「君の行動は
規則のいくつかに抵触した。心当たりは?」
「はい、ご指摘の通りです」
「まあ、殊更取り上げなければ注意程度で済ませられるだろう。安心しなさい」
「ありがとうござます」
「さて、ところで──」
「紹介が遅れたが、こちらは
警察庁の
人事に携わっている方でな」
「はじめまして」
「こちらこそ」
「その女性が
不幸な
事件に巻き込まれ、心身に大きな
ダメージを負っているかもしれないと心配されているのだ。彼女が帰国の勧めに応じず懸念も深まっている」
「じかに顔を合わせている君から確認をとりたい。彼女の容態について」

「
不幸な
事件? 」
「それは
初耳です。
白鳥さんとは現地で何日かご一緒しましたが、
そのとき変わった様子はとくに見受けられませんでした」
「君は心配せず任せてくれればいいから。本当のことを言いなさい。
嘘はいけないよ。状況はこちらも把握したうえで訊いているのだ」
「お二人がどのような状況を把握されているか存じませんが、わたしの申し上げられるのは、先ほどお答えしたとおりです。とくに変わった様子は感じませんでした」

「もう一度訊く。よく考えて答えなさい。
白鳥という女性の精神状態は
公務への従事が困難で、急ぎ
帰国を命令し、
精神治療を要するほどだったのではないか?」
「いいえ、ごく普通でした」
「君は少し心得違いをしているようだ」
「申し訳ありませんが、先ほどからわたしに何を言わせたいのでしょうか。
正式なご指示でしたら、わたしの上司を通して文書でいただけますか?」
「
水鳥くん、君には期待していたが残念だ」
「わたしも、あなたを信じていましたが残念です。失礼します」
「
大久保から
駒込へ」
“対象マルイチを視認した”
「了解。
駒込から
品川、
目白へ。
作業開始せよ」
“大久保から駒込へ。対象マルフタを視認した”「了解。
駒込から
大塚、
新橋へ。
作業開始せよ」
“駒込から本郷、2-2-1から対象2名がそれぞれ移動。追尾継続する”
「
本郷了解」
「
外務省から
サッチョウの
長官官房まで線がつながった、か」
日本で
公安警察の仕事が公表されることはほとんどない。
しかし噂レベルでこそっとその余韻がチラ見えすることがある。
そのひとつが、

『
2004年頃、
公安総務課が
霞ヶ関の“
隠れ共産党員”グループを暴き出した』
日本共産党は
国会と全国の
市町村議会に議席を持ちながら、同時に
破壊活動防止法にもとづいていまも
公安当局の
調査対象という異様な存在である。
党員およびその
シンパが、
地方自治体職員はともかく
国家公務員に就くことはない。
大きな声ではいわないながら採用前に
公安当局が徹底的に背景を掘り返すんで。
だが
2004年の
視察作業で、
霞ヶ関にもぐり込んだ“
隠れ共産党員隠れシンパ”が炙り出された。巧妙な偽装で本性を隠し、採用前の
“人別検め”をかいくぐってたんである。
しかも順調に出世を重ねて、
省庁をまたいで
秘密会合までしてるのも判明。
警察庁はひそかにそれを各
省庁の
人事に耳打ち、
結果、>いかにも
日本らしく、“
隠れ共産党員”は表向きは咎められず、次の
人事で主流から外され、しずかーに
無害なポストや
外郭団体へと追いやられていった。
という血の流れない静かな戦いが水面下で地味ーに延々とくり広げられるんである。
このときも、
白鳥百合子拘禁の加担者から
永ヨンのネットワークが洗い出され、各
省庁の
永ヨンの手駒は、
日本式に粛々と盤上から取り除かれていった、
──というのは架空の話だが。
日本の
政官界に送り込まれた
“工作者”は
打撃を受け、
「日本解放第二期工作」はいったん停滞する。
だが、このシーソーゲームはこの後も地味に激しく静かに延々と続くんである。
一方、
アメリカでは──
19th August, 20012001年 平成13年
8月19日Sunday日曜日New Yorkニューヨーク
ニューヨークタイムズに
FBI特別捜査官ジョン・オニールの「
機密書類入り
ブリーフケース盗難事件」が
局内の
査問対象になったという記事が掲載された。
もちろん
アンチオニール勢力の
醜聞攻撃である。
「いや、
バリー。もうおれの擁護はこれまで十分すぎるほどしてもらった。おれは来週には
辞表を出すつもりだよ。あんたにはずいぶんと世話かけたな」
「だがひとつ置き土産に重大な話がある。
今夜、これから言う場所に来てくれ。決して他言無用、同行者もなしで」
「………
で?」
Barry Mawn
@Director of the FBI’s New York field officeバリー・モーン@FBIニューヨーク支局長
「………」
「だから
支局長に説明してやれ。
秘密捜査のあれやこれやを」
「
(# ゚Д゚) なんで命令口調? 自分で説明してよ!」
「話がややこしすぎて
覚えられねーんだよ!」
「
勝手にわたしの部屋に
人呼ぶし!」
──30分後「、というわけさ」
「なんと…驚いたな」
「おれはもうすぐ
元FBIになっちまうから、
支局長を見込んで打ち明けた」
「
というわけさ、ってなにその自分が話したようなフレーズ!
最初から最後まで説明したの
全部わたしでしょ!」
「
対テロ特捜班はこのことを知っているのか?
クルーナン*や
ボンガルト*は?」
*ジャック・クルーナン=対テロ特捜班暫定班長
*スティーブ・ボンガルト=駆逐艦コール爆破テロ捜査担当「いや、今のところ
コールマン、
アンティツェフ兄弟、
ゴードンの4人だけだ」
「そしてアドバイザーとして
捜査を事実上ミス
シラトリが仕切っていると?」
「まあどこの馬の骨かわからん女が信じられんのは当然だ。だが
対テロ調整官の
クラークが
シラトリを強く信頼してるとだけ言っておこう」
「なーに姑息にミスター
クラークのせいにしてるのかねこの人は」
「今頃
クラークも
ワトソン副長官補に耳打ちしてるとこだろうな」
「ミスター
クラークはどこかの子と違って自分で記憶して説明できるのにねえ」
「
いちいち横からうるせえよ! 人が説明してんのに!」
「あなたはわたしが説明してるあいだ横で
居眠りしてたでしょ!」
「……あ、あのー君たち、ケンカはよくないんじゃないかな」
Washington D.C.ワシントン「……なんと」
Dale L. Watson
@FBI Assistant Director for the Counterterrorism Divisionデール・ワトソン@FBI副長官補@対テロリズム本部担当

「……驚いたな」
Richard A. Clarke
@National Coordinator for Security, Counter-terrorismリチャード・クラーク@対テロ調整官
「私もまもなく
元対テロ調整官になってしまうから打ち明けた」
「むーうちの
ITOS*は何も言ってなかったぞ」
*FBI本部国際テロ対策セクション「君が肝煎りで始めた
ITOSは残念ながら
CIAに乗っ取られたようなものだよ。今あそこの
次長とその
補佐官は
CIAの出向組
ウィルシャーと
ダイナ・コルシだ。
CIAの得にならない話はすべて
握りつぶしているだろう」
「
ユリコによると、
ITOSは上司の君にさえ情報を隠しているが、それは
違法でも
内規違反でもない。さらに
副長官補の君にも情報を出すよう強要する権限がないし、そうしようとすれば逆に君が
内規違反に問われる、と言っていたが、そうなのか?」
「遺憾だが
イエスだ。くそっ、我々は
カフカの小説に迷い込んじまったようだな」
「君に直接、
全情報が届くようにする方法は?」
「
局の
内規を改定させるしかない。だがそれには
半年か下手すると
2、3年かかる」
「そんなに長く
アルカイダは待ってくれなさそうだぞ」
「話は分かった。影ながらミス
シラトリと
ニューヨークをバックアップしよう。
しかし
副長官補でありながらこのざまはなんとも情けないな」
「しかたない。これが
ワシントンだよ」

「うー、
ショックで頭がくらくらしてきたぞ」
「一杯やらんと叫び出しそうだ」
「
お酒飲む? あ、」
トクトクトクトク「でも今
お酒これしかないや」
「おお助かる」
「あ、でもこれ
スピ
くいーっリタスで、
ア
ばたっ
ルコール度96%だから
水か
ソーダで割らないと、って、すでに遅かったか」
「そんな
ガソリンみたいなもん飲んでんのかおまえ!」
「わたしこのくらいじゃないと酔えんもん」

「で、
バリーは、いつまでこの状態なんだ?」
「んーどうだろ、朝には猛烈な頭痛と吐き気とともに目覚めるんじゃない?」
「ありがとう、っていちおう言わないとだね」
「礼を言われるこっちゃねえよ、もとはといやおれが辞めちまうからだし」
「むしろ
仕事でも
義務でもないのに助っ人してるのは
シラトリの方だからな」
ぐーぐーぐー
むにゃむにゃ「まあ
モーンはハゲだがいいやつだ。くっそ真面目で堅物だから無茶は頼めんが、おれが辞めた後も、
秘密捜査に精一杯の見て見ぬふりと精一杯の
支援はしてくれるだろう」
「ただひとつ、
モーンにも打ち明けといたほうがいいぞ。あいつは堅物だがバカじゃない。おまえさんはしれっとそこを省略したが、
モーンも落ち着いたら気づく」
「
日本の
警察官が
義務でも
仕事でもないのに、
なんでこれほどおれたちを手助けするんだろう? ってな」
「あんたは
ジョージ・ケナン教授とひそかにある“
取引”を約束した。
だからその
交換条件として我々の
対テロ作戦を手助けしてる、
って話はいつまでも隠しとくワケにゃいかんだろうな」
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