【事件激情】県警対14歳 Vol.8【酒鬼薔薇聖斗事件】
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これ以降、警察発の情報は限りなく少なくなる。少年事件だからもんで。
なので、とくに警察内の会話と人物の架空度もさらに増え。
でも捜査の流れ、行動の結果、事件関連の出来事は、公開された記録に基づく。
そして例によってこの文字色の人名*は仮名である。
1997年
6月4日
水曜日
──事件発生から9日
午前11時
中央区ハーバーランド
いつもと同じように運び込まれる郵便配達のカーゴ。
ハガキやら封筒やらの中に、その手紙は混じっていた。
行き先は、
エコール・マリンこと神戸情報文化ビル。
ビル内に神戸新聞本社。
搬入窓口に届けられた大量の郵便物は、
神戸新聞社のフロアへと向かう。
昨日までと同じ風景。
三宮駅前にあった神戸新聞の旧本社は阪神淡路大震災で大破。この新ビルに移ってきたのは昨年夏。来年は創刊100周年。
さて、届いた郵便物の山はサポートセンターの事務員やバイトくんが宛先の部署ごとにせっせと仕分けするんであるが、
一通だけ、
なんやこれ?
「神戸新聞社」だけで**係とか**部とすら書いてない。差出人名も無い。まーたそそっかしいヤツだわ。
この手のは仕方ないからサポートセンターで開封するんだけど、えーと、なにが入っ
数十秒後、
「あの…、これ…」
顔面蒼白な事務員の差し出す封筒、
なにげなく受け取った係長は、
なにげなく目を通
数分後、
顔面蒼白な係長が編集局フロアへと駆け込んだ。
それを掲げて。
緊急ミーティング。
佐藤公彦編集局長とキャップ、デスクら編集幹部が、それを囲んだ。
「差出人は、あいつですかね」
「まだわからん」
いやまずホンモノや。そんな匂いをブンヤたちはかぎ取ってる。
神戸新聞の7日間
2年前の震災で神戸新聞社は電算写植設備が全壊。
記者たちは自分らも被災しながら燃え上がる被災地を取材に駆け回った。
京都新聞に協力してもらい、一度も休刊なしに新聞を出した、
地方紙ながら剛の者である。
その報道の鬼たちがさすがにひるんでいる。
「にしても、なんでウチなんや」
これが届いたのはウチだけか。他社やテレビ局にも届いてるのか。
もしウチだけだとして、特ダネとして扱うべきか、否か。
さんざんうんうん頭を寄せ合い、
「この手紙をそのまま公開すれば、犯人の思惑どおりに世間にばらまかれてしまう」
「筆跡を公開してしまうと、捜査に支障をきたすおそれもある」
であるから、
「手紙の実物はすべて警察に渡す」
「特ダネにせず、ワープロで書き写して他の報道機関にも事前に公開」
という結論になって、荒川克郎社長にもそう報告、了解をもらった。
ただ、警察に渡す前に、手紙と封筒を撮影しておくのだけはぬかりなく。
兵庫県警に引き渡す際にはひとモメあった。
「一字一句洩らさず世に出す。報道各社にもフェアを期して事前に渡す」
という神戸新聞の主張に、県警側がしぶって、
「内容を出されては困る、公開は警察に任せてもらう」
しかし神戸新聞も引き下がれない。
「この手紙は当社宛に投稿された。本来ならそのまま報道してもよいものだ。それを捜査進展のためにあえて掲載前にお渡しする。このうえ報道内容にまで警察は介入するのか」
しかたない、県警側が折れた。
「しかし手紙の実物写真は犯人逮捕までは掲載しないこと、赤ペンで書かれたことは伏せること。この2点だけ、どうか約束してもらいたい」
いいでしょう、
サツとブンヤの駆け引きは終了。
引き渡された封筒とその中身はさっそく須磨署の捜査本部へ。
で、今度は捜査幹部ご一同がそれを囲んでうなってるんである。
山下捜1課長、課長補佐、管理官、調査官、鑑識課長、鑑識課長補佐、
小林署長と副署長と刑事1課長もろもろ──
小さな赤字でびっしり埋め尽くされた集計用紙(便せんでなく)が2枚。
第一の挑戦状と同じ文面の感熱紙1枚
第一の挑戦状と同じように封書式に折られたスケッチ用紙1枚
この4枚が折りたたまれて入っていたのが、
やはり赤ペンで宛名書きされた茶封筒
封筒は赤いビニールテープで封され。
貼られてたのは100円切手。
消印を見ればどこの郵便局管区で投函されたか分かるはずだが──
「それが…切手の上からコーティングのように薄い膜が貼られていたため、消印のインクがはじかれ、日付と時間以外は判読できません」
消印から、投函は6月3日午後。
切手と重なったインクの跡は2文字分、
かろうじて見えるところから考えるに、
1. 戸 ? 磨 ?
2. 中 ? 西 ? 北?
神戸中央郵便局、神戸西郵便局、須磨北郵便局、どれも可能性がある。
「くそ、ずる賢いやつだ」
「異なる指紋を複数検出。可能性として、開封した読者サポートセンターの事務員と上司、当人らが素手でふれたと言っています。編集局員、郵便配達員、市内全郵便局の郵便局員および集配員、集配センターの全──」
無理。その全員の指紋くらべるなんて無理だ。
それに肝心のやつの指紋は第一の犯行声明文のときと同じく、ついてないだろう。
集計用紙はコクヨ製A4。スケッチ用紙、茶封筒、赤ビニールテープ、感熱紙、
どれもそのへんにいくらでも市販されててありふれすぎ。
「神戸大の魚住教授に、第一の犯行声明文との筆跡の照合を依頼しました」
魚住和晃教授@筆跡鑑定の権威。
「まず当たりやろ。これはヤツや」
赤ペンで書かれた金クギ風の奇妙な筆跡は外に洩れていない。
第一の犯行声明の実物を見ているのは、
捜査関係者(の一部)と、
酒鬼薔薇聖斗本人(と、もしいるならその共犯者)だけだ。
▼1枚目(集計用紙)
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>No. 9
>>>>>>>>>>>>>>神戸新聞社へ
この前ボクが出ている時にたまたまテレビがついており、それを見ていたところ、報道人がボクの名を読み違えて「鬼薔薇」(オニバラ)と言っているのを聞いた
人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。表の紙に書いた文字は、暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命である。ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。しかし悲しいことにぼくには国籍がない。今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。もしボクが生まれた時からボクのままであれば、わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなどという行動はとらないであろう やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事もできたのである。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中でだけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない
だが単に復讐するだけなら、今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、何も得ることができない
そこでぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に相談してみたのである。
すると彼は、「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、君の趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもある殺人を交えて復讐をゲームとして楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へと変えていけばいいのですよ、そうすれば得るものも失うものもなく、それ以上でもなければそれ以下でもない君だけの新しい世界を作っていけると思いますよ。」
その言葉につき動かされるようにしてボクは今回の殺人ゲームを開始した。
しかし今となっても何故ボクが殺しが好きなのかは分からない。持って生まれた自然の性(さが※ルビ)としか言いようがないのである。殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。
>>>>>>>>>>>>>>>>最後に一言
この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、ボクは自分自身の存在に対して人並み以上の執着心を持っている。よって自分の名が読み違えられたり、自分の存在が汚される事には我慢ならないのである。今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか思えないのである。ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかね ボクはこのゲームに命をかけている。捕まればおそらく吊るされるであろう。だから警察も命をかけろとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。今後一度でもボクの名を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば一週間に三つの野菜を壊します。ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。
>>> ────ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている────
▼2枚目(集計用紙)は2行のみ
P・S 頭部の口に銜えさせた手紙の文字が、雨かなにかで滲んで読み取りにくかったようなのでそれと全く同じ内容の手紙も一緒に送る事にしました。
▼3枚目(感熱紙 20cm×30cm)
第一の挑戦状と同じ内容。
酒鬼薔薇聖斗本人であることを証明するつもりで添付したようだ。
しかもご丁寧に「見たくて見たくて」の反復まで再現されてる。そこは捜査本部が隠し抜いて、報道にも一切出てない部分──秘密の暴露だ。
文末の「SHOOLL KILLER」は、もとの「SHOOLL KILL」から変わっている。
これで酒鬼薔薇聖斗が、キラーと書こうとして、綴りを、というより単語を間違えていたことが分かった。
だが相変わらずSHOOLLはそのまま。
▼4枚目(スケッチ用紙 第一の挑戦状と同じ封書折り)
第一の挑戦状では感熱紙だったが、今回はスケッチ用紙が使われている。
酒鬼薔薇聖斗に今回はふりがな。
“さけおにばらきよと”呼ばわりがよっぽどイヤだったんだろう。
さらに第一には無かった一文、
ボクの名は酒鬼薔薇聖斗
夜空を見るたび思い出すがいい
捜査幹部たちが緊迫したのは、第二の犯行声明の終盤、
一週間に三つの野菜を壊します。ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。
のくだり。
酒鬼薔薇聖斗の呼ぶ「野菜」が「人間」を指すのは第一からも明らか。
つまり酒鬼薔薇の癇に障ることがあれば、
1週間以内に3人の人間を殺す、子供ではなく大人を狙う宣言、とも読める。
もしこの宣言どおりになったらそれこそパニックじゃ済まない。
しかも今回は神戸新聞がからんでるから、犯行声明の内容は一言一句が確実に公表されてしまうんである。
そこで次の犯行が成功したら、警察の信頼度は地に墜ちる。
「ふざけやがって」
うーむ、
第二の挑戦状を見つめてる山下捜1課長、
ん?
ある一文に目をとめて釘付けに。
これは──もしかすると、
「ただちに捜査会議だ」
>>>>>>>>>>>>>>>>
「──を報道機関に送りつけ、その中で第二、第三の犯行をにおわすなど、犯罪形態が極めて残虐。極めて反社会性が強く、残虐な特異犯行である。断じて次を許してはならない。兵庫県警だけではなく、日本の警察そのものの存亡が、我々の捜査にかかっている」
山下捜1課長、拡大されたコピーを指して、
「さて、この第二の犯行声明だが、
この中に、犯人特定につながるかもしれない箇所がある」
ざわっ。
「犯行声明の後半にある、この部分に注目されたい」
今現在の警察の動きをうかがうと、
どう見ても内心では面倒臭がっているのに、
わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか思えない
「この一文から推察するに、
犯人はすでに捜査員と接触している可能性が高い」
「君たちの何人かはおそらく犯人と会っている」
ざわわっ。
「被害男児の遺体をみても、抵抗の跡はまったくなかった。心を許している相手にいきなり襲われたとも考えられる。
犯人は、この地区内の住民である可能性が高い」
ざわざわざわっ。
団地の外からやってきたよそ者では?
「我々は知らず知らずその思い込みに縛られていた。固定観念を捨て、もう一度、被害男児の交友関係から徹底的に洗い直せ。一軒一軒しらみつぶしに聞き込め!」
捜査員たちは大わらわ。
そのなかでみるみる顔色が変わっていく者、約1名。
宍戸*刑事。
「課長、急ぎお話が」
と課長補佐の五十嵐*警部。
「宍戸*巡査部長と松笠*巡査部長両名から内密に報告があります」
クールな五十嵐*補佐が珍しく興奮気味、
その後ろに青い顔の刑事2人が従っている。
「これを」
五十嵐*が職質の報告書を差し出した。
「6月1日、友が丘西公園にて、宍戸*松笠*両名が実施した職質の報告書です。宍戸*が作成したものの提出はせず手元に置いていました」
山下課長は報告書を読んで、さすがに目をむき、
「中学生? 14歳?」
「すみませんっ」と宍戸*と松笠*。
< 回想シーン
「気にはかかったのですが、犯行声明をすらすら暗唱した、だけでは弱すぎますし、それに犯人は大人と思っておりました。しかしまさか──」
ぬー。
ん、日向シゲル*、なぜか聞き覚えがあるな。
どこかでこの名前を耳にしてるぞ。ヒナタ*、ヒナタ*、
どこで聞いた、
待てよ。
「宍戸*、松笠*、このことを誰かに話したか?」
「いえっ、五十嵐*補佐と課長が初めてです」
目きらんっ。
「よし、このことは誰にも言うな」
この日、日向シゲル*と琴絵*の母子は──
朝10時から、ハーバーランドの児童相談所に。予定してたカウンセリングである。
シゲル*はとくにおかしな様子もなく、淡々と心理テストを受けてる。
カウンセラーは琴絵*との面談で、
「息子さんは絵の素養がありますね。幾何学的な発想が優れている、こうなったらこうなると推理をしながら投影法を使って絵が描けるようです」
「ああ、そういえば、私の昔の写真を見てすいすいと模写したことがありました」
あれは去年の琴絵*の誕生日だった。シゲル*が琴絵*の結婚式のときの写真を見つけ出して、「これ、おかあさんか?」
シゲル*はその場でサインペンをとって写真を見ながら、下描きもせずにすいすい描き終えると、
「これプレゼントや」
ぶっきらぼうに渡してきた。
長男からそんな風に何かもらうのは初めてだった。琴絵*はよろこんで台所の冷蔵庫に貼って今でもそこに貼ってある。
「息子さんも描くのは嫌いではないようです。技術を教わればもっと伸びると思いますよ」
なんだかうれしくなる琴絵*である。
■
伊丹*@須磨署刑事課と高浜*@県警捜査1課のバディ、
なぜか急の呼び出しで須磨署へと戻り中。
高浜*はすでにガクブル顔。
「やっぱり今朝の報告書がマズかったですかね」
「そんなことあるかい」
という伊丹*も、
本部の方針とちがう持論を報告書でご披露したから叱責されるんだろと思ってる。警察はそういう組織だし。
「伊丹*さんが怒られてくださいよ。自分は伊丹*さんにどつくぞと脅されやむを得ず書かされたって言います」
「君やって喜んで書いとったやろ。大体なんやどつくぞって、小学生か」
で、捜査本部に戻った2人を、五十嵐*警部が難しい顔で迎えた。
取調室に通されると、
小林署長が待っていて、
「あーご苦労、じつはな、君らが今朝出した報告書だが」
ちがーう!
まだいたのか!しかも一日警察署長かよ!
名古屋に帰れ名古屋に! 味方の敵、敵の味方め!
取調室に通されると、
小林署長が待っていて、
「あーご苦労。じつはな、君らが今朝出した報告書だが」
うへえ、やっぱ朝の報告書があかんかったんや。
「君らは、2月・3月通り魔事件の犯人は地元の住民である可能性が強く、とくに2月事件のあった中落合近辺の住民と出入りしていた関係者を洗い直すべき、と書いたな」
「は、それは私ではなくて伊丹*巡査部長がですね、無理矢理──」
「このこと、他の誰かに話すか、相談したか」
「──書かないとどつくぞと言われまして、自分としてはやむを得ず…」
「えーから! 他の誰かに話したんかどうや!」
「え? いえ」「まだ2人の間でしか」
うーむ、
五十嵐*警部は考え込んでから、
かたわらの小林署長と目配せをし合い
なんでおまえと目配せし合わなあかんのや!
まだおったんか! 帰れ! 敵の味方!
「よし、誰にも言うな。伊丹*松笠*両名ともここで別命あるまで待機しとれ」
「え、た、逮捕ですか」
「なに言うとる、新しい仕事や!」
その頃、山下捜1課長は──
中央区の兵庫県警本部ビル、深草刑事部長のもとへ。
「……14歳…」
深草部長、呆然。
「子どもがあんな残虐な犯行を──信じられませんね」
「私もです。しかし調べる価値はあるかと」
あのあと捜査幹部だけで、一連の事件の捜査線上に日向シゲル*が浮かんだことがあるか、こっそり記録をあさったのだが、
結果──
なんと日向シゲル*は、3月竜が台通り魔事件の被疑者候補リストに入っていた!
それも130人から10数人まで絞られた有力候補の中に。
なのに、途中でリストから外されていたんである。
中落合、竜が台ともに日向シゲル*の自宅から遠いのと、
3月事件の「20代のシンナーマン」の目撃情報もあって、
どうも違うぞとなったから。
そしてなにより、
14歳の子どもだったから。
被疑者候補に彼の名前があったのは、
小学生の頃から問題児グループの一人として生安の耳に入っていたからだ。
万引、放火、暴行、傷害、器物損壊、そして動物虐待──、
ただし、どれも被害届は出されてないし、一度も補導はなし。
「被害男児は信頼していた相手に不意を突かれて扼殺されたと思われます。しかし遺族の供述によれば、男児は大人には顔見知りでさえも近づかない子どもでした」
被害男児が心を許した大人は、両親、祖父母、幼稚園の保母・学校の担任などわずか。
ニコニコ愛想はいいが、見知らぬ大人には返事もしないし、顔見知りでも大人に無理やり手を掴まれたりしたら大声を上げた。
しかし、
もし相手も大人じゃなかったとしたら──?
被害男児が信頼していた子ども。
これまたごくごく限られる。
同じマンション内の藤原*家
そして
中公園近くの日向*家
遺族が把握してる「仲良しの子」はこの2軒の子だけだ。
とくに日向*家の三男ユキオ*とは幼稚園から幼なじみで、
よく日向*家に遊びに行ったという。
被害男児はカメ好きで、
日向*家で飼われているミドリガメを見るために。
そのカメの飼い主が、
日向*家の長男シゲル*。
被害男児のごく狭い狭い交際範囲内に、日向シゲル*はいた。
もちろんこのへんの人間関係は捜査の初めっから分かってた話だ。
ただ事件とは関係ない子ども国のこととしてスルーされてたんである。
「大人が誘って連れ去るのは無理」というのは、男児の父親も主張している。
逆探知グループの尾崎*警部補が、マスコミにも見せてない第一の挑戦状のコピーを、
「どう思われますか」
と父親に見せたことがあった。筆跡から思い浮かぶ人間がいるかもしれないし。
父親の反応は、
「マンガ世代といわれる若い子が書いたとしか思えない」
「息子は顔見知りでも大人には誘われてもついていかない子だった」
「犯人は大人じゃない」
だった。
「犯人は大人じゃない」は、たしかに捜査本部でもちょっとあった説だ。あの挑戦状のヘタウマ字とか、そう思えないこともないし。
だが主流にはなってない。今日までは。
「しかし、3月事件のリストに名前があったのと、今回の被害者の身近にいたというだけでしょう」
「大人なら捜査対象となる根拠には十分です」
「大人ならね。しかし課長、相手は未成年、しかも14歳の子どもですよ。この事件にはいまや日本中が注目している。もし子どもを犯人扱いしてるなんてことがマスコミに洩れたら、兵庫県警がただでは済まないよ」
「分かっております」
「それでもなお動くに値すると?」
「はい」
うーん。
深草部長はキャリア幹部、山下課長は地元採用ノンキャリ。
いわゆる“お客さん”と“偉いさん”。
中田本部長や深草部長ら“お客さん”は、地元組にとって上司ではあってもホントの意味で我らがボスじゃなく、隠語の“お客さん”どーりにお客さんである。
キャリアは次の異動までの1-2年くらい、どうか不祥事が起こらず無難に過ぎてくれますようにと日々願い、
地元組の上も下も、“お客さん”をつつしみまして上に戴き、つつがなく次の任地へと引き渡すのが仕事、と心得てる。キャリアとノンキャリの微妙なパワーバランスで警察本部は経営されている。
でもときに、
こうやってキャリア幹部が、“お客さん”じゃなく役職名どおりの責任者として決断を迫られる運命の瞬間がある。
「うーん、分かりました。
しかしこれは本部長の判断を仰がないと」
>本部長→
「今から説明に行きます。同行してもらえますか」
「もちろんです」
■
児相から帰っても、シゲル*は相変わらずたるそうにしてるが、
ぽつっと、
「絵習おかな。絵の学校、行こかな」
長男がそんな前向きなこと言ったのは初めてだから琴絵*は喜んだ。
「ええやないの、それ」
シゲル*の成績は最低の低で内申書も最悪だろう。弟2人は塾に通わせてるけど、シゲル*はそれもしないで3年生になっても学校行かずにブラブラしてる。このままだと高校進学は難しい、とあきらめていた。
「ええやんええやん、絵の専門学校に行ってそれから考えればええやん。先生に聞いてみるわ」
「うん」
琴絵*はうきうきである。
何があったか知らんけど最近この子、ようなった気がする。
カネマサ*くんとの一件があったときはどうなるやろと思ってたけど。
わたしと話すようになったし、前向きなところも出てきた。なんかええきっかけでもあったんやろか。
とにかく、この子は本当はやればできるんやから。
これからはええようになる。
きっと何もかもええようになるんや。
>>>>>>>>>>>>>>>>
1997年
6月6日
金曜日
──事件発生から11日
夜0時半
神戸新聞社の緊急記者会見、
「第二の挑戦状」の全文をマスコミに公表した。
独占記事にはせず、他社の朝刊、朝のニュース番組に間に合うタイミングで会見である。
警察との約束どおり実物の写真こそ伏せたものの、地元住民に疑心暗鬼と風評被害を生まないため、一字一句そのまま欠かさずの公表。
酒鬼薔薇の手紙が届いたのは、神戸新聞1社だけ。
後追いになった他の新聞やテレビはちょっとジェラシー。
事件後10日も経って進展もなくそろそろネタが尽きて、
マンネリになりかけ困ってたマスコミ、
新たな燃料を投下されて再沸騰 狂喜乱舞。
ぎゃははは! なんておいしい事件なんだ!
酒鬼薔薇グッジョブ!
酒鬼薔薇聖斗は、どのチャンネルでも第二の挑戦状ばっかなのを眺めて。
警察の捜査を攪乱させる目的を完璧なものにしようとしたけど、
うまくいってる。大騒ぎだ。これでますますボクから捜査の手は遠のく。
今回は念入りに準備したからなあ。
イメージした犯人像になり切って書いた。もちろん筆跡にも気をつけて。
>>>>>>↓
33歳の男。
高校時代には野球部にいた。
父親はいない。母親からはがんじがらめの教育を受け、クラスメートからも無視され続けた。
学校関係の仕事をしていたがクビになり、いまは病身の母親と二人暮らし。
学生時代にいじめられたので、自分を「透明な存在」と思うようになりそのことで義務教育に恨みを持っている。
被害妄想と自己顕示欲が強く、社会に対し恨みを抱いている。
という設定。無駄に細けえぜ。
家にあったコクヨの集計用紙に赤のサインペンで書いた。
「夜空を見る度に思い出すがいい」の言葉もたしかテレビで見た外国映画のセリフを思い出して気に入ってたので使った。
それから手袋をして指紋がつかないように気をつけて、家にあった茶封筒に入れた。
封はこれも家にあった赤色のビニールテープで。切手も家で見つけた100円切手。
どこからこの手紙を投函したか分からないようにするために、切手の上から水糊を薄く塗っておいた。これもどっかの本で読んだ知識だ。
そして3日の午後、菅の台にある郵便ポストまで行って投函した。
報道を見ると、西郵便局管内とかまた見当違いのこと言ってるから、消印つぶしはうまくいったようだ。
いつものようにぬいぐるみがベッドの四隅を囲んでるのをたしかめて、
酒鬼薔薇聖斗はすぐ眠ってしまう。
≫【Vol.9 “幽霊小隊の極秘捜査”】へと続く
> 事件地図
> └ α(北須磨団地)
>> └ β(タンク山)
>>> └ γ(友が丘中学校門付近)
>>
I>>
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