【事件激情】ウルトラNW: 第15便-結@再掲【二日市保養所】
登場する事件テロ紛争戦争、その捜査は公表された情報に基づく。
黒字の人物・赤字の人物・紫字の人物および各国の機関団体部局は実在する。
ニイタカ・ヤヨイ-カトリーヌ、白鳥百合子らこの文字色は架空の人物であり、
実在する人物との関わりは、根拠は創造ソースは妄想だが、ある意図がある。
第15便は、1930年代、1940年代、1977年、そして2001年と、
複数の時代を行ったり来たりするが、それにもある意図がある。

─結び
「引率していた女学生の多くも殺されるか拉致され、暴漢から逃れるうちにはぐれてしまった子、病死する子や、絶望のあまり自死した子もいたと聞きました」

「命からがら引揚船の港に辿り着いたときには、20数人いた女学生はわずか4人しか残っておらず、梅代さん含めて3人は強姦者の子を身ごもっていました。とくに梅代さんは梅毒にも冒されて、歩けたのが不思議なほどの重症だったのです」
引き揚げてきた婦女子の少なからずが、外地で凌辱され妊娠していた。
暴力や脅迫で、また通行証代わりに体を要求されて。
当時の報告によると、調査対象885人の引揚女性のうち約1割が性暴行に遭っている。@釜山日本人世話会1945年12月~'46年3月調査
引揚船に乗り合わせた旧京城帝大医学部の医局員たちは、
女たちの悲惨を目の当たりにする。
梅毒淋病の重い症状に苦しむ女、衰弱して息絶える女、日本が近づくにつれ強姦者に孕まされたことに絶望して海に身を投げる女もいた。

「心身ともに衰弱し切っていた梅代さんには、引揚船の劣悪な環境は苛酷すぎました。船内には器具も薬品もろくになく手の施しようもなかった。
にもかかわらず梅代さんは、気丈に教え子を気遣い、我々をもねぎらい励まし続けた。
あの人は最後まで立派な教師でした。
せめて生きて日本の土を踏ませてやりたかったのだが──」
「梅代さんが最期にもらした言葉は、いまも忘れられません」
──悔しい。

「ミスニイタカ、すまない。僕はあなたの友人を救えなかった」
「謝らないでください、ドクターは力を尽くしてくださいました。
つらい記憶を話してくれて、ありがとう。
あの──梅代の教え子たちは日本に無事着いたのでしょうか、帰国後は?」
「………ミスニイタカは、二日市という場所をご存じですか」
こうして*【NW之章 始発便-結】以来それっきりの、
あの場面↓へとつながるんである。
福岡県筑紫郡二日市町──
「わたしは3年前ここで看護婦として、
“特殊婦人”の方々のお世話をしました」
吉田ハルヨ@元京城日赤病院看護婦
「ここでの出来事は忘れたい、というのが正直な気持ちです。
同じ女として、つらく悲しい記憶ばかりで。
あんなむごいことがこの世にあってよいのかと」

「ニイタカさんはこの場所の、なにをお知りになりたいのですか?」
「あなたの見たこと、聞いたことすべてを」
ガチャッ
ガチャッ
キリキリ…
キリキリキリキリ
女たちの悲惨を目の当たりにした医師看護婦は、禁断の中絶診療に踏み出す。
当時、堕胎は違法、しかも重罪。医の倫理にも反するタブーで。
だから罪に問われ職を追われる覚悟だった。
さらに医師団から嘆願を受けた厚生省も、あまりの被害の多さに超法規的措置をとる。
国の非公式かつ全面支援のもと、秘匿の「引揚医療」が始まった。
性暴行の犠牲者への扱いが現代とは比べものにならない旧弊な時代のこと、
大っぴらに呼びかけても名乗り出てくれるはずもなく、
そこで引揚船で被害者本人にだけ意味の通じるビラが配られた。
不幸なるご婦人方へ至急ご注意!!
……心ならずも不法な暴力と脅迫により身を傷つけられたり
又はその為体に異常を感じつつある方は……
乗船の船医へ内密に忌憚なく打ち明けられて相談して下さい。
知己にも故郷へも知れない様に診療所へ収容し……、
健全なる身体として故郷へ御送還する様にして居りますから
臆せず、惧れず、御心配なく直ちに船医の許まで御申出下さい。
同様の呼びかけ広告が、全国各紙にも掲載された。
すでに全国へ散った被害女性にもむけて。
それでも被害女子掘り起こしは追っつかず、やがて、
15歳から55歳の引揚女子に、引揚港の婦人相談所での面談が義務づけられる。
相談所は女性誌「婦人之友」愛読者の会はじめ民間の女性たちが担った。
彼女たち相談員の役目は面談で性暴行被害や“不法妊娠”の有無を聞き出し、もし有の場合は「引揚医療」を受けるよう説得することだった。
福岡県筑紫郡二日市 厚生省博多引揚援護局保養所@二日市保養所
アクセス良いわりに人目につかない立地から選ばれた。
ここに“不法妊娠”や性病罹患した“特殊婦人患者”がひそかに入所する。
食料は厚生省から優先的に支給されたが、
物資不足のため麻酔薬の備蓄はない。
女たちは麻酔なしの手術の激痛に耐えなければならず。
苦しさのあまり力尽きて絶命する女もいた。
彼女たちは寄り添う看護婦の手を握りしめ、歯を食いしばり悲鳴をこらえたが、
一人だけ、叫んだ女がいた。

「ちくしょう」
母体から引き出された胎児たち、大半はまだ生きている。
医師はその小さな頭を医具で潰し、メスで刺した。
看護婦もその手で赤子の華奢な首を絞めた。
母親が産声を聞いて、母性本能にかられてしまわないように。
メスで頭蓋を貫かれ捨て置かれても、
なお母を求めて弱々しい産声を上げる赤子がいた。
白い肌、赤い髪、長い指──明らかに父親はロシア人。
医師は無言でもう一度メスを小さな頭に突き立て、産声は途絶えた。
女の子だった。
二日市保養所報告@昭和21年6月10日
3月25日の開設から6月3日までの2か月間に入所した不法妊娠患者47人、
強姦された地域と人数↓

そして、強姦者の国籍と人数↓


ダントツで多いのはあそこである。
1947年秋、免許医による中絶が合法化されたのを区切りに、保養所は閉鎖された。
閉鎖までの約1年半で、約500人の中絶手術がここで行われた。
さらに性病をうつされた特殊婦人約500人の治療も。
二日市保養所の跡地では、いまも毎年、水子供養が催され、
当時の関係者もひっそり参加している。
二日市だけでなく、九州帝国大医学部、佐世保陸軍病院、国立福岡療養所、九州高等医学専門学校、陸軍病院中原療養所でも、ひそかに「引揚医療」が行われた。
九大医学部産婦人科教室に、厚生省から下った密命。
「異民族の血で汚された婦人たちの不幸を水際で食い止めねばならない。
患者は隔離治療、極秘裏に中絶すべし」
──岩崎正 九州大医学部医局長「国が命じた妊娠中絶」1987より
医局員たった3人の許へやってきた“特殊婦人患者”はなんと1000人。
連日次から次へと手術手術手術手術手術。
院内は順番待ちの“特殊婦人”であふれた。
ところで、
すべて日本が悪い日本がしたことに比べれば思考脳は、
こういう不都合な史実にどう向き合ってるかというと、
典型的なテンプレとして、こんな↓テキストがある。
「……《民族浄化》という概念は、人間の生、性、死―人間の存在そのものを凌辱し…」「…被害にあった女性を忌まわしいものでも見るように白眼視し、文字通り水際で処理…」「…嬰児の命は、厳密なまでに無辜で…」「……その存在を抹殺した国家やその背後に在る共同体……植民地支配、侵略戦争の帰結が……」
あえてソースは示さないけども、香ばしいフレーズの数々でなんとのうお察し。
よくまあここまで屈曲した理屈で「日本が悪い」へともっていけるもんだ。逆に感心するである。もちろん強姦者はロシア兵しか出てこない。
もういっちょ、すべて日本が悪いシンキング代表といえばこちら。
「引揚医療」について、↓こんな風に紹介されている。
「(前略)博多港や佐世保港で引揚女性を待っていたのは、検診と中絶手術だった。港で中絶手術を大量に手がけたという医師と看護婦の証言によれば、「異民族の混血児が大量に生まれると日本民族の純血が汚されるから防衛せよ。堕胎罪があるから国法を犯すことになるがやむをえない」と政府関係者からいわれ(後略)」
──「週刊朝日 百科113・日本の歴史・現代③占領と講和」
たしかにそのことを書いてるんだけども、与える印象はずいぶん違う。
あたかも「引揚医療」が、被害女性への迫害で、元凶異民族の強姦よりも悪辣な、女性の権利を踏みにじり人種差別に満ちた冷酷非情な悪魔の所業であ日本が悪い──
と感じるよう“トリミング”されてるんである。
もちろん強姦者は「ソ連兵」ばかりで、最多人数のちの字すら出てこない。
「聞かせてくれてありがとう」
「………いえ」
わたしの記憶に残された梅代は、いつも笑っている。
梅代が命をかけて連れ帰った女学生たちは、二日市保養所で堕胎手術や性病治療を受け、それぞれ親類を頼って故郷へ帰っていったという。
いや故郷へ帰った、という言葉は正しくない。
彼女たちにとって故郷とは満州だったのだから。

彼女たちを訪ね、生前の梅代のことを聞きたかった。
梅代が教師として何を伝えたのか。一人の女性として、何を喜び、何に怒り、何を悲しんだのか、何に笑い、何に涙したのか、どう生きたのか。
もし少女たちの生活が困窮しているなら、梅代に代わって援助もしてあげたかった。
でも、
そんなことをしても彼女たちの忌まわしい記憶を呼びさますだけだ。
梅代もそれは望まないだろう。

ガチャガチャガチャッ

ガチャッ
キリキリキリ…

キリキリキリキリキリキリ

キリキリキリキリキリ

「ったく、松本清張の野郎!」
「前によ、課長に下山事件のこと知りたがってる若い作家がいるから説明してやってくれって頼まれて、わざわざ会って話してやったのよ、その松本清張っつうやつによ」

「おれの説明を聞いてそしたら『なるほどこれは自殺ですね』って納得した風で帰ったから、どんな本ができるかと思ったら、

「なんなんだありゃ!」




July 6, 1977
1977年 昭和52年
7月6日
Wednesday
水曜日


──下山事件から28年後



「下山総裁はGHQに殺されただあ? 松本清張ぐぉらあ!」
(この話15回くらい聞いたな…)
おれの話のどこをどう聞いたらあんなクソな結論になるんだ!」
「朝鮮戦争は南が先に北を攻めただの、それに下山事件が利用されただの、
くっだらねえヨタばっか並べやがって!なーにが社会派ミステリーだ!
ただの法螺吹きのアカの手先だろあんなやつ、ハゼみてえなツラしやがって」
「朝鮮戦争は韓国軍が北朝鮮に侵攻して始まった説」

こと北進説は、60年代くらいに左翼界隈で叫ばれた陰謀論つうかプロパガンダ。
きほん下山事件謀殺論はこれとセットになっている。
対して真逆な立ち位置で昨今じわじわ拡散中なのが、

「韓国の李承晩イスンマンが、対馬、竹島、(と九州)を占領しようと軍を南沿岸に集めて38度線ががら空きになったところで、北朝鮮が侵攻した説」
じっさいにも李承晩は対馬対馬うるさかったし、日本の主権回復直前の1952年(まだ朝鮮戦争中)に竹島を占拠して(まだ米軍ほか国連軍が韓国を守るため中国軍北朝鮮軍とにらみ合ってる真っ最中にふざけた恩知らずなことやってたんである)、

日本の漁民が射殺されたり4000人も拉致抑留されたりしてる史実があるんで、
対馬侵攻も李承晩の気持ち的にはやりたそうだし、ありそうな話だけども、
けども、この説が成り立つのはかなり無理ゲー感がある。
つじつまも合わんし、整合性のある具体的な詳細もなく。竹島は無人島だとしても、そもそも対馬にいたのは占領軍進駐軍@米軍である。侵攻って米軍と戦うつもりだったのか。いくらあの韓国でもそんなバカじゃな
んーそんなバカかもしれんしなー。
いかにもありそうだけど、ありそうってだけでロクな物証なしに事実認定しちまうのは、それこそ北進説や慰安婦問題や南京大虐殺と同じなんで。
公文書級の証拠でも出ればべつだけども。今んとこ陰謀論枠に残留である。
この「対馬侵攻未遂」は「東日本大震災の直前(直後)にあった」とも囁かれたり。
まーこういう国だし
手を変え品を変えて定期的に出てくるネタなんだろう。
「あーっそうだ。この間な、土田さんに会ったぞ、ひさびさに」
「え、総監にですか?」
「このヤロ、白鳥おめえ、警視総監の秘蔵っ子なんじゃねーか。そうならそうと先に言っとけよ。おかげでおれ不忍池の鯉みてえに口ぱくぱくさせちまったよ」
わたし警部補のままだし
「総監はありがたくもわたしを気にかけてくださいますが、
そんな秘蔵っ子ってほどじゃないですよ」
「なに言ってんだ、総監えっれえ激推しっぷりだったぞ。よろしく頼むなんて頭まで下げられて焦っちまったぜ。ま、引退した暇なジジイがなにってわけもねーけどよ」
「いえ、わたし、八っちゃんには凄く力づけられてますから、感謝してます」
「お、なんだ急に。うれしいこと言うじゃねえか」
「どんな話題でも常に自慢話に終わるとことか。
細かいとこにネチネチいつまでもこだわるくせに
都合の悪いことはすぐ忘れちゃうテキトーさとか。
あーこんなんでも警察務まるんだーって安心するというか」
「てっめーぜんぜん感謝してねーだろごのヤロ」

白ワンピなんぞ着やがって
「白鳥おめえ、あれだな。
最近やけに女らしくなったな」
「へ? どうしたんですか? おだててもなんにも出ませんよ」
「いや、白鳥と初めて会った頃はよ、もっとこう抜き身の匕首っつうか、大げさじゃなしに寄らば斬るぞってな、そんな険を感じたんだ。それがこなれてきたっつうかな」
「なんかわたしサムライみたいですね」
なに着ても美人だから困っちゃって
「まあ、自分の類い希な美貌に遅まきながら気づきまして、
せっかくだから飾ってみたらこの通りってわけですわ。ほほほ」
「男だろ」

「えー? すぐそうやって月並みな話に結びつける。デカの悪い癖ですよ」
「あいにく世の中の大部分は月並みにできてるんだ。男だろ」
「……ぶー」
「デカの嗅覚なめんな。で、どんな野郎だよ」
「どんな野郎ってうーん」
「あんだろ、男前とか優しいとかよ」
「うーんと、顔はまあ普通かな。優しく…はないですね。
無口でいつも怒ってるみたいな顔して。冷たいし」
「今つらつら並べたどこに惚れる要素があるんだ」
「それにその人、いつもバカのひとつ覚えみたいに言うんですよ。もう少し気の利いたこと考えればいいのに、それしか言葉を知らないみたいに──」
「今日は休め、って」
「んー? まあなんだかよくわからんが、好いた惚れたはいいこった」
「あ、でも見込みなしですよ。その人、奥さんいますしね」
「げ、おい、おめえ、まさか不義密通……」
「何時代ですか。心配しなくてもこれまで何もなかったし、今後もないですよ」
「わたし、そういうの柄じゃないし。そもそも向こうは気づいてすらないと思います。超のつく堅物で鈍感なんで。だからその人とはこれでいいんです、このままで」
「そっか。片想いか」
「あのーその言葉いい年こいて青春真っ盛りみたいなんでやめてもらえます?」
「つれーな」
「そう言われるとなんだか本当につらくなってきたしやめて」
「じゃあ八っちゃん、お返しに今度はわたしも訊きますからね。
どうして定年前に警察辞めちゃったんですか?」

「んあ?」
「だって、三億円事件の捜査主任だったのに、
時効直前で投げ出すように、いえ、」
「まるで逃げるように」
「また訊きづれえことをズバッと訊くよな、おめえ」
「わたしのこっ恥ずかしい乙女な部分を弄んだ罰です」
「んー、あんときゃもう打つ手が尽きてたからな。
あのままおれが捜査指揮をつづけても、ただ漫然と時が過ぎて終わっちまうだろうと思ってよ。誰かが違う視点で最後のひと踏ん張りした方がいいと思ったんだ」
「ストップ!」
「八兵衛捕物帖にも載ってる公式談話じゃなくて、本心を聞いてるんだけどな」

捕物帖じゃねーよ
「まあな、……そう、年貢の納め時ってこった」
「へ?」

「三億円事件はよ、おれがデカ人生で出会ったこともない異質なヤマだった」

何十年も培ってきたはずのデカの勘がまるで通用しねえ。
てめえじゃ先を走ってたつもりが、時代に追い抜かされてた、
そう気づいちまった。そしたら一歩も動けなくなった。
「だから、そう、逃げたんだ」

「………ごめんなさい」
「いや、いいさ。言って逆にすっとしたぜ」
「本当にごめん」
「まあ謝られるこっちゃねえさ」
「ごめんね、本当にごめん」
「だからおれが可哀想な人みたいだから謝んなってッ」
「あの当時は田んぼばっかで小菅刑務所の他にゃ家屋敷なんぞ点々としかなかったぜ。なんかこのへんもずいぶん拓けて変わっちまって、もうさっぱりだな」
「つまり道に迷ったんですね」
「ん、まーそうとも言うな、あっははは」
「あのー言っときますけどわたし、半端じゃない方向音痴ですからね。
そんなわたしと耄碌したジジイじゃ完全迷子じゃないですか」
「誰が耄碌したジジイだこら!」
「お、たぶんあのへんだな。あのころとは東武線と国鉄、上下逆だが」
「これ常磐線の工事で移転してたんだっけな、そういや。見つかんねえわけだ」
「もー日が暮れる前にたどり着けてよかったですよ。次からは羅針盤持参で」
「大航海時代かよ」

「──もうこれで28年になるのか」
「あの夜、あそこでおめえは──」
「いやいや八ちゃん、わたしそのときまだ生まれてもいないですって」
「お、あッ、おーっ、ちっと一瞬間違えただけだ。
この場所で同じ顔だからよ、ほれ、つい」
キメ顔だっただけによけい恥ずかしい
「あっ、ぼ、ボケてねーんだからなこのヤロ」
「何も言ってないですよ」
「じゃあ、あそこでもう一度だけ、」
「ニイタカさんと会ったんですね」
「おう、夜会とか称して役者そろい踏みでな」
パパーッ ガタンゴトンッ

「ニイタカさんは、どんな話を?」
ガタンガコンッ
ガタンガコンッ


ガタンガコンッガタンガコンッ
ガタンガコンガタンッ
「ニイタカは
ガタンガコンッ

「ぐはっ」

ガチャンッ

ガチャガチャッ
ガチャガチャガチャッ
ガチャッガチャッ
ガチャッ…ガチャッ
ガチャリ……
キリキリキリ……

キリキリキリ…

キリキリキリ……

キリ……



「うっ」

「うっ、くくっ」

キリキリ……

キリキリキリ……
キリキリ、キリ……

キリ、キリ……

キリ…

キリ…キリ……

キリ…

ああ、困ったな。

わたし、こんなとこで寄り道してる場合じゃないんだけど、

やらなきゃいけないことがたくさんあるし、
みんな待ってるし、

ダンは電話の意味わかってくれてたのかな。
どうかなあ、呑気だし。
なにもしてくれてないと悲しいんですけど。

警視、心配してるだろうな……うーんまだ気づいてないかも。
鈍いからなーあの人。

──困った、これって、

わたしも、年貢の納め時っやつなんだろうか。
【ウルトラ ニューワールド之章 第16便】へとつづく







黒字の人物・赤字の人物・紫字の人物および各国の機関団体部局は実在する。
ニイタカ・ヤヨイ-カトリーヌ、白鳥百合子らこの文字色は架空の人物であり、
実在する人物との関わりは、根拠は創造ソースは妄想だが、ある意図がある。
第15便は、1930年代、1940年代、1977年、そして2001年と、
複数の時代を行ったり来たりするが、それにもある意図がある。





「引率していた女学生の多くも殺されるか拉致され、暴漢から逃れるうちにはぐれてしまった子、病死する子や、絶望のあまり自死した子もいたと聞きました」

「命からがら引揚船の港に辿り着いたときには、20数人いた女学生はわずか4人しか残っておらず、梅代さん含めて3人は強姦者の子を身ごもっていました。とくに梅代さんは梅毒にも冒されて、歩けたのが不思議なほどの重症だったのです」

引き揚げてきた婦女子の少なからずが、外地で凌辱され妊娠していた。
暴力や脅迫で、また通行証代わりに体を要求されて。
当時の報告によると、調査対象885人の引揚女性のうち約1割が性暴行に遭っている。@釜山日本人世話会1945年12月~'46年3月調査

引揚船に乗り合わせた旧京城帝大医学部の医局員たちは、
女たちの悲惨を目の当たりにする。

梅毒淋病の重い症状に苦しむ女、衰弱して息絶える女、日本が近づくにつれ強姦者に孕まされたことに絶望して海に身を投げる女もいた。

「心身ともに衰弱し切っていた梅代さんには、引揚船の劣悪な環境は苛酷すぎました。船内には器具も薬品もろくになく手の施しようもなかった。
にもかかわらず梅代さんは、気丈に教え子を気遣い、我々をもねぎらい励まし続けた。
あの人は最後まで立派な教師でした。
せめて生きて日本の土を踏ませてやりたかったのだが──」

「梅代さんが最期にもらした言葉は、いまも忘れられません」

──悔しい。

「ミスニイタカ、すまない。僕はあなたの友人を救えなかった」

「謝らないでください、ドクターは力を尽くしてくださいました。
つらい記憶を話してくれて、ありがとう。
あの──梅代の教え子たちは日本に無事着いたのでしょうか、帰国後は?」

「………ミスニイタカは、二日市という場所をご存じですか」
こうして*【NW之章 始発便-結】以来それっきりの、

あの場面↓へとつながるんである。

福岡県筑紫郡二日市町──
「わたしは3年前ここで看護婦として、
“特殊婦人”の方々のお世話をしました」

「ここでの出来事は忘れたい、というのが正直な気持ちです。
同じ女として、つらく悲しい記憶ばかりで。
あんなむごいことがこの世にあってよいのかと」

「ニイタカさんはこの場所の、なにをお知りになりたいのですか?」

「あなたの見たこと、聞いたことすべてを」





女たちの悲惨を目の当たりにした医師看護婦は、禁断の中絶診療に踏み出す。
当時、堕胎は違法、しかも重罪。医の倫理にも反するタブーで。
だから罪に問われ職を追われる覚悟だった。
さらに医師団から嘆願を受けた厚生省も、あまりの被害の多さに超法規的措置をとる。
国の非公式かつ全面支援のもと、秘匿の「引揚医療」が始まった。

性暴行の犠牲者への扱いが現代とは比べものにならない旧弊な時代のこと、
大っぴらに呼びかけても名乗り出てくれるはずもなく、
そこで引揚船で被害者本人にだけ意味の通じるビラが配られた。

不幸なるご婦人方へ至急ご注意!!
……心ならずも不法な暴力と脅迫により身を傷つけられたり
又はその為体に異常を感じつつある方は……
乗船の船医へ内密に忌憚なく打ち明けられて相談して下さい。
知己にも故郷へも知れない様に診療所へ収容し……、
健全なる身体として故郷へ御送還する様にして居りますから
臆せず、惧れず、御心配なく直ちに船医の許まで御申出下さい。
同様の呼びかけ広告が、全国各紙にも掲載された。
すでに全国へ散った被害女性にもむけて。
それでも被害女子掘り起こしは追っつかず、やがて、
15歳から55歳の引揚女子に、引揚港の婦人相談所での面談が義務づけられる。
相談所は女性誌「婦人之友」愛読者の会はじめ民間の女性たちが担った。
彼女たち相談員の役目は面談で性暴行被害や“不法妊娠”の有無を聞き出し、もし有の場合は「引揚医療」を受けるよう説得することだった。


福岡県筑紫郡二日市 厚生省博多引揚援護局保養所@二日市保養所
アクセス良いわりに人目につかない立地から選ばれた。
ここに“不法妊娠”や性病罹患した“特殊婦人患者”がひそかに入所する。

食料は厚生省から優先的に支給されたが、
物資不足のため麻酔薬の備蓄はない。
女たちは麻酔なしの手術の激痛に耐えなければならず。
苦しさのあまり力尽きて絶命する女もいた。
彼女たちは寄り添う看護婦の手を握りしめ、歯を食いしばり悲鳴をこらえたが、
一人だけ、叫んだ女がいた。

「ちくしょう」
母体から引き出された胎児たち、大半はまだ生きている。
医師はその小さな頭を医具で潰し、メスで刺した。
看護婦もその手で赤子の華奢な首を絞めた。
母親が産声を聞いて、母性本能にかられてしまわないように。

メスで頭蓋を貫かれ捨て置かれても、
なお母を求めて弱々しい産声を上げる赤子がいた。
白い肌、赤い髪、長い指──明らかに父親はロシア人。
医師は無言でもう一度メスを小さな頭に突き立て、産声は途絶えた。
女の子だった。

二日市保養所報告@昭和21年6月10日
3月25日の開設から6月3日までの2か月間に入所した不法妊娠患者47人、
強姦された地域と人数↓

そして、強姦者の国籍と人数↓



1947年秋、免許医による中絶が合法化されたのを区切りに、保養所は閉鎖された。
閉鎖までの約1年半で、約500人の中絶手術がここで行われた。
さらに性病をうつされた特殊婦人約500人の治療も。
二日市保養所の跡地では、いまも毎年、水子供養が催され、
当時の関係者もひっそり参加している。

二日市だけでなく、九州帝国大医学部、佐世保陸軍病院、国立福岡療養所、九州高等医学専門学校、陸軍病院中原療養所でも、ひそかに「引揚医療」が行われた。
九大医学部産婦人科教室に、厚生省から下った密命。
「異民族の血で汚された婦人たちの不幸を水際で食い止めねばならない。
患者は隔離治療、極秘裏に中絶すべし」
──岩崎正 九州大医学部医局長「国が命じた妊娠中絶」1987より
医局員たった3人の許へやってきた“特殊婦人患者”はなんと1000人。
連日次から次へと手術手術手術手術手術。
院内は順番待ちの“特殊婦人”であふれた。
ところで、
すべて日本が悪い日本がしたことに比べれば思考脳は、
こういう不都合な史実にどう向き合ってるかというと、
典型的なテンプレとして、こんな↓テキストがある。
「……《民族浄化》という概念は、人間の生、性、死―人間の存在そのものを凌辱し…」「…被害にあった女性を忌まわしいものでも見るように白眼視し、文字通り水際で処理…」「…嬰児の命は、厳密なまでに無辜で…」「……その存在を抹殺した国家やその背後に在る共同体……植民地支配、侵略戦争の帰結が……」
あえてソースは示さないけども、香ばしいフレーズの数々でなんとのうお察し。
よくまあここまで屈曲した理屈で「日本が悪い」へともっていけるもんだ。逆に感心するである。もちろん強姦者はロシア兵しか出てこない。
もういっちょ、すべて日本が悪いシンキング代表といえばこちら。
「引揚医療」について、↓こんな風に紹介されている。

「(前略)博多港や佐世保港で引揚女性を待っていたのは、検診と中絶手術だった。港で中絶手術を大量に手がけたという医師と看護婦の証言によれば、「異民族の混血児が大量に生まれると日本民族の純血が汚されるから防衛せよ。堕胎罪があるから国法を犯すことになるがやむをえない」と政府関係者からいわれ(後略)」
──「週刊朝日 百科113・日本の歴史・現代③占領と講和」
たしかにそのことを書いてるんだけども、与える印象はずいぶん違う。
あたかも「引揚医療」が、被害女性への迫害で、元凶異民族の強姦よりも悪辣な、女性の権利を踏みにじり人種差別に満ちた冷酷非情な悪魔の所業であ日本が悪い──
と感じるよう“トリミング”されてるんである。
もちろん強姦者は「ソ連兵」ばかりで、最多人数のちの字すら出てこない。

「聞かせてくれてありがとう」

「………いえ」
わたしの記憶に残された梅代は、いつも笑っている。
梅代が命をかけて連れ帰った女学生たちは、二日市保養所で堕胎手術や性病治療を受け、それぞれ親類を頼って故郷へ帰っていったという。
いや故郷へ帰った、という言葉は正しくない。
彼女たちにとって故郷とは満州だったのだから。

彼女たちを訪ね、生前の梅代のことを聞きたかった。
梅代が教師として何を伝えたのか。一人の女性として、何を喜び、何に怒り、何を悲しんだのか、何に笑い、何に涙したのか、どう生きたのか。
もし少女たちの生活が困窮しているなら、梅代に代わって援助もしてあげたかった。
でも、
そんなことをしても彼女たちの忌まわしい記憶を呼びさますだけだ。
梅代もそれは望まないだろう。



ガチャッ


キリキリキリキリキリキリ

キリキリキリキリキリ

「ったく、松本清張の野郎!」

「前によ、課長に下山事件のこと知りたがってる若い作家がいるから説明してやってくれって頼まれて、わざわざ会って話してやったのよ、その松本清張っつうやつによ」

「おれの説明を聞いてそしたら『なるほどこれは自殺ですね』って納得した風で帰ったから、どんな本ができるかと思ったら、

「なんなんだありゃ!」




July 6, 1977
1977年 昭和52年
7月6日
Wednesday
水曜日


──下山事件から28年後



「下山総裁はGHQに殺されただあ? 松本清張ぐぉらあ!」

おれの話のどこをどう聞いたらあんなクソな結論になるんだ!」

「朝鮮戦争は南が先に北を攻めただの、それに下山事件が利用されただの、
くっだらねえヨタばっか並べやがって!なーにが社会派ミステリーだ!
ただの法螺吹きのアカの手先だろあんなやつ、ハゼみてえなツラしやがって」
「朝鮮戦争は韓国軍が北朝鮮に侵攻して始まった説」


こと北進説は、60年代くらいに左翼界隈で叫ばれた陰謀論つうかプロパガンダ。
きほん下山事件謀殺論はこれとセットになっている。
対して真逆な立ち位置で昨今じわじわ拡散中なのが、


「韓国の李承晩イスンマンが、対馬、竹島、(と九州)を占領しようと軍を南沿岸に集めて38度線ががら空きになったところで、北朝鮮が侵攻した説」

じっさいにも李承晩は対馬対馬うるさかったし、日本の主権回復直前の1952年(まだ朝鮮戦争中)に竹島を占拠して(まだ米軍ほか国連軍が韓国を守るため中国軍北朝鮮軍とにらみ合ってる真っ最中にふざけた恩知らずなことやってたんである)、


日本の漁民が射殺されたり4000人も拉致抑留されたりしてる史実があるんで、
対馬侵攻も李承晩の気持ち的にはやりたそうだし、ありそうな話だけども、
けども、この説が成り立つのはかなり無理ゲー感がある。
つじつまも合わんし、整合性のある具体的な詳細もなく。竹島は無人島だとしても、そもそも対馬にいたのは
んーそんなバカかもしれんしなー。
いかにもありそうだけど、ありそうってだけでロクな物証なしに事実認定しちまうのは、それこそ北進説や慰安婦問題や南京大虐殺と同じなんで。
公文書級の証拠でも出ればべつだけども。今んとこ陰謀論枠に残留である。

この「対馬侵攻未遂」は「東日本大震災の直前(直後)にあった」とも囁かれたり。

手を変え品を変えて定期的に出てくるネタなんだろう。

「あーっそうだ。この間な、土田さんに会ったぞ、ひさびさに」
「え、総監にですか?」
「このヤロ、白鳥おめえ、警視総監の秘蔵っ子なんじゃねーか。そうならそうと先に言っとけよ。おかげでおれ不忍池の鯉みてえに口ぱくぱくさせちまったよ」

「総監はありがたくもわたしを気にかけてくださいますが、
そんな秘蔵っ子ってほどじゃないですよ」
「なに言ってんだ、総監えっれえ激推しっぷりだったぞ。よろしく頼むなんて頭まで下げられて焦っちまったぜ。ま、引退した暇なジジイがなにってわけもねーけどよ」

「いえ、わたし、八っちゃんには凄く力づけられてますから、感謝してます」
「お、なんだ急に。うれしいこと言うじゃねえか」

「どんな話題でも常に自慢話に終わるとことか。
細かいとこにネチネチいつまでもこだわるくせに
都合の悪いことはすぐ忘れちゃうテキトーさとか。
あーこんなんでも警察務まるんだーって安心するというか」
「てっめーぜんぜん感謝してねーだろごのヤロ」


「白鳥おめえ、あれだな。
最近やけに女らしくなったな」

「へ? どうしたんですか? おだててもなんにも出ませんよ」

「いや、白鳥と初めて会った頃はよ、もっとこう抜き身の匕首っつうか、大げさじゃなしに寄らば斬るぞってな、そんな険を感じたんだ。それがこなれてきたっつうかな」
「なんかわたしサムライみたいですね」

「まあ、自分の類い希な美貌に遅まきながら気づきまして、
せっかくだから飾ってみたらこの通りってわけですわ。ほほほ」
「男だろ」


「えー? すぐそうやって月並みな話に結びつける。デカの悪い癖ですよ」

「あいにく世の中の大部分は月並みにできてるんだ。男だろ」

「……ぶー」
「デカの嗅覚なめんな。で、どんな野郎だよ」
「どんな野郎ってうーん」
「あんだろ、男前とか優しいとかよ」

「うーんと、顔はまあ普通かな。優しく…はないですね。
無口でいつも怒ってるみたいな顔して。冷たいし」
「今つらつら並べたどこに惚れる要素があるんだ」

「それにその人、いつもバカのひとつ覚えみたいに言うんですよ。もう少し気の利いたこと考えればいいのに、それしか言葉を知らないみたいに──」

「今日は休め、って」
「んー? まあなんだかよくわからんが、好いた惚れたはいいこった」

「あ、でも見込みなしですよ。その人、奥さんいますしね」

「げ、おい、おめえ、まさか不義密通……」
「何時代ですか。心配しなくてもこれまで何もなかったし、今後もないですよ」

「わたし、そういうの柄じゃないし。そもそも向こうは気づいてすらないと思います。超のつく堅物で鈍感なんで。だからその人とはこれでいいんです、このままで」

「そっか。片想いか」
「あのーその言葉いい年こいて青春真っ盛りみたいなんでやめてもらえます?」
「つれーな」
「そう言われるとなんだか本当につらくなってきたしやめて」

「じゃあ八っちゃん、お返しに今度はわたしも訊きますからね。
どうして定年前に警察辞めちゃったんですか?」

「んあ?」
「だって、三億円事件の捜査主任だったのに、
時効直前で投げ出すように、いえ、」

「まるで逃げるように」
「また訊きづれえことをズバッと訊くよな、おめえ」

「わたしのこっ恥ずかしい乙女な部分を弄んだ罰です」

「んー、あんときゃもう打つ手が尽きてたからな。
あのままおれが捜査指揮をつづけても、ただ漫然と時が過ぎて終わっちまうだろうと思ってよ。誰かが違う視点で最後のひと踏ん張りした方がいいと思ったんだ」
「ストップ!」


「八兵衛捕物帖にも載ってる公式談話じゃなくて、本心を聞いてるんだけどな」


「まあな、……そう、年貢の納め時ってこった」
「へ?」

「三億円事件はよ、おれがデカ人生で出会ったこともない異質なヤマだった」

何十年も培ってきたはずのデカの勘がまるで通用しねえ。

てめえじゃ先を走ってたつもりが、時代に追い抜かされてた、
そう気づいちまった。そしたら一歩も動けなくなった。

「だから、そう、逃げたんだ」


「………ごめんなさい」
「いや、いいさ。言って逆にすっとしたぜ」
「本当にごめん」
「まあ謝られるこっちゃねえさ」

「ごめんね、本当にごめん」
「だからおれが可哀想な人みたいだから謝んなってッ」

「あの当時は田んぼばっかで小菅刑務所の他にゃ家屋敷なんぞ点々としかなかったぜ。なんかこのへんもずいぶん拓けて変わっちまって、もうさっぱりだな」
「つまり道に迷ったんですね」
「ん、まーそうとも言うな、あっははは」

「あのー言っときますけどわたし、半端じゃない方向音痴ですからね。
そんなわたしと耄碌したジジイじゃ完全迷子じゃないですか」
「誰が耄碌したジジイだこら!」

「お、たぶんあのへんだな。あのころとは東武線と国鉄、上下逆だが」

「これ常磐線の工事で移転してたんだっけな、そういや。見つかんねえわけだ」

「もー日が暮れる前にたどり着けてよかったですよ。次からは羅針盤持参で」
「大航海時代かよ」

「──もうこれで28年になるのか」

「あの夜、あそこでおめえは──」

「いやいや八ちゃん、わたしそのときまだ生まれてもいないですって」
「お、あッ、おーっ、ちっと一瞬間違えただけだ。
この場所で同じ顔だからよ、ほれ、つい」

「あっ、ぼ、ボケてねーんだからなこのヤロ」
「何も言ってないですよ」

「じゃあ、あそこでもう一度だけ、」


「ニイタカさんと会ったんですね」
「おう、夜会とか称して役者そろい踏みでな」
パパーッ ガタンゴトンッ


「ニイタカさんは、どんな話を?」
ガタンガコンッ
ガタンガコンッ


ガタンガコンッガタンガコンッ
ガタンガコンガタンッ

「ニイタカは
ガタンガコンッ


「ぐはっ」












キリキリキリ……


キリキリキリ…


キリキリキリ……


キリ……




「うっ」


「うっ、くくっ」



キリキリ……



キリキリキリ……


キリキリ、キリ……


キリ、キリ……



キリ…

キリ…キリ……

キリ…

ああ、困ったな。



わたし、こんなとこで寄り道してる場合じゃないんだけど、


やらなきゃいけないことがたくさんあるし、
みんな待ってるし、

ダンは電話の意味わかってくれてたのかな。
どうかなあ、呑気だし。
なにもしてくれてないと悲しいんですけど。

警視、心配してるだろうな……うーんまだ気づいてないかも。
鈍いからなーあの人。

──困った、これって、

わたしも、年貢の納め時っやつなんだろうか。
【ウルトラ ニューワールド之章 第16便】へとつづく








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| 再掲激情@911/下山事件 | 19:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑