こちらは
マイキーとはまるで
対極的な道をたどった。
まるで
黒白反転。偶然なのに。
進学校となれば当然
県下の頭いい子たちが集まって
玉石混じりようもなくて玉しかないぜ、なわけで、
K@高1は、速攻で埋没する。
高1の夏、
K母は早くも、
「成績がいまいちで」と親戚に愚痴っている。
どころか
K@高1は平均以下からブービー賞あたりをうろうろしていた。

中学で
秀才、高校で急に
負け組へ転落。これ決して珍しいパターンではない。
中学までは詰め込み式でなんとかなっても、高校では勉強の質が変わる。ここであっれーと墜落する子が多いのだ。
この
掲示板辺りにいくと、そんな
元秀才たちの恨み節が満ち満ちてて
怖いぞー。いかんせん、高卒→労金勤め→専業主婦の
K母には中学の勉強までが限度。しかも進学校の勉強なんて無理。
そうなると
母親の検閲力のみで優秀だった
Kはピンチ。成績はどんどん落ち、くさって部屋でゲームばかりするようになった。
さて、このもがく長男を前に
K母はどうしたかというと、
見捨てた。そして
「上のは失敗だったけど、今度こそ」と、
K弟の方に鞍替え。
以後、
不良品は存在しないことになった。
どころかただの
厄介者になった。
「あの子とご飯を食べるのもすごく嫌だ」K母はPTA仲間のママ友に漏らした。
「酒鬼薔薇聖斗と同い年なんだよ。怖ぐで」「さ、さがきばらって、あの、
神戸の?」

さすがにママ友も
K母が実の息子を
殺人鬼と同列扱いするのにびっくりした。
「怖い? トモヒロぐんが? なへよ?」
「怖ぐで」K@高校生は実に
高校に入るまで「ドラえもん」と
「まんが日本昔ばなし」以外の番組を
観たことがなかった。さらに友だちンちと行き来しないのは
世間の常識と思っていたのに、それは
K家だけの常識だと知って驚愕した。
そして
K母が
どんな母親で自分に何をしてきたかやっと悟った。
K@高校生は母親に手を挙げるようになる。家庭内暴力。
もう黙って
10秒ルールに従う小さな子どもじゃなかった。
親にモノに当たり散らし、荒れた。壁に穴をあけた。
学校でも普段大人しいが、

気に入らないとキレた。素手で窓ガラスを割った。
K弟とは一つ屋根の下に暮らしながら
まったく会話なし。事件後、
K弟は週刊現代に高く買ってもらった手記で、兄のことを
「アレ」とか
「犯人」とか書いた。
K母の半分以上自業自得というしかないけれども、家族状況は空中分解の一歩手前だった。
じゃあ
K父はそんとき何やってたんだよ、というと、
仙台の支店を任されて宮城と青森を行ったり来たりの生活で
不在がちだった。
ついでに
夫婦仲まで冷えていた。この頃、先生から見た
Kの印象。
「大人しくて、とくに問題も起こさないし…
記憶にない」
ないのかよ。
クラスメイトも…、
「
地味だった」「
大人しい」「変だってとこはなかった」「暗くはないっていうか…
普通」「よく
キレてた」
高3の夏。K@高3は一応、中学と同じく
ソフトテニス部だった。
部の仲間が、個人戦で東北大会まで進出して福島まで遠征に行っていた。
その宿に
Kから急に電話。
「家出してきた。おれも福島にいる」慌てて
部員は
顧問に相談。
慌てて
顧問は
Kを呼んで説得。
慌てて
K父が引き取りにやってきた。
そのあと
父子が阿武隈川の川原ででも殴り合って、

両者泣きながら
「おやじ~」「息子~」、
ひしっ、ならよかったんだが、
この
父子にそんな
奇跡は一瞬たりとも起きなかった。
■ 「音楽の仕事がしたいんです」
さて、時空を超えてふたたび
4年後の
マイキー@女子高生に戻る。

彼女はただばく然と優等生してたのではなくて、
すでにしっかりと
将来の目標を見据えていた。
なにって、
もちろん、
「
音楽学部? 第1志望が?」
「はい、将来、
音楽関係の仕事に進みたいんです」
「
東京藝大か…」
先生たちは、
マイキーに
東大受験を目指した指導計画を立てたいと考えていた。彼女ならきっと東大に
現役合格できるだろう。だが藝大となると…?
たしかに
藝大に合格する生徒が出れば、それはそれで日比谷の改革の成果になる、なるんだが…。しかし…、
「うーん、でも
普通科から音楽学部を受けるのはかなり厳しいぞ」
まともな音大の
実技試験は、高校のオケや吹奏楽で活躍してる程度じゃ通用しないんである。
音大を目指す子は
音大受験用の専門校とか
プロの講師について早くからレッスンする。
まして
東京藝大ダテに芸の字が旧字体じゃない、芸術エリート中のエリート中のエリートの集う場だ。ある意味、
東大よりも難関。全国から
音楽のスーパーサイヤ人みたいなのがぞろぞろ集まるのだ。いくら
マイキーが万能少女でもさすがに…。
でも
マイキーはニコニコして、
「いいえ、わたしには
普通科の方がいいんです」
さて、世に「
加藤智大は
挫折した」「
マイキーは
挫折知らずのお嬢さん」という見かたがあるけれど、その点でも
加藤は
マイキーの足もとにもおよばない、と推理するんである。
マイキーはごくごく早い時点で、
(わたしは
音楽家にはなれないだろう)
と冷静に見切ってたっぽい。
進路の選び方からしても。そのへんはただの
夢見る夢子ではないところだ。
ここから下↓は、想像というか妄想入ってるが──。もちろん彼女の音楽スキルは、その後も音大生とユニット組んだり、作曲もこなしてるから、常人よりはるかに上なんだが…。(でも、第一線のプロになれるほどじゃない)
姉がエレクトーンで何度か全国大会までいってるのに妹のマイキーは都大会止まり。その姉からして絶対の才能があるわけではない。何歳の頃か、聡明な彼女は早々と理解してしまう。努力だけではどうにもならない、あゝ無情な壁を。音楽をとても愛してる、この思いは誰にも負けない、なのに、わたしにはその才能が足りないんだ。
そんなの、ふつうの女の子だったら悲しくて悔しくて大いに絶望して泣きわめいて転げ回ってひねてしまうところだが、このときにはすでに自分の取るべき道をしっかり見い出していた。このへんの意志の強さとポジティブシンキング力は本当に同じ人間かよとさえ思う。以上、↑妄想終了。というわけで、
マイキーは
加藤智大なんかより、よっぽど
つらい挫折を味わってたんでないだろうか。ただそれを脳内にとどめて、よい方向へと昇華させたってわけで。
で、その
マイキーは、
「
音楽環境創造科を受けようと思っています」
先生も意表を突かれた。
音楽環境創造科。2002年に
東京藝大が創設したばかりの
“若い”学科だ。

5.1chサラウンド時代の音響や録音の最先端技術と演奏環境デザイン、文化環境の整備──えーとまあ
なんだかよく分からないが、
「21世紀の学問」という通り。
さすが
東京藝大なにしろ芸が旧字だ。この新学科にかなり力を入れているらしい。
藝大でも異色の存在で、日比谷の先生もその主旨を理解はしていなかっただろう。
でも
マイキーは確信していた。音楽をじかに演奏したり作曲するんじゃなくても、それを支える立場、プロデュースする立場になれば、音楽を一緒に創り出すことができる。
「この科の受験は
実技がありません」
音環科だけは選考が
センター試験と
小論文、面接だった。
というと推薦入学にも見えるが、そんな甘くない。
実技重視の学部だったらセンター試験60%程度でいいだろう。
しかし
音環はセンター
80%が足切りライン、できれば
90%が必要。小論文も面接の質疑応答も厳しい。
この生まれ立ての科が
“良質な頭脳”を求めているのは確かだった。
でも、なるほど、他ならぬ
マイキーなら。大いに可能性がある。というかまるで
マイキーのためにつくられたような学科じゃないか。
先生もワクワクしてきた。これは面白い。学校挙げて応援する必要があるぞ。
「よし、しっかりと支援していくから」
「はいっ、ありがとうございますっ」
きらきらッ。 ■ 書を捨てよ、町へ出よう
さて、また時空を遡って、青森の
K@18歳なんだが。
高校3年となると進学の年。
Kがどうなったかというと、
岐阜県の
中日本自動車短大に進学。
えーと、客観的な数値として、
中日本自動車短大 偏差値 36おおむね短大の偏差値は4大に比べて低いが、正直いうとその中でもとくに低い。
この短大がどうのこうのではなく、いくら成績が下から数えた方が早くても、
青高から行く学校ではない、ということである。
高望みしなければ
Kでもそこそこの4大には行けたはずだ。なんなら
推薦って手もある。学校も進学率を下げたくないから喜んで内申書に手心をくわえてくれただろう。
だから青高からこの短大は、
よほど“努力”しないと行けない進学コースなのだ。
どうしてこんなことになったのか?
Kは
2年のとき、すでに、
「
自動車関係の仕事がしたいから」「
短大に行く」
と先生に伝えていた。先生も驚いた。もちろん止めようとしたが
Kは頑固に聞かない。
Kはといえば、
K母の反応を待っていた。
期待に反して息子が
大格落ちの進路を選んだことに、きっとがっくりきた顔をするだろう。泣いて詫びるかもしれない。頼むから考え直してとすがるかもしれない、と。
K母の反応は、
無反応。不快な顔はしたかもしれない。眉をひそめたかも。

でも
Kの期待した顔ではなかった。
K母はすでにスペアの
K弟@3歳下の方に全期待を傾けていたから、
不良品が何しようとただただ不快なだけなのだ。
「お子さん、卒業したらどこの学校へ」と気軽に話題を振った近所の主婦に、
K母は
「悪いけど進学か就職かも聞かないで」と嫌そうに言った。
Kは自分の未来をぶん投げた捨て身
(とはこの頃まだ気づいていない)の反抗が空振ったと悟った。

卒業直前になって、
「やっぱり、学校の先生になりたいです」と先生にすがるが、もちろん
手遅れ。卒業のとき、生徒会誌に
K@18歳は書いた。
「ワタシはアナタの人形じゃない。赤い瞳の少女(三人目)」アニメ
「新世紀エヴァンゲリオン」の人気キャラ、
綾波レイの3人目クローンの人気セリフだった。

うわしまった、
劣化クローンだ。
でも肝心の
K母はそんな決めゼリフなんてもはや見ちゃいない。
K弟@3歳下が、これまた進学校の
弘前高校にみごと合格。そちらにしか目が向いてなかった。
けっきょく、
K@18歳、故郷を離れて、
岐阜県へ──。
進学校に入って、
似たスタートを切った
Kと
マイキー。
しかし
人としての中身がまったく違った。
だからまったく
黒白逆転の高校3年間を過ごし、まったく
黒白逆転の思いで進学にのぞんだ。当然まったく
黒白逆転の結果となった。
7年後、事件の2か月前の
4月3日、ケータイの掲示板に、
K@25歳は書いた。
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