友が丘中学生徒指導部の
正岡*先生だった。
「いやあ、外は大変な騒ぎです。捜索の人が大勢出とられますわ」
ええ、わたしも今帰ってきたばかりで。
ちょっと手伝うとるんですよ、いえね行方不明になってる子とうちの下の子が仲がよくて、母親同士も
親しくしてるもんですから
いろいろ支えてあげたり──
と
琴絵*やや得意げ<しかも誇大広告なのはここだけの内緒な。
「ああそれでですか、ちょっと前にも外からお声掛けしたんですが、お留守のようでしたんでね」
そのとき
シゲル*がぴくんと一瞬だけ反応したけど、大人2人とも気づかない。
はあこの子はおったと思いますが、体調が少しあれで寝てましたんでね。気づかなんだんでしょう。
ああそうですか、そうですなあれがあれではあれですからなあ。
正岡*先生は
長男シゲル*に、
「おらんくなった子、知っとるか」
「……弟の友だちやから」相変わらずたるそうな返事の
シゲル*である。
「ようガバメント見に来てた」「ガバメント?」
シゲル*は奥にある水槽をちら見して、
「カメ」
すかさず
琴絵*割り込み。
ええ
ミドリガメを育ててるんですよこの子はええ、冬眠もさせるんですよちゃんと。
はあなるほど冬眠ねえカメのそれはそれはあれですなあ。
正岡*先生はミドリガメの話を聞きに来たんじゃないので
長男に向き直って、
「その子やけどな、一昨日いなくなったそうや」
「こんなけ騒がしいから知ってます」と、琴絵*帰宅時の浴室を覗くくだりと正岡*先生のちょい前にも来ましたとかあれであれはの会話は、
7割ほど創作である念為。さすがにそこまでハリウッド的サスペンスフルじゃなかった。
ただし、シゲル*が母親帰宅時にパジャマで降りてきたのと、正岡*先生がシゲル*に淳のことを質問したのは事件と深く関わるんで記録にほぼ忠実なんである。
えーと、それで先生、今日は?
琴絵*の声は
琴絵*らしくなくよそよそしげで硬め。この
生徒指導部の先生とは
長男の素行のことで何度もやり合ってるから。
ええ、おかあさん、
シゲル*くんにひとつ提案もってきまして、
月刊 生徒指導 [雑誌] 「なあ、
日向*、どうや。
修学旅行だけでも行かへんか」
きっとええ思い出になるし、クラスのみんな
日向*に会いたがっとるぞ。おまえ来いへんようになって半月近くやしな。
松尾*先生もや。おまえのこと心配しとったぞ。
松尾*先生というのは
シゲル*の担任の
女先生で、
ねぇんシゲル*くぅん、
お願い、学校来てぇん。
先生、あなたに会いたくてたまらないのぉんxxxで口はつねに半開きでなぜかいつも体をクネクネしてて
だったらそれはそれは素晴らしき哉わが人生なんだが、そういう
松尾*先生は
まいっちんぐマチコ先生宇宙にしかいない
松尾*先生で。だいたい
松尾*って仮名だし。
正岡*先生はがんばって説くんだが、
シゲル*はその間ずっと黙ったまま。
しまいには
琴絵*が、
不登校 母親にできること 「せっかくですけど、この子が自分から行きたくなるまでそっとしてあげたいんです。カウンセラーの先生にもそう言われてますんで」
例によって前へ前へと割り込んで話は尻切れて終わり。
正岡*先生、内心ため息である。
なんぞあるたびに
琴絵*の、
「息子は悪くない、要領がよくないだけのいい子」
「気が弱くて巻き込まれる被害者」
「悪い友だちのせい」
「相手の子が嘘をついてる」
「息子は悪くないのに学校が厳しすぎる」
いくら説明しても一歩も譲らず前へ前へにずっと手を焼いていて、
琴絵*のまくしたてる論理は、
モンスターペアレントの正体?クレーマー化する親たち (シリーズCura) 今なら
モンペこと
モンスターペアレントのひな形にして
愚かな親そのものだろうけど、この当時はそういう
定義はまだない。
が、とにかく先生がやりにくいのは定義がなくても同じだ。
正岡*先生、
小学校からの申し送りでも
1年2年の担任からも
「母親が最大の障害」と言われてたんだがそれをまたもや味わってるところ。
まだ言い足りなさそうな顔で
正岡*先生は帰った。

さて日が暮れれば、
友が丘西公園の
不気味アニマルも
…さらに
ハイパーホラー化してしまったんだが。
その
西公園と隣り合う
向畑ノ池。
誰も知りゃしない森の
入角ノ池とはちがって、
こっちは住民たちの憩いの場。ちゃんと池の周りも整備されてるし、水もきれいで魚やカエルやザリガニもいるアメンボもね。
とはいえ日が沈む頃になるとさすがに公園にも池にも人の姿はなくなる。
巡回兼聞き込み中の
警官が
西公園をひと回りしようとすると、
中学生くらいの小柄な少年が公園にぽつんと一人。
念のため
職質しとくか。公園は今も昔も
非行少年の生息地だ。
「なあ、君、ここで何しとるんかな」
「……別に、なんも」「はは、なんもてことはないやろ」
「……ん、なんも。ぽけっとしてました」なんやホントぽけっとしとるなこの子。心ここにあらずや。
…そやな、いちおう名前と住所を聞かせてくれるか。
日向シゲル*、家は
友が丘の──。
君は中学生かな、学校はどこ。
友が丘中学の3年や。
まるで動じず表情ひとつ変えず淡々と答える。
なんや後ろ暗いって様子もなさそやな。
クローズアップ実務1 職務質問 職質では話の中身なんてどうでもよくていや聞いてないとは言わないがとりあえず二の次で、答えるときの
態度や
表情、
焦りや
苛立ちが出てるか
落ち着きがないとか
変に持ち物を気にしてないかとか、をまず見るんだが…。
ぽけっとしてるのも酒や薬のせいじゃなさそうだし、もともとこういう子なんか。
警官はみるみる興味を失ってメモもやめた。
「まあ物騒やし早よ帰りや」
とだけ言って退場。

それから少し経って──
向畑ノ池の水面に、
ぽちゃん、ぼちゃん
小さな波紋がいくつか。
酒鬼薔薇的にはもっと遠くまで投げたかったんだが、相変わらず腕力無さを忘れてた。
まあ
糸ノコ(
金ノコだというのに)も
南京錠も金属やから少々岸に近くても浮かんで来いへんやろ。
さあ、
証拠の始末は済んだ。急いでねぐらに戻らな。
今夜はやることはまだいっぱいある。
新聞の夕刊が一番早かった。
夜7時のニュースも続いた。
ただ、中身はどれもじつにいい加減で、
「
知的障害で自分の名前を言うのがやっと」
とか間違い情報ばかりで、正しい部分の方が少なかった。
警察が記者に対して説明したはずなのに、どうしてこんな簡単なことすら正しく報道できへんのや?
父親はこの時点からマスコミに不信感をいだき始めるんである。
さて
公開捜査が効果あったのかなかったのかまあ微妙ながら、
「いなくなった
24日の
午後2時半頃、祖父宅近くのスーパーの前にいたのを主婦が見かけた」
「
25日の
夕方、
名谷駅近くを似た
男の子が歩いていた」
「
25日昼頃、
離宮公園のベンチにこしゅとう゛ぁ──」
など集まってる情報はこんなかんじ。
須磨署では、
このうち
翌日以降の目撃談は、
少年がどこで夜を明かしたかという点で不自然とみて、
一番リアリティのある
失踪当日午後2時半の目撃を重視した。
すると
別の矛盾もわいてくる。
1時半に自宅を出た少年が、たった
数百m先の目撃場所に現れるまで、
なぜ1時間もかかった?その
1時間、
誰にも見られずどこにいた?近くまで来たなら
なぜ祖父の家に現れなかった?
さらに
その後どこへ? ていうかなぜ消えた?と、
結局は謎と矛盾がますますややこしくなっただけだった。
そうなると本人以外の意志が働いた、
「誘拐」という線も浮かんだが、
その線を補強する手がかりはないまま。
のちのち、この
2時半の分も含めて目撃証言すべて間違いだったと分かるのだが…。
「今日はまだ
公開捜査の初日ですから。これからもっと情報が集まります」
警察の担当者が両親を励ます。
「我々も明日は
75人体制でいきます。
タンク山の山狩りも徹底的にやりますんで。息子さんはきっと見つけます」
夜──
できた。
酒鬼薔薇はもう一度ざっと見直して。
短い文面だが、家に戻って夕飯もそこそこに部屋にこもり、考えるのと書くのとあわせて
1時間半もかかった。
筆跡でバレないように気をつけて書いたし。
ネタ本にしたマンガ
「瑪羅門の家族」3巻。我ながらイメージにぴったりのを見つけたな。
今回
火とか
燃えるとかは関係ないから、
「灼熱」は
「流血」に変えてみたんだが。
な?
偽りの犯人像の設定にぴったりじゃないか。
酒鬼薔薇聖斗たる
悪しきものが、
そう呼びかけたのは、
部屋の暗い場所にひっそり待つ仲間たちのうち、
バモイドオキ神なのか、
エグリちゃんなのか、
ガルボスなのか
みんな、まだ時間は早いよ。
他の
野菜どもが寝静まる夜中まで待つことにする。
さて、窓から出なきゃいけないな。
この家は古いから階段を降りるとき家中に響き渡る音がするんだ。
> おもな登場人物
> 事件地図
5月27日火曜日──失踪から4日目 夜明けこの日、
神戸市の日の出、
午前4時49分。
トモチューこと
市立友が丘中学校は、送電線の
鉄塔の下にある。思春期真っ盛りの子どもたちに電磁波とか大丈夫なのかって野暮は言わない約束だ。
校門は東・北東・南西にひとつずつ、
のうち
正門は東っ側にある。
正門前を走るのは中央分離帯有りの
片側2車線道路。
白川ランプ─南落合橋─友ヶ丘橋─北須磨団地入口─
と
須磨ニュータウン主要部を南北につらぬく主要道だ。
の割にはこの道、どんだけ調べても名前すらついてないのはどういうことか。白川ランプからしばらく立体交差で信号もなくほぼ自動車専用ってるんだが、
友が丘中学の前だけはこの道路が
ちと不思議な形になる。
この特異な地形が、この
犯罪史の歯車がカコンっとひとつ回る朝、
運命の悪戯としか思えない偶然と偶然と偶然のグランドクロスを生むんであるが。
ここ▼からしばらく地形の説明なんでトバしても話は分かる。
ちとややこやしいが、
まず道路西側(

側)、
友ヶ丘橋から南を望む 友ヶ丘橋のすぐ南で、中学校側だけに歩道
が出現する。
歩道
は友ヶ丘橋端の交差点から合流用車道
の横をゆるゆる下ってきて正門
前で道路と同じ高さになる。で、正門過ぎるとすぐ街路樹で車道と隔てられ、学校南側の道と合流。
つまりこの歩道
は中学校の正門
のためだけにわざわざ無理ムリつくられてるわけで。一方、道路東側(


側)、
南から友ヶ丘橋方向を望む
路肩は歩道ナシ、
南落合1丁目
は石垣と土手
の上にある高台。
道路はさんで東側(南落合1丁目
)と西側(友が丘中学正門
)にはかなり高低差があって、
高台の南落合1丁目
と下の道路をじかに行き来できる階段も道もナシ。
だから道路の向かい側から正門を見るには──、
地点=南落合1丁目住宅道路の歩道、
地点=友ヶ丘橋東端まで下る歩行者用抜け道上、
そのどちらか付近に立って見下ろす。
そうでないと正門前はよく見えない。
地点から正門を見るとこうなる。
なおかつ朝も早よから用もないのにそんな半端なところに突っ立って校門前の地面をまじまじと見つめる人がいるか、というとまあいたらちと危ない人なワケで。
南落合1丁目の住宅2階の窓からも見えないでもない。しかし朝も早よから以下同文。
地形の説明ここ▲まで。そんなごくごく希な偶然の重なりから生まれたエアポケットな
死角に
正門はあった。
さて、
そんな場所で、さらに夜明けから間もなくだし、行き交う人も車もそんな多くない。
この朝、
朝5時ちょい過ぎから
5時半頃にかけて、
正門前の
車道や
歩道を通りすぎた何人かが、
正門前の
それを目にした。
配送トラック、新聞配達、散歩の主婦たち──。
でも目にしただけ。
人間、あまりに場違いな光景を見ても脳が受け入れないものだし。
その時点で
誰一人として通報しなかったのがすべてを物語ってる。
「
人形かな」
と思った
ばあさんもいたけど、そこまで。
「まさか
本物じゃないわな」
だから、みんなそれ以上には確認もせずに通りすぎる。
のちのちこれらの
目撃談が
事件をより
奇々怪々なものにするんだが。
さらに夜明けから時間が過ぎ。日も高くなって──
午前6時30分を回った。
私、用務員のおっちゃんです (小学館文庫) 用務員のおっちゃんが
正門を開けにやってくる。
スライド式の
鉄柵扉を開けるうちに、
門の真ん前にある
丸いものに気づいた。
ん? なんやあれ。
部活動のボールでも道に転がり出てたんかいな。にしては──
用務員はよく見ようとして近づ
110番通報というのは、
最寄りの
須磨署ではなくて、
中央区にある
兵庫県警本部ビルの
通信指令室が受ける。
そこから現場近くを回ってる
警ら隊や
所轄署所属の
パトカー、近くにいなければ最寄りの
交番に駆けつけろ指令が飛ぶんである。
このとき
午前6時42分の通報も同じ。
「本部から027へ──」
「──棄事件が友が丘中学校で発生──」
「──現場で通報者に会い、事態を把握せよ。通報者は学校の用務員。校門前で待っています」というかんじで。
「027了解。只今より現場へ向かう」「──027、状況を報告してください」「──027、聞こえますか」「…027から本部へ──」
「…校門前に人間の頭部が遺棄されているのを確認した」「24日より所在不明の男児と思われる……いや、これはひどい──至急応援。現場保全が──」「──027、状況を報告してください、状況を報告してください」「…口に紙が差し込まれて──の3文字が見える──」「え……あの、027、もう一度繰り返し願います」
「漢字──、“鬼”と“薔薇”の3文字が──」【Vol.5】へと続く
> 事件地図 └ α(北須磨団地)
└ β(タンク山)
└ γ(友が丘中学校門付近) 
>>
I
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