1949年8月24日──
下山事件から
49日後五反野の
現場に、ひそかに
下山事件関係者が集められた
「夜会」この夜を最後に
ニイタカ・ヤヨイ-カトリーヌは姿を消し、それきり消息を絶った。
アメリカの
機密解除公文書にもこの夜以降の日付で彼女の名は見当たらず、
平塚八兵衛も、
ユージン・ハットリ中尉も、この
夜会からあと、彼女を見ていない。
おー
八っちゃん、めっちゃ若い。毛もまだあるし。
お、こっちは若き日の
ハットリ中尉。
若い頃はきっとイケメンだったろうなと思ってたらやっぱりイケメンだった!
しかもわたしのドストライクではないか。
軍服似合いすぎだし。あと50年早く会いたかったよ。まだわたし生まれてないけど。
なんて言ってる場合じゃないって! わたし、
ニューヨークのアパートの屋上で
撃たれたよね。
*【ニューワールド之章 第27便】 あれは
2001年だったはず。
なのになんでわたし、
1949年の
東京の
五反野で逆さまに浮いてんの?
わたし、
死んだ? これ
臨死体験かなんか?
幽体離脱からの→
タイムスリップで
昭和24年8月24日に飛ばされた?
そんな掟破りの大ネタが前振りもなんもなしにさらっとコンボで?
「まもなく
午後11時30分、
下山総裁らしき
紳士がこの近くの路上で
住民に姿を見られ、それが最後の目撃となりました」
「そのおよそ
50分後、日付が変わってまもなくの
零時20分、」
「いま皆さんのいるこの場所で
轢断事故はおきたのです」
それとも、わたしがかつて
ニイタカ・ヤヨイ-カトリーヌだったころの記憶?
バカなに言ってるんだわたしは。わたしは初めっから正真正銘
白鳥だ
のはず少女漫画のお嬢みたいな名前がぜんぜん似合ってねー
白鳥百合子様だ!
のはずなんとか
2001年の
ニューヨークに戻らないと。早く
トトワのことを
スティービーに知らせないと。あと
クレジット情報の照会結果しだいで、
いやがらせし隊大作戦も──
しかし、
浮いてるだけでまーたく動けんぞ
この逆さまなのはなんとかならんのかしらん。
向こうからは見えてないみたいだな。よかった。
「陸橋の下に逆さで浮かぶ白い服の女」なんて見えたら怖すぎだし。
こんなんぜったい地縛霊と思われるじゃんね。
重力とかも関係ないんだな、助かった。パンツつねに丸見えの刑は免れた。
なんか今日パンツの心配ばっかしてるなわたし。
くそー
兵士ザッピーのせいだ。
まさに背後霊 ニイタカさんはこの
夜会でなにをするつもり?
「ミス
ニイタカ、この奇矯な趣向は何なのだね。真夜中に、こんな場所でランプひとつだけ囲んで立つとは。まるで
百物語でも始めそうだな」
「
ワンハンドレッド、
テイル? それはなんですか」
「ん、あー、
蝋燭を百本灯して順に一人ずつ
怪談を語っ──
とにかく!我が国の
ゴーストストーリーズのようなものだ」
「なるほど。少々変わった舞台設定には理由がありますので、しばしご辛抱を。
ミスター
加賀山、今宵はご多忙のところ、ご出席ありがとうございます」
「ふん、
シャグノン*から言われるまでは来るつもりなどなかった。
CTS*を使い走り同然に動かすとは、君はうわさのとおり単なる
通訳とは違うようだな」
*GHQ/CTS@民間輸送局。シャグノン中佐はCTSの鉄道課長。加賀山国鉄副総裁。熱心な
他殺説の支持者。
下山総裁亡き後、この人が事実上
国鉄のてっぺん。
歴史上もこのあと
2代目総裁になる人だ。
「今夜、お集まりいただいた皆さんのうち半分は、
下山総裁は
何者かに殺された、とお考えです」
「
中尉ルーテナントオフィサーハットリ。個人の考えは分かりませんが、
GHQで
警察行政を采配する
ウィロビー将軍の代理として、
他殺説を支持する立場です」
「
朝日新聞の
矢田記者。お立場は訊ねるまでもありません」
「
下山総裁のご遺族、奥様の
芳子さんとご子息
定彦さん」
「ご遺族は一貫して
他殺を信じておいでです」
あれ?
ニイタカさんってたしか「
アカハタ」に載った
事件翌日の
下山夫人の言葉を知ってるはずなのに、
*【ウルトラ 4機目】 “わたしはお父さんは自殺したと思っています”懇意の大学生
吉松富弥くんにだけこっそり打ち明け、
富弥くんがうっかり
アカハタの
記者に洩らしてしまい、
2日後の
アカハタにだけ記事が載った。
「7月7日付 "自殺と直感 よし子夫人談”」あのことは突っ込まないんだ?
共産主義者の
機関紙だから無視でいいやってつもりなのかな。
「対して、
自殺説の側に立つのは──」
「
ディテクティブハチベエ──
平塚刑事には、
警視庁の
捜査本部を代表して出席をお願いしましたので、
捜査本部が
8月3日の
記者会見で発表しようとしていた結論、すなわち
“自殺”支持の立場とします」
「そして、
毎日新聞の
タイラー記者」
「
ニイタカさん、
タイラーじゃなく
平たいらだ」
「あら失礼しました。英語圏にも
タイラーという名があるのでついつい」
「あなたはほかの
報道機関、とくに
朝日新聞と真っ向から対立する
自殺説主張の記事を掲載し続けました。売上げ部数が激減し、
毎日新聞の編集部内でも反対の声が大きく、
“アカのシンパ”などと中傷されたにもかかわらず」
「
ニイタカさん、言っておくが、僕は決して
説を主張したわけではないよ。取材を重ねて集めた
事実にもとづいて記事をあげただけだ。
その結果が
自殺説と重なったに過ぎない。
紙面は
記者の
持論を開陳する場ではないし、
主義や
下心で内容を左右されるべきでない、ましてや受け狙いで恣意的な記事を書くなど
記者を名乗る資格などない。
これは
報道に携わる者として決して忘れてはいけないことだ」
矢田記者、めっちゃ不快げ。そりゃそうだよな、もろこの人
ディスってるし。
「大変立派なポリシーだと思います。しかし残念ながらその結果、
毎日新聞は
警察の
自殺発表という
誤報を出してしまいました。いえ、
報道自体は間違っていませんでしたが、
警視庁が心変わりした、土壇場で梯子を外された、というべきでしょうか」
あらら今度は
八っちゃんが微妙な表情に。
さっきから空気ぜんぜん読まずぶっこみまくりだなー
ヤヨイっち。
八っちゃんから聞いてた
ニイタカさんのイメージと違うじゃん。
「
誤報の責任を問われ、
取材班は
解散、
記者はみんな
異動になって、
平さんも急な
九州転勤が決まったそうですね。
事実にこだわった結果が、会社のこの
仕打ちなのですね」
「僕は社の
決定について云々する
立場にはない」
「
総裁専用車ドライバーの
大西さん、
末広旅館の
長島さんは
事件の渦中に居合わせた方々です。
大西さんは
失踪直前まで
下山総裁の乗る
ビュイックを運転していました」
「
末広旅館の
長島ご夫妻。
旅館の女将である
長島フクさんは、
失踪当日、
下山さんを接客され、会話もしました」
「
フクさんの
夫で
旅館オーナーの
勝三郎さんはその場には居合わせず直接は
下山さんを見ていませんでしたが、今夜は付き添いとして参加いただきました」
「ちょっと待ってくれミス
ニイタカ」
「いまのは
旅館に来た
紳士が
下山総裁であるともう決めつけたような言いぐさだね。
ということはあなたも
自殺支持の一派というわけか?」
あ、
矢田記者しゃべった。
「謀殺下山事件だーっ」しか言わん人かと思ってた。そりゃそんなはずないわな。
「ミスター
矢田、あのコラムを書いたのはあなたですか?」
「あ?」
「
8月20日付
朝日新聞の対談風の記事ですよ。あのテキストは、
旅館に来た
紳士が
下山さんではない、
長島さんが嘘つきだ、と決めつけた言いぐさにならないのですか?」
「……あれを書いたのは僕じゃあない」
「そうですか。あれを書いた
記者スタッフライターのかたにも出席してもらえばよかったですね。
長島さんを引き合わせてあげられましたのに」
「さて、話を戻しますと、こちらの
大西さんと
長島ご夫妻は他の方々と違い、
なになに説を唱えてるわけではありません。ご自身が見たこと聞いたことを答えただけです。この3人が個人として
自他殺どちらを支持しても、今宵この場には関係のないことです」
ニイタカさん、どの人とも初対面じゃなくてみんな面識あるっぽいな。
八っちゃんや
ハットリ中尉と関わりあるのは知ってたけど。
そういえば
八っちゃん、
事件翌日、
下山邸の2階にいる
ニイタカさんを見かけたって言ってたっけ。
たぶん
八っちゃんだけじゃなく、ほかの関係者にも早くから接触してたんだ。
下山事件が大きな問題に発展するかもしれないと見越して。
「まず初めにひとつはっきりさせておきましょう」
「
犯人は、
この中にいます」
え、
下山事件の
犯人?
でもこの
事件に
犯人なんているっけ? だってこれは──
ブオオオオオオオオオオ──ドッシュコッコ、ドシュコッコザァァァ──雨?
んん?
線路に、
人が……いつのまに?
あれは──
下山総裁?1949年 昭和24年7月6日 水曜日 午前零時20分──そのとき、そこで、
何が、起きたのか。
ブオオオオオオオオオオ──事件のあった
昭和20年代当時から飛躍的に進歩を遂げた現代の
法医学は、
じつはすでにその
「謎」のすべてを解き明かしている。
その瞬間、そこで起きた現象のすべてを。
答えは出ている、にもかかわらず、
なぜ
シモヤマケースが、いまだに
謎の
未解決事件でありつづけるのか。
その理由は
おや、
誰か来たようだ
こんな遅くに
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