「ジャンパー着て行きなさい」
“じいちゃん”=
祖父の家まで市道を東へ
500mほど。
ご近所さん的距離で、
淳はよく
“じいちゃん”とこへふらりと遊びに行く。
学校では
“なかよし学級”、やや
知的発達障害。
でも生活に支障があるってほどじゃなく、
いつもニコニコ丸い笑顔を振りまいてる一方で、
知らないおじさんどころか知ってる大人にさえ近づかない
用心深い子だし、必ず暗くなる
夕方5時までには帰ってくる子。
ちょっと前に北の学区で
通り魔があって
女の子が
大ケガしたとか
死んでしまったとかで
集団登下校も続いてたからご近所ではなんだか怖いわねだったけど、
まあ
じいちゃんちはすぐ近くだし表通りだしで、家族も心配してなかった。
さて、
夕方5時まで少し間があるので、
ここがどんな場所だか軽く予習なぞしてみるのである。
「山、海へ行く」
須磨ニュータウン開発当時の宣伝コピー。
といえば聞こえはいいけどまあ
六甲山系をばりばり掘って崩して削った土砂で海を埋め立てたってことである。
かつて山だった土は
巨大ベルトコンベヤでせっせと海へと運ばれて
ポートアイランドと
六甲アイランドになった。
60年代から
平成狸合戦ぽんぽこが全国で演じられて都市郊外に人間様の
新興住宅地が次々と生まれたが、
須磨ニュータウンもそのひとつだった。
こうして見るとぽんぽこを追い出して切り拓いたのがよく分かるで、
須磨という土地は
「源平合戦」やら
「源氏物語」やらの
須磨ノ浦と
一ノ谷やら険しい山々、その隙間にへばりついて鄙びた集落しかなく。
そういうとこに名だたる
俳人歌人が萌えましてですね切ない歌も詠んじゃいますっつうかはっきりいって
大昔からド僻地そのあと
昭和になってもド僻地だったんだが、
山が海へ行った結果、人口がみるみる増える。
整然と並ぶ団地棟、整然と並ぶ一戸建て、大型マンション群、さらに幼保小中高大専の教育機関群、病院、そして老人ホーム、
まさにゆりかごから墓場まで。
ここに足りないのは
「過去」だけ。
須磨界隈では、
もとからの
旧市街や
海水浴場の南部が
「須磨本区」、
ニュータウンのある
北部が
「北須磨」、
と呼ばれてるんだが、
1995年時点、
「須磨本区」人口
6万3000人、
「北須磨」人口
11万3000人。
まあそんな勢力図変遷。本区「ぬーむ」
なかでも早いうちに人が住みだしたのが
友が丘一帯。
労働者住宅生協が仕切ってつくった労働者住宅団地で、
と名乗っていた。
ここが
酒鬼薔薇事件の主舞台となる。
──と蘊蓄垂れてる間に
夕方5時も過ぎて──
もう
5時半なんだが、
まだ少年、家に帰ってない。
珍しいわね、どうしたのかな。
母親が
“じいちゃん”に電話してみると、
「
淳? 今日は来とらんけどな」
えっ、
慌てて
淳の
母親は心当たりのある家に電話。
といっても
淳が遊びに行くほど気を許してる相手は限られてて、
同じマンションの
藤原*くんち、
中公園近くの幼なじみ
日向ユキオ*くんち、
この2軒だけ。
日向*さんの家では
ユキオくんの
お兄さんが飼ってる
ミドリガメがいて、
カメならずっと飽きもせずずっと見てるってほど
カメ好きの
淳はその
ミドリカメを見によく行ってるのだった。
もしかして途中で気が変わってそのどちらかにお邪魔したかもだわ。
ところが、
藤原*さん
「
淳くん? 来てないわねえ」
日向*さん
「いま、息子に聞いたけど、最近は来てないって言うてるんよ。そのへんで迷うてるかもしれんから、ちょっと公園を見てきたげる」
しばらくして
日向*さんの方から電話、
「公園にもおらんようやわ」
えっ?
えっ?
つのる不安。
夕方になると、
また雨。

話を聞いた近所の人たちも外へ出て
淳を探し始め、
その頃には
ママ友的ネットワークをもって「
淳くんいなくなった」は亜光速で広まっていた。
ちなみに、
まだポケベル全盛の頃で、ケータイ通話料はまだアホみたいに高い。1997年はケータイ爆発的普及が始まりつつあったんだが“誰でも持ってる”状態にはまだまだ。もちろんケータイメールなんて普及とかいう以前。
この須磨ニュータウンでも、主役はまだまだ固定電話。
だから出かけたら帰ってくるまでどこ行ったかわからんし、
そのうち帰ってくるやろ、
っつう大らかな時代だった。
あ、ついでにいうと、1997年は、
こんな顔ぶれとか、“エヴァ”ことヱでもヲでもないエヴァンゲリオンとか、小室哲哉、裏原、和物、たまごっち、
なんつーのがハバきかせる年であるぞえ。
と思いつつこの先をどうぞ。
さて、電話をもらった
日向*家でも、
淳の幼なじみの
三男=
ユキオ*と
母=
琴絵*の母子で、
近くを探して回った。
近くの
中公園や
北須磨コープ、その裏手にある
北須磨公園。
北須磨公園には震災の被災者たちの
仮設住宅23軒がまだ並んでる。
ちなみに2年前の
大震災では
「須磨本区」が激しくやられたのに比べて、
「北須磨」ことニュータウンはもと山で地盤が固いのと鉄筋鉄骨の家屋が多いせいか、被害度で明暗思いっ切り分かれた。
死者数でも、
須磨本区379人、
北須磨は4人。人口は
「北須磨」が倍近いのに。
父=
日向亮一*も、
パチンコで負けて午後はフテ寝してたけど、夕方からは母子を手伝う。
3兄弟の
長男=
シゲル*、
庭をうろうろしてる。自転車で出かけてたがいつのまにか帰ってきてたらしい。
次男=
ソウヘイ*、
いつ遊びに出かけてたか、これまた知らないうちに帰ってるし。
「
淳くんがね、なんかおらんようになったみたいよ」
琴絵*がそう教えても、
長男は、
「ふーん」
興味なさそう。
次男も似たように「ふーん」反応薄い。
シゲ*はともかく
ソウヘイ*は
淳くんのお兄ちゃんと同級生なのにちょっと心配してあげたらどうよ、
もどかしくてぶつくさつぶやく母である。
あーそうや、
淳くんで忘れとったわ、
と
琴絵*は
長男に、
「
シゲ*、4時くらいにね、友だちから電話あったよ。
アリハラ*くんと
ヨサノ*くん。
4時に
ビブロスで約束してたって。あんたすっぽかしたん?」
「ん、いい。遅れてっただけやから」相変わらずの
長男。
夜8時頃、
騒ぎを知らずに
三宮で同僚後輩と飲んでた
淳の
父=
土師守が、
妻からの電話で騒ぎを知り、タクシーで飛んで帰った。
そういう顛末があったのち──
夜8時50分。須磨署に
捜索願、
だった。
←今ココ
署ではただちに動ける署員を投入。
「11歳、若干の知的障害あり」
「身長137cm、体重42キロで小太りの体つき」
「黒のTシャツに緑色のウインドブレーカー、紫色の半ズボン」
が、
夜12時過ぎても見つからず。
「続きは明日」に。
「明日は朝から
警察犬を出して探しますから」
署員がそう言って
土師夫婦を励ました。
それでも
淳の
父親と
じいちゃんはあきらめきれず、
「タンク山」の
「チョコレート階段」を登った。
タンク山。友が丘のど真ん中になぜかある丘山で、
須磨ニュータウン開発の削り残し。
本当は
竜が山というんだが誰もそんな風に呼ばない。
中腹にある水道局の
貯水タンクがご町内どこからでもやたら目立つから、人呼んで
「タンク山」である。
「チョコレート階段」というのは水道管の上をブロックで固めた土手のことで、
この見た目どおりのこの通称。
まあそもそも階段でも道でもないし、ふもとからタンク前までの舗装道路も別にあるんだがやたらと遠回りなので、散歩や雑木林で遊ぶジモピーはこの巨大板チョコですすすっとショートカットする。
その暗くて滑りやすい斜面を雨に濡れつつ
淳の
父と
祖父は登った
んだが。
雨はますます降るしろくに街灯もなくて暗いしで。
タンクの手前までは行ったものの、
これじゃ何も見えん、あきらめて帰るしかない。
ところで、警察が妙に初めっから全力投球してくれてるんだが、
「子どもが夜になっても帰ってこない」
だけじゃ警察はこんな頑張っちゃくれない。
「家出じゃないの?」「子どもは親の知らないところでいろいろあるからね」なんて嫌みのひとつも言われたあげく放置なんて珍しくないことで。
よくそれがあとで事件だったと分かって警察が叩かれたりするんだが、
そのへん
兵庫県警はまーそのーお世辞にも優等とはいえず、
日本の名城 スタンダード版 姫路城 2005年の
姫路バラバラ殺人事件でのあまりの怠慢ずさんぶりはもはや伝説の域。
まあただその一方で、
家出じゃん探してって頼んでないしぃってケースが星の数ほどあるのもまあ実際のところで、だからホンモノを見逃してしまうんだが。
だからこの異例な超速対応には
須磨警察署のみんなさんとりわけ親切でした
以外の理由がある。
つまりは同じニュータウンで続発してる
通り魔があったからだ。
2月10日に
中落合で、
3月16日に
竜が台で、
女子小学生4人がそれぞれ
ハンマーで殴られたり、
“刃物のようなもの”(それは刃物でいいんじゃないか)で刺されたり、
1人が
脳挫傷で
死亡、1人が
腹部刺傷で
重傷、1人が頭強打で
10日間入院。
しかも
2月事件は
被害届を担当署員が放置してたもんだから、
3月事件が起きたあとで事件が明るみになったというていたらく。
中落合と
竜が台は
500mも離れてない…。
>>>>同一犯か? というかそうだよな…。
小林敏恭署長はじめ署の幹部衆は蒼白になった。
通り魔跋扈を放置してたと非難されてもしゃーないのである。
2月の事件は騒ぎを嫌った親の希望で結局は報道されず。
3月の
竜が台通り魔事件はさすがに
死傷者まで出たから
全国区で報道。が、
たまたまもっと
マスコミ好みの事件がその
3日後に起きた。
東京で。
3月19日、
渋谷区円山町の古アパートで、
会社員
渡邊泰子@39歳が
絞殺死体で見つかったんである。
さらに
彼女には
昼は
東京電力のエリート社員、
夜は
街角に立つ娼婦という
2つの顔が──
マスコミは旨そうなエサの匂いを嗅ぎつけて一斉にそっちへと群がった。
東電OL殺人事件彼女の
“電力供給じゃない方の顧客”だった
ネパール人ゴビンダ・プラサド・マイナリが
強盗殺人容疑で
警視庁に
逮捕されたのは、
ついおととい、
5月22日のこと。
犯人が捕まっても
東電OLの爛れた生前を暴きまくりのしゃぶりつくしのマスコミ報道はますます激しく過熱する一方で──。
というわけで、
竜が台通り魔事件は、リアル地元以外ではほぼ忘れられていた。
通り魔殺人・殺人未遂事件の
捜査本部はまだ
須磨署にあるにはある。が、
2か月経った今、捜査ははっきりいって手詰まり中なんである。
そこにこれまた
ごく近い場所で
ごく近い年頃の少年が
行方不明。となれば、
無関係と思う方がおかしい。もうひとつ、
警察がマジ受けするワケがある。
20日前にも、
奈良・三重県境でも
行方不明事件が起きていた。
5月4日、
渓谷と梅と大和茶で有名な
月ヶ瀬村で、
地元の女子中学生
浦久保充代@13歳、
家に向かったのを最後に
行方知れず。
途中の県道には
靴や
血痕、公衆トイレに切り裂かれたり
血のついた
衣服。
思いっきり
事件性あり。須磨ニュータウンがらみでは、
2/10-
中落合、3/16-
竜が台、5/24-
今回、みると
3月と
5月がやや空いている。
ここに
5月4日の
月ヶ瀬村の件を入れると、
大体ひと月おき──
変な勘定が合うわけで、
神戸と
奈良の東の端っこなんて遠そうだが、車でなんとか日帰り範囲内…。たとえば
長距離を走る運転手や
出張多めの職業だったら、
microsculture SANGUE SANGUINA 2003 「出張ついでに犯行」もあり得ない話じゃない。
ということなどもろもろあって、今回の
@11歳行方不明ももしや──があるもんだから
須磨署も今回こそ即座に動いたのだった。
が、そうは言いつつも、署内でなんとなく支配的なのは、
「事件性は薄いんやないか」っつうのも決して口にはできないが今回の少年が
知的障害児だからで、さすがに
家出って線はないだろうけども、
「好奇心のままフラフラ遠くに行って帰れなくなったんとちゃうか」
決して口には出せないがそんな空気は決して口には出せないが。
正直いってこの年の春、
須磨署はほかにも難題を抱えている。
というのも
兵庫県警には、道府県警の中でもとりわけ特殊かつ重要な役割があって、
ドキュメント 五代目山口組 (講談社プラスアルファ文庫) なんたって
灘区にみなさんごぞんじ
日本最大の指定暴力団の
総本部がある。
だから
対山菱の
最前線基地なわけで。
その
山菱がまたもや
内紛の瀬戸際にきてるのだった。
ナンバー2の
若頭と
若頭補佐が対立してにらみ合ってたんである。
直接の原因は敵対する組との手打ちがらみなんだが、
もとからして
若頭と
若頭補佐の2人、
実録智将ヤクザ伝五代目山口組若頭宅見勝 (バンブー・コミックス)実録山口組抗争史激戦武闘軍団中野会 (バンブー・コミックス)折り合いがよろしうない。さらに
若頭補佐には
親分さんつまり
山口組組長がバックにいる。
ナンバー2対ナンバー1の懐刀の対立なんである。
山口組 五代目帝国の内なる敵 (竹書房文庫) 山口組の構成員は、同時にそれぞれ
数百数千人の組の組長でもあるからややこしい。
このままいくと
最高幹部同士の一戦が激しくはじまりかねなかった。
かつての
山一抗争、
山竹抗争以来の
内乱近し。
全ヤクザの
シェア4割を占める巨体であるからして、他の組と抗争するより内輪もめの方がよほど大きな
仁義なき戦いになるんである。
で、
警察はどうすんのかというと、
ヤクザが街中でばんばん撃ち合う無法地帯な光景を
国家秩序補完機構たる
警察は一番避けたいからして、
県警対組織暴力 [DVD] 徹底警備による
抗争阻止や
“頂上作戦”なる組長たちの一斉逮捕で
暴力団弱体化をねらう。
抗争はじまると
警察もまた忙しいんである。
で、
と前置きが長くなったけども、よりによって
須磨本区にその渦中の
若頭補佐の組本拠があるんである。
それも
須磨署から
クルマで3分の挑発的な位置に。
いつその界隈で
ガンファイトが起こらないとも限らんのだった。
こっちは海外版 警察というのは
暴対担当のマル暴はともかく、
一般警官はヤクザがらみはできるだけ見ざる言わざる聞かざるスルーの風土がある。
兵庫県警もお国柄でそのギャップが大きく、のちの
神戸大学院生リンチ殺人@2002もそうして起きた。
というわけで
須磨署一同としては内心は心臓どっくんどっくん。
かかわりたくねー、どうか何も起きないで、せめておれが当直の日には、
が正直なところ。
そこへ
須磨ニュータウンの子ども狙った
連続通り魔、
今回の
子ども失踪、
ニュータウン=
北須磨と、
須磨署のある
須磨本区とは、法令では同じ
須磨区でも、
↑こんな山の列で分断されてるし、
地縁も経済もまるで別のコミュニティ。
だからニュータウン方面に署の人員を割けばかなり重荷になる。
じつは
北須磨の
妙法寺には
県警機動隊本部があって、
ここには体力あり余りの
機動隊員がぞろぞろいるんだが、
あいにく
機動隊の所属はですな、えー
須磨署じゃなくてですな、あくまで
県警本部の
警備部なので、気軽にねえヒマならちょっと手伝ってよとはまあ言いにくく。
しかも気づけばあとひと月ちょいの
7月上旬には
須磨海水浴場も
海開きではないか。
中堅どころに過ぎない
須磨署としては、頭痛が痛い──
◆
酒鬼薔薇聖斗は目をさました。
何時か分からず。今日は疲れてずっと眠り続けてしまった。
目が冴えてしまったんでつらつら今日起きた──起こしたことを思い出してみる。
──青いカメ
──チョコレート階段
──タンク山
──アンテナ基地
──靴ヒモ
──リビングセンター
──南京錠──糸ノコ
それから──
アンテナ基地での一瞬一瞬の光景
鮮やかに思い出せる。こまかいとこや色まで。
糸ノコ──
そうだ糸ノコ。
落ち葉の下に隠したままだ。
あれで
切り離してみたくなってきたぞ。
人間の体を支配してるところ。
司令塔を。
猫では何度もやった飽きるほど。
でも
同じ種族の人間なら、どんなんやろ。
あの
糸ノコを使えばいい。
見てみたい。たしかめたい、手に伝わる感覚。
明日も
タンク山へ、
アンテナ基地へ行こう。
ベッドの四隅にちゃんと
ぬいぐるみが積まれてるのを確かめ、
よしよし。
毎日の儀式。
ぬいぐるみに囲まれてないと
眠れないのだった。ずっと前から。
そうして
酒鬼薔薇はまた眠りの世界へと。
そうだ、
糸ノコ使うなら、
ビニール袋がいるな。大きめの。
5月25日日曜日──
2日目の夜が明けて、
須磨署から
署員15人with
警察犬、
多井畑小学校の
保護者50人、さらに
北須磨団地自治会と
消防団も捜索に加わった。
土師淳@11歳の幼なじみ
日向ユキオ*も
父@淳一*と一緒に朝からクルマで周辺を回り、午前のうちにいったん家に戻って自転車でまた一緒に出かけた。
母@琴絵*はというと今日は朝から
美容院である。
あさって
27日は
長男@シゲル*を
児童相談所のカウンセリングに連れて行く日だからだ。
長男が学校を休む
(琴絵*は不登校とか登校拒否というネガティブワードを使いたがらないんでね)ようになってから、学校から勧められて行くことにしたのだ。
初回のカウンセリングが
16日だった。今度で2回目。
児相は
中央区の
ハーバーランドにある。
山から
“街”に出るんだから
琴絵*もおめかしするのだった。
で、その
長男@シゲル*はというとまだ2階で寝てるし、
次男@ソウヘイ*は昨日と同じでどこへ行ったか朝から見当たらない。
昼少し前、日向*自転車父子はさすがに疲れてノドかわいたなジュースでも飲もか、
と
北須磨公園隣の
コープに立ち寄った。
ニュータウン系の例に漏れず、
友が丘の住宅区域にはほとんど店っつーものがない。コンビニすらない。
なにか買おうかねと思うと、
北須磨団地入口交差点の
リビングセンターや飲食店など商業施設の集まってるエリアまで行くか、
ちょっと遠いけど北の
名谷駅前の
須磨パティオや東の
妙法寺駅前の
リファーレ横尾か、
近場だとこの
コープしかないんである。
ちなみにコープはもちろんパティオもリファーレもリビングセンターも経営母体は
生協。ここでは見事なまでに生活すべてが
生協で回されてるんである。
コープ前に来ると、自転車の
長男と出くわした。起きたらしい。
「チャリ、換えてくれへん?」父@淳一*は
長男のいつも使ってる
ママチャリに乗ってたんである。
父親としてはちょっとムッとして、
「とっ換えるんはええけど、
シゲ*おまえ、どこ行くと」
九州の離島出身の
淳一*はたまに地金の方言が出る。
「ん、ビブロス」長男は
団地入口交差点にあるビデオ屋の名を短く答えて、
交換した愛用の
ママチャリで東へと走り去った。
次男@ソウヘイ*も朝から手伝おうかのひと言もなしにさっさと出かけたし、上の兄2人は
淳くん探しを手伝う気はまったくないらしい。
淳一*「ぬーむ」
午後になると、
須磨署からの応援要請にこたえて、
県警機動隊50人も捜索に加わった。
警察犬を先頭に官民混成の
捜索隊が
タンク山を登ったのは
午後2時を回った頃。
ちなみに
タンク山をクローズアップするとこんなかんじ。

捜索隊はまもなく
貯水タンク前に着いて、
「あの脇道はなんです?」
「あー、ケーブルテレビの
アンテナ基地ですわ。タンクの裏手からも行けるそうやけど、でもなんもあらへんですよ」
いちおう見てみましょう。
雑木林の中を3分くらい登ると
アンテナ基地局のゲート前で狭い山道は終わった。
基地といっても
無人施設で、物置サイズの
設備局舎と敷地を占領してる大きな
パラボラアンテナだけ。それを高い
フェンスが囲んでる、それだけの施設なんだが。
と、そこで、
急に
警察犬が
吠えた。
「ん? なんだどうした」
“見つけた見つけた”吠え。少年の匂いを嗅ぎつけた、ということである。
といっても…、
フェンスの中は
パラポラアンテナがでんと鎮座しているし
雑草ぼうぼうだし、
局舎も鍵がかかってるし、人のいられる空間がそもそもなく。
フェンスのゲートを開けようとすると、
南京錠がかかってる。
「ここは入れん。違うやろ」
警察犬を追い立てて
捜索隊は引き返した。
叱られて引っ張られて
警察犬、不満げ。
なんで叱られるの。
なんでほめてもらえないの。あいにくヒト語がしゃべれない。
なんでみんな帰っちゃうの?
せっかく見つけたのに!
匂いの主はあの中だよ。
みんなの探してる子、今もいるよ!あの囲いの中に!
アンテナ基地から離れた獣道──
危ない危ない、ニアミスだった。
警察犬まで来てたのか。
アンテナ基地でぼやぼやしてたら危うくあいつらと鉢合わせするところだった。
言い訳できない証拠の品を手にしたまま。
酒鬼薔薇は
捜索隊のいる方とは逆の
北須磨高校側へと獣道をかき分けていく。
ふん、森の中でぼくを捕まえることは不可能だ。
タンク山の地理は誰よりも知ってるんや。
≫ 【Vol.3 イレズミノイケ】へ続く
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