【事件激情】県警対14歳 Vol.5【酒鬼薔薇聖斗事件】
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以下、この色の人名*は例によってすべて仮名である。
警察を含む登場人物の会話・思考の多くは創作である。
ただし、行動の結果や事実関係は公開された記録にもとづく。
> おもな登場人物 > 事件地図
規制線が張り巡らされる。
校門前は封鎖。
朝っぱらの主要道なんで猛烈な交通渋滞である。
緊急招集=教員全員すぐ学校来い。
連絡網で全校生徒730人は自宅待機、学校来んな。
それも知らずに登校(ケータイまだみんな持ってないからね)してきた生徒は、
教員が待ち受けてスグ帰れとにかく帰れでワケワカのまま即下校。
生活指導部の正岡*先生も招集で学校に駆けつけ。
何が起きたか知らされた。
「…まさか」
すぐある一人の顔を思い浮かべた。
「まさかまさかあいつまさかあいつ」
岩田信義校長から連絡が行った市教委も大騒ぎになった。
午前8時──、
事件発覚から1時間20分後、
県警捜査1課の面々がどやどや須磨警察署に現れて、
当面子ども教室はお休み
署内6階道場に捜査本部が設置。
「帳場を開く」ってやつである。
なのに、本来最優先で事件を知らせるべき相手への連絡は、
誰一人として思いつかず放置のまま。
多井畑小学校の橋本厚子校長に、トモチュー生の親から、
「警察がトモチューの校門のところで規制のテープを張って生徒帰してますよ」
と電話があって、
橋本校長、ピンときて土師家に電話。
「友が丘中学の校門で何かあったらしいです。行ってみては」
これが捜査本部設置と同じ頃、
ようやく遺族への第一報らしきもの。
父親は何かを予感したのか、
兄@トモチュー生が何も知らず登校しようとするのを、
「今日は学校行かんでええから家にいなさい」
で、両親は友が丘中へと急いだ。
規制線を見張ってた警官、
「はいはい、入っちゃダメだから」
ドラマでよくあるセリフを言いかけ、
2人に名乗られてからやっと、
「あっ(親に知らせてねーのかよ誰も!)」と気づく。
立ち番の警官たちは自分らに教える権限があるか分からない。
というか自分の口から知らせるのは気が進まない。
「今すぐ須磨署へ行ってください」
「──事故ですか」
「いえ……事件です」
はるばる山越えして両親と伯母が須磨本区の須磨署に着くと、
まさに署内は捜査本部開設だのなんだので騒然。
そこで初めて、
「息子の首から上が見つかった」
と知らされた。
> おもな登場人物 > 事件地図
男児失踪事件は、殺人・誘拐・死体損壊・遺棄事件になった。
県警刑事部長の深草警視長は、惜しげもなく人員一挙投入を決定。
捜査員130名、現場捜索&パトロール支援300名、計430名。
あーこそっと混じってる県警カラーガード隊、
君ら今日はいいから…
殺人級の重大事件が起きると、
県警本部の刑事部から捜査員(いわゆる刑事)が派遣されて捜査本部を大々的に開く。
今回は重大の中の重大事件になること間違いなしだからして兵庫県警刑事部捜査1課のトップ、山下征士課長が乗り込んでそのまま張りつきになった。
管理官クラスじゃなくて捜査1課長自ら本部に詰めるってのは重要度高いんである。
で、それと同格の席に小林署長が座る。所轄の顔を立てる意味で。
もちろんじっさいの捜査采配は山下1課長、中核を担うのも捜査1課の刑事たちになる。
「本部長と部長からも、これは神戸市兵庫県にとどまらず、全国規模の重大事件になる、警察の威信をかけた捜査だから、心してかかれとお達しがあった」
兵庫県警イメキャラこうへいくんとまもりちゃん
中田本部長と深草刑事部長は“えらいさん”──“サッチョウ”から来たキャリア官僚なんで、
東京の方角もうかがいつつ政治的に立ち振る舞わないといけないわけで。
それはまあ地元ノンキャリには雲の上の話で別としてもだ、
じっさい、
「須磨区男児殺害および死体損壊そして遺棄事件」
が全国区でセンセーショナルに騒がれるのは間違いなく。
子どもを誘拐して殺害、だけでなく、首切断、さらに公共の場にさらす凶悪パフォーマンスをしてのけて、なおかつ警察を挑発する犯行声明までつけて寄越した。
猟奇的 反社会的。
となればもはや1ヶの殺人事件の枠も超えて社会秩序へのテロ宣言である!ダーン!
これ大げさでなく治安への打撃もはかりしれない。2年前のオウム事件と同じく。
たぶんマスコミもそう煽る。つまり煽られた世間も。
兵庫県警の大動員もまた当然なんである。
「あー、ところで聞いてええか。これ……なんて読むんや」
犯人の遺留品──少年(の首)が口にくわえていた紙片だが、
昔の書状の封書のように折りたたまれ、赤のサインペンで漢字6文字+変なマーク。
紙を開くと中にもう1枚。そっちにも赤い字で数行の文が横書きで。
2枚とも10cm×25cmの感熱紙。
もちろん指紋はついてなかった。
「さけおに、ばら?」
「暴走族がこういうの好みますな」
夜露死苦的な。
「そもそも名前ですかね、漢文やないですか?中国語とか?このマークもなにかの呪符で」
「中国語? これが? なんて書いてあるんだ」
「えーと、酒鬼……んー、ジョォ…?」
あーもうええから中国語の専門家を探して聞いてこい。あと漢文もだ。
え、その二つって一緒やないんですか。知らん!調べろそれも!
「こちらのSHOOLLはなんでしょう」
学校に首が置かれてたわけだから、「スクール?」
「だったら綴り間違っとるよ、Cが抜けとるしLが1個多い」
「こういう別の単語があるんやないか?」
「シュール?」
「シュールは英語やありませんよ」
「(; ̄□ ̄)え、そうなの?じゃ何語」
「ええとなんやったかなフランス?あれ?」
とりあえずあらゆる可能性を探れ。英語の専門家にも聞け。
「ところで、この紙のこと、新聞が嗅ぎつけたようです。内容を教えろと」
「誰やしゃべったんは!」
いやそのうあれですわ、通報した用務員とかも見とりますからね、と幹部口を濁す。
まあじっさい記者が一般人の通報者を探し出して取材して知ったにしては早すぎる。
用務員のおっちゃんもとんだ濡れ衣で、
おおかた須磨署か県警本部の誰かがなじみの記者に洩らしたに違いない、
と捜査幹部一同みんな分かってる。
「いかん、内容もいかん。コピー渡すのなんてもってのほかや。捜査本部の全員に情報漏えいは絶対許さん旨、徹底しろ」
そんなの無理やて。
とみんな内心分かってるんだが。はいと言うしかなく。
しかしけったいな事件や、映画みたいやな。
なんや、この挑戦状といい、あれを思い出しますな、グリコとか赤──と言いかけた幹部が、あっと黙る。
山下課長は10年前、赤報隊事件──朝日新聞阪神支局記者射殺事件の捜査にも捜査幹部として参加。
そして未解決のまま今にいたるという悔しい思いもしていて。
奇しくも國松前長官も兵庫県警本部長時代、赤報隊事件の捜査を指揮している。
課長はその気まずい空気さりげにスルーして、ではかかれ、と命じる。
このあと支援警官はさらに100人増員。
捜査本部は530人編成の大捜査線となった。
ズンチャズンチャ、ズンチャズンチャ
ワンツー
ハイッ
いやだからカラーガード隊、君ら今回いいから。また今度頼む。
> おもな登場人物 > 事件地図
当然ながら中央区の兵庫県警本部も慌ただしい。
田中実恵子 巡査部長 兵庫県警刑事部 捜査1課所属
こんなかんじ、
のはずはない。
刑事、しかも鬼の捜査1課ではあるんだが、彼女は刑事どころか警官にも見えない。
上品で優しげにこやかな山の手の奥様ってかんじ。
でもその刑事らしくなさが今の仕事には欠かせないんである。
性犯罪被害者相談係が彼女の役目。
今年3月に退官した國松前警察庁長官は、警察庁長官狙撃事件でやたら有名だが、撃たれただけが全仕事ではなく、DNA鑑定導入やら体感治安向上対策やら目新しいことにいろいろ取り組んだ人で、自分も被害者になった経験があるせいか犯罪被害者支援にも燃えて、96年には全国警察に犯罪被害者支援室ができた。
性犯罪対応もそうで、以前のように男刑事が根掘り葉掘り無遠慮に聞いたりあんたにも隙があったやろとかそんな露出度高い服着て誘ったんやないのとかのセカンドレイプは減って、
カウンセリング勉強した女性警官が窓口になって被害者をケアしながら捜査するように変わってきた。
で、今朝の事件が捜査1課総動員な流れで、田中くんよ君も須磨区へ駆けつけよ、となった。
遺族の家に特殊犯の逆探知グループが3名1組3交替で24時間詰める。
それで遺族には女性も未成年もいるから女性捜査員も入れたい。
だが特殊犯には経験のある女性が足りないそうでな。加わって協力してもらえんやろか。
母親がだいぶ取り乱して大変だそうだ。ケアしてやってくれ。
というわけで、特殊犯捜査係 逆探知グループの尾崎*刑事とともに田中実恵子刑事も須磨ニュータウンの土師家を訪ねたわけなんである。
まだ時間も早いからマスコミも来てない。じき雲霞のごとく押し寄せるだろう。
さて遺族の両親と兄。呆然として言われるがままに動く人形状態。無理もない。
とくに母親はまるで抜け殻で。
逆探知グループの面々は須磨署から夫婦が引き揚げてくるのと一緒になってマンションに上がり込み、
固定電話に受信装置をモノモノしく接続した。
逆探知というと誘拐事件の脅迫電話が思い浮かぶだろうし、じっさい特殊犯捜査係もそういう目的で編成されてる。
だから父親が「息子は死んでしまったのになんで今さら?」と訝しむ様子なのも無理はない。
でもじっさい、子どもを狙うロリ系殺人犯という動物は、なぜか後でその親になんぞ仕掛けてくる習性がある。
子どもの失踪事件では怪電話や怪文書が決まって後から現れる。
その大半はイタズラや電波系なんだが、
真犯人そのものって可能性もゼロじゃない。
かの宮崎勤。
骨やら遺品らしきものを遺族宅の前に置いたり、今田勇子名義の犯行声明を送りつける、
酒鬼薔薇事件より後つまり未来、
奈良小1女子誘拐殺人事件の小林薫@俳優じゃないヤツ。
遺族のケータイにネクロマンシな写メや、
「娘はもらった」「次は妹をもらう」とか、
鬼畜メールをわざわざ送りつけたばっかりに、発信元を割り出されて逮捕。
まあ外道なうえにバカの極北なんだが、やらずにいられない。
この破滅行動はこやつらの属性になってるらしく。
だからこその逆探知グループ派遣である。
ちなみに、逆探知するのは電話会社でやる仕事で、ドラマとかで警察がモノモノしく並べてるのは逆探知装置じゃなくて単に聴く端末とレコーダー。
で、これは決して口にはできないけども、
逆探知グループが詰めるのは、実はもうひとつ非情の目的がある。
あらまあ
忍法盗み聞き。
もしも、遺族の中に犯人がいたら、
捜査員がいつもいつも近くにいるだけでプレッシャーだし、証拠隠滅も偽装工作もやりにくい。
そのうち焦ってボロを出す…かもだ。
悲しむ遺族を疑うとはなんつー非道外道の冷酷無情な警察め、
となるかもしれんけども、
子ども殺人の下手人で圧倒的シェア誇るのは近所のニートでも変なおじさんでもなく、
「実の親」なんであるからして。
通学路の不審者をどれだけ追っ払っても、
子どもの最凶最悪の敵はおうちで待っている。
だから子どもが殺されると、警察はまず親をマークする。
なんか世の中いやんなるよな因果な稼業ではあるんだが。
でも田中刑事は
「今回ばかりはそんなのあり得ない」
と確信した。
こんなに打ちのめされてても好感度の高い善良な人々だ。
わたしがあなたたちを守るからね──
と覚悟決めるベテラン女子デカである。
いやだからこういう人じゃないし。誰撃つんだよ。
> おもな登場人物 > 事件地図
北須磨団地が混沌のまっただ中にあるのをよそに、
日向琴絵*と長男シゲル*の母子は、友が丘から遠く離れて、
朝10時から中央区ハーバーランドの児童相談所にいた。
カウンセラーと面談の日なんである。
カウンセリングは2回目で、初回は5月16日。
いつも学校に対しちゃ強気な琴絵*も、シゲル*が不登校になるとさすがに自信なくなりげで、
珍しく学校から勧められたとおり児相を頼ることにしたのだった。
でこの午前中、カウンセラーはシゲル*に絵とか描かせる心理テスト、
なんだが、
カウンセラーはその絵を見て、
ぬぬーむ、こ、こ、これは──
絵は下手じゃない。むしろ素養があるんじゃないだろか。描き方も形状や空間とか距離をざっとつかんですいすい描く。
でも描かれてる内容、なんやこれ。こんな事例知らん──。
この暗い雲がいっぱいに描かれてるのはなんや、
稲妻で大木が割れてるのはなんや。
ぶ、分析できひん。
カウンセラーがぬーむぬーむ唸ってるうちに、
琴絵*は自宅方面の騒ぎを知らんまま、待合室でぽんやりテレビ見てたんだが、
ニュース速報
─神戸 不明男児の頭部 中学校門に─
えーーーーーーーーーーっ
琴絵*超驚がく。
「淳くんが淳くんが殺されてもうた、ああかわいそうに」
「誰や誰があんなひどいことを」
と興奮気味にしゃべくった。
シゲル*も「うんそうやな、怖いな」
「怖いわ怖いわ、早う帰ろう」
「うんそやな怖いな、早う帰ろう」
母子は慌ただしく電車に乗って、須磨ニュータウンへと帰っていった。
昼12時少し前のこと。
じっさい琴絵*は興奮してガクブルしてて、
てっきり息子もおびえてたと思ってたんだが、
本当のところ、そのときの息子がどんな顔してどんな反応したのか、
あんまり覚えてない。
一方、北須磨団地では、
午後1時30分頃──
神戸市ケーブルテレビ課事業係の家田係長、
この日、新人7人を引き連れて友が丘のタンク山に来た。
新人研修でアンテナ基地局の設備を見せるためなんである。
「なんやあちこち騒々しいな、なんかあったんやろか」
「昨日、こっちの方で小学生が行方不明やとか言うてましたよテレビで」
「へえ、じゃまだ探しとるんやな」
まだ報道を見てない彼ら、早朝の惨劇もよく知らない。
「さあ、着いたぞ。ここがアンテナ基地局や。中を見よか──」
家田はフェンスのカギを開け
あれ──あれ? ん? はら?
南京錠が外れん。
というよりカギ穴にカギ入らへん。
うっわ、持ってくるカギ間違えたんか。
えーうそーん、じゃ入れへんやないか。そのために来たのに。
フェンス乗り越えようと思ったけど、マスターキーだから建屋の扉も開かへんのか。
「あーなんやカギがそのうおかしうなってな。入れんようや」
とモゴモゴなんともつかない説明して、
とりあえず外からだけでもご覧あれ、とフェンス越しにのぞかせるが、
中は植え込みはあるし草ぼうぼうやし、草なんか見ても研修にならへんし。
「ま、まあそういうわけや。今日はいったん帰るで」
と、そそくさと新人たちをうながして家田は引き揚げた。あー情けな。
このとき、家田も新人たちも、
フェンスの草ぼうぼうの奥にあるものには気づかなかった。
「シゲ*、電話ァ。アリハラ*くんから」
電話がかかってきたとき、すでに日向*母子はハーバーランドから友が丘の自宅に帰っていた。
シゲル*がたるそうに受話器を受け取って。
「ああ──ん? あ?」
「ねこ──ったけど──ようせんわ」
「ちょっと──がある、公園──れるか?」
やがてたるそうに切った。
「なんやったん?」
「ん、事件のこと。怖いな言うとった」
「そんだけ?」
「ん、あと別にたいしたこと言うとらん」
長男は淡々と答えて、またテレビに戻る。
ああそういえば、
なんとなく琴絵*は思い出す。
なんやアリハラ*くんから電話かかってきたことあったなあ、つい最近や。
──シゲル*くん…時にビブロスで約束しとるんやけど。
たしかそんな電話やったそうやそうや。
アリハラ*くんとあと誰やああそうやヨサノ*くんや。
あれどうしたんやっけ。あとでシゲル*には伝えたっけ?
シゲル*あんときなんて答えたっけ?
あれっていつやったっけ?
うーん忘れたなあ。ここ何日かいろんなことが起きすぎやもん。
ああ、もうすぐ出てきそうなんやけ
「あっ!」
「な!シゲ*、見た?」
指さしたのはテレビ。
「今うちが映ったで!」
北須磨団地一帯の空撮映像に、わーきゃー騒ぐ琴絵*である。
午後3時──、
300人の捜索隊が友が丘一帯を端から端まで徹底的にひっくり返している。
昨日までとは比べものにならんくらいテッテ的に。
探すのは、昨夜までと違って生きてる子どもじゃなく死んだ肉体、
となればどんな場所に隠されてても不思議はない。
さらに頭部がああいう状態で見つかったということは──残る部分ももしかすると。
タンク山を捜索していた班が、まもなくアンテナ基地局の捜索にかかった。家田と新人たちの訪れるのがもう少し遅ければ出くわしていただろう。
2m高のフェンスの向こうはパラボラアンテナと雑草で外からはよく見えなかった。
25日の捜索では外からざっと見ただけだったが、
今回は警官がフェンスを乗り越えて入り込んだ。
基地局の設備ハウスは組まれたブロックの上に乗っかってるだけで、床下には30cm高の隙間がある。
警官が設備ハウスの近くまで践み込んで、
やっと、
外からは見えなかったものが見えた。
その速報を見て、酒鬼薔薇聖斗は正直叫びそうに。
「早すぎる!」
警察はボクの思ってたよりもけっこう優秀なのかもしれないぞ。
いやでもまだ死体が見つかっただけだ、ボクは捕まらない。
もっと奴らを混乱させないとな。
≫ 【Vol.6 スクールキラー】へと続く
> 事件地図
└ α(北須磨団地)
└ β(タンク山)
└ γ(友が丘中学校門付近)
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岩田信義校長から連絡が行った市教委も大騒ぎになった。
午前8時──、
事件発覚から1時間20分後、
県警捜査1課の面々がどやどや須磨警察署に現れて、
当面子ども教室はお休み
署内6階道場に捜査本部が設置。
「帳場を開く」ってやつである。
なのに、本来最優先で事件を知らせるべき相手への連絡は、
誰一人として思いつかず放置のまま。
多井畑小学校の橋本厚子校長に、トモチュー生の親から、
「警察がトモチューの校門のところで規制のテープを張って生徒帰してますよ」
と電話があって、
橋本校長、ピンときて土師家に電話。
「友が丘中学の校門で何かあったらしいです。行ってみては」
これが捜査本部設置と同じ頃、
ようやく遺族への第一報らしきもの。
父親は何かを予感したのか、
兄@トモチュー生が何も知らず登校しようとするのを、
「今日は学校行かんでええから家にいなさい」
で、両親は友が丘中へと急いだ。
規制線を見張ってた警官、
「はいはい、入っちゃダメだから」
ドラマでよくあるセリフを言いかけ、
2人に名乗られてからやっと、
「あっ(親に知らせてねーのかよ誰も!)」と気づく。
立ち番の警官たちは自分らに教える権限があるか分からない。
というか自分の口から知らせるのは気が進まない。
「今すぐ須磨署へ行ってください」
「──事故ですか」
「いえ……事件です」
はるばる山越えして両親と伯母が須磨本区の須磨署に着くと、
まさに署内は捜査本部開設だのなんだので騒然。
そこで初めて、
「息子の首から上が見つかった」
と知らされた。
> おもな登場人物 > 事件地図
男児失踪事件は、殺人・誘拐・死体損壊・遺棄事件になった。
県警刑事部長の深草警視長は、惜しげもなく人員一挙投入を決定。
捜査員130名、現場捜索&パトロール支援300名、計430名。
あーこそっと混じってる県警カラーガード隊、
君ら今日はいいから…
殺人級の重大事件が起きると、
県警本部の刑事部から捜査員(いわゆる刑事)が派遣されて捜査本部を大々的に開く。
今回は重大の中の重大事件になること間違いなしだからして兵庫県警刑事部捜査1課のトップ、山下征士課長が乗り込んでそのまま張りつきになった。
管理官クラスじゃなくて捜査1課長自ら本部に詰めるってのは重要度高いんである。
で、それと同格の席に小林署長が座る。所轄の顔を立てる意味で。
もちろんじっさいの捜査采配は山下1課長、中核を担うのも捜査1課の刑事たちになる。
「本部長と部長からも、これは神戸市兵庫県にとどまらず、全国規模の重大事件になる、警察の威信をかけた捜査だから、心してかかれとお達しがあった」
兵庫県警イメキャラこうへいくんとまもりちゃん
中田本部長と深草刑事部長は“えらいさん”──“サッチョウ”から来たキャリア官僚なんで、
東京の方角もうかがいつつ政治的に立ち振る舞わないといけないわけで。
それはまあ地元ノンキャリには雲の上の話で別としてもだ、
じっさい、
「須磨区男児殺害および死体損壊そして遺棄事件」
が全国区でセンセーショナルに騒がれるのは間違いなく。
子どもを誘拐して殺害、だけでなく、首切断、さらに公共の場にさらす凶悪パフォーマンスをしてのけて、なおかつ警察を挑発する犯行声明までつけて寄越した。
猟奇的 反社会的。
となればもはや1ヶの殺人事件の枠も超えて社会秩序へのテロ宣言である!ダーン!
これ大げさでなく治安への打撃もはかりしれない。2年前のオウム事件と同じく。
たぶんマスコミもそう煽る。つまり煽られた世間も。
兵庫県警の大動員もまた当然なんである。
「あー、ところで聞いてええか。これ……なんて読むんや」
犯人の遺留品──少年(の首)が口にくわえていた紙片だが、
昔の書状の封書のように折りたたまれ、赤のサインペンで漢字6文字+変なマーク。
紙を開くと中にもう1枚。そっちにも赤い字で数行の文が横書きで。
2枚とも10cm×25cmの感熱紙。
もちろん指紋はついてなかった。
「さけおに、ばら?」
「暴走族がこういうの好みますな」
夜露死苦的な。
「そもそも名前ですかね、漢文やないですか?中国語とか?このマークもなにかの呪符で」
「中国語? これが? なんて書いてあるんだ」
「えーと、酒鬼……んー、ジョォ…?」
あーもうええから中国語の専門家を探して聞いてこい。あと漢文もだ。
え、その二つって一緒やないんですか。知らん!調べろそれも!
「こちらのSHOOLLはなんでしょう」
学校に首が置かれてたわけだから、「スクール?」
「だったら綴り間違っとるよ、Cが抜けとるしLが1個多い」
「こういう別の単語があるんやないか?」
「シュール?」
「シュールは英語やありませんよ」
「(; ̄□ ̄)え、そうなの?じゃ何語」
「ええとなんやったかなフランス?あれ?」
とりあえずあらゆる可能性を探れ。英語の専門家にも聞け。
「ところで、この紙のこと、新聞が嗅ぎつけたようです。内容を教えろと」
「誰やしゃべったんは!」
いやそのうあれですわ、通報した用務員とかも見とりますからね、と幹部口を濁す。
まあじっさい記者が一般人の通報者を探し出して取材して知ったにしては早すぎる。
用務員のおっちゃんもとんだ濡れ衣で、
おおかた須磨署か県警本部の誰かがなじみの記者に洩らしたに違いない、
と捜査幹部一同みんな分かってる。
「いかん、内容もいかん。コピー渡すのなんてもってのほかや。捜査本部の全員に情報漏えいは絶対許さん旨、徹底しろ」
そんなの無理やて。
とみんな内心分かってるんだが。はいと言うしかなく。
しかしけったいな事件や、映画みたいやな。
なんや、この挑戦状といい、あれを思い出しますな、グリコとか赤──と言いかけた幹部が、あっと黙る。
山下課長は10年前、赤報隊事件──朝日新聞阪神支局記者射殺事件の捜査にも捜査幹部として参加。
そして未解決のまま今にいたるという悔しい思いもしていて。
奇しくも國松前長官も兵庫県警本部長時代、赤報隊事件の捜査を指揮している。
課長はその気まずい空気さりげにスルーして、ではかかれ、と命じる。
このあと支援警官はさらに100人増員。
捜査本部は530人編成の大捜査線となった。
ズンチャズンチャ、ズンチャズンチャ
ワンツー
ハイッ
いやだからカラーガード隊、君ら今回いいから。また今度頼む。
> おもな登場人物 > 事件地図
当然ながら中央区の兵庫県警本部も慌ただしい。
田中実恵子 巡査部長 兵庫県警刑事部 捜査1課所属
こんなかんじ、
のはずはない。
刑事、しかも鬼の捜査1課ではあるんだが、彼女は刑事どころか警官にも見えない。
上品で優しげにこやかな山の手の奥様ってかんじ。
でもその刑事らしくなさが今の仕事には欠かせないんである。
性犯罪被害者相談係が彼女の役目。
今年3月に退官した國松前警察庁長官は、警察庁長官狙撃事件でやたら有名だが、撃たれただけが全仕事ではなく、DNA鑑定導入やら体感治安向上対策やら目新しいことにいろいろ取り組んだ人で、自分も被害者になった経験があるせいか犯罪被害者支援にも燃えて、96年には全国警察に犯罪被害者支援室ができた。
性犯罪対応もそうで、以前のように男刑事が根掘り葉掘り無遠慮に聞いたりあんたにも隙があったやろとかそんな露出度高い服着て誘ったんやないのとかのセカンドレイプは減って、
カウンセリング勉強した女性警官が窓口になって被害者をケアしながら捜査するように変わってきた。
で、今朝の事件が捜査1課総動員な流れで、田中くんよ君も須磨区へ駆けつけよ、となった。
遺族の家に特殊犯の逆探知グループが3名1組3交替で24時間詰める。
それで遺族には女性も未成年もいるから女性捜査員も入れたい。
だが特殊犯には経験のある女性が足りないそうでな。加わって協力してもらえんやろか。
母親がだいぶ取り乱して大変だそうだ。ケアしてやってくれ。
というわけで、特殊犯捜査係 逆探知グループの尾崎*刑事とともに田中実恵子刑事も須磨ニュータウンの土師家を訪ねたわけなんである。
まだ時間も早いからマスコミも来てない。じき雲霞のごとく押し寄せるだろう。
さて遺族の両親と兄。呆然として言われるがままに動く人形状態。無理もない。
とくに母親はまるで抜け殻で。
逆探知グループの面々は須磨署から夫婦が引き揚げてくるのと一緒になってマンションに上がり込み、
固定電話に受信装置をモノモノしく接続した。
逆探知というと誘拐事件の脅迫電話が思い浮かぶだろうし、じっさい特殊犯捜査係もそういう目的で編成されてる。
だから父親が「息子は死んでしまったのになんで今さら?」と訝しむ様子なのも無理はない。
でもじっさい、子どもを狙うロリ系殺人犯という動物は、なぜか後でその親になんぞ仕掛けてくる習性がある。
子どもの失踪事件では怪電話や怪文書が決まって後から現れる。
その大半はイタズラや電波系なんだが、
真犯人そのものって可能性もゼロじゃない。
かの宮崎勤。
骨やら遺品らしきものを遺族宅の前に置いたり、今田勇子名義の犯行声明を送りつける、
酒鬼薔薇事件より後つまり未来、
奈良小1女子誘拐殺人事件の小林薫@俳優じゃないヤツ。
遺族のケータイにネクロマンシな写メや、
「娘はもらった」「次は妹をもらう」とか、
鬼畜メールをわざわざ送りつけたばっかりに、発信元を割り出されて逮捕。
まあ外道なうえにバカの極北なんだが、やらずにいられない。
この破滅行動はこやつらの属性になってるらしく。
だからこその逆探知グループ派遣である。
ちなみに、逆探知するのは電話会社でやる仕事で、ドラマとかで警察がモノモノしく並べてるのは逆探知装置じゃなくて単に聴く端末とレコーダー。
で、これは決して口にはできないけども、
逆探知グループが詰めるのは、実はもうひとつ非情の目的がある。
あらまあ
忍法盗み聞き。
もしも、遺族の中に犯人がいたら、
捜査員がいつもいつも近くにいるだけでプレッシャーだし、証拠隠滅も偽装工作もやりにくい。
そのうち焦ってボロを出す…かもだ。
悲しむ遺族を疑うとはなんつー非道外道の冷酷無情な警察め、
となるかもしれんけども、
子ども殺人の下手人で圧倒的シェア誇るのは近所のニートでも変なおじさんでもなく、
「実の親」なんであるからして。
通学路の不審者をどれだけ追っ払っても、
子どもの最凶最悪の敵はおうちで待っている。
だから子どもが殺されると、警察はまず親をマークする。
なんか世の中いやんなるよな因果な稼業ではあるんだが。
でも田中刑事は
「今回ばかりはそんなのあり得ない」
と確信した。
こんなに打ちのめされてても好感度の高い善良な人々だ。
わたしがあなたたちを守るからね──
と覚悟決めるベテラン女子デカである。
いやだからこういう人じゃないし。誰撃つんだよ。
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北須磨団地が混沌のまっただ中にあるのをよそに、
日向琴絵*と長男シゲル*の母子は、友が丘から遠く離れて、
朝10時から中央区ハーバーランドの児童相談所にいた。
カウンセラーと面談の日なんである。
カウンセリングは2回目で、初回は5月16日。
いつも学校に対しちゃ強気な琴絵*も、シゲル*が不登校になるとさすがに自信なくなりげで、
珍しく学校から勧められたとおり児相を頼ることにしたのだった。
でこの午前中、カウンセラーはシゲル*に絵とか描かせる心理テスト、
なんだが、
カウンセラーはその絵を見て、
ぬぬーむ、こ、こ、これは──
絵は下手じゃない。むしろ素養があるんじゃないだろか。描き方も形状や空間とか距離をざっとつかんですいすい描く。
でも描かれてる内容、なんやこれ。こんな事例知らん──。
この暗い雲がいっぱいに描かれてるのはなんや、
稲妻で大木が割れてるのはなんや。
ぶ、分析できひん。
カウンセラーがぬーむぬーむ唸ってるうちに、
琴絵*は自宅方面の騒ぎを知らんまま、待合室でぽんやりテレビ見てたんだが、
ニュース速報
─神戸 不明男児の頭部 中学校門に─
えーーーーーーーーーーっ
琴絵*超驚がく。
「淳くんが淳くんが殺されてもうた、ああかわいそうに」
「誰や誰があんなひどいことを」
と興奮気味にしゃべくった。
シゲル*も「うんそうやな、怖いな」
「怖いわ怖いわ、早う帰ろう」
「うんそやな怖いな、早う帰ろう」
母子は慌ただしく電車に乗って、須磨ニュータウンへと帰っていった。
昼12時少し前のこと。
じっさい琴絵*は興奮してガクブルしてて、
てっきり息子もおびえてたと思ってたんだが、
本当のところ、そのときの息子がどんな顔してどんな反応したのか、
あんまり覚えてない。
一方、北須磨団地では、
午後1時30分頃──
神戸市ケーブルテレビ課事業係の家田係長、
この日、新人7人を引き連れて友が丘のタンク山に来た。
新人研修でアンテナ基地局の設備を見せるためなんである。
「なんやあちこち騒々しいな、なんかあったんやろか」
「昨日、こっちの方で小学生が行方不明やとか言うてましたよテレビで」
「へえ、じゃまだ探しとるんやな」
まだ報道を見てない彼ら、早朝の惨劇もよく知らない。
「さあ、着いたぞ。ここがアンテナ基地局や。中を見よか──」
家田はフェンスのカギを開け
あれ──あれ? ん? はら?
南京錠が外れん。
というよりカギ穴にカギ入らへん。
うっわ、持ってくるカギ間違えたんか。
えーうそーん、じゃ入れへんやないか。そのために来たのに。
フェンス乗り越えようと思ったけど、マスターキーだから建屋の扉も開かへんのか。
「あーなんやカギがそのうおかしうなってな。入れんようや」
とモゴモゴなんともつかない説明して、
とりあえず外からだけでもご覧あれ、とフェンス越しにのぞかせるが、
中は植え込みはあるし草ぼうぼうやし、草なんか見ても研修にならへんし。
「ま、まあそういうわけや。今日はいったん帰るで」
と、そそくさと新人たちをうながして家田は引き揚げた。あー情けな。
このとき、家田も新人たちも、
フェンスの草ぼうぼうの奥にあるものには気づかなかった。
「シゲ*、電話ァ。アリハラ*くんから」
電話がかかってきたとき、すでに日向*母子はハーバーランドから友が丘の自宅に帰っていた。
シゲル*がたるそうに受話器を受け取って。
「ああ──ん? あ?」
「ねこ──ったけど──ようせんわ」
「ちょっと──がある、公園──れるか?」
やがてたるそうに切った。
「なんやったん?」
「ん、事件のこと。怖いな言うとった」
「そんだけ?」
「ん、あと別にたいしたこと言うとらん」
長男は淡々と答えて、またテレビに戻る。
ああそういえば、
なんとなく琴絵*は思い出す。
なんやアリハラ*くんから電話かかってきたことあったなあ、つい最近や。
──シゲル*くん…時にビブロスで約束しとるんやけど。
たしかそんな電話やったそうやそうや。
アリハラ*くんとあと誰やああそうやヨサノ*くんや。
あれどうしたんやっけ。あとでシゲル*には伝えたっけ?
シゲル*あんときなんて答えたっけ?
あれっていつやったっけ?
うーん忘れたなあ。ここ何日かいろんなことが起きすぎやもん。
ああ、もうすぐ出てきそうなんやけ
「あっ!」
「な!シゲ*、見た?」
指さしたのはテレビ。
「今うちが映ったで!」
北須磨団地一帯の空撮映像に、わーきゃー騒ぐ琴絵*である。
午後3時──、
300人の捜索隊が友が丘一帯を端から端まで徹底的にひっくり返している。
昨日までとは比べものにならんくらいテッテ的に。
探すのは、昨夜までと違って生きてる子どもじゃなく死んだ肉体、
となればどんな場所に隠されてても不思議はない。
さらに頭部がああいう状態で見つかったということは──残る部分ももしかすると。
タンク山を捜索していた班が、まもなくアンテナ基地局の捜索にかかった。家田と新人たちの訪れるのがもう少し遅ければ出くわしていただろう。
2m高のフェンスの向こうはパラボラアンテナと雑草で外からはよく見えなかった。
25日の捜索では外からざっと見ただけだったが、
今回は警官がフェンスを乗り越えて入り込んだ。
基地局の設備ハウスは組まれたブロックの上に乗っかってるだけで、床下には30cm高の隙間がある。
警官が設備ハウスの近くまで践み込んで、
やっと、
外からは見えなかったものが見えた。
その速報を見て、酒鬼薔薇聖斗は正直叫びそうに。
「早すぎる!」
警察はボクの思ってたよりもけっこう優秀なのかもしれないぞ。
いやでもまだ死体が見つかっただけだ、ボクは捕まらない。
もっと奴らを混乱させないとな。
≫ 【Vol.6 スクールキラー】へと続く
> 事件地図
└ α(北須磨団地)
└ β(タンク山)
└ γ(友が丘中学校門付近)
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