──ケミカルウォーフェア
日本では司法当局や報道の扱い>「テロ」じゃなく一貫して「事件」
そこにはオウムを社会派のテロリストというステイタス枠ではなく、あくまで人殺し枠にとどめようとする「メロン大好き大作戦」の影響もあるようなないような。

むしろ海外諸国の治安当局の方が「テロ」としての検証に熱心だった。
米軍化学戦研究チーム、自衛隊中央病院にぞろぞろ現れて。
「地下鉄サリンテロの臨床データを教えてくれ@英語」
化学兵器の臨床データなんて世界中のどこにもない。
先進国の大都市で起きて、数千人の詳細な治療記録のある地下鉄サリン事件は、
化学戦対策的には“宝の山”なのだった。

ジーヴァカ棟にあった凶悪げな細菌溶液の類は、危なすぎるんでほとんど焼却処分、
一部だけ超厳重に密閉されて米アトランタのCDC@連邦疾病管理センターへと空輸された。日本国内ではそんなもん分析できる施設なんてつくれないのだ。
oum03


──天網恢々
マスコミは捜査当局の思惑でリークされるネタを例によって丸呑み、
視聴率もオウムとさえあれば爆上げだしオウム報道合戦で大はしゃぎである。

なかでもTBS、とくにノリが悪質で。
麻原メッセージ録音をまんま放送>聴いた元信者が教団に戻っちゃうし、
坂本弁護士母の映像を勝手に放送しちゃうし、
そのへんもあって被害対策弁護団が出演拒否して対立するし、
面白半分にサブリミナル映像を入れてみたりするし。
まあ他局も五十歩百歩ながら、ひときわ黒い悪ふざけを繰り返すTBS。
が、
まもなく日テレの横っつら拳、クリティカルヒット。

【TBSビデオ問題】
坂本事件の原因「放送前録画オウムに見せましたテヘッ問題」がついに発火。
国会の参考人招致でTBS社長@磯崎洋三は
「いや1秒も見せてないっす」「社内調査でも無問題」「事実無根」と強弁するが、
が、早川紀代秀の法廷証言&例の「早川ノート」も公開され。
「いや本当のホントは見せちゃってました」と発覚。
>TBSフルボッコ。
問題の番組「3時にあいましょう」の総合プロデューサー多良寛則&担当プロデューサー武市功>懲戒解雇。磯崎社長ら三役>引責辞任。

筑紫哲也@ニュース23「TBSは死んだに等しい」「辞めるつもりだった」
でも辞めるのをやめた筑紫は、結局そのあと死ぬまで10年以上キャスターの席に居座り続けるんだが。
20年後の11月──
各局「坂本弁護士一家殺人事件」の特番を組んだが、
TBSは「さ」の字もふれない平常運転だった。
oum04


──所沢シェアハウス
1996年11月──
この時点でまだ捕まっていないオウム真理教特別指名手配被疑者が7人いた。
林泰男 平田信 高橋克也 菊地直子 八木澤善次 松下悟史 北村浩一
完全復帰した國松長官の強い意向で全国警察本部に、警察庁直轄のオウム手配犯専従「特命捜査官」チームが編成、全国津々浦々で追い込みをかけていた。
埼玉県警所沢署

「八木澤だ」
「どちらの八木澤さん?」

「オウム真理教の八木澤だ! おまえらちゃんと働いてるのかこの税金泥棒が!」
特別指名手配なのに署員の誰もピンとこず。平熱に戻るの早杉である。
「オウム真理教の八木澤善次」の供述でアジト発覚。数人でワンルームマンションを段ボールで仕切ってなんちゃって個室にして共同生活していた。
>警察が踏み込む寸前、逃亡信者たちは着の身着のまま逃げた。菊地直子は急ぎすぎて一生の不覚の邪悪心ノートを忘れた。
その日のうちに北村浩一@地下鉄サリン事件運転役が逃げ遅れて捕まる。
八木澤相方の松下悟史、あてもなく公園で寝起き、ホームレスに。>「これも修行だ」>「…修行、か」>「…修行、か?」>「…………」>10日で心折れて出頭>逮捕。
残る高橋克也と菊地直子も捕まえようと、
埼玉県警5警察署が警官500名動員で捜査線を張るが、

>空振り。逃げ切られた。
菊地直子「林泰男と平田信が逃避行に誘ってくれる」と思っててどっちを選ぼうかしらいやん直子迷っちゃううなんてお花畑に考えてたらしい。
でも、林泰男も平田もべつの女を誘って逃げてしまい、気づけばアローン。傷心のまま好きじゃないつうかむしろ嫌いな高橋克也と逃げるしかなくなっていた。
この時点で残るオウム特別指名手配は、高橋と菊地、
別ルートで逃げてる殺人マシン林泰男、そして平田信の4人になった。
oum05


──メロン大好き
一方、内乱罪と破防法をめぐる法務省VS警察庁。
水面下の情報合戦、まだやってたりして。

1996年7月、公安調査庁、ついに破防法適用手続きスタート、
公安審査委員会に処分審査を請求。
公安審査委員会は破防法のお目付役にして最後の安全装置。
ここが破防法の適用ゴーかストップかを決めるんである。
が、
その頃には、警察の「メロン大好き大作戦」もじわじわ効果を上げつつあり。

“暗い部屋の面々”は、白鳥百合子が置き土産に書き上げ託していった「メロン大好き大作戦」の精緻な行程表に忠実にしたがって粛々と布石を打っていく。
武装化の基盤だった集金システムも、相次ぐ逮捕で信者組織もズタボロ。マハーポーシャ系列商売も商売にならず廃業に追い込まれ。オウムは絶対的金欠に。
1996年3月、トドメの一撃。

国と被害者弁護団による申し立てで、>教団は破産。管財人の管理下に。
気づけば世間の対オウム目線もいつしか、
「反体制テロ組織」から「DQNの集まり」へと格下げされていた。
検察庁、>内乱罪の適用を断念。
1997年1月、公安審査委員会「具体的な脅威が認められない」
>破防法の適用申請を棄却。
対オウム捜査を「国と国との戦い」とあおって
破防法適用を推していた野中広務@元国家公安委員長、

「あれだけ条件が揃っていて適用できないなら破防法は要らない。
オウムなら国民の同意を得られたはずだ」
“赤レンガの館”の便乗ゴリ推しは、
白鳥百合子の仕掛けた2年越しの駆け引きの末、潰えたんである。
oum06


──上九一色、残照


上九一色サティアン群には麻原逮捕後もずるずる信者が居残っていたが、
破産宣告で1996年にはみんな立ち退かされ、>取り壊された。

麻原の築いた厨二病王国は瞬く間に瓦礫の山となりはてた。

第七サティアンだけは、国際機関OPCW@化学兵器禁止機関の査察対象として残されていたが、1998年には役目を終了、これも解体された。

すっかり「オウムの村」として全国区になってしまった上九一色村は、
イメージアップはかって「富士ガリバー王国」をオープン、
するが、

天候不順な富士裾野でアウトドアリゾートは無謀杉た。
数年であえなく閉園。

さらに数年後、周囲の市町に分割吸収され、
上九一色という村は消滅した。
oum07


──主文は後回しで

麻原裁判は初めっから「死刑ありき」の空気感のなか、国選弁護団の重箱の隅つつき戦法、お約束の精神鑑定戦法でずるずるあんま意味もなく長引き、
公判は254回、呼ばれた検察側証人171人。
やっと地裁判決が出たのは、8年目に入った2004年。

「主文は後回しとする」
そうなるとお約束的に結論は出たようなもん。マスコミ大はしゃぎで実況。
つづいて延々と「理由」の朗読。朝からお昼をはさんで午後もまだ朗読。
やっと朗読終わったのは午後3時過ぎ。
判決言い渡しの瞬間、麻原こと松本智津夫は規則どおり立つのを嫌がり、
刑務官数人かがりで無理矢理立たせた。

「主文、被告人を死刑に処する」
東京拘置所に戻った松本智津夫は「なぜなんだちくしょー!」と叫んだ。
第一審の国選弁護団は控訴しといて総辞任。再編成された弁護団もあーだこーだ言い訳つけてずるずる2年も控訴趣意書を出さず。
会話できず廃人状態→訴訟能力なし→公判停止(゚д゚)ウマーをねらう。
その定番の戦法が裏目に出た。
高裁「期限切れだばかやろー」>刑事訴訟法にもとづき控訴棄却。いちども控訴審が開かれないまま手続きの問題で地裁の死刑判決が確定、という前代未聞の事態に。
慌てた弁護団は最高裁に特別抗告するが、

あれだけ延々と引っ張った麻原裁判はあまりにあっけなくケリがついた。
oum08


──やつらを高く吊せ!
我らが【サティアンズ】では、いっちゃってる連中よりも、ある程度まともさを残した信者がいつしか否応なく深みにはまって罪を犯すさまに目を向けた。
端本悟とセーラーを。やっさん・まこやん・ポパの3人組を。
林郁夫の妻りらと愛人村上栄子を。遠藤土谷よりも中川智正を。
最高幹部衆のなかで数少ない“大人”だった早川紀代秀を。
まあ早川は事件にあんま関わらないんで気づけば途中でどっかいっちゃってたが。
そんな彼らもまるっと同様に罪を裁かれる。
殺人級の信者たちの法廷では

弁護人たち「心神喪失で減刑ていうか無罪で」という例の戦術に出た。

滝本弁護士ん~ん~ん~ん~@被害者対策弁護団「麻原以外の死刑反対!」
事件当時30代だった滝本ん~ん~ん~ん~、もはやオウムはライフワークに。
今もアンチオウム発信を続けつつの、逮捕されたオウム信者たちの弁護も引き受け。
そういう中間色な考えは最も正しい答えかもしれんけども、
あんまし世間に広がってくれない。パッと聞きでワケわかりにくいんで。
だからけっきょく↓

建設省大臣 早川紀代秀@ティローパ
>田口事件 坂本弁護士一家殺し サリンプラント建設など7事件起訴。
早川は麻原逮捕直後に脱会届を出したが、じつはホントのほんとに帰依が消えたのはずっと後の1999年。麻原が予言した災厄がぜんぜん来なかったからだった。
トンデモ発言で退廷させられるグルをみて、証言台で早川は号泣した。

早川紀代秀>>2009年7月 死刑確定
「君は、人殺し。それだけだから」

諜報省トップ 井上嘉浩@アーナンダ
逮捕された直後からなぜかすでに心折れていて、まもなく罪も認めて完オチ。
法廷でかつてのグル麻原を烈しく口撃した元信者のひとり。
傍聴人いわく「改心したというより、精神的には入信した高校生のままだ。被告という役割に一生懸命とりくんでる。教団のワークに一生懸命とりくんだように」
地裁「地下鉄サリン事件では連絡係くらいの補助的役割だった」
2000年6月 第一審 地裁判決>無期懲役
判決を聞いた井上は泣きじゃくった。検察は控訴。
高裁「地下鉄サリン事件では調整役として重要な役割だった」

井上嘉浩>>2010年1月 死刑確定
法皇内庁長官 中川智正
@ヴァジラティッサ

同級生だった水道橋博士によると中学時代のあだ名「ケツ」
麻原と新實に次ぐ11事件25人殺人で起訴。
「警察はアジトを見張っていたのなら、
なぜ都庁に爆弾を送る前に捕まえてくれなかったのか」
ケツは法廷で泣いた。

中川智正>>2011年 死刑確定
ケツの親はオウム真理教被害者の会の主要メンバーだった。
治療省大臣 林郁夫
@ボーディサットヴァ クリシュナナンダ

地下鉄サリン事件解決に大きな役割はたしたとして、自首が成立。

地下鉄サリン事件散布役でひとりだけ極刑を免れる。
林郁夫>>1998年5月 無期懲役判決>服役中
のちに獄中の林郁夫が座禅を組んで瞑想中、
と知って、判決を下した元裁判官、ショック。
「……騙された、んじゃないよな、おれ」
科学技術省次官 豊田亨
@ヴァジラパーニ

法廷では無表情で感情も見せず淡々と証言。
通称「ポーカーフェイス」「殺人ロボ」
だが地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人 高橋シズエ宛の手紙でだけ、
「ポーカーフェイス」はひそかに本心を明かした。
「裁かれる者として、遺族、被害者の方の不快感を増大させる言動を慎むことが最低限のとるべき態度」
一審で死刑判決が出ても豊田は受け入れる意向だったが、弁護人の権限で控訴した。

豊田亨>>2009年 死刑確定
東大出身者の死刑確定は、日本国憲法はじまって以来、初になる。
科学技術省次官 廣瀬健一
@サンジャヤ

逮捕後まもなく神秘体験が科学的に説明できると知り、
あれほどガチコチだった

でも、その代わりにこんどは罪の意識に押しつぶされ。
一時精神を病み、失語症状態に陥った。
法廷での廣瀬の表情は、豊田亨とは対照的、つねに苦悩に満ち満ちていた。

一審判決後、廣瀬は被害者全員に一通ずつ謝罪の手紙を書く。
「汚い字では失礼だ」と獄中でペン習字の通信講座うけて、几帳面な達筆で。

廣瀬健一>>2009年11月 死刑確定
科学技術省次官 横山直人
@ヴァジラ ヴァッリィヤ

やはりコミュ力皆無は変わらず。反省よりも、取調中に刑事に殴られたとひときわ熱心に主張。しゃべるのは弁護人だが。
横山の車両だけは死者ゼロだったんで、
他の散布役より罪は軽いはずっしょ、と弁護人は訴えたが、
裁判長「計画ぜんぶを知っててやったんだし、おまえら5人セットの犯罪だから。てめーがトロくて1回しか刺せなかっただけ」←と(いうのを法律用語で)ばっさり。

横山真人>>2007年 死刑確定
「@_@)…………ぁ…」
架空のあだ名やっさんこと科学技術省次官 林泰男
@ヴァジラチッタ イシディンナ

殺人マシンと呼ばれた “最も危険な男”
1年半にわたるカップル逃亡は、彼女がお水で稼いで部屋に匿いヒモ状態で、朝は2人仲良くジョギングしたり……んー? なんか楽しげだぞ。
だが追っ手はつねに迫っていて、千葉、>名古屋、>京都、>と流れ流れた先の沖縄石垣島で、ついに12月3日、カップル逮捕される。

問題のVXボトル2本は玉川用水の遊歩道に埋めて隠していた。
康男の老母ひとり暮らす実家の近くだった。
麻原への帰依なんてとっくに消えてたが、逃避行のあいだプルシャはずっと持ち続けたし、瞑想や断食も習慣づいてたのがなんかもの悲しいところ。
捕まった林泰男の証言で、井上嘉浩の「ちょっとした保身の嘘」もたくさんバレる。
殺人マシン林泰男のイメージとはあまりにも真逆で裏腹の、
穏やか誠実な好人物ぶりに法廷は戸惑い。
裁判長が判決文に異例の↓一文を添えたほどだった。
「被告人を一個の人間としてみるかぎり、被告人の資質ないし人間性それ自体を取り立てて非難することはできない」「およそ師を誤ることほど不幸なことはなくその意味において被告人もまた不幸かつ不運であったといえる」
だが、
のち林泰男が、麻原三女アーチャリーへの手紙で、「“おとうさん”の死刑執行を遅らせるため何十回でも再審請求を繰り返すべき」と助言してたことが発覚。
尊師への帰依を捨てたふりをしただけでじつは信徒のままだったのか、単に昔のよしみでアドバイスしただけか、麻原の死刑執行を遅らせることで次に続くであろう自分たちの執行も遅らせて少しでも長く生きたいっつう悪あがきか、
真実はやっさん当人しか知らず、たぶん明かされないまま終わる。

林泰男>>2008年 死刑確定
架空のあだ名ポパこと
自治省次官 杉本繁郎@ガンポパ

>地下鉄サリン事件の運転役
>薬剤師リンチ殺人@落田事件と信者リンチ殺人@冨田事件
>>無期懲役
自治省次官 北村浩一@カッサパ、
同次官 外崎清隆@ローマサカンギヤ
>地下鉄サリン事件運転役>>無期懲役
元信者 岡﨑(佐伯 宮前)一明
@元マハーアングリマーラ

「ぼくが自首したから坂本弁護士一家殺人事件が解決したんで逆に感謝してほしい」的に熱弁。法廷では毎度悲しい生い立ち語り、毎度山場で必ず泣いた。
自分の地位を低く役割をできるだけ小さく見せて罪を軽くしようと大熱演。
そのたゆまぬ努力と熱演の結果↓

岡﨑一明>>2005年 死刑確定
オウム事件で最速
厚生省犬猿コンビ、被告としても人としても、
やっぱりダメダメなやつらだった。
第一厚生省大臣 遠藤誠一
@ジーヴァカ

土谷との犬猿の仲っぷりは起訴されても変わらず。土谷裁判の証人になるのを拒否。
さらに自分の役割をできるだけ小さくしようと言い訳、反省の様子いと少なし。
そんな遠藤の前に、ひとりの少女が現れる。

かつて遠藤の許嫁だった麻原四女@遠藤逮捕時5歳。
江川紹子が後見人になったりすぐやめたりして話題になった少女、ペンネーム松本聡香*である。のち家族とも教団とも絶縁、ネカフェ難民になったりホームレスになったり風俗嬢になったり麻原の子らのなかで最も激しく人生爆裂狂い咲きサンダーロードるが、このときまだそこまで爆裂してない。
ペンネーム松本聡香*は人生いろいろ考え中で、拘置所の信者たち、林泰男 新實智光 端本悟 横山真人 それに“許嫁” だった遠藤と何回かにわたって接見していた。

もうペンネーム松本聡香*も5歳じゃないわけで。乙女年齢になった許嫁が自分に会いに来てくれて遠藤すっかりうかれてしまったらしく。
二審判決までの4か月ほど2人は集中的に接見と文通。おもに遠藤がせっついて。
遠藤が四女に送った手紙↓
「あなたは私を愛しているのです」
なんか主語と目的語が逆じゃねーかだが、遠藤はこんなストーカーチックなラブレターをせっせと送り続けた。
……つうかなんでこいつは豊田や廣瀬とこうも書いてる手紙が違うのか。
四女「……キモいんですけど」
と思ったかどうかはともかく、
許嫁っていっても5歳の頃に親が決めてただけだし。17歳の四女にとって遠藤なんて「昔あそんでもらったけど今は疎遠になってる親戚のおっさん」くらい他人。
四女がふつうに話せる大人林泰男の方とよく面会してたのは遠藤には内緒だ。
やっさんモッテモテじゃないか。

遠藤誠一>>2011年
「職業はなんですか」

「麻原尊師の直弟子です」
第二厚生省大臣 土谷正実@クシティガルバ
検察官いわく「悪魔に魂を売り渡した殺人化学者」
実行犯を一度も経験してないせいか、

最も後悔してることが「遠藤を殴らなかったこと」だし。
最終陳述では陰謀論的妄想ゆんゆんの小説風上申書を2時間かけて朗読。
……なんで豊田や廣瀬と書くものがこうも違うのか。
反省ゼロの態度悪さもあって一、二審とも>死刑。
ここまできてようやくやべっと思ったのか、
「麻原に騙された」と言い出し謝罪も口にしだす。
死刑は重すぎる、と上告。

土谷正実>>2011年 死刑確定
自治省大臣 新實智光@ミラレパ

言葉を理解するドーベルマン
大物幹部の中でただひとり、最後まで麻原への帰依を捨てず、公判でも飄々と狂信的。
教団の犯行とは認めながらも、罪は認めず。
「うふふ、すべてはシヴァ神の意志なのですよ」
でもオウム最初の殺人@田口事件や坂本弁護士一家殺しのあと情緒不安定になったり、
接見にきた例の麻原四女@17歳の小娘に論破されて、「責めるならもう僕に近づかないでくうんくうん」と疎遠になったり。本当はそんな強い人間ではない。

新實智光>>2010年2月 死刑確定
恋する殺し屋@自治省端本悟
@ガフヴァ ラティーリヤ

「一緒に逃げたのは彼女とずっと一緒にいたかったから。
麻原は信じてないけどなんとなく地震くらい起きると思ったし」
>坂本弁護士一家殺人事件 松本サリン事件ほかで起訴
法廷で罪を認めつつも、麻原や幹部たちへの恨み節、泣いたりわめいたり。
「麻原のぶたやろー」「村井のくっそやろー」「上祐このやろー」

端本悟>>2007年 死刑確定
報道でそれを知ったであろうセーラー、なにを思う。
端本の親もまたオウム真理教被害者の会のメンバーだった。
「このままでは“加害者の会”になってしまう」
会長夫婦の心配は的中してしまった。
のち同会は、家族の会と名を変える。
恋する空手使いにして元社交ダンス講師
@自治省富田隆@シーハ>松本サリン事件で起訴

「ソーマーーーーー!」
>>懲役17年
法務省大臣兼顧問弁護士 青山吉伸
@アパーヤージャハ

滝本弁護士サリン襲撃事件で滝本ん〜ん〜ん〜ん〜をおびき出す役割をはたした件で、
殺人未遂の共犯で起訴。
1995年6月、弁護士資格抹消。
それでも青山の公判には、京大法の同期やかつての仲間が詰めかけ見守った。
もしオウムと出会わなければ、熱血人権派弁護士として坂本堤や滝本太郎と同じ側に立っていた、かもしれない。
ただし、法律家ゆえか公判中もぶっちゃけることもなく、のらりんくらりん。
リムジン謀議など核心がらみは微妙にかわし続け、消化不良に終わった。

青山吉伸>>懲役12年
端本と一緒に逮捕された法皇内庁中村昇@ウパーリ
井上嘉浩と双璧のモテ男
>松本サリン事件 冨田事件 假谷さん拉致事件で起訴
>>無期懲役
自治省山形明@元自衛官@ガル アニーカッタ ムッタ
>VX殺人&殺人未遂事件実行犯ほか
あ、こいつ出し忘れとった。
>>懲役20年

法皇官房 富永昌宏@ヴェーマチトラ
>新宿青酸ガス事件 都庁小包爆弾事件 滝本サリン事件
東大医学部卒。石川公一と灘高の同級生。
法廷でも犯罪の実感ないのかしじゅう他人事のような顔してたが、
小包爆弾で指を失った都庁職員が法廷で証言、てめえのもたらした結果を目の当たりにしてやっと罪を自覚した模様。
爆弾事件は例の爆発物取締罰則になるんで、人死んでなくても罪が激重である。
>>懲役15年
科学技術省次官 渡部和実@ゴーサーラ
村井秀夫@死亡の右腕的存在だった。
>サリンプラント建設@殺人予備罪&松本サリン事件@殺人幇助罪
>>懲役14年

ロシア支部長兼外報部長 上祐史浩@マイトレーヤ
>波野村強制捜査の国土利用法違反つながりの偽証や有印私文書偽装なんていうずいぶん古い話を引っ張り出してきて、>95年10月逮捕
>>懲役3年
上祐が指揮した亀戸異臭騒動@1993年は、
「毒なし炭疽菌だったから不能犯」ってことで立件されず。
死刑13人 無期懲役5人
有期刑@実刑80人──

罪は罪、が司法の答えだった。
マスコミの好きなフレーズ>「謎は残された」「事件の闇」「教団がなぜ暴走したのかまだ充分に検証されたとはいえない」「謎のまま麻原を死刑にしていいのか」
でも、麻原が急激に改心するかしてぜんぶしゃべんないかぎりそれ無理だし、いやそれでも「まだ残された謎が」とか「まだまだ闇が」とか言うんだろう。
oum09

──オウムの女たち

東信徒庁長官 飯田エリ子@サクラー
>假谷さん事件などで起訴。
>>懲役6年6か月
女子幹部のなかで最も重い刑に。
服役中に脳出血で倒れ、出所するも、重い脳障害が残る。
まだ若いのに脳出血は、PSI@ヘッドギアの電気刺激が原因?ともささやかれる。

「ついていった人が間違いだった」
大蔵省大臣 石井久子@マハーケイマ
>地下鉄サリン事件で犯人隠匿
信者逆さ吊り修行致死事件@越智事件で死体損壊遺棄
>>懲役3年
母親の自分が逮捕されて麻原との子3人を施設に入れられないよう、教団究聖音楽院 鎌田紳一郎と名ばかり入籍。服役中の子育ては自分の妹@元信者に託した。
麻原の後継者とか噂されたが、本妻松本知子と三女アーチャリーが睨みをきかせる教団にはけっきょく戻らず。一時精神を病む。
親元に戻って、ひっそり子どもたちを育てる。
本妻の子たちと同じくこちらの尊師チルドレンも小学校入学を拒否された。

西信徒庁長官 都澤和子@ウッパラバンナー
>>懲役1年
公判でもグルへの鉄の忠誠ぶりを披露したけども、
例のドクター苫米地の脱

彼女の脱会が呼び水のごとく、女子幹部たちは次々と教団から去った。
郵政省大臣 松本知子@ヤソーダラー
@麻原彰晃こと松本智津夫夫人

「私は夫に虐げられ騙されていた哀れな女」
>薬剤師リンチ殺人事件で起訴される。
法廷では「無力で何も知らなかったかわいそうな妻」設定で涙を流し、夫麻原を口撃。坂本事件のとの関わりなど都合の悪いことはごにょごにょ口を閉ざす。
>>懲役6年
麻原の子どもたち──例の四女以外にも、長女ドゥルガー、次女カーリー、三女アーチャリー、3歳長男2歳次男、それぞれ爆裂な人生を歩むが、ほぼ出てきてないんで略。

「僕と女医と看護婦さん」の女医と看護婦さん──
↓女医


林郁夫の妻りら
>松本剛の指紋切除を夫とともに行った犯人隠匿で起訴
>>懲役1年 執行猶予3年
医師免許は剥奪されず、旧姓に戻る
↓看護婦さん


村上栄子@ドウッシーラ パハーナ ブータ パティヴッダ ムッター
>宮崎資産家拉致事件や松本剛逃亡を助けた犯人隠匿で起訴
>>懲役2年4か月の実刑
新信徒庁長官 大内早苗@ソーナー
>>懲役2年4か月
公判ではこう陳述し、涙をひとしずくこぼした。

「教団では誰も救われなかった」
oum10


──桜田門の変

対オウムの中心となった警視庁の総大将井上幸彦総監、
鼻たっかだか>戦功をもってして無限無敵モードに突入。
國松長官がまだ半療養中ってこともあって、
警察庁キャリアの人事にすら介入できるほどの影響力をみせつける。
井上総監と相性悪かったすがぬーこと菅沼清高@長官官房長>とつぜん辞職、
警視庁組の廣瀬権@副総監>大阪府警本部長へ栄転、中田好昭@警備部長>長官銃撃事件で都内警備の大失態なのに、>なぜか兵庫県警本部長へ栄転、
なんていう井上総監のゴリ推しと噂の人事が横行。
もはや警視庁と警察庁のパワーバランスも逆転、井上天皇の時代はじまっ
たが、好事魔多し、
うかれ気分の警視庁、まもなく超弩級カタストロフィ到来。

1996年2月、例のオウム警官小杉敏行巡査長、とつぜん自供。
「長官を撃った」
井上総監は、小杉の身柄を隠して箝口令を敷き、警察庁にも知らせなかった。
オウム捜査終盤で習慣化した隠しグセがまた出たんである。
けども、
まもなくうわさとなって警察周辺でじわじわ囁かれ、

10月、怪文書「一警察官」がマスコミに届いて発覚。
1keisatsukan

差出人「一警察官」の正体はいまだ分からず。
上層部の隠蔽に怒った内部告発的な公安ノンキャリとも、
アンチ公安の刑事部のデカとも、その誰かのリークを受けた外部の誰かとも言われる。
≫ 「一警察官」による告発文書(全文)

「小杉問題」炎上、警視庁バッシングつまり井上総監バッシングめっちゃ活性化。
青くなった警察庁首脳陣は、小杉問題の範囲を警察全体ではなく、
警視庁公安部にとどまるように手を打つ。
10月28日、マサルンこと櫻井勝@公安部長、更迭。

「……秘匿ごっこ、か」
“尊師”に逆らえず、恩ある杉田パイセンにすら「小杉自供」を隠し続けたのが致命的。
干され職に回された元公安エース、まもなく辞表を出して姿を消す。
が、大荒れ模様おさまらず、

「断腸の思いである」

96年12月3日、井上幸彦@警視総監、てっぺんから奈落の底へ。事実上の引責辞職。
偶然ながら殺人マシン林泰男が沖縄で逮捕されたのと同じ日だった。

で、警視庁がぺちゃんこになる騒動の出火元の小杉巡査長はというと、
長官狙撃の供述はふらふら揺れて矛盾だらけ。例のドクター苫米地までからんでさんざゴタゴタしたあげく、けっきょく尻すぼまり、一体なんだったんだ状態に。
いまだに長官狙撃事件で小杉とはなんだったのか不明のままあーんぁみんなぉれが悪いのかそれは小杉十郎太。
守秘義務違反で懲戒免職、でも刑事罰はなし。
地元静岡に戻ってしれっと再就職。
さて、警察庁もまた──

たかじーこと國松孝次@警察庁長官
全国警察本部に、警察庁直轄のオウム手配犯専従「特命捜査官」チームを編成させ。
さらに全国を精力的に行脚して刑事公安がマジに合同捜査するようハッパをかける。
さらにさらに警察官の定員枠増、さらにさらにさらに広域犯罪には管轄外でも大規模警察ぶっ込めるように警察法改正──前のめり急ピッチで改革を仕掛けるが、
じつは撃たれた後遺症で「体力のげんかっ」
井上総監辞職からまもない97年3月、自らも長官を退任。
>2010年、長官狙撃事件は真相に近づけないまま時効となった。

垣見隆@刑事局長
カッキミーってあだ名まで考えたのに、
白鳥に言わせるのすーかり忘れてたほどまったく空気だった。
オウム騒動がひと段落して我に返ったカッキミー、自分のさらした醜態っぷり小心者っぷりに絶望。次の次の長官の座を投げ出して、まもなく警察を去る。

カズヒーこと杉田和博@警備局長
かわいい後輩マサルンの裏切りと失脚にセンチメンタルンなカズヒー先輩である。
1997年4月、内閣情報調査室長に任命されて警察をはなれ、のち内閣危機管理監に。
2012年、第2次安倍政権で官房副長官@官界序列1位に。地味に勝ち組。
安倍晋三首相就任会見では立ちっぱなしで>気絶、ぴくぴく痙攣、
お姫様だっこされるカズヒー先輩である。

関口祐弘@警察庁次長
井上天皇にさんざ振り回されたが、國松のあと晴れて長官に。
攻めの姿勢でいわゆる「通信傍受法」を成立させる。
だが、まもなく警察不祥事ブーム到来。神奈川県警の連続多発スキャンダルはじめ全国警察で次々と不祥事が出るわ出るわ。

2000年1月、長官辞職。神奈川県警多発不祥事の引責とささやかれた。
数年後、肺がんで死去。
その次の長官に繰り上がったのは、対オウム捜査にかかわった優勝候補の誰でもなく、
ダークホースの地味メン田中節夫@交通局長だった。

高石和夫@警備局公安第1課長
のち防衛庁出向>静岡県警本部長>公安部長>副総監、て具合に出世コースを進むが、
まもなく食道がん治療のため退官、>2008年死去。

小山金七警部@落としの金七捕物帖@警視庁捜査1課
八王子署刑事課長を経て、警視に昇任。
このときすでに胃がんにおかされていた。
定年まであと2年で捜査1課特別管理官@長官狙撃事件担当になり、
意欲を燃やすが、その名刑事っぷりが披露されることは、もうなかった。
>闘病の末、2000年、この世を去る。
oum11


──13階に棲まう魔物

【サティアンズ】は気づけば【ハラハラクロック!】とセットで
警視庁公安部事件史になってたりもするんだけども、
対オウムでひさびさに「らしさ」を内外に見せつけた公安警察だが、“オウム特需” もまもなく終わり、ふたたびアイデンティティがぐらぐらし始め──

新たに「カルト」を要警戒対象に加え、911が起きればアルカイダこそ次の市場!と警視庁に国際テロ専門の外事3課を新たにつくり…。
でもオウム並の破壊的マジキチなんてそうそういないし。イスラムテロリストが日本にわざわざ来てなにするかっつうと微妙だし…。ぬーむ。

そこもってきてダメージ大なのが、長官狙撃事件捜査の泥沼化。迷宮入り街道ばく進。
てめーらの大将撃たれて解決できず激失態である。世界の治安当局の物笑いだ。
9年後、ひさびさにヤマが動く。
警視庁公安部と南千住署特捜本部いきなり元警官小杉と元オウム法皇官房次長の石川公一と元防衛庁長官岐部哲也を逮捕。

この逮捕を仕切ったのは伊藤茂男@公安部長。事件のとき公安参事官、以来ずっと長官狙撃事件捜査にからんできた唯一のキャリアという因縁で、ついに意地をみせ
たはずだったんだけども、これがですな……
こんどは狙撃犯が端本悟、小杉は後方支援役にして、なーんか代わり映えしない顔ぶれをパズルのごとく置き換えただけの無理無理な筋立てで、
とうぜん検察は「ダメだろこんな創作」とすげなく不起訴。屈辱上塗りしただけに。
“戦犯”状態の伊藤公安部長、気づけばそこにいなーい人の形に輪郭の点線が点滅、ってくらいのマッハで異動させられ、以後出世コースから粛々とはずされる。
さらに警視庁極めつけの暴走は──2010年 長官狙撃事件公訴時効直後、
わざわざ青木五郎@公安部長が記者会見までひらいて、

「時効になったけどオウムの犯行だからな!」
……覚えてろよ的な捨てゼリフっつうほかなんの意味があるのか不明の。
とうぜんながら速攻アレフに名誉毀損で訴えられて、とうぜんながら警視庁側が敗訴。
にゃーにやってんだよ!

“悪魔的ジャーナリスト” 江川紹子もお怒りです。
公安警察オワコン臭は、
2009年、宿敵新左翼ルーツの左派色あふれる民主党政権の誕生でさらに強まり、
2010年10月──

【警視庁外事3課国際テロ捜査情報流出事件】からの
>青木公安部長更迭で、危険水域に達する。
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──遺されたひとびと

不屈の妊婦杉マリコ*、無事に男の子を出産。
やっぱりタフネスに子育て中。

宮崎資産家拉致事件の大牟田父*どげんかせんといかん
次女三女と娘婿が、自分の誘拐犯として逮捕。まあ自分で刑事告訴したんだが。
裁判で父にして被害者「罪を償ったらまた家族として迎えたいとげんかせんといかん」
娘たちには実刑判決が下された。

高橋シズエ@霞ヶ関駅助役高橋一正の妻
ごくごく平凡な主婦だった彼女、地下鉄サリン事件で夫を亡くして人生激変。
「地下鉄サリン事件被害者の会」代表世話人として奔走することに。
オウム犯罪被害者救済にむけた地道な活動がようやく実を結び、
2008年、特別立法「オウム被害者救済法@オウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律なっげーよ」施行。
13年の長きにわたって国から補償も支援もまったくナシの見殺し放置ほったらかしだった被害者たちが、ようやく救済されたんである。ちょっとだけ。
一方で、裁判を無意味に長期化させた麻原の国選弁護団12人には、
当然の権利として国から報酬4億5000万円(もちろん税金)が払われる。

“第一通報者” “あの会社員”
長野県公安委員会に加わった河野義行だが、決して長野県警への私情あふれる下劣な意趣返しには走らず、つねにフェアなスタンスをとり続けた。
でも私情あふれる下劣な意趣返しを期待してた田中康夫知事は気に入らず、
河野は1期で委員を解任された。
出所して謝罪しにきた元信者とも交流したり、ハンパない高潔の人である。

2008年8月、松本サリン事件以来、ずっと昏睡状態だった妻澄子、息をひきとる。

「我が家にとって事件が終わる日」
2010年、妻の三回忌を終えると、長年暮らした松本市を去った。
のち河野義行は、ああ言えば上祐の開いた「ひかりの輪」の外部監査人を引き受け、
一歩踏み入って教団(の片割れ)を見守ることになる。
高橋シズエも河野義行も、あまりにもスーパーサイヤ人杉て、
そのへんの凡人にはぜんぜん真似できないんだが。
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──厨二病帝国の末裔

逮捕されなかった正悟師が多頭制でとりあえず教団を仕切るが、
残党状態になっても重度の厨二っぷりは変わらず。
「サリンはでっちあげ、強制捜査は弾圧、尊師逮捕されると、日本はカルマで滅びる」
まったく非を認めず、謝罪も賠償もさらさら考えず。
彼らの精神構造からして、そういうの期待するだけムダなんだが。
96年6月、当局の追及をかわすため、麻原を「開祖」に棚上げ、長男@3歳 次男@2歳を共同教祖にというか追及かわせないだろそれじゃ。

で、破防法の適用棄却を「完全勝利」とカン違いして有頂天に。
さっそく挑発的街角パフォーマンス「私たちまだオウムやってます」
また性懲りもなく教団拠点用の土地買収を始めて住民と衝突。
渡る世間の嫌オウムが絶頂ピークに。

「クソガキどもを痛い目に遭わせろ」
ついに国会でオウム規制法案が可決されそうになって初めて、
やっとオウム残党たちは「え、やばいんじゃね」と気づき。
慌てて事件を認め、被害者への謝罪と賠償も表明するが、今さら遅し。


1999年、オウム新法こと「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律そんなんオウムしかいねーじゃん」成立。
おかげで公安調査庁は仕事にありついた。
以後、ことあるごとに立ち入り検査、危険集団として監視されることになる。
というあいだも、獄中の麻原はずっとだんまり。
残党たちは宙ぶらりんになった。
だからこう思う。

事件やグルの逮捕や意味不明の言動もふくめて壮大なマハームドラーなんじゃないかグルへの帰依を試されてるんじゃないか。
「これも修行」「もうすぐ戦争が起きる」「世が変わって尊師がおでましに」
彼らとり残された者たちは、1995年のあの日から抜け出せないまま
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる同じ所をめぐり続ける。
警察と公安調査庁はそんな彼らを冷ややかに見守る。
アレフというかオウムはもはや “死んだ宗教” 。以前の勢いを取り戻すことはない。
あえて教団をつぶさず残し、残党をまとめて監視しながら、高齢化により自然消滅するのを気長に待つソフトランディング作戦である。
が、事件から5年目の2000年、当局が緊迫する非常事態が一度だけ起きた。
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──ウラジオストクからの危険な客人

2000年3月【シガチョフ事件】
ロシア人信者の残党ドミトリー・シガチョフの対日テロ&尊師奪還計画。
かつて教団はヴァジラヤーナ教本@殺人肯定教義をロシア支部では発禁にして、
現地の信者たちの目にはふれないように注意していた。
ロシア政府にいろいろ便宜をはかってもらってて気ぃつかってたからで。
ところが、教団崩壊のどさくさ紛れで、
この禁断の教義がめぐりめぐって。>シガチョフの目にふれる。
ロシアではオウム真理教が禁教になり、信者たちは隠れキリシタンのごとく地下に潜ってひそかに宗教活動中。
元出家信者ドミトリー・シガチョフはそのなかでも過激なやつで、前からネットのサイトで元“上司”上祐の融和路線を「腰抜け」とかディスっていた。
そんなやつがヴァジラヤーナを知ったもんだから。

「尊師を奪還するぞ!@ロシア語」
まあそうなるわな。
日本の人口密集地で爆弾テロ、その混乱に乗じて拘置所を襲って麻原を解放、
モーターボートで日本を脱出。というアバウトすぎる計画というか妄想。

でも妄想に乗るマジキチも何人かいて、日本海沿岸ウラジオストクで着々と準備。
が、さいわいインターネットで起爆装置を注文するバカだったので、
ロシア連邦保安庁が目をつけシガチョフ一味の内偵を始める。
という流れだけども、
このシガチョフ登場で日本のオウム@アレフ、にわかに存亡の危機に。
じつは教団、このマジキチシガチョフに計12万ドル資金援助してたんである。

窓口はオーケストラ・キーレーンでロシアと縁のある石井(鎌田)紳一郎@石井久子と入籍して石井姓といわれていて、ウィーンで落ち合い、最初の金を渡した、という。
明らかにテロしようとしてるやつにテロ資金わたす、こんな愚行だれが決めたのか。
上祐も松本知子も当時まだムショの中、名ばかり指導部の正悟師たちに実権はなく、影響力をもっていたのは麻原の娘たちとその取り巻き。なんだか責任者あいまいだった。



どっちにせよ教団としてテロリストに資金提供しました、
>それで日本で爆弾テロ起きました人たくさん死にました、
>拘置所襲撃で麻原脱獄しました、
>なんてことになったら、
計画が成功してもしなくても今度こそ教団は完全終了。木っ端微塵に分子レベルまで解散させられるだろう。
出所してそれ知りビビった上祐もロシアの隠れ信者たちもシガチョフ説得に失敗、
>しかも近々シガチョフ来日予定、と分かる。
どうしようもなくなって上祐はかつての宿敵警視庁公安部に泣きつき、ロシアの隠れ信者たちも連邦保安庁に「おそれながら」と泣きつき。
ただし上祐はこのとき、公安部にシガチョフが「危険な男」とだけ告げて、用心深く麻原奪還テロ計画があるとは明かしてない。そのへんやはりしたたかである。

が、ロシアがなんの手違いかシガチョフを出国させてしまい、新潟入管も「入国させない法律ないし」と小役人根性丸出しでシガチョフを日本に入れてしまう。
計画では先遣隊のシガチョフが攻撃目標を決めて、一味がモーターボートに武器と爆弾満載で密入国、という予定だった。あいかわらず大雑把な。
だが、それでも成功するときはしてしまうのはオウム事件の数々で立証済だ。
が、サミット開催地の福岡に向かったシガチョフに警視庁公安部・福岡県警とアレフが徹底的に追っかけ状態で常につきまとい、
さすがにあきらめるしかなくなったシガチョフしょんぼり帰る。
帰国したところを待ち受けたロシア連邦保安庁が一味もろとも逮捕。

ウラジオストクのアジトはマジで武器庫だった。
さすがロシア。
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──3名様

残るオウム特別指名手配犯はこの3人に。
高橋克也 平田信 菊地直子
教団瓦解で連絡も支援も途絶えるが、3人はそれから17年も逃げつづける。
彼らは下っ端にすぎなかったが、結果的に最も名前と顔の知れたオウム信者となった。
口封じで殺された、裏社会の力でフィリピンへ逃げた、タイのカジノで目撃された、
数々の“真相”が“裏事情通” たち@もちろん一橋文哉含む、によって語られ。

もはやこの3人が生きて見つかることもなかろうて、
なんて思われてたんだが、
2011年暮れから、思わぬ怒濤の顛末が待っていた──
「あのー自首の窓口ってここですか」
「はぁ?」

「警視庁に行ったら門番の人にここだって言われたんで来たんですけど」
「君ねえ、年の瀬に悪ふざけしてなにか楽しいの?」
「え、ちょ、ふざけてないです本物ですって。ほ、ほら、背高いでしょ背(必死」





3人ともずっと日本にいて、社会の片隅でひっそり生きていた。
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──オカルティック
オウム事件一発で、新宗教 精神世界 オカルトの類は壊滅的大打撃を受けた。
一時はヨガ教室や怪談話ですらタブー視され、テレビからその手のものがかき消えた。
けども、喉元過ぎればで。







んー……懲りてないというか学ばないというか結局好きというか。
大学のオールジャンルサークル、ソーシャルネット、ヨガ教室で宗教色を隠して近づき、
巧妙に深みへと誘い込む、そんなカルトも蠢く今日この頃。
公安警察はこういう動きに歯止めをかけようと、アレフ京都道場の女信者を詐欺罪で逮捕起訴したが、2013年3月、地裁で無罪判決、逆にアレフの勧誘活動に“お墨付き”を与えるという痛い失点に。

いまや地下鉄サリン事件すら知らない世代の入信もちらほら。
彼らは1995年あの日あのときの若いもんとはちょっと違う。
いまの若いもんには、なんで盗んだバイクで走り出すほど尾崎豊がイラついてたのか、共感も理解もできないしする予定もない。
90年代のあの頃とは違う意味で、ボクは誰ここはどこである。
入信者A「でも話してみたら世間で言われるほど悪い人たちじゃない」
入信者B「思ったよりいい人たちだよ」
そりゃそうよ。オウム真理教は基本「いい人」の集まりだった。
いい人がいい人のまま、よいことと信じて、
大量殺戮をやってのけた。
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──回帰現象

出所した上祐は教団代表に就任するが、
麻原カラーを一掃しようとして主流派(原理主義派 A派 麻原家族派)と対立>失脚。
のち教団を割って新団体「ひかりの輪」を興す。

アレフこと旧オウム真理教は、その後も二転三転の権力闘争の末、
上祐や正悟師たちばかりか師クラスすら排除してしまい、
麻原と接点のほとんどない又弟子ばかりになった。
そうなると実像から遠く離れた神格化が進んだりする。
表向き教団と無縁って建前の麻原妻&三女の濃い影響下、麻原回帰が進行中。

公安調査庁の立ち入り検査で、祭壇から公調長官や担当調査官や公安部幹部、滝本太郎ん〜ん〜ん〜ん〜弁護士の写真に小刀ぶっ刺したやつが見つかったり。
ますます内に閉じて反社会気質は濃縮こくまろ化、もはや土着の呪い怨念系かなにかまで混じって脳内物凄いことになってる模様。


「凶悪事件を起こした犯罪集団をなんで完全に潰せないのか? 正義はないのか」

皮肉なことに、そういう正義を単純明快にえいやっを振るえないことこそが、
この日本がなんだかんだいって法治国家という証明だったりもするんであり。

最後の被告遠藤誠一の死刑が確定した2011年、
ひさびさにアレフ信者が1000人を超えた。
その後も北海道などで入信者を積み上げ、
2013年半ば、1500人に迫る。
そんな彼らのメンタリティは、
1995年3月20日午前8時1分からから1ミリも変わっていない。
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2012年、公安審査委員会はアレフとひかりの輪に対して
オウム規制法の観察処分を4度目の更新、さらに3年延長を決めた。
だが次なる悪意は、そんなところではなく、
まったく別の場所で脈動しはじめる。

誰もがそこを知ってて、でも気にもしてなかったそこで。
ひっそりと、
じっとりと。

“──総理は今日の会見で……”


「ずいぶんあちこち行かれてますね。何をされてたんですか」
「観光、かな」

「急に帰国した理由は?」

「そろそろ職場で私が必要になってるみたいだから」
「職場というと、なんのお仕事で?」

「公務員」
「公務員? 公務員がこんなに長く海外で観光旅行ですか?」


「それが?」
【終】






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