【再掲激情】サティアンズ 第二十九解 中篇【新宿青酸ガス事件】




【再掲激情】サティアンズ 第二十九解 中篇【新宿青酸ガス事件】

1995年4月26日から5月14日までの
オウム真理教と警察のおもな動きは、公開された情報にもとづく。
登場する公官庁、企業、機関、組織、部局、役職もすべて実在する。
白鳥百合子はじめこの色で示されるのは、架空の人物であり、
実在する人物、事件、出来事と架空の彼らの交差する部分は、
例によって創作全開ソースは妄想なんであるが、その内容には一応意図がある。
またこの色この形*の人物は仮名である。




「あ、局長、人事に私の兼任を通してもらいたいんですが」


「警視庁の公安総務課にデスクを移して当面常駐したいんです。
局長と櫻井部長はカズヒーとマサルンと呼び合う先輩後輩ですし、
ちょろっと融通きかせてもらえますよね?」
「カズヒーとマサルンなんて呼び合っとらんわ(苛
だがまあ分かった、今週中に話を通しておく」
「あ、それだと遅いんで。本日付になるようお願いします」
杉田和博@警察庁警備局長
醤油でも借りるみたいに!
「なんで君はそうやってふらっと来てはいつもいつも急なのだ!
それで? 急かす理由を言う気はあるのか」
「そろそろラスボス逮捕が近いですよね。
でもこっちにいるとワンクッションあって即応しにくいし、」

「お隣さんから微妙に報告されない情報もちらほらありますんで」


杉田も長官イス取りゲームでここまで勝ち残ってきたザ・官僚。
「あっ、察し」たのか、ぶーぶー文句垂れつつ白鳥の急な話に応じた。
「白鳥百合子警視、警視庁公安部公安総務課管理官(調査担当)から警察庁出向警備局警備企画課チヨダ運営、公安第1課大衆班カルトチーム管理官兼任にくわえ、警視庁公安総務課支援を命ず」
というねじれまくりの人事で隣の古巣へと。
「というわけで出戻りました。よろしくお願いします(はぁと」
「君と仕事したことはあったかな」
「一瞬ニアミスしてます。部長が公総の課長のとき4か月ほど私は係長でした」
「思い出した。そして当時の怒りも甦ってきたぞ」
「杉田局長から話は聞いた。吉岡部付が君を欲しいと言ってる」
櫻井勝@警視庁公安部長。
のち小杉問題でつまずき、ダメ役人のイメージが強いけども、もともとは警備局長候補にして末は博士か大臣かの誉れ高い公安エースで、満を持しての公安部長だった。
「君のような人間などまったく評価しないが、高く買う者は少なくないようだな。まったく杉田さんともあろう人までなぜ君など相手にするのか」
「先に申し上げておきますが、私、もともと警視庁の人なんで。お目付役で来たんじゃありませんよ。あくまで対オウム捜査のため参りました」

しないとは言っていない
「私は告げ口みたいな無粋な真似は好みませんので、ご安心下さい。
恩あるカズヒー先輩に報告し忘れがあれば直接伝えた方がいいと思いますよ、マジで」
「ふん、意味のわからんことを」
じつは図星ドキッ。
このときマサルンはすでに恩のあるカズヒー先輩に隠し事を抱えている。
隠し事その1「麻原の居場所=第六サティアンでほぼ確定の件」
それサッチョーにすら秘密。もはや絶対的独裁者モード井上総監の厳命だった。
警備局の指揮下にある公安部が、警備局長に隠し事なんて異常中の異常で。
井上総監絶対王政の警視庁はこんな風に隠しグセの芽がまかれたあげく、
まもなく致命的な「小杉問題」を引き起こすんだが。
「おう、白鳥。相変わらずムダに別嬪だな。いいかげんおれの愛人になれ」
「部付は相変わらずセクハラ大魔王ですね、へへ」
公安部付兼刑事部付吉岡今朝男@警視正
@公安部ナンバー3@叩き上げノンキャリてっぺん。
「私を拾っていただき感謝します、部付」
「おまえの上司なんて誰にやらせても気の毒だからな。おれが預かるしかないだろ」
本当のところは公安総務課長小風イリュージョン*第二十六解が使えねーキャリアすぎるんで、そんなもんの下に“魔女”白鳥を置いたらすぐ血の雨が降る、と苦労人吉岡らしく配慮したからだった、というのを白鳥も分かっててまああえて言わんけど。
「白鳥がわざわざサッチョーから出戻るとは、いよいよ大詰めか」
「はい、ここでミスると取り返しつきませんのでご迷惑かえりみず」
「やはり麻原か?」
「いえ。麻原は本丸ですけど単体では無力です。あとは捜査1課がやるでしょうし、私がわざわざ出しゃばってきゃんきゃん騒ぐ必要もないです」
「私にとって事実上のラスボスは、非合法活動の現場を仕切る井上嘉浩です。
彼を野放しのままでは麻原を捕まえても報復テロをやるでしょう。
私はこの井上を捕まえたいんです」
「じゃ実働部隊が欲しいだろ。おい、入れ」
「駒ちゃん、大久保くん」
「公式にご一緒できてうれしいです、警視」
「警部」
「リハビリ代わりだ。デスクまかせろ」
「部付、あなたは神ですか? 私があと10歳ババアだったら速攻ホレてます!」
「……微妙にうれしくならんのはなぜなんだ?」
「お、あと渋谷もいちおう呼んであるぞ。まあいらんかもしれんが」
「そういや静かだと思ったら渋谷くんいないじゃないですか」
「期待にたがわず遅刻だな」
「あーん、警視どのー。渋滞で動きませんー」

一方、警視庁捜査1課@選ばれし捜査第1課員たちは、こつこつと地味に地道に地下鉄サリン事件の立件にむけて証拠をかき集めてるところ。
刑事ドラマだと軽快なBGMとともに15秒で終わる部分だがホントはいちばん大事。
サリンがまかれた車両の乗客つまり被害者に聞き込みに回って、目撃証言をかき集め、実行犯の人相、どこで乗ってきたか、どこで降りたか、を割り出し、
実行犯の乗った駅と降りた駅周辺のNシステムや防犯カメラもひたすら根気よくチェック。実行犯を送迎した車、その経路も割り出し。
さらにマハーポーシャの事務所捜索で押収した東京地下鉄ガイドマップ。
調べると8人分の指紋。指紋の主が実行犯たちに違いない。
連日の強制捜査で信者の面割写真もかなり多数ゲット済み。これと例のインテグラMOの第七サティアンがワーク場所の信者を照らし合わせ、


そいつらの顔写真を被害者たちに見せて、「この男」「こんな顔をしていた」というのを何人かはだいたい特定していた。
ただ、これだけじゃ信者と似てる男が現場にいた、というだけ。
指紋識別システムもヒットなし。松本剛のような前科がないんである。
ここまできたのにオウムを追い込むあと一押しが足りない。

「井上嘉浩がどうやって捜査の網をかいくぐってるのか、
皆目謎だったんですが、やっと糸口らしきものが。
3月16日夜、白鳥警視が襲撃された件が引っかかるんです」
「その1週間前の3月9日、警視の人事情報にアクセスしてきた人物がいます」
「でも駒ちゃん、公安部の職員名簿は外から閲覧できないよ」
「ええ、外部からは。でも公安で閲覧資格を持つ人間ならアクセスできます。
ただし白鳥警視は秘匿作業の関係者ですから、アクセスできても閲覧できるのはせいぜい階級と前任現任の部課程度です。
詳細情報まで見るには、最上位の閲覧権限が必要ですから。

案の定その人物も詳細を覗こうとしてアクセス制限ではじかれてました」
「誰なのそいつ?」
「個人の特定までは……ただ、
その人物が、本富士署内の端末から接続していたことは確かです」
「みんな、ちょっといいかな」
「この人物は低度の閲覧権限しか持っていないのに、どうやってか最高機密の白鳥警視の個人情報を手に入れたんです」
「そう、だから、可能性をいろいろ考えたんだけど…」
「渋谷くん」
「えっ?」
「あなた、3月12日の夜、私の携帯電話に留守電を残したでしょ。
あれは本富士署内からかけてきたんだよね。そのとき近くに誰かいなかった?」
「ぼぼぼぼくじゃありませんっ信じてくださいっ」
「もー泣くな! 渋谷くんが怪しいなんて言ってないでしょ。
誰かが通話先の番号をのぞき見して、
携帯番号から私を探り当てたかもしれないの。よく思い出して」
「でもあのとき、部屋には誰も……あれ?……
あ、そうだ、あのとき小杉さんが部屋から出て行って──」
「だから僕はその隙にこっそり警視どのに電話して──
それから缶コーヒー買いに行って、戻ったら小杉さんも戻ってきて、
……あ、ちがうや小杉さん、もう部屋にいて」


「小杉?」

「本富士署公安係、小杉敏行巡査長。オウムの在家信者だ」
「漏洩したのは小杉巡査長、九割がた間違いなさそうね。あ、大久保くん」
「へい」
「渋谷くんが走り出すから止めてね」
だッ
「こら渋谷どこ行く」
「ごずぎをぶぢの゛めじまずっ」
「分かりやすすぎだおまえ、早まるな」
「うわーん、ぼくのせいですー」
「うわ鼻水垂らすなバカ」
気を取り直して、小杉が今どうなってるか調べたら、あきれる事実が判明。
滋賀県警がインテグラの押収MO解読して、
小杉巡査長=オウム警官、と発覚したのが、3月25日。
公安警官しかも地下鉄サリン事件特捜本部@築地署に。
が、その後の小風イリュージョン*第二十六解で、警視庁の対処は大幅に遅れ。
ようやく翌週の30日@國松長官が撃たれた当日、
警視庁警務部が、文京区独身寮「菊坂寮」に立ち入り調査。
小杉の部屋にはオウム本や機関誌、あのヘッドギアまで。
31日にようやく小杉巡査長は地下鉄サリン事件特捜本部から外される。
オウム警官と分かってから、なんと1週間もかかったんである。
じつは小杉=オウムってことは、ずっと前から菊坂寮や本富士署の一部では公然の秘密で、知ってる人間は知ってたんである。
でも信教の自由だのあってコトを署としては荒立てたくない。だからずっとごく内々でなあなあにして伏せられていた。
署長交代時にはオウム警官小杉の件はアンタッチャブルな厄ネタとして口頭で代々引き継がれ、そしてもちろん警視庁本庁はまったく知らされないまま今に至る。
4月1日、小杉は監察係の聴取で、オウム信者ってことはあっさり認めたけれども、
情報漏えいは強く否定。監察係もとくにツッコミもせず。
警務部人事1課付@つまり仕事無しにされ、
とくに処分受けることもなく、4月21日付で江東運転免許試験場に異動。
人事調査も打ち切られ、それっきり小杉は忘れ去られた。←いまここ
身内に大甘い、とされる典型的な警察的スイーツな展開である。
「それが、小杉はそのあとも捜査情報を洩らしていた疑いが濃いんです」
「4月7日、小杉の配属された部署と同室の端末から、自動車ナンバーが照会されていました。しかしその部署ではその車に関わる業務は行っていません。もちろん小杉も含めて。そもそも彼はこのとき仕事ナシですから」
問題の車を洗ったところ、所有者の親族に在家信者がいた。
さらにそのナンバーの車が、翌日から山梨県、静岡県、東京都内を動き回り、栃木県日光市にも向かった、とNシステム様のデータベースに記録あり。
「井上は小杉に手配車両かどうかを照会させ、未手配の車を使っていると思われます。だから井上は検問にもNシステムにも引っかからなかったんです」
「しかし小杉も身バレしてとばされて監視もされてるだろ」
「でも4月1日に監察の聴取を受けたのに、7日には平気で情報を流してますよ」
つまり4月1日以降でさえ小杉監視はザル同然。いや監視があるかすら怪しい。
「だとすると大胆不敵というかバカというか悪運が強いというか…」
「その三つともでしょうね」
「よし小杉を捕まえれば、井上のやつ捜査情報を得られなくなるな」
「いいえ、彼はこのままにしておく」

「せっかくだから彼には井上捕獲に一役買ってもらいましょう」

一方のオウム裏ワーク信者たち──
ゴールデンウィークの大規模テロを計画中である。
麻原からは「30日に石油コンビナートを爆破しろ、政権交代するまで30日ごとにテロをやれ」と命じられてるんだが、
コンビナート爆破も列車転覆炎上も下見してそんな景気よくいかねーしと分かり、
中川智正「簡単なのは青酸ガスで、次が小包郵便爆弾だと思う」
なので林泰男の命令で、八木澤善次と松下悟史が日光山中に埋めてあったシアン化ナトリウムを掘り出して都内に持ち帰った。
さらに中川智正が、第二厚生省の菊地直子を上九一色から呼び出し、クシティガルバ棟にある薬品を持ち出せそうなら持ってくるように指示。
走る爆弾娘こと菊地直子は中川と性的関係があり、だから菊地に頼んだらしい。走る爆弾娘、ほかにも何人もの男信者とあれがそれで“邪悪心”な関係で、劣情禁止が形ばかりでドロドロのオウムのなかでもひときわ尻軽き恋多き女である。
菊地直子は頼まれたとおり上九一色に戻ると、クシティガルバ棟からトリクロフェノールや濃硝酸、濃硫酸、塩素酸カリウムを八王子アジトまで運んでくる。←ダイオキシン、青酸ガス、小包爆弾の原材料である。
クシティガルバ棟にはまだ警察に押収されてない劇物毒物がどっさり眠ったままだからなんだが、連日強制捜査やってるってのに中川も菊地もなんとまあ大胆な。
「狙うのは新宿駅地下街。青酸ガスを充満させ>大量ポア」
使う車はもちろん井上嘉浩が安全かどうかを確認した。



「お、小杉の野郎、ほんとにナンバー照会してきやがりました。4台分」
「前の2台は手配済みにして。後の2台は手配無しで」

4月29日 土曜日 みどりの日@前天皇誕生日──
ゴールデンウィーク突入。
超人出の某テーマパーク周辺にひそかに警官隊集結。
「5月7日、サリンをまく」という犯行予告電話があったからで。
首都高を走る有蓋トラックの運ちゃん、気味悪いかんじ。
なぜか後ろにパトカーがぴったりくっついて離れない。
その運ちゃんだけでなくて都内の全トラックの運ちゃんがパトにくっつかれて気味悪いかんじに。警視庁はパト、覆面パト総動員でオウムのラジコンヘリ@サリン攻撃を警戒してるのだった。
ラジコンヘリ操縦士と目される防衛庁長官岐部哲也は、干され幹部だったらしくて忠誠指数も低め、逮捕後すぐしゃべります状態だった。
まあ、ただ供述の大半が自分語りの愚痴なんだが。
ぽつぽつラジコンヘリのことも自白し始めてたけども、まだ「ラジコンヘリすでにこの世のものでナシ」を確信できない以上、手は抜けないんである。
そしてこちら、やんごとなき方面でも。
皇宮警察もやんごとなき方々へのサリン攻撃を警戒。
側衛チームには、医官が影のごとく付き添う。
硫酸アトロピン入り注射器持参で。

4月30日 日曜日──

新宿地下街 広大なる地下迷宮。
警察の厳戒網をくぐり脱けた林泰男、
構内のトイレ個室のゴミ箱に青酸ガス発生器を仕掛ける。

中川智正手製の発生器はかなり凝ったバイナリ式。
時限装置は濃硫酸@ペットボトル、徐々に酸が容器のPET素材を溶かしてこぼれ落ち、
>下の塩素酸カリウム&砂糖と混じって>反応、発火。
>その熱が下の希硫酸入りビニ袋を溶かして、
>流れ出た希硫酸がその下のビニ袋@シアン化ナトリウムが出会って>
>反応>青酸ガス発生\(^O^)/
>青酸ガスはトイレの空調を通して>地下街全体に拡散\(^O^)/
という仕掛け。
だが中川智正、かんじんの濃硫酸をとり違えるポカやらかし、
時限装置ピクとも働かず不発。
5月3日 水曜日 憲法記念日──
再度挑戦。今度は責任とって中川智正自ら現場へ。
のつもりが、人が多すぎてトイレ出入りも多すぎて。
中川ちとビビリまして、仕掛けることできず涙目で帰る。
「次こそ成功させるぞ。5日にやる」

5月4日 木曜日 国民の休日@祝日にはさまれた平日は祝日なんで祝日──
オウム弁護士の口止め作戦に対して警察が手を打った。
教団顧問弁護士青山吉伸@アパーヤージャハ正悟師逮捕。
容疑は名誉毀損という奇策。
上九一色村の肥料業者を「教団施設に毒ガス攻撃」と
刑事告訴した例の一件で足をすくわれた。
オウム弁護士は青山以外にもいるんで、その後も取り調べ妨害はずるずると続くんだが。ステージの高い青山が消えて、接見作戦の威力は弱まった。

5月5日 金曜日
こどもの日──
午後7時38分──
ふたたび新宿地下街構内 男子トイレ

青酸ガス発生器のバイナリ式時限装置、
今度こそ三度目の正直、設計どおりに作動した。
しゅううう──
濃硫酸がペットボトルを溶かしてこぼれ出て、
下の塩素酸カリウム+砂糖と反応、
ボウッ
≫ 【周波数とメロン】後篇へとつづく
「あ、それだと遅いんで。本日付になるようお願いします」
杉田和博@警察庁警備局長

「なんで君はそうやってふらっと来てはいつもいつも急なのだ!
それで? 急かす理由を言う気はあるのか」
「そろそろラスボス逮捕が近いですよね。
でもこっちにいるとワンクッションあって即応しにくいし、」


「お隣さんから微妙に報告されない情報もちらほらありますんで」


杉田も長官イス取りゲームでここまで勝ち残ってきたザ・官僚。
「あっ、察し」たのか、ぶーぶー文句垂れつつ白鳥の急な話に応じた。

「白鳥百合子警視、警視庁公安部公安総務課管理官(調査担当)から警察庁出向警備局警備企画課チヨダ運営、公安第1課大衆班カルトチーム管理官兼任にくわえ、警視庁公安総務課支援を命ず」
というねじれまくりの人事で隣の古巣へと。

「というわけで出戻りました。よろしくお願いします(はぁと」
「君と仕事したことはあったかな」
「一瞬ニアミスしてます。部長が公総の課長のとき4か月ほど私は係長でした」
「思い出した。そして当時の怒りも甦ってきたぞ」

「杉田局長から話は聞いた。吉岡部付が君を欲しいと言ってる」
櫻井勝@警視庁公安部長。
のち小杉問題でつまずき、ダメ役人のイメージが強いけども、もともとは警備局長候補にして末は博士か大臣かの誉れ高い公安エースで、満を持しての公安部長だった。
「君のような人間などまったく評価しないが、高く買う者は少なくないようだな。まったく杉田さんともあろう人までなぜ君など相手にするのか」
「先に申し上げておきますが、私、もともと警視庁の人なんで。お目付役で来たんじゃありませんよ。あくまで対オウム捜査のため参りました」


「私は告げ口みたいな無粋な真似は好みませんので、ご安心下さい。
恩あるカズヒー先輩に報告し忘れがあれば直接伝えた方がいいと思いますよ、マジで」
「ふん、意味のわからんことを」

じつは図星ドキッ。
このときマサルンはすでに恩のあるカズヒー先輩に隠し事を抱えている。
隠し事その1「麻原の居場所=第六サティアンでほぼ確定の件」
それサッチョーにすら秘密。もはや絶対的独裁者モード井上総監の厳命だった。
警備局の指揮下にある公安部が、警備局長に隠し事なんて異常中の異常で。
井上総監絶対王政の警視庁はこんな風に隠しグセの芽がまかれたあげく、
まもなく致命的な「小杉問題」を引き起こすんだが。

「おう、白鳥。相変わらずムダに別嬪だな。いいかげんおれの愛人になれ」

「部付は相変わらずセクハラ大魔王ですね、へへ」

公安部付兼刑事部付吉岡今朝男@警視正
@公安部ナンバー3@叩き上げノンキャリてっぺん。
「私を拾っていただき感謝します、部付」
「おまえの上司なんて誰にやらせても気の毒だからな。おれが預かるしかないだろ」
本当のところは公安総務課長小風イリュージョン*第二十六解が使えねーキャリアすぎるんで、そんなもんの下に“魔女”白鳥を置いたらすぐ血の雨が降る、と苦労人吉岡らしく配慮したからだった、というのを白鳥も分かっててまああえて言わんけど。

「白鳥がわざわざサッチョーから出戻るとは、いよいよ大詰めか」
「はい、ここでミスると取り返しつきませんのでご迷惑かえりみず」
「やはり麻原か?」
「いえ。麻原は本丸ですけど単体では無力です。あとは捜査1課がやるでしょうし、私がわざわざ出しゃばってきゃんきゃん騒ぐ必要もないです」

「私にとって事実上のラスボスは、非合法活動の現場を仕切る井上嘉浩です。
彼を野放しのままでは麻原を捕まえても報復テロをやるでしょう。
私はこの井上を捕まえたいんです」

「じゃ実働部隊が欲しいだろ。おい、入れ」


「駒ちゃん、大久保くん」

「公式にご一緒できてうれしいです、警視」
「警部」

「リハビリ代わりだ。デスクまかせろ」

「部付、あなたは神ですか? 私があと10歳ババアだったら速攻ホレてます!」
「……微妙にうれしくならんのはなぜなんだ?」
「お、あと渋谷もいちおう呼んであるぞ。まあいらんかもしれんが」
「そういや静かだと思ったら渋谷くんいないじゃないですか」
「期待にたがわず遅刻だな」

「あーん、警視どのー。渋滞で動きませんー」


一方、警視庁捜査1課@選ばれし捜査第1課員たちは、こつこつと地味に地道に地下鉄サリン事件の立件にむけて証拠をかき集めてるところ。
刑事ドラマだと軽快なBGMとともに15秒で終わる部分だがホントはいちばん大事。
サリンがまかれた車両の乗客つまり被害者に聞き込みに回って、目撃証言をかき集め、実行犯の人相、どこで乗ってきたか、どこで降りたか、を割り出し、
実行犯の乗った駅と降りた駅周辺のNシステムや防犯カメラもひたすら根気よくチェック。実行犯を送迎した車、その経路も割り出し。

さらにマハーポーシャの事務所捜索で押収した東京地下鉄ガイドマップ。
調べると8人分の指紋。指紋の主が実行犯たちに違いない。
連日の強制捜査で信者の面割写真もかなり多数ゲット済み。これと例のインテグラMOの第七サティアンがワーク場所の信者を照らし合わせ、



そいつらの顔写真を被害者たちに見せて、「この男」「こんな顔をしていた」というのを何人かはだいたい特定していた。
ただ、これだけじゃ信者と似てる男が現場にいた、というだけ。

指紋識別システムもヒットなし。松本剛のような前科がないんである。
ここまできたのにオウムを追い込むあと一押しが足りない。


「井上嘉浩がどうやって捜査の網をかいくぐってるのか、
皆目謎だったんですが、やっと糸口らしきものが。
3月16日夜、白鳥警視が襲撃された件が引っかかるんです」

「その1週間前の3月9日、警視の人事情報にアクセスしてきた人物がいます」
「でも駒ちゃん、公安部の職員名簿は外から閲覧できないよ」

「ええ、外部からは。でも公安で閲覧資格を持つ人間ならアクセスできます。
ただし白鳥警視は秘匿作業の関係者ですから、アクセスできても閲覧できるのはせいぜい階級と前任現任の部課程度です。
詳細情報まで見るには、最上位の閲覧権限が必要ですから。


案の定その人物も詳細を覗こうとしてアクセス制限ではじかれてました」

「誰なのそいつ?」
「個人の特定までは……ただ、

その人物が、本富士署内の端末から接続していたことは確かです」

「みんな、ちょっといいかな」

「この人物は低度の閲覧権限しか持っていないのに、どうやってか最高機密の白鳥警視の個人情報を手に入れたんです」
「そう、だから、可能性をいろいろ考えたんだけど…」

「渋谷くん」
「えっ?」
「あなた、3月12日の夜、私の携帯電話に留守電を残したでしょ。
あれは本富士署内からかけてきたんだよね。そのとき近くに誰かいなかった?」

「ぼぼぼぼくじゃありませんっ信じてくださいっ」
「もー泣くな! 渋谷くんが怪しいなんて言ってないでしょ。
誰かが通話先の番号をのぞき見して、
携帯番号から私を探り当てたかもしれないの。よく思い出して」

「でもあのとき、部屋には誰も……あれ?……
あ、そうだ、あのとき小杉さんが部屋から出て行って──」

「だから僕はその隙にこっそり警視どのに電話して──

それから缶コーヒー買いに行って、戻ったら小杉さんも戻ってきて、
……あ、ちがうや小杉さん、もう部屋にいて」


「小杉?」


「本富士署公安係、小杉敏行巡査長。オウムの在家信者だ」

「漏洩したのは小杉巡査長、九割がた間違いなさそうね。あ、大久保くん」
「へい」
「渋谷くんが走り出すから止めてね」


「こら渋谷どこ行く」
「ごずぎをぶぢの゛めじまずっ」
「分かりやすすぎだおまえ、早まるな」

「うわーん、ぼくのせいですー」
「うわ鼻水垂らすなバカ」
気を取り直して、小杉が今どうなってるか調べたら、あきれる事実が判明。

滋賀県警がインテグラの押収MO解読して、
小杉巡査長=オウム警官、と発覚したのが、3月25日。
公安警官しかも地下鉄サリン事件特捜本部@築地署に。
が、その後の小風イリュージョン*第二十六解で、警視庁の対処は大幅に遅れ。

ようやく翌週の30日@國松長官が撃たれた当日、
警視庁警務部が、文京区独身寮「菊坂寮」に立ち入り調査。

小杉の部屋にはオウム本や機関誌、あのヘッドギアまで。
31日にようやく小杉巡査長は地下鉄サリン事件特捜本部から外される。
オウム警官と分かってから、なんと1週間もかかったんである。

じつは小杉=オウムってことは、ずっと前から菊坂寮や本富士署の一部では公然の秘密で、知ってる人間は知ってたんである。
でも信教の自由だのあってコトを署としては荒立てたくない。だからずっとごく内々でなあなあにして伏せられていた。

署長交代時にはオウム警官小杉の件はアンタッチャブルな厄ネタとして口頭で代々引き継がれ、そしてもちろん警視庁本庁はまったく知らされないまま今に至る。
4月1日、小杉は監察係の聴取で、オウム信者ってことはあっさり認めたけれども、
情報漏えいは強く否定。監察係もとくにツッコミもせず。

警務部人事1課付@つまり仕事無しにされ、
とくに処分受けることもなく、4月21日付で江東運転免許試験場に異動。
人事調査も打ち切られ、それっきり小杉は忘れ去られた。←いまここ
身内に大甘い、とされる典型的な警察的スイーツな展開である。
「それが、小杉はそのあとも捜査情報を洩らしていた疑いが濃いんです」

「4月7日、小杉の配属された部署と同室の端末から、自動車ナンバーが照会されていました。しかしその部署ではその車に関わる業務は行っていません。もちろん小杉も含めて。そもそも彼はこのとき仕事ナシですから」
問題の車を洗ったところ、所有者の親族に在家信者がいた。

さらにそのナンバーの車が、翌日から山梨県、静岡県、東京都内を動き回り、栃木県日光市にも向かった、とNシステム様のデータベースに記録あり。
「井上は小杉に手配車両かどうかを照会させ、未手配の車を使っていると思われます。だから井上は検問にもNシステムにも引っかからなかったんです」

「しかし小杉も身バレしてとばされて監視もされてるだろ」
「でも4月1日に監察の聴取を受けたのに、7日には平気で情報を流してますよ」
つまり4月1日以降でさえ小杉監視はザル同然。いや監視があるかすら怪しい。
「だとすると大胆不敵というかバカというか悪運が強いというか…」
「その三つともでしょうね」
「よし小杉を捕まえれば、井上のやつ捜査情報を得られなくなるな」
「いいえ、彼はこのままにしておく」


「せっかくだから彼には井上捕獲に一役買ってもらいましょう」

一方のオウム裏ワーク信者たち──

ゴールデンウィークの大規模テロを計画中である。
麻原からは「30日に石油コンビナートを爆破しろ、政権交代するまで30日ごとにテロをやれ」と命じられてるんだが、
コンビナート爆破も列車転覆炎上も下見してそんな景気よくいかねーしと分かり、
中川智正「簡単なのは青酸ガスで、次が小包郵便爆弾だと思う」

なので林泰男の命令で、八木澤善次と松下悟史が日光山中に埋めてあったシアン化ナトリウムを掘り出して都内に持ち帰った。

さらに中川智正が、第二厚生省の菊地直子を上九一色から呼び出し、クシティガルバ棟にある薬品を持ち出せそうなら持ってくるように指示。
走る爆弾娘こと菊地直子は中川と性的関係があり、だから菊地に頼んだらしい。走る爆弾娘、ほかにも何人もの男信者とあれがそれで“邪悪心”な関係で、劣情禁止が形ばかりでドロドロのオウムのなかでもひときわ
菊地直子は頼まれたとおり上九一色に戻ると、クシティガルバ棟からトリクロフェノールや濃硝酸、濃硫酸、塩素酸カリウムを八王子アジトまで運んでくる。←ダイオキシン、青酸ガス、小包爆弾の原材料である。
クシティガルバ棟にはまだ警察に押収されてない劇物毒物がどっさり眠ったままだからなんだが、連日強制捜査やってるってのに中川も菊地もなんとまあ大胆な。
「狙うのは新宿駅地下街。青酸ガスを充満させ>大量ポア」

使う車はもちろん井上嘉浩が安全かどうかを確認した。






「お、小杉の野郎、ほんとにナンバー照会してきやがりました。4台分」

「前の2台は手配済みにして。後の2台は手配無しで」

4月29日 土曜日 みどりの日@前天皇誕生日──
ゴールデンウィーク突入。
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超人出の某テーマパーク周辺にひそかに警官隊集結。
「5月7日、サリンをまく」という犯行予告電話があったからで。

首都高を走る有蓋トラックの運ちゃん、気味悪いかんじ。
なぜか後ろにパトカーがぴったりくっついて離れない。
その運ちゃんだけでなくて都内の全トラックの運ちゃんがパトにくっつかれて気味悪いかんじに。警視庁はパト、覆面パト総動員でオウムのラジコンヘリ@サリン攻撃を警戒してるのだった。

ラジコンヘリ操縦士と目される防衛庁長官岐部哲也は、干され幹部だったらしくて忠誠指数も低め、逮捕後すぐしゃべります状態だった。
まあ、ただ供述の大半が自分語りの愚痴なんだが。
ぽつぽつラジコンヘリのことも自白し始めてたけども、まだ「ラジコンヘリすでにこの世のものでナシ」を確信できない以上、手は抜けないんである。

そしてこちら、やんごとなき方面でも。

皇宮警察もやんごとなき方々へのサリン攻撃を警戒。

側衛チームには、医官が影のごとく付き添う。
硫酸アトロピン入り注射器持参で。

4月30日 日曜日──

新宿地下街 広大なる地下迷宮。

警察の厳戒網をくぐり脱けた林泰男、


構内のトイレ個室のゴミ箱に青酸ガス発生器を仕掛ける。


中川智正手製の発生器はかなり凝ったバイナリ式。

時限装置は濃硫酸@ペットボトル、徐々に酸が容器のPET素材を溶かしてこぼれ落ち、

>下の塩素酸カリウム&砂糖と混じって>反応、発火。

>その熱が下の希硫酸入りビニ袋を溶かして、

>流れ出た希硫酸がその下のビニ袋@シアン化ナトリウムが出会って>
>反応>青酸ガス発生\(^O^)/

>青酸ガスはトイレの空調を通して>地下街全体に拡散\(^O^)/
という仕掛け。
だが中川智正、かんじんの濃硫酸をとり違えるポカやらかし、
時限装置ピクとも働かず不発。
5月3日 水曜日 憲法記念日──

再度挑戦。今度は責任とって中川智正自ら現場へ。

のつもりが、人が多すぎてトイレ出入りも多すぎて。
中川ちとビビリまして、仕掛けることできず涙目で帰る。
「次こそ成功させるぞ。5日にやる」

5月4日 木曜日 国民の休日@祝日にはさまれた平日は祝日なんで祝日──
オウム弁護士の口止め作戦に対して警察が手を打った。

教団顧問弁護士青山吉伸@アパーヤージャハ正悟師逮捕。
容疑は名誉毀損という奇策。
上九一色村の肥料業者を「教団施設に毒ガス攻撃」と
刑事告訴した例の一件で足をすくわれた。
オウム弁護士は青山以外にもいるんで、その後も取り調べ妨害はずるずると続くんだが。ステージの高い青山が消えて、接見作戦の威力は弱まった。

5月5日 金曜日

こどもの日──
午後7時38分──

ふたたび新宿地下街構内 男子トイレ

青酸ガス発生器のバイナリ式時限装置、
今度こそ三度目の正直、設計どおりに作動した。

濃硫酸がペットボトルを溶かしてこぼれ出て、
下の塩素酸カリウム+砂糖と反応、

≫ 【周波数とメロン】後篇へとつづく






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