【事件激情】ウルトラCC 第48便【アメリカ炭疽菌事件】








【事件激情】ウルトラCC 第48便【アメリカ炭疽菌事件】
「戦争を燃料にしろ」
──ブッシュ大統領側近カール・ローブのメモ


Anthrax Attacks, “Amerithrax”
【アメリカ炭疽菌事件】
9.11の1週間後、まだグラウンドゼロで瓦礫がくすぶってるときに事件は起きた。



9月18日、そして第二波の10月9日の消印で送られた炭疽菌入り郵便@計7通。
9月10月ともニュージャージー州トレントン郵便局の消印があり、
トレントン管内にある郵便ポストのどれかで投函されたと思われ。


筆跡を隠すためかカクカクの活字体で書かれた宛先は、9月がナショナルエンクワイヤー誌の版元アメリカンメディア社、ニューヨークポスト、NBCニュース、ABCニュース、CBSニュースのメディア5社、10月がトム・ダシュル上院議員@院内総務、パトリック・リーヒ上院議員@司法委員長の有力政治家2人。


封筒にはこれまたカクカクの活字体の「9.11も今回も俺らのしわざ」「アッラーは偉大」「アメリカもユダヤも氏ね」的な声明文とともに、

純度の極めて高いシリカ結晶状態の炭疽菌胞子1gが入っていた。


開封したアメリカンメディア社の編集者、封筒にふれた郵便局員たち22人が感染発症、重体11人、肺炭疽で5人が死亡。
炭疽菌は「本来は牛とか家畜のかかる病気」で、「吸引して数日で発症、症状も激烈」で、でも「人から人には感染しない」。なので昔から“後腐れ”のない使い勝手のよさげなバイオ兵器として各国で研究されていて、あのオウム真理教が亀戸異臭騒動のときばら撒いたのも炭疽菌だった(毒性がないワクチン用の株を使ったので失敗)
ちなみに炭疽菌による殺人事件は今回が史上初である。
郵便犯罪はとにかく捜査が難しい。


有名なのは郵便爆弾魔「ユナボマー」


犯人のキャラと動機がぶっ飛んでてドラマ化もされた。

最初の事件がおきた1978年からユナボマー逮捕まで18年もかかった。その間に少なくとも16個の郵便爆弾が全米各地に届き、3人が爆死、23人が負傷した。

“アメリスラックス”
炭疽菌事件もユナボマー級の長期化の予感。


「これはアルカイダのテロ第2波に違いない」
Robert Swan Mueller III
Director of the Federal Bureau of Investigation
ロバート・モラー3世@FBI長官


「いや、これは違います。そういうテロリストには無理めな犯行でありますからし
「そんなはずはない!」


「アルカイダにテロられたドジを繰り返すのか!」

「犯人はアルカイダだと言え!」

「やはりイラクが奴らの背後にいるのだ!」

↑どさくさまぎれ
9.11に引き続き、超絶フルボッコのスワンくん気の毒の巻。

元FBI捜査官「政府の連中は中東の誰かのせいにしたがった」
モラー3世長官、ブッシュの取り巻きたちからさんざ圧力かけられまくったけども、なぜ右から左に受け流して折れないかというと、

FBIは早くもこの時点で、今回の炭疽菌をつくるには最先端の細菌学の知見とド高価な専用設備が必須って事実をつかんでいたんで。
郵便に入ってた炭疽菌結晶は、極限純度まで精錬されていたんで、つまり山にこもるテロ組織程度が見よう見まねでつくろうとしてもこのレベルを培養するのは無理。
FBIはかなり初めから、イスラムテロリストじゃなく、専門機関で専門設備と専門素材を使える一流どころの専門家の犯行だと目星をつけていた。
さらに、

炭疽菌をトレーサビリティよろしくルーツをたどった結果、今回の炭疽菌の氏素性は「エームズ株」の末裔とわかる。
つまりボーン・イン・ザ・USA。アメリカ生まれの炭疽菌の子孫であるからして、
保有してるのは、たとえばCDC@疾病予防センターや軍の細菌兵器研究所とか。

‘USAMRIID’, U.S. Army Medical Research Institute of Infectious Diseases
ユーサムリッド@アメリカ陸軍感染症医学研究所
たとえばっつーより、

まさにそこの炭疽菌研究員ブルース・エドワード・イビンズがもろ犯人なんだが。
イビンズは今回の捜査にも専門家として素知らぬ顔で協力してたりもするんだが。

Bruce Edwards Ivins

イビンズは炭疽菌の第一人者である一方、熱烈な共和党支持者かつブッシュ推しで、過激なキリスト教原理主義者でイスラム大嫌いだからして、アルカイダのしわざに見せかけた偽テロでイスラム叩きを後押しし隊っつう感じの動機はじゅうぶん。
しかも自分は超絶有能な科学者だと思ってるのに昇進できないもんで鬱々してて、しかもインチキくさいヒゲの持ち主でもありヒゲはいいだろ。

「今に見ておれでございますよ」
じつは一部ゴシップ系メディアはかなーり早い時点から「イビンズってやつ怪しいんでね? インチキくさいヒゲだし」と推理していたりもする。

FBIは6州まで網を広げて、聴取したのは9000人超えという大捜査線を地味に地道に続ける。2002年に炭疽菌郵便の投函されたプリンストンの郵便ポストを特定、2004年にやっとユーサムリッドまで辿り着き、2005年には4人まで怪しいやつ候補を絞り込んでいた。そのなかにイビンズの名もあった。

事件から7年後の2008年、FBIの長い長い腕が自分の首根っこに届こうとしてると知ったイビンズは、鎮痛薬をちゃんぽん飲みして自殺する。
なぜかFBIがイビンズ当人に「逮捕はこのあとすぐ」と前もって教えたり、FBIの報告と米国科学アカデミーの独自調査結果に微妙な違いがあったりして、
これまた陰謀論
とりあえず炭疽菌事件は9.11にもアルカイダにも関係ないんで、
周辺事象としてチラ見せしたけど触るのはここまで。

その一方で、もろもろ渦巻く歴史の奔流は、
21世紀もやっぱり戦争の世紀化へとつき進む。
諸悪の総本山オサマ・ビンラディンの首を獲れ。

登場する事件テロ紛争戦争、その捜査活動は公表された情報に基づく。
黒字の人物・赤字の人物・紫字の人物および各国の機関団体部局は実在する。
白鳥百合子はじめこの文字色は架空の人物であり、
実在する人物との関わりも、根拠は創造にしてソースは妄想だが、ある意図がある。




────

20th September, 2001
2001年9月20日
Thursday
木曜日

9.11から9日後──


「我々の対テロ戦争はアルカイダで始まるが、そこでは終わらない」


「地峡規模のテロリストグループがひとつ残らず発見され、」


「阻止され、打倒されるまで終わらない!」
“最低でもイラク”と言ってるのはわかった。
The following day, 21st September
翌21日──
Friday
金曜日

ラムズフェルド国防長官、アフガニスタン北部同盟@反タリバーン勢力との共闘を表明。開戦に備えて米軍予備役5万人の召集を決定済み。

同日 欧州連合、アフガニスタンへの軍事攻撃を支持。


アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなど「有志連合諸国」が戦争準備にかかる。
国連軍じゃなくて国連決議のいらない「集団的自衛権」発動という建前で。
22nd September
翌々22日──


アメリカ政府、パキスタンの「味方宣言」の見返りに、核実験@1998年以来つづいていた経済制裁を解除。自動的にセットだったインドへの経済制裁も解除。
インドなんもしとらんのに棚ぼたである。
ムシャラフ大統領はこのチャンスに粛々と損切り実施。ISI@三軍統合情報局長官マフムード・アフメド中将ほか軍高官3人を解任する。
そう、
↑ ↑ ↑



このパキスタンのISI@三軍統合情報局長官マフムード・アフメド中将がモハメド・アタたち9.11実行犯に軍資金を送金していた、というくだりだけども、これ実はまったくの誤報がソースのつまりフェイクニュースで、この誤報がソースになった陰謀論も出てたりする。そういう英文資料も事前にゲットしておきながら、埋もれてすーかり忘れて見落としていたんで、アフメド中将もとんだ濡れ衣であったすまんこってす。
これの出所は、パキスタンとインドの新聞の誤報。ISIとのつながり疑惑の強いカシミール系過激派ハルカトゥル・ムジャヒディンメンバー「オマル・サイード・シェイク」と、アルカイダ金庫番ムスタファ・アブ・アルヤジドの別名「シェイク・サイード・アルマスリ」の名前が似ていたことから新聞社が混同して「ISIがつながってるアルカイダメンを通してモハメド・アタたちに送金した」という誤報を出してしまったんである。
実際にパキスタン軍とタリバーンとの癒着は限りなく黒に近いグレーで、その黒養分が濃すぎてアフメド中将がクビにされたのは事実だし、タリバーンの密接な連携相手アルカイダと1ミクロンも無関係かというと悪魔の証明状態だけども、少なくとも9.11軍資金送金疑惑については誤報で濡れ衣だった。
すでに該当部分は訂正してるけども、間違いは素直に間違いと恥ずかしい部分をもろ出しにする【事件激情】である。

(タリバーンと関係が深かったのが更迭の理由である!)Oo。.(´-`)
「まあ我が軍はみんな同じ穴のなんちゃらだけどな」
あのう大統領閣下。( )Oo。.(´-`)と「 」が逆になって本音ダダ漏れです。

同日 UAE@アラブ首長国連邦、タリバーン政権と断交。
まだやっとらんかったんかい!
24th September
翌々々24日──
アメリカ政府、オサマ・ビンラディン関連の資産凍結を発表。
──と、こんな風に戦争のセッティングが粛々と進む裏で、
ブッシュ大統領はあかんやろそれって最高機密指令を機密に発していた。


「テロリスト一味を世界中で捜索拘束し、情報を搾り出せ。手段は問わん。我が国ほど人権の制約が厳しくない外国当局に引き渡して尋問させろ」

「容疑者どもをエジプト、パキスタン、ヨルダン、シリアの治安当局に引き渡せ。アフガン、タイ、ポーランド、グアンタナモ米軍基地の収容所にぶち込め。国内法も国際法も及ばない場所ブラックサイトに」

「CIAはてんてこまいだ。いまの現場展開チームの人数じゃ足りなさすぎる。軍事請負業者にアウトソーシングする必要も出てくるだろうな」
George J. Tenet
Director of Central Intelligence Agency
ジョージ・テネット@CIA長官


「クラーク、本当に対テロ調整官を辞めるのか? 君の株はいまストップ高だ。君の知識と経験をオーバルオフィスはぜひとも欲しがってるぞ」
Richard A. Clarke
National Coordinator for Counterterrorism
リチャード・クラーク@対テロ調整官


「もう私じゃなくてもコンベアは回るさ」

「おっ、大統領から小会議に参加しろとせっつかれているんだ。急がなきゃな」
ブッシュは法的にも倫理的にも問題あるアルカイダ狩りのダーティーワークをCIAにやらせようとしていて、テネットは9.11の失点を取り戻すべくやる気満々だった。

「あー忙し忙し」
オワタと思ってたCIAにふたたび春きたるか。

ただし、それは血と泥にまみれた危うい春だ。
“長官は「人種プロファイリング」の導入を拒否したそうですが”
Norman Yoshio Mineta
US Secretary of Transportation
ノーマン・ミネタ
@アメリカ運輸長官


“その通りです”

“しかし空港の保安検査で、70歳の白人女性と若いイスラム教徒に対して、同じ検査で済まして構わないというのでしょうか? 9.11テロの犯人が「若いアラブ系の男性」だと分かっているんですよ?”

“だからといって、若いアラブ系男性全員が疑わしいとは言えません”
“しかし犯人について分かっているのは、若いアラブ系の男というだけなんですよ”

“それがテロリストの条件ではありません”
“安全上の観点から、人種プロファイリングを認められませんか?
国内世論も圧倒的に支持し、導入を希望しているのですよ?”


“私の答えは、絶対に「NO」です”

「外見や肌の色で判断されることについて私自身の体験があります」


「日本人が祖先である私の歴史は、両親の精神力と強い志、そしてかつて戦争中に日系アメリカ人が直面した不当な扱いの数々から成り立っています」


「アラブ系、イスラム系アメリカ人は、尊厳と敬意をもって遇されます。
そのほかのアメリカ合衆国の国民すべてと同じく」
“パキスタンの国民たちよ”


“今こそイスラムのためキリスト十字軍との聖戦ジハードに立ち上がらねばならぬ”
オサマ・ビンラディン、パキスタン国民に聖戦ジハード参戦を呼びかける声明。


アイマン・ザワヒリ“イスラム教徒はアメリカとの戦いに加われ”


ところで、ユナイテッドとアメリカンの両航空の親会社の株式が、9.11直前にとつぜん大量のプットオプション取引で爆買いされていて*【第24便】、9.11後にこの2社の株価が当然ながら大下落して買主がボロ儲け、
という不自然な現象が市場でおきてたことも分かってくる。


「プットオプション」は買ったときよりその銘柄の株価が“下がれば下がるほど儲かる”金融商品で、その仕組みは↓


陰謀論

例のUAEの銀行口座でモハメド・アタたちと軍資金のやりとりをしていたアルカイダの金庫番ムスタファ・アーメド・アルハサウィがこの“インサイダー取引”な爆買いを仕切っていた。アタたちの返金した軍資金も、この爆買いに使われた模様。
9.11テロ決行の結果、アルカイダはけっこう儲かったのである。

New York
ニューヨーク
ビッグアップルの都市機能は半ば麻痺したままである。


マンハッタンに入る橋はいまだ検問が厳しく、3時間待ちの渋滞も珍しくなく。
ダウンタウンの警戒はいまだ解けず、住民が家に帰るのですらいくつもの検問でいちいちID呈示を強いられる。電話回線すら回復していない区域もあり、地盤が危険だから自宅にも戻れず、シェルター生活を余儀なくされている住民も少なくない。


Ground Zero
グラウンドゼロ
ローワーマンハッタン地区
ワールドトレードセンター跡地
グラウンドゼロという言葉はもともと核兵器の爆心地、つまり「ヒロシマの原爆ドーム界隈」を指すんだが、その用語をあえてここにもってきたってのが、アメリカ人にとっての9.11の衝撃度を物語る。原爆の被害はこんなもんじゃなかったけどな。
まだ9.11から半月も経たず、火災も完全には消えず瓦礫の奥はまだ燃えてるし、遺体捜索も継続中っつうのに早くも観光名所化。まさに外道。

警官がカメラ片手の観光客を追い払う。


「おい、見ろ!」


その“全身を強く打って死亡”した遺体は、頭も手足も失われて胴体しかなかったが、胸ポッケのこじゃれたハンカチーフからジョン・オニール@元FBI特別主任捜査官@ワールドトレードコンプレックス警備部長だと分かった。

ジョン・オニールの亡骸は星条旗で丁重にくるまれて現場から運び出され、
居合わせた消防隊員や警官たちは作業を止め、敬礼で見送った。

「はい、どちらさま」


“債権の取り立てに来るのはまだかな、ユリコ”
「えっ、教授?」
Princeton, New Jersey
Institute for Advanced Study
ニュージャージー州プリンストン
ブリンストン高等研究所



“僕も歳だから君が僕の存在を思い出す前に寿命が来てしまうぞ”
George F. Kennan
ジョージ・ケナン
@国際政治学者@元外交官@‘冷戦の設計者’


「君は“アメリカを救う”という約束*【第20便-続】をはたしてくれた。
つぎは僕が約束を守る番だ」
28th September
9月28日
Friday
金曜日


「国連加盟国はテロ組織援助禁止」が国連安全保障理事会決議。
国連初めての「立法」だった。
いつも理事国の利害が不一致してグダグダな安保理だけども、今回、なんでも反対するロシアと中国も、チェチェンと新疆ウイグルというイスラム系の反体制勢力を声高らかにテロリスト扱いできるんで、思惑は違えど満場一致で決まった。
ちなみに反米右利き寄りの視点からは、「国際連合United Nationsの意味はじつは‘連合国’、しかも敵国条項でいまだに日本が仮想敵国にされていまだ第二次世界大戦時の価値観の組織だからして反日勢力の巣窟なのだ真の日本を取り戻そう」的に見えるんだろうけども、とはいえ現状いちおう大国ぜんぶが属して国際互助組織として機能してるのはこの「連合国」しかないんでね。
それと同じ日──

Atlantic City, New Jersey
St Nicholasof Tolentine Church
ニュージャージー州アトランティックシティ
トレンティン聖ニコラス教会
ジョン・オニールの葬儀には1000人超えの会葬者が参列した。






連邦政府機関、警察、諸外国の治安機関──国家安全保障の第一線で国際テロと戦ってきた盟友たちが一同に会し、ジョン・オニールの死を悼んだ。

ってわけで、こんなとこに爆弾積んだトラックとかで自爆テロでもされたら世界中のテロ対策が一気に麻痺するから厳戒体制。教会の周囲はバリケードでがっちごちに固め、上空には米軍の武装ヘリが飛び回る、という異様な空気感で。

ミサのあと、オニールの遺体(の胴体部分)の柩が運ばれる。
アイルランド系のお約束バグパイプで葬送曲。

“このとき初めて、わたしは込み上げるままに涙を流した”
(リチャード・クラーク著「爆弾証言 すべての敵に向かって」)

なぜこんなことになった?

なぜ俺たちは止められなかった?


「どこの明子姉さんかと思えば、」


「あんただったか。こんな離れた場所で何してる」
Michael Scheuer
Former Chief of ‘Aleck Station’
マイケル・ショワー
@元CIAアレック支局(現ビンラディン問題課)チーフ



「どうして参列してないんだ?」

「あ、ショワちゃん、ひさしぶり」
「だからなぜ略称に“ー”よりわざわざ長い“ちゃん”を付けるのだ」


「だってあの修羅場に巻き込まれるのいやだもん」


事情を知る誰もがおそれていた緊迫の“四者面談”がくり広げられていた。オニールの本妻クリスティンと愛人ズバレリー・ジェームズ、アンナ・ディバティスタ、メアリー・リン・スティーブンスが初めて鉢合わせ。一触即発めらめらの殺気が渦巻く。
死してオニールらしい禍根を残したわけで。

「っていうか若干のドレスコード的問題も、
というか、それがほぼ大半というか……」
「確かに珍しい喪服だな」



「だって映画でこういうの観たからさ! アメリカの喪服スタンダードはこうなのね、PTAばっちり、と思ってたのにこんなの誰も着てないじゃんか!」
「あんたにそれが常識だと思わせた映画がなにか興味があるな。あとTPOな」


「通販サイトのハロウィンコーナーでやっと見つけて高かったのに!」
「ハロウィンコーナーという時点でなにかおかしいと気づけ」

「でも驚いたよ、あなたが来るなんて」

「ふん、あの外道が本当にくたばったかどうか確かめに来ただけだ」


「オニールの野郎が死んだのは痛ましい9月11日で唯一の朗報だな」
「相変わらず厨二病こじらせてんね」

「だが友人を失ったミスシラトリには心からお悔やみを言おう」

「相変わらず素直に言えないんだね」
「ふん」


「マシューズがいろいろと世話になったな」
「むしろいろいろと迷惑かけちゃったよ。ジェニぱん、立場的に大丈夫かな」

「今回CIAは全局員クビでもしかたない大ドジを踏んだからな。マシューズの犯した幾つかの規則違反は不問に付され、彼女の将来のキャリアにも一切影響させないと長官じきじきの決定があった」


「よかった」
「どうせあんたの差し金だろう?」
「さあ?」

「僕もCIAに復職したぞ。一時的にだがね」

「お、朗報じゃん。職探ししなくてもよくなって」
「朗報かどうか微妙だな。機能不全に陥ったビンラディン問題課を立て直せだとさ」

「まず手始めにネズミみたいに増えた小役人どもを全員追い出す。そして前のように少数精鋭に戻す。ブロイラーみたいな優等生ばかり何百人いても伝言ゲームが複雑になるだけで百害あって一利なしだ」

「ついでにあんたがマシューズに教えた情報解析手法も
本当に使いものになるか試してやろう」


「やっぱり可愛くねーなー君は」

「ふん、お互い様だ」

「ユリコ! さっきショワーからここにいると聞いて。葬儀に参列してなかったようだが。おや、なにかあったのかいその格好は」


「えーとディック、出るつもりはあったけど、ちょい我が喪服の認識に難があって遺憾ながら草葉の陰からお見送りをね、あれ? それじゃ生死逆? 言葉おかしくね?」

「そういうところはやはりユリコらしいとジョンもにやにやしてるさ」
「うん、ふふ、目に浮かぶ。ついでにセクハラ発言も言いそう」


「元気そうでよかった。もうすっかりいいのかい?」
「心配かけちゃってごめん。なんだか自分でもよくわかんないけど前よりも健康でさ。なんかスーパーサイヤ人みたいだよ。身長もマジで5cmも伸びたし」
「ライザとロジャー、ベブも来てる。ワトソンや支局の面々も。会うかい?」
「えっ、あのう、そのう」


「さすがにこの“喪服”を皆さんに披露するのはまずいかな。よろしく言っといて」
なお後ろも↓こうなんで取り繕いようもない模様



「でもディックもよく参列できたね。戦争準備で過密スケジュールでしょうに」
「このあとみんなワシントンにトンボ帰りだよ。半休がやっとだった」


「あなたも忙しそうだね。対テロ調整官をこのまま続けたくなったんじゃ?」
「ロジャー・クレッシーと同じことを言うんだな」
「彼がそう思うのも分かるよ」


「私の予定は変わらないよ。10月末で調整官を退任してサイバーセキュリティー担当補佐官に異動し、1年かけて体制構築を行い、それが済んだらホワイトハウスを去る」
「そっか。それがいいかもね」


「歴史のうねりは新しい歯車を回そうとしている。私のような錆びた歯車ではなくね。潮時だよ。まあ、現政権の推し進める国家安全保障ナショナルセキュリティーなるものの行く末を考えると、それに加担したくないというのが本音かな」

「昨日、ジョージ・ケナン教授から電話があってね」

「ケナン? 国際政治学者の? 知り合いなのかい」
「うん、でも妙なんだよね」

「なぜか教授はアブー・ジャンダルの尋問のことを知ってた。一応まだ秘匿情報のはずなのに。でもまーあのご老人は国務省にもCIAにも国防総省にもツテがあるからその線から知ったと考えられなくもない。
でももうひとつ、説明つかないことがあってね」



「わたしは脳出血で倒れて、NYUメディカルセンターに緊急搬送された。まさにそこの脳外科でわたしは外来に通っていたし、11日もやる太郎と会ったあとにあそこに行って精密検査を受ける予定だったから確かに正しい搬送先だったわけだよ」

「でも、なんでわたしの搬送されるべき病院がNYUと分かったんだろ。わたしの脳出血のことは誰も知らなかったはずなのに、あ、NYUのドクターと診断書盗み見たやる太郎を除いてはね」

「…………」


「ケナン教授にアブー・ジャンダルの件を知らせたのはあなたね、ディック」


「そうだよ、私だ」
「搬送先をNYUの脳外科と教えたのもあなた?」
「ああ、私が電話で知らせた」


「そのう、ケナン教授との約束も、わたしの脳の状態やNYUのことも、ディックにはまだ話してなかった事情のはずだけど、どうやって知ったの?」
「ジョンだよ」

「11日のあのとき、サウスタワー崩壊の15分ほど前だったと思う。ジョンから私に電話がかかってきたんだ」


“あーディック、おれだ、ジョン・オニールだ。取り込み中のとこすまんな”


“──シラトリのこったからこの騒ぎでどうせ俺との約束忘れちまってるだろうしな。念のため俺から告げ口しとくぜ。まあこれが収まって落ち着いてからでも構わないんだが、万一いや億一いや兆一を考えてだがな”


「そして君とケナン教授が交わせた“契約”について、さらに君が深刻な脳出血のリスクを抱えていることについて教えられたんだ」


「そうだったんだ、ありがとう」
「感謝なら私ではなくオニールにしてやってくれ。私にその資格はないよ」
「へ? 資格って?」

「私はアブー・ジャンダルの尋問が始まるよりも前から、君の脳の危険な状態を知らされていた。生命に関わるということも含めて。
これがなにを意味するか分かるかい」

「私はすべて知りつつもユリコを止めることもせず、脳に多大な負荷をかける危険なミッションに送り込んだということだ」
「え、でもわたしも承知の上だったし、止められたら逆にブチ切れるとこだったよ?」


「では日本の彼、ミスター“ホンゴー”が私と同じ状況に置かれたらどうかな? 君がブチ切れようが抵抗しようが絶対に止めさせていただろう」
「えっ、いやいや、ダメだよそんなの! あのままほっといたら見当違いの相手に戦争が始まっちゃったかもしれなかったでしょ!」


「そうだ、だから私は君の生命よりもイラク攻撃を止める方を優先した。だがミスター“ホンゴー”なら私とは異なる選択をするだろう」


「“ホンゴー”なら、たとえ世界と引き換えでも、君が生きている方を選ぶ」

「その結果、わたしに恨まれても嫌われても?」
「そうだ」


「以前、ジョンに怒られたよ。2人とも理屈っぽく考えすぎたとね」
「うー、わたしも言われた、同じこと。でも理屈なしの結果があの修羅場だしさ」


「ユリコ、私たちは同種の人間だと思う」


「……うん、情報機械インテリジェンスエンジンという種族」
「情報機械インテリジェンスエンジンか、そうかもしれないな」


「この先また君の生命にかかわる事態に置かれたとき、また君が非情残酷な結果を伴う決断を迫られるとき、私は今回と同じように君を送り出し、君もまたそれを望む。
それが繰り返され、加速していく。取り返しのつかない結末に到るまで。
今回そのことに気づかされて慄然とした」


「これからも私はユリコの同志で友人でありたい。私の活動に力を貸してしてほしいという気持ちも変わらない。だがそれを越えて君の傍らに立ってはならない男だ。初めは上手くいっても、いつか私は必ずユリコを不幸にしてしまうだろう」


「ユリコ、君は決して機械エンジンじゃないよ」


「希有な能力をもった強い人だが、悲しみ傷つき涙も流す、
こうして温もりもある、生きている人間の女性だ」


「君には人として幸福になってほしい」



「悔しいことにそれができるのはどうやら私じゃない」


「君も本当は分かっているはずだよ」



「ん?」


「あれ? わたしってひょっとして今フラれたのか?
告られて返事しないうちにフラれるってなに?」


「えっ、あれ? なんか非常に悔しいぞ」


ブッシュ大統領が「アルカイダ」が拠点としていたアフガニスタンへの報復軍事行動を決めると、「反テロリズム感情」で高揚した市民の「愛国心」に押されて、メディアの基調に変化が表れた。
当時のABCテレビとワシントン・ポスト紙の共同世論調査によれば、ブッシュ大統領の支持率は事件発生4日前には55%であったが、一気に31ポイント上がり86%に達した。軍事行動への支持率は93%であった。
街には星条旗があふれた。


ウェストバージニア州では、アフガニスタンへの軍事行動に反対し、反戦Tシャツを着て登校した15歳の女子高校生が停学処分となった。
コロラド州のボルダ―市立図書館では、館長が星条旗を掲げることに反対したところ、数千通の非難の投書が届いた。
メディアも「愛国心」の嵐に直撃された。


ABCテレビが9月17日に放送した深夜のお笑いバラエティ番組で、出演者の一人が、ブッシュ大統領がテロリストを卑怯者と呼んだことに関して、自らの大義に死ぬことが卑怯だろうかとの疑問を呈した。これに応えて司会者が「2000マイルも離れたところからミサイルを発射するわれわれの方が卑怯だ」と述べた。この発言にスポンサーをはじめ多くの抗議が殺到し、司会者は後日謝罪した。
ブッシュ大統領が事件発生後、ネブラスカ空軍基地に避難し、実質的に行方不明になったことを揶揄して、テキサス州の「テキサス・シティ・サン」紙のコラムニストが「悪夢のあと、大統領は母親のベッドに避難場所を探した」と書いたため解雇され、新聞社は謝罪記事を1面に掲載した。
──奥田良胤(NHK記者)
「9.11がジャーナリズムに問い続ける課題」 SpeakUp OVERSEAS 2016年10月1日


「白鳥? おい大丈夫か」
「あ、警視、お帰りなさい」

「どうした? 灯りもつけずに」
「あー、ちょっと考え事してたんで」
「紛らわしいことしないでくれ。治ったとはいえついこの間まで死にそうだったやつが真っ暗な中、いきなりちゃぶ台に横たわってたらギョッとするだろ」
「あーそうか、すんません。部屋暗くして夜景見ると落ち着くんですよ」

「ん? 今日はミスターオニールの葬式に行ったんじゃなかったか?」
「ええそうですよ。行ってきました」

「なんでそんな露出過剰のコスプレ着てるんだ?」
「えーと一応はこれ、喪服の……まーいろいろありましてこういうことに」


「警視、ここんとこやたら忙しそうですけど、どこで遊んでるんですか?」
「遊んでねーよ。最初に説明したぞ」
「あ、安心安定の聞いてませんでした。なんでしたっけ?」

「無任所理事官扱いで放し飼いの警視正どのと違って、ごくごく平均的な警視のおれは米国に滞在してる根拠が必要なんだよ。安藤さんのおかげで総領事館の警備対策官に骨折ってもらって、こっちの有事対応の視察って名目であちこち回らされてるんだ。明日も明後日もだ。日本にいるより忙しいくらいだ」

「いいじゃないですか。こっちにいろいろ人脈増えそうだし。わたしなんて人脈のおかげで今日まで生き延びてきたようなもんですよ」
「そろそろ視察のネタも尽きて帰れ圧力も強まってきたがな」


「警視正どのはいつになったら帰国するんだ? もう人事の方は大丈夫だぞ?」
「あと2つ3つすることがあって、それ終わったら日本に戻ります」
「しゃーない。もう少し粘るとするか。またもや一人で帰国したらこの大騒ぎのなか何しにアメリカまで来たか分からんならな」

「あの、警視、もしもですね……」
「なんだ?」

「いえ、なんでもないです」



「え、ホーさん、台湾に帰るの?」

「息子たちがニューヨークは危ないからとうるさくてな」


「兵士ザップ、危険をモノともせず勇猛果敢に春巻を売り続ける」
「いいからてめーはとっととベトナムへ帰れよ」

「こういう中国東南アジアと日本のジャンクフード会もやりおさめだな」

「だからみんな、兵士ザップが先週仕込んだのにテロの影響で売れなかった生春巻を、もっと食すべきである」
「こらザップ! 2週間も前の売れ残りかよ! 生ゴミ持ってくんな!」

「ユリコーも日本へ帰っちゃうの?」
「もうわたしがこっちでやる仕事はほとんどないしね」


「いちおう部屋は残しとくつもりだけど。あ、チュリポーンもみんなも超格安家賃は据え置きだから安心して」

「あの男の人、えーとケイシーさんだっけ?」
「ケイシーじゃなくて警視ね、名前じゃなくて肩書き」
「ユリコーがあの人を呼び寄せたから夫婦で永住するつもりかと思ってたよ」

「夫婦? あーいやいやあの人は夫じゃないから」
「じゃ恋人?」

「んー? そういうのでもないな。職場の先輩? 同僚、じいや?」

「セックスはしたのか?」
「直球すぎるよ! だからそういうのじゃないって」

「へーえ、あの人と一緒にいるときのユリコーの安心安定感半端なかったけどなあ」


「当然である。掃除洗濯や料理や買い物もぜんぶやらせていれば楽ちんである」
「まーユリコーは、家事ぜんぜんできないもんね」
「そうよな、ミスターケイシーが来てから見違えるように部屋が整理整頓されてきれいになっていったからのう」

「さて、そろそろお開きにしよか」
「なぜ春巻がすべて残っているのか」
「腐りかけの売れ残りだからだろーが! こらザップ! 生ゴミしれっとユリコーんちに置いていこうとすんな持って帰れ!」

「ユリコ小姐よ、何十年か余計に年食ってる老いぼれの独り言じゃが、」

「世事無常シーシーウチャン、聚散是緣シサンシーイェン」

「……うん、ホーさん、ありがと」

「さて、わたしも引き揚げるか」
「後片付けまで手伝ってくれてごめんね」
「あいつら毎度しれっと帰るからな」


「ウッドペッカーも夜勤だっけ」
「ウッドカッターだ。いい加減覚えろ」
「じゃ、そろそろわたしも荷造りの続きしよかな」


「シラトリ、おまえは隠し事が下手だな。なにを躊躇っている」



「わたしに頼みたいことがあるんだろう?」

「……やっぱりいいや、忘れて」

「ただし、ひとつ条件がある」
「まだ何も言ってないんだけど」

「おまえの考えてることくらい想像がつく。
オサマ・ビンラディンだろう?」



「だから、その頼みを引き受けるには、ひとつ条件がある」
【ウルトラ 文明之衝突之章 最終便】へとつづく









- 関連記事
-
- 【事件激情】ウルトラ 最終便 中段【POST - 9.11】
- 【事件激情】ウルトラ 最終便【POST - 9.11】
- 【事件激情】ウルトラCC 第48便【アメリカ炭疽菌事件】
- 【事件激情】ウルトラCC 第48便【アメリカ炭疽菌事件】
- 【事件激情】ウルトラCC 第47便【アメリカ炭疽菌事件】
スポンサーサイト
| 事件激情 | 00:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑