助けて!
……夢か。
オウム真理教による犯行の経緯、警察の捜査は、原則公開された情報にもとづく。
ただし“丸メガネの女”は、架空の警察官であり、
彼女と実在する警察関係者の関わりは、創作全開ソースは妄想である。
志賀俊明@
神奈川県警捜査1課 警部補
@
「横浜市磯子区弁護士一家失踪事件捜査本部」捜査主任かれこれ
5年も
この事件に関わって、
デコの生え際戦線もはるか後方に撤退する一方でどうしようなんだが。
捜査1課でほかの事件も兼任しながらだから中途半端だし、年々
捜査本部も縮小。
上の都合で捜査が加速したり停滞したり、総じてちーとも進んでないのが現状。
去年も
暴力団ルートから手がかりを得られそうだったのに、新しく来た
本部長の鶴の一声で、なぜかそのルートの捜査が止められてしまった。殿上人の考えることはわけがわからん。
自分の意志で動いてるってより、巨大なからくりのなかでぐるんぐるんされてる気分。
「
警部補、
山口県の
オカサキという男性から電話です」
あいつか。
「
志賀さん、ご無沙汰してます」
「久しぶりだな、
岡﨑。どうした。なにかあったか」
「いえ、お元気かなと。さいきん連中もヘンなこと始めましたしね」
「そっちは昔のお仲間が会いに来たりとかないか?」
「いえいえそんなことあったら、真っ先に
志賀さんにお知らせしてますよ」
相変わらずのお追従野郎なんである。
そうだ、
元幹部ならなにか分かるかもな。
「連中、さいきん
省庁制って始めたよな、なんとか
省とか
大臣ってやつな。どう思う?」
「
国みたいなつもりなんでしょう。
日本の中に
独立国家つくるっていうか」
「そんなこと許されるわけないだろ」
「
麻原は誇大妄想ですから。僕がいる頃からそんなことばっかり言ってましたよ」
そういや
麻原のお気に入りだった一番弟子で
大蔵大臣の
石井久子がさいきんマスコミに出なくなってますねとか、だから
麻原の取り巻きは
村井や
新実、
早川みたいな
タカ派ばかりだとか、
上祐も
ロシア支部長になって遠ざけられてるし、
麻原に意見を言える
穏健派がいなくなって、
イエスマンばかりじゃないかとかぺらぺら喋るんだが、
志賀心の声(それテレビとか週刊誌のネタだろ。ぜんぜん内部情報じゃねーぞ)
やはり情報源として古くなったのかこの男も。
こいつのいた
5年前の
オウムと今の
オウムは似て非なる物だろうしなたぶん。
なんか疲れてきた。
岡﨑一明がまだぺらぺらぺらぺら喋ってたが、
志賀警部補は「役に立ちそうなこと思い出したら知らせろ」電話を切った。
天井に誰かが貼った
「草の根分けても捜し出す」の貼り紙もずいぶん色褪せた。
いつもずっと心の奥に引っかかっている。
5年前のあの夜、なにがあった?
やはりあの連中のしわざなのか?
この
1994年夏の時点で、
オウム真理教がやらかした事件は、
すでにあふれんばかり。
赤字は
殺人・致死 ★は
大量殺人計画88.10.
在家信者死亡>
死体遺棄(
真島事件) ←
オウム最初の
犯罪89.02.
出家信者リンチ殺人(田口事件) ←
オウム最初の
殺人89.11.
坂本弁護士一家殺人事件 ←
オウム最初の教団外での
殺人90.05.
★都内
ボツリヌス菌散布>菌分離に失敗で被害ゼロ
90.10.
★波野村化学兵器工場化計画<
熊本県警による
強制捜査で頓挫
93.06.
信者逆さ吊りリンチ死(越智事件)93.06.
★炭疽菌撒布(第1次
亀戸異臭騒動)>菌が死滅で被害ゼロ
93.07.
★炭疽菌撒布(第2次
亀戸異臭騒動)>菌が死滅で被害ゼロ
93.11.
★サリンプラント建設計画
93.12.
池田大作サリン暗殺未遂>
創価学会側が伏せていた
94.01.
薬剤師リンチ殺人(落田事件)94.03.
宮崎県旅館経営者拉致>いまだ監禁中
94.05. 幻覚剤
LSD密造計画
94.05.
滝本弁護士@被害対策弁護団サリン殺人未遂そして、
94.06
★松本サリン事件>
長野県警 関係ない一般人を犯人扱い中
94.06 自動小銃
AK74密造計画
94.07
出家信者リンチ殺人(富田事件)<
公安のスパイと間違えて
94.07
信者熱湯風呂リンチ死(中村事件)<
麻原の
“側室”と密通した罰で
おまえら暴れすぎ、殺しすぎ。
たった5年でどんだけやらかしてるあるか。
しかもこの時点で、
ひとつも発覚してない。このあとも、
9月神経ガス
VX密造、
11月ジャーナリスト
江川紹子ホスゲン殺人未遂、
12月駐車場経営者
VXガス殺人未遂、
12月大阪市会社員VXガス殺人事件(
公安のスパイと間違えて)、翌
1月オウム被害者の会会長VXガス殺人未遂、
3月陸上自衛隊第1空挺団乗っ取り計画、と限りなく続き、
2月末の
目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件、そして
3月★地下鉄サリン事件、
5月★新宿駅 青酸ガス撒布未遂、
5月新宿都庁小包爆弾事件とつづくのだが──。
教団内部での
内ゲバ的殺人も、
逆さ吊り、
熱湯風呂@
ダチョウ倶楽部なんてもんじゃない、友に友を殺させる──
連合赤軍がママゴトかというくらいの残忍度。ほとんどありとあらゆる犯罪の見本市状態で、
宗教法人になってすぐの
1990年春、早くも
大量無差別殺人を計画(
ジーヴァカ遠藤誠一のヘマのおかげで失敗)
さらに生死わからん行方不明
信者が
40人はいるなんていわれたりするが、
サティアンの奥の奥のこと、もはや闇から闇へである。
拉致監禁や
洗脳による
強制入信強制出家、
資産詐取なんてもはや把握不能。
さらに結局うやむやで終わったけども、
オウムが
信教の自由なる厚い城壁に守られつつ密造した
覚醒剤、LSDなどイリーガルドラッグを
広域暴力団に卸売りしてた──なんてうわさもあって。
なので
事件の数々をぜんぶひもといてたらもーそれこそ第五十解でも終わらへん。
なので節目の事件を有機的につないで俯瞰、が今回の
【事件激情】である──
その最初の節目、
麻原一味が
サティアンの結界から外へ踏み出て、
初めてシャバの人間に手を出した
凶悪犯罪、
【坂本弁護士一家殺人事件】である。
1989年11月上旬、
弁護士坂本堤@33歳、妻
都子@29歳、息子
龍彦@1歳が、
こつぜんと自宅アパートから姿を消した。
いなくなったのは
11月3日夜から
4日早朝までの間と思われ。
捜査本部名が、いまだ「
失踪事件」のままってことからも、
神奈川県警のやる気があるんだか無いんだか感がただよう。
坂本の
母親、
横浜法律事務所の同僚
弁護士たちのくり返し訴えにもかかわらず、
県警は事件性をのらくら認めず、逆に「依頼金の使い込み>借金で
夜逃げ」「学生時代に入っていた
過激派の内ゲバ」「勤務先が捜査協力を
拒否」とガセネタを撒いたり。
広報担当が記者たちに圧力かけたり。
アパートに落ちてた
プルシャ(
オウム真理教のお守りバッジ)、寝室にあった
血痕をぬぐい取った跡、現場に残ってたいろんな手がかり、
「
オウム真理教被害対策弁護団」の主要メンとして、
信者家族と
オウム真理教との窓口として対決していた、数日前に
オウムとの話し合いが決裂したばかり、
という
法律事務所からの耳寄り情報、
県警これらすべてスルー。
無能以前に
わざとだよなやっぱりって感じで。
オウム事件の中でも、
坂本事件は最も複雑にいろんな人間の思惑がこんぐらかってるんだけども、
こんぐらがり因子
その1が、
神奈川県警と
坂本弁護士の
所属事務所の間にあったわだかまり。
坂本事件の
3年前──、
プリークウェルともいえる
公安警察の一大スキャンダルが起きた。
カンバセーション・・・盗聴・・・ [DVD] 【日本共産党幹部宅盗聴事件】都内の
日本共産党幹部宅で、電話盗聴が発覚、
告発を受けて
東京地検特捜部が捜査すると──出るわ
出るわ。
盗聴してたのは、
神奈川県警警備部所属の
公安刑事たち>とバレて。
だけでなく、
警察庁警備局の秘密の内緒機関
「サクラ」の命令だった>ともバレて。
「サクラ」は
警察大学校さくら寮内に内緒の本部を置いていた。
だから
サクラ。わりとネーミングてきとー。
全国
都道府県警の
公安部署に直轄部隊
「作業班」を持ち、
非合法裏活動も非合法に指揮していた>なんてこともバレてしまい。
全
警察との
全面戦争になるのを恐れた
検察庁が、
盗聴事件を「現場のやりすぎ」で小さめにオチつけることで手打ち(した構図)
警察庁長官山田英雄、
警備局長三島健二郎、
神奈川県警本部長中山好雄の大物キャリア3人
辞職、さらに
警備局公安第1課長と
「サクラ」運営の
理事官が
更迭、
警察は
検察に「
違法捜査は二度としません」と誓わせられ、
「サクラ」はお取り潰し。
よりによって仮想敵
共産党に大ダメージ喰らわされて、もう
警察的には惨憺たる大屈辱である。(と言いつつ、
サクラはすーぐに
「チヨダ」と名を変えて内緒の秘密で復活するんだが)
とくに
神奈川県警の被害者意識はもうね相当なもんでねもうね。
「サクラ」に頭越えで指図される
公安「作業班」の
ダーティワークなんて、
本部長ですら1ミクロンも知らないのが
公安警察ってもので。
だから
神奈川県警的には我らがボスが建前で詰め腹切らされた感強し。
さらに
県警の
公安1課長>退職まもなく
自殺、
盗聴役の
公安刑事>とつぜん入院>
急死、
身内が2人も
非業の最期。やつらのせいで!
おのれ共産党め。アカめ!で、
坂本弁護士の所属する
横浜法律事務所は、その憎っくきおのれ
共産党系の
弁護士が多く、しかも
盗聴事件の
弁護団にいたおのれ
弁護士までおのれいやがる!
で、
坂本事件が起きたとき、
県警の
古賀刑事部長は、
労組がらみってのもあり得るだろって思惑ありげに介入してきた
警備部公安刑事のチラッチラッが気になったのか、
「事件性はない」と早々と言い切ってしまい。
捜査してやんねー! アカざまぁwwwwwwwって誰かが言ったとか言わないとか、
県警はふつうならする仕事をすべてスルー。音引きがあるのとないのとで大違い。
が、ケンカのやりかた知ってる
共産党系・人権派弁護士相手にこれでは済まなかった。
すぐマスコミで取り上げられる、
日弁連や
国会議員まで問題にする、
警察庁長官も「
事件性は認識している」と国会で答えるしかなくて、
もうホントしぶしぶ
県警は
捜査本部を開くただし「
失踪事件」ってとこプチ抵抗で。
が、
「オウム」がらみかも?ってのが
県警の少ないやる気をさらに削ぐ。
大本教弾圧之図絵 複雑化因子
その2 信教の自由当時の
宗教法人、今よりもずっと厚い「
信教の自由」の壁に守られてて、事実上
治外法権、
国家内国家みたいなもんだった。戦前の
宗教弾圧の反省からなんだが反省しすぎである。
とくに
オウム真理教、行政に対しても激しく好戦的。
宗教法人認証のときも
都庁相手にひと悶着した鼻息の荒い宗教団体で、
信者に
弁護士までいて妙にうまい抜け道を知ってるもんだからよけいタチが悪い。
そういう噂が出始めたとき、
上祐史浩@
外報部長が
早大ディベート部仕込みのスペシャルトークで、
「これは
宗教弾圧である」
メディアでアピールした。とたんにマスコミ関係の音量が小さくなった。
ってことで、
宗教とくにオウムはうるさいから目をつぶりたいの巻。
どう見ても利害関係の最もある
オウムから目をそむけて、
坂本の交友関係ばかりせっせと洗い続けた。とうぜんなんも出てこない。
その間に
麻原はとっとと
ドイツにわたって現地で「
オウムは関係ない会見」を開いて、
「
宗教弾圧を狙う
法律事務所、身内の
犯行だ」言いたい放題。
県警は
幹部信者の動向もつかんでなくて、
村井秀夫と
早川紀世秀が指紋を消すため指先を焼いたが失敗、のち
指紋除去手術したことなんてもちろん気づきもしてない。
県民気質のルーツがわかる!戦国武将の歴史地図さらに複雑化因子
その3。隣国
警察同士の壁。
管轄が隣り合う
警察同士が仲悪いのはデフォであるんだが、
警視庁×神奈川県警×静岡県警の仲はひときわ
険悪で、今回も手土産片手に協力を頼みに行ったら突っ返されて断られる始末。情報共有以前の問題。
かといって
警察庁も
広域捜査指定してくれたりするわけでもなく、
だらだら歳月だけ過ぎた。
じつは一度だけ、
解決に限りなく肉薄したときもあって…。
1990年2月、
坂本弁護士一家行方不明から
3か月後、
オウム真理教は「
真理党」という政党名でいきなり
衆院総選挙に打って出た。
教団代表
麻原彰晃はじめ
25人が立候補。
宗教法人化してまだ1年未満なのに
グル超強気である。
本物は誰だ「ショショショショショショショ、ショーコー♪」
「ショーコー、ショーコー、ショーコー♪」
「麻原彰晃、麻原彰晃、麻原彰晃、麻原彰晃♪」「あーうー♪」なんか
麻原のお面かぶって、変な歌歌って、変な踊り踊って。
オウムシスターズ4姉妹ってわりかしかわいいよなとか。
お茶の間では、新手のコミック集団的にみられた。
で、とうぜんながら全員ぶっちぎりの少数得票で
落選するわけだが。
磯子署の
捜査員は「このアホなやつらがほんとに事件と関係あんの?」と複雑気分。
そんなとき、あの問題の
タレコミ投書が、
警察に届くんである。
竜彦ちゃんが眠っている。
2月17日の夜、煙にされてしまうかも。早くお願い 助けて!白封筒、宛先は定規で書いたようなカクカク字、
中身は、
市販の地図@
長野県大町市に印付き、
B5の便せん3枚、
便せん1が上の「
助けて!」のヘタクソ手書き、便せん2と3は手書きの道路沿いの見取り図、さらに電柱番号から雑木林に入っていって何m、湿地帯の中でカヤが茂る場所、目印の大木まで詳しく書かれていた。
これ
県警に届いただけならスルーだったかもだが、あいにく
横浜法律事務所にも同じのが届いてたんで、さすがのモチベ低めの
県警も動く。
長野県警に協力を頼んで、現地の発掘を始めたんだが…。
2月の
北信州はまだ雪国だった……。
60センチ厚の雪をかき分け、半ば凍った土を掘るんだが…出て来ねーし! 寒みーし!
たった1日で「
ガセネタだった」と発掘作業は終了。
ハマっ子には寒すぎたのか以後ろくに再調査もなく。
(じつは掘ってた場所から
ほんの数m横に「
龍彦ちゃんは眠って」いたんだが)
その後、たいして捜査も進展しないまま時は過ぎ……。
坂本事件の
犯行はなにからなにまで行き当たりばったりだった。
犯人の1人が
プルシャを落とし、2人が
手袋するのを忘れ、1人は指を噛まれて
出血。
たくさん物的証拠やら状況証拠やら残ってたし、まともな捜査してれば解決したっぽい。
それがずるずる延びたのは、やっぱり初めに
県警が手抜きした(かよっぽど無能だった)のと
宗教法人とくにオウムへの手控えが最後の最後まで手遅れ感になって響いた。
坂本事件捜査しだいで、以降の
凶悪犯罪がすべて起きなかったかもしれないわけで、
最後までまーたくいいとこなしだった
神奈川県警はひときわ叩かれるんである。
そんななか、
志賀刑事は一応やる気がある側の
捜査員だった。
1990年春、まだ
5年分だけ前髪が前線正面で元気に展開中の
志賀である。
で、
そんな
志賀刑事の前に、
あの
奇妙な女が、現れた。
奇妙な女、ゴールデンウィーク直前にするるっと
志賀刑事の前に現れて。
「雪解けのあともう一度本格的に掘り直そう、そう主張する
捜査員もいた」
「──でも
捜査会議で無視された」
なぜか
志賀刑事の言動や立場を知っていて。
「元
オウムの
古参信者だった
“佐伯”こと
岡﨑一明という男、
脱会していまは郷里の
山口県宇部市で暮らしている」
「
岡﨑が
脱会したのは
衆院選挙期間中、
ちょうどあの
タレコミ投書の投函日
1週間前」
「確認してみたら?」
それだけ告げてさらっといなくなった。
で、調べてみると本当に
佐伯こと
岡﨑という
元信者がいて、いろいろ怪しい点もある。
「これは思わぬ解決の糸口かもしれんぞ」
が、
この
岡﨑一明という
元信者こそ、
坂本事件の複雑因子
その4。
個性派ぞろいの
オウム信者のなかでも、
異色の
クセ者にしてニヤニヤ笑いの
チェシャ猫にして
ジョーカー。
この
嘘つき雀のせいで
事件は思わぬ方へと転がってしまうんである。
【第三解 トリックスター】へと続く