【事件激情】サティアンズ 第二十六解【地下鉄サリン事件】




終末論をかかげるカルトは世界に数多く存在する。
だが、自らの手で世界を終わらせようとしたカルトは、
ただひとつ、オウム真理教だけだ。
──ロバート・J・リフトン@精神医学者

1995年3月20日 月曜日
地下鉄サリン事件発生後──深夜
警察庁、どんより。
霞ヶ関中央官庁、とくに警察庁警視庁職員の大量虐殺ねらいのテロなのは明らか。
ニッポン警察も初めて直面する、既成概念の通じない敵だった。
で、2日後予定の強制捜査について、大激論が。
「それみたことか、サリンはあったじゃないか。もっとあったらどうする」
「2日後は危険、充分な態勢を整え直すため延期すべきだ」
「まだ都内でテロを仕掛けるつもりかもしれない。首都防衛に力を注ぐべきでは」
「Xデイを公表してるわけじゃないし、延期もやむなし」
という声が強くて、22日派は押され気味に。
そんな弱含みの空気を、
「なーにを怖じ気づいておるか!」
井上幸彦@警視総監
「これは警視庁、いや警察、いや国家への挑戦状!
警察を封じ込める目的で起こされたことは明白である!
この弱虫ー
ここで腰が引けて延期などすれば、警察が臆病風に吹かれたと思われる!
きゃつらの思惑どおりになるだけだわ!
きさまら警察官であろうっ。
びしィッ
偉そうな階級章は2階の売店で買ったオモチャか!?」
同じ頃──
オウム真理教も強制捜査カミングスーンを見越して、
去年つくった対強制捜査マニュアルに沿って証拠隠滅をはかる。
違法行為の証拠になる記録、帳簿、メモのたぐいはどんどん焼却。
失うとまずい科学技術省の記録類は、サマナが小分けにして持ち出せ。
「これを君に預ける。科学技術省の重要情報だ」
小林勝彦@科学技術省秘書
トリウム爆弾、レーザー砲戦車、反物質爆弾、人工雷、巡航ミサイル、金属イオン爆弾、氷爆弾──の設計図というか「やりたいなリスト」
科学技術省のトンデモ新兵器こそいちばんいらんと思うんだが。
地下鉄サリン事件の修羅場の余韻まだ残る、
聖路加国際病院

コツ、コツ、コツ──

コツ…─────────────キイイイ──


「警視どのー」
「渋谷くん、よかった無事で」
「よしよし」
「あーこらっ、もー髪に鼻水ついたじゃん!」

1995年3月22日に行われた対オウム真理教強制捜査までの、警察、自衛隊、そしてオウム真理教の動きは、公開された情報にもとづく。
登場する公官庁、企業、機関、組織、部局、役職もすべて実在する。
白鳥百合子、1107などこの色で示されるのは、架空の人物であり、実在する人物、事件、出来事と架空の彼らの交差する部分は、例によって創作全開ソースは妄想なんであるが、その内容には一応意図がある。
また、この色この形式*の人名は仮名である。


「白鳥警視に話がある」
高石和夫@警察庁警備局公安第1課長@白鳥百合子の上司
「こんばんわ、課長。こんなとこにおいでになる暇ないのでは?」
「彼はどうしたんだ?」
「泣き疲れて寝ちゃいました」
「君の携帯電話だ」
「すまなかった」
「あなたが謝らないといけない相手は私じゃないと思いますけど」
「強制捜査は延期せず、予定どおり22日決行と決まった」
「あら、てっきり皆さんパニクって延期かと思ってました」
「そうなりかけたが、総監の一喝で変わった」
「あー、あの人は戦国武将ですからね」

「──留守電で1107が助けを求めてます。対応は?」
「していない。事前に波風立てるのは好ましくないとの指示だ」

「今日はわざわざありがとうございました。
私の血圧が上がる前にとっととお帰り願えますか」
「備局長は君を黙らせたいようだ。気をつけろ」
「ねえ、このあいだ、あなたと話してたときだけど──」
「マハーカッサパ師の、ほらアメリカの、ヘリ免許の話したでしょ」
「あ、はい」
「あれね、自分で喋っといてなんだけど、あんまり広まらない方がいいの。
まだ他の人に話してないよね?」
「はい、もちろんです」
「よかった。このまま内緒にしておいてくれる?」
マチク・ラプドンマ師
会員番号20番@最古参信者。
1990年総選挙にも立候補した25人のひとり。
元イラストレーター、バブル華やかりし頃ばりばりギョーカイ人だった。
教団では編集・美術系のワークを担当。
富士山総本部道場の曼荼羅図を描いたのも彼女である。
入信前は岐部哲也@マハーカッサパ正悟師@もし平井堅がインド人だったらの恋人で。彼女の方が先にオウムにのめり込み、岐部は彼女を止めようと同行するうちにミイラ取りがなんちゃらかんちゃら。
古参のわりに知名度低く、ほぼ同期の早川、村井、新實、岐部らが大臣長官にまで出世したのとくらべると、彼女はずっと目立たず地味に中堅幹部のまま。
ただ真面目で修行スキルはわりと高く、周りから敬意を払われていた。
石井久子や都澤和子と似た古風な少女的美人だったんだが、なぜか麻原に重用されていない。彼女の何かが麻原のお好みに合わなかったと思われ。
「ねえ、さっきから顔色悪くない? 大丈夫?」
「…あの…サマナが、在家の人たちから、今朝の地下鉄の事件はオウムがやったと世間で言われてる、と聞いてきたんです。私、不安で」
「気持ちは分かる。でもみんなが動揺するからね。
あなたを慕ってる子はあなたが思ってる以上に多いんだから」
「……すみません」

「さ、ここよ」
「どうぞ、入って」
「電気電気、あ、あった」


「大事な資料を急に仕分けしないといけなくなったの。一人じゃ手に負えなくてさー。あなたなら仕事も早いし、ちょっと手伝ってもらえない?」
「は、はい。私でお役に立つのでしたら」
「ありがとう、助かる」
「スパイチェック」
「いま支部道場では一部の人が、特別な修行させられてるそうよ、
公安のスパイと疑われるサマナたちだけどね」
「不安なのは分かるけど、目をつけられないようにね」
「えー大久保より姐さんへ。イイオンナの無事確認」
「今のところは異状ないようです」
明けて、
3月21日 火曜日 強制捜査前日
南青山の総本部道場で教団が記者会見。
「假谷さん拉致事件、地下鉄サリン事件と教団は無関係」
「わからない事件をすぐに教団と結びつけるような報道はやめてほしい」
マスコミは慎重に「正体不明の犯人グループ」とだけ報道。
そして警察は、犯人についてなんも発表せず。不気味に沈黙したまま。
──────────「イイオンナです」
“無事でよかった。ひとつ訊く、
いま、危険を感じているなら正直に答えて”
「次の指示をください」
“……電話の下を見て”
「携帯電話が貼り付けてある」
「明日午前6時30分をもって宗教法人オウム真理教に対し、
目黒公証人役場事務長假谷清志逮捕監禁容疑での一斉家宅捜索に着手する」
捜索対象は、山梨県上九一色村富士ヶ嶺地区内および静岡県富士宮市内の教団施設約30棟、さらに都内にある施設13か所など計25か所。

富士山総本部 富士道場・第一・第四サティアン(郵政省)

第一上九 第二・第三・第五サティアン(法皇官房・印刷工場)

第二上九 第六サティアン(麻原彰晃・家族・幹部の住居、教団本部)・治療省棟
ヴィクトリー棟(自治省)・プレハブ工場群(科学技術省)

第三上九 第七サティアン(サリンプラント)・クシティガルバ棟(化学研究棟)
第六上九 第十サティアン(礼拝堂・児童居住区)・ジーヴァカ棟(細菌培養棟)


第四上九 第八・第十二サティアン(パソコン組立工場・銃器密造工場)
第五上九 第九・第十一サティアン(作業場・銃器密造工場)
第七上九 倉庫・ヴァジラパーニ棟

都内教団施設
南青山東京総本部・亀戸新東京総本部・世田谷道場・杉並道場など13か所
これまでの捜査によりますれば、上九一色サティアンに暮らす信者は約800人。
老人女子供もいるんで全員が戦力じゃないけども、このうち20人30人でもサリンと自動小銃もって籠城されるとかなり手ごわい敵になる。
地下鉄サリン事件発生からして危険度爆上げってことで、
関東管区機動隊<さらに800名追加招集。
機動隊だけで1800名という大軍にふくれあがった。

強制捜査総指揮>井上幸彦@警視総監@警視庁総合指揮所
現地指揮本部責任者>寺尾正大@捜査1課長
上九一色現場統括>山田正治@捜査1課理事官
上九一色+富士宮捜索部隊>約2000名
機動隊と警視庁捜査員にくわえて、山梨県警、警察病院医療班with硫酸アトロピン、さらに陸自化学学校自衛官@臨時兼職警察官。
都内教団施設捜索部隊>約500名。
機動隊、警視庁刑事・公安・生安捜査員。
総員2500名超え。刑事の家宅捜索としては異例中の異例の超大軍団。
強制捜査の大義名分は目黒公証人役場事務長拉致事件。
假谷さん救出保護のための家宅捜索令状と、
拉致ワゴンから指紋の出た拉致犯一味@松本剛の逮捕状。
表の優先事項は「假谷さんの救出」「松本剛の逮捕」
なので名目上の主役は大崎署「目黒公証人役場事務長拉致事件」捜査本部。
で、ほかはあくまで「捜査本部支援」@お手伝いし隊という建前。
お手伝いが本体の20倍くらいいるのはまあほれそういうもんじゃんね。
もちろん本音は>教団のサリン製造と地下鉄サリン事件関与の証拠をつかむこと。
假谷さんはどこにでも監禁されてる可能性があるため、
すべての教団施設をガサ入れできまくり、っつう理屈なんである。
おいちにいおいちにい
おお 都路の 治安の華ぞ ああ 正義 われら機動隊
先陣切って危険きわまるサティアン突っ込む役目は、
もちろん警視庁機動隊。
「着手後、ただちに軍用ヘリを包囲、信者を絶対に近づけず、離陸を阻止せよ」
「第七サティアンへの道幅は狭く、マスコミが群がると機動隊進入に支障が出るおそれがある。障害になりそうな行動をとる記者やカメラマンは容赦なく排除せよ」
問題はサリンによる反撃。
きほん液体だが外気にさらされるとすぐ気化、一瞬で広がる。
およそ110-120m以内にいる人間の半数が死亡、とされる。
なので、
前線だけでなく後方の捜査員、支援要員も防護服を着用する必要がある。
捜索部隊は一か所に集中するのは危険なんで、小集団に分散して配置すること。
と危機感あおる一方で、
「宗教法人でもあり捜査手法によっては物議を醸す恐れもある。力ずくの強行突破は極力するな。あくまで假谷さん保護を前面に出し、令状どおり決して無理押しすることなく粛々と捜索を行え」
制約だらけ。どないせえっちゅうねん。
一方、「22日決行」を知った自衛隊も動く──
「警察さんは自分らだけで鎮圧できるキリッとか言ってるけどぶっちゃけ無理っしょ」
今度の相手は極左過激派や暴力団、学生デモとは危険度の次元が違うし。
警察の態度は
「除染の汚れ仕事済んだら、自衛隊なんぞとっとと巣に帰りやがれ」
「でも専門家が必要だから、化学部隊の自衛官をとっとと貸しやがれ」
「あ、自衛官が捜査に参加するのは違法なんで警察官ってことにしてやるから」
的な恩知らず感ただようかんじだが。
やつらが自動小銃、サリン、ひょっとしたら持ってるかもしれないロシア製重火器をもって籠城ゲリラ戦を始めたら、
警察ではどうしようもなくなる。こっちに泣きつくしかない。
そう、我ら自衛隊の出番だ。
「自衛隊としては最悪の事態を想定して備える!」
自衛隊は生まれてこのかた、一度たりとも「治安出動」をしたことがない。
「治安出動」の準備だけで物議かもしまくりである。第二次朝鮮戦争の机上シミュレーションしたのがバレて国会で大騒ぎになった三矢研究騒動もあったし。
なので、
防衛庁内局と陸幕監部の間で、
ごく慎重に慎重に作戦は立てられた。ごくごく極秘裏に。
マスコミは気づかず、防衛庁の動きを「化学物質飛散した場合の災害派遣」の準備ていどにとらえていた。
だが実際には自衛隊初の治安出動、しかも全力で、
という大作戦が立てられてたんである。
サリン対策として、
特殊トレーラー「野外手術システム」はじめ医療部隊、
上九一色から5キロの北富士駐屯地に待機。
各方面隊の化学防護小隊も、演習の名目で上九一色に近い駒門駐屯地に待機。
さらに輪をかけて極々秘裏に、

富士山周辺および関東一円の各駐屯地から、
偵察ヘリ部隊、第1空挺団、普通科(つまり歩兵)連隊、化学戦部隊、高射砲部隊、さらに戦車部隊、即出動できるよう待機。
もし警察が阻止に失敗して、
オウムの軍用ヘリやラジコンヘリが飛び立ってしまったときは、
待ち構えた35ミリ高射機関砲@1分220発で撃墜する。
また他の地域でラジコンヘリが飛び立ったときは、
>無線妨害電波でジャミング作戦、


さらに対戦車ジェットヘリコブラの20ミリ機関砲(3000発/分)で>積んでるサリンごとラジコンヘリ木っ端微塵に。
ただし撃墜しても墜落地点がサリンに汚染される可能性大。
「とにかく首都中枢に絶対侵入させるな」
それって代わりにあることを意味するんだけども、そこは思考停止の約束だ。

さらにさらにオウム真理教が自動小銃などで反撃、>サティアンや支部道場に籠城、>警察が制圧失敗、>知事から「治安出動要請」が出た、ってときには、
ただちに輸送ヘリで地上部隊を急派、
上九一色サティアン群、都内施設をがっちり包囲封鎖。

「九十式戦車が乗り込んでサティアンを砲撃、

戦車を盾にしつつ化学防護服の普通科連隊がサティアンに突入、抵抗を排除する」
てのが当時極秘で立てられた「治安出動計画」で。
なんかすげー気分はマジプライベートライアンな内容である。
対オウム捜査は、なりゆきしだいで血みどろの内戦へ発展する危険まではらみつつ。
午後7時には、東部方面隊の第1師団、第2師団、方面航空隊に「第三種非常勤務」への移行発令。24時間出動可能にしておけ命令である。
その対象には最精鋭の第1空挺団も含まれていた。
第1空挺団のオウム自衛官@白井三曹、こっそり井上嘉浩@アーナンダに注進。
井上はオウム警官@小杉からのタレコミと第1空挺団の動きから、
強制捜査が明日だと悟る。
ふたたび聖路加国際病院
「警部、立場逆転ですね、へへ」
「……………」
「やっぱり、無理でした」
「結局なにも変えられなくて。大ぜい死なせて傷つけてしまった」
「じつは去年くらいから、本庁へ行くと、
つい覗いてしまう場所があるんですよね。
拳銃保管庫です。
何度も拳銃を持ち出そうとしました。3、4回? いえ、10回とかもっとです。
あの男さえ消えてなくなれば、すべて終わりにできる。
どうしても合法的に止められないなら、もうそうするしかない。
でも結局いつも手ぶらで帰るんです。勇気が無くて。
あ、これ初めて人に話しましたよ、はは」

「やってればよかった」
「警視殿の下手くそな射撃の腕じゃ──」

「──弾は外れるわ、麻原はかすり傷ひとつ負わんわ、宗教法人代表に対する警察官の殺人未遂という前代未聞の不祥事になるところだった。やらないで正解だ」
「え、あれ。お、起きてたんですか! やだ、人が悪いなー」
「おまえの独り言でかいんだよ」
「情けない。さんざんっぱらサリンのこと聞かされてたのにこのざまだ。
すまんな、肝心なときに手伝えなくて」
「え?」
「どうせ、またろくでもないこと企んでるんだろう」
「あ、バレました?」
「今度のは、シャレにならないかもですよ」
「言ったろ、やれるとこまでやればいい」
「──はい」
「だが、法は破るなよ」
「じゃ、できるだけちょっとにします」
「破るのかよ!」
その頃、渋谷はというと──
「この大事なときに、なんで選挙違反担当なの? 警視どのー!」
日付が変わり、
3月22日 水曜日
上九一色のサティアンや都内の支部道場から、次々とワゴンやトラックが走り出る。
ばたばたの刑事部は相変わらず監視ひとつ張りつけてない。
いちおう視察についてた公安部の車が慌てて追っかける。
が、
この時期になっても公安部は「これは刑事警察の事案だから」
あてつけのように大半の要員を統一地方選の選挙違反対策にふりむけてたんで。
人員も車も最小限杉るにもほどがあり、あえなく振り切られた。
公安の車が去ったあと、各教団施設から、

背にリュックのオウム信者たちがそろりそろりと現れ、
夜にまぎれて立ち去った。
去年11月につくった対強制捜査マニュアルどおりに絶賛証拠隠滅中である。
ここ富士山総本部でも──

「あ、待って」
「これも追加で入れてくようにって」
「あ、はい」
「気をつけてね」

“──はい、どちらさま”
「イイオンナです。いま出発しました。お土産も一緒です」
“うん、確認する。ありがとう”
「………あの」
「……地下鉄の、あれですけど──
あれは教団の、したことなんですか?」
「………ええ」

「……人のためになることしたくて入信したんですよね、私。
他のみんなも、そうでした。いえきっと今もです。
今だって外で言われてるような悪い人いないんです、ほんとです」
“ええ、そうだと思うよ”
「なのに、どうしてこんなことに?」
“私は外の人間だから、あなたたちの気持ちを理解できると言ったら嘘になる”
「でも、ほとんどの人が“どうして”を問うことすらやめて、
気づけないか気づかないふりをしていて。
その中であなたは踏みとどまって、自らよいと思う行動をした、そう思ってほしい」
「こちら駒込、感知しました」
「こいつ山道を歩いてますね」
“コマちゃん、このあたりは間道が多いから、見失わないように気をつけて”
「駒込班、了解」
「そういや、コマって警部補@班長だったよなあ。いつの間にかおれより上だ」
「思い出していただき恐縮ですわ、巡査部長」
「えー、では警部補、追尾にかかりますですか」
「急に気持ち悪いから。ですます要らんしコマでいいし」

電子の目で追われてることを知りもしない信者はせっせと山道を歩き、
山道に停まってるホンダインテグラのもとに到着。
運転席には小林勝彦@科学技術省秘書。
で、そういう荷運び信者が何人かやってきて。荷物を次々とインテグラに積み込み。
インテグラこそーり出発。
小林勝彦@科学技術省次官秘書の役目は、
ほとぼりが冷めるまで機密資料を抱えて旅人しつつ、
全国津々浦々の安全な場所に隠して回ること。
地下鉄サリン事件をこれまでの殺人のように
「ほとぼりが冷める」とか考えてるのが甘いんだが。
だが彼は知らない。
「よし、あれだ、該当車を確認」
「白のインテグラ、ナンバーは山梨57 ゆ──」
とっくにロックオンされてること。
そして予定外の積み荷も紛れ込んでること。
そのほんとは破棄焼却されるはずだった数枚の光ディスクには、
教団を崩壊へと導く「滅びの呪文」が刻み込まれてることも。
「駒込より永田町。当該車両はジャンクションを西へ向かった」
“では予定どおりでお願い”
「了解」
「なんでわざわざ逃がしちまうんだ?
いまひっ捕まえればお宝がさくっと手に入るのに」
「それだと私たちは公安の捜査員だから、公安部─警備局がお宝を手に入れる流れになるでしょ。でも警視はそのラインにお宝を独占させるつもりがないってことよ」
「え、そうなの?」
「そう、だから私たちは情けなくもあれを失尾するの。
あのインテグラは、警視庁以外の警備公安じゃない警察官に捕まる。
それが白鳥警視の狙い。
お宝は正規のルートで警察庁に報告されて、全体に共有される。
そうすれば上も公安得意の秘匿のしようがないから」
「でもそれって」
「そう、反逆そのものよ。だからバレたらまークビかな。
ここまでやるって、警視はよほどお偉方に愛想つかしたんだと思う。
「体調がああじゃなかったら私たちを巻き込まないで自分だけでやったんじゃないかな。今だって一人でぜんぶ責任かぶるつもりなんだと思う。そういう人じゃん」
「でも私はそれでもやるし。もしバレたときは私も逃げない。
あ、でも大久保はいまの話、知らなかったことにしてもいいよ」
「見損なうなコマ。おれだって姐さんに地獄までついてくぜ。
ああっどこ行ったインテグラ!」
「演技は要らんから」
とにかく“お宝”満載のインテグラは、西へ西へと──
3月22日 水曜日
午前3時55分──
自衛隊はさらに前のめりに。
青森発寝台列車に乗っていた玉澤防衛庁長官からゴーサインをもらい、
陸幕長が「陸乙般命第二七号電・陸上自衛隊幕僚長指示第三号」を発信。
東部方面隊全部隊に「不測事態対処態勢」が発令され、1万2000名が待機に入る。
「不測事態」とは「戦闘」のこと。
ひそかにひそかに、自衛隊は内戦突入カウントダウンに入っていた。
防衛庁@情報部門の要職には警察キャリアがお目付役として出向している。
とうぜんそこから警察庁にも自衛隊のきな臭い動きが耳打ちされる。
「自衛隊を治安出動させる事態があってはならん。
なんとしても警察の力で抵抗を抑えるのだ」
「出ろ」

杉マリコ*@妊娠中、牢獄コンテナから出される。
(私のほかにもこんなにたくさん監禁されてたんだ)
強制捜査で見つからないように、
“囚人”たちは牢獄コンテナから出され、第十サティアンの礼拝堂に集められ、
「おまえたち、これを飲むんだ」


“囚人”たち、オウム医師に言われるまま飲んで、
ばたんきゅー。眠りこける。
杉マリコ*も同じく眠りこけ
てなくて、マリコ*、
錠剤飲んだふりして舌の裏に隠していた。
きっと警察が来るんだ。
逃げるチャンスが絶対ある。

寝たふりしつつ、不屈の妊婦杉マリコ*、朝を待つ。
午前6時──
東京方面からやってきた警備車数十台の大集団が、
中央道河口湖インターを次々と通過。料金所のおっちゃんびっくり。

一方、対戦車攻撃ヘリ含む偵察ヘリ42機はじめ陸自の各部隊も、
上九一色近くの駐屯地に移動、出番を待つ。サリンに備えて治療隊と硫酸アトロピン入り注射器200本、除染部隊も待機。
さらに都内の不測事態にそなえて、別の治療隊が市ヶ谷駐屯地で待機する。
午前6時半──
強制捜査部隊車両群、上九一色村富士ヶ嶺地区に到着。
機動隊、捜査員がぞろぞろ降り立ち、
徒歩で各サティアンへと向かう。
機動隊も捜査員も、自衛隊から借りたミリタリーな化学防護服というものすごい光景。
國松長官「移動中は防護マスクを装着せず、迷彩柄の防護服も隠して行動するように」
機動隊は軍隊的な集団なんで、長官の指示に全員従ってるんだが、
デカたちは「やだよ死ぬじゃん」最初っからみんなフル装備である。
しかも今回、機動隊はもちろん捜査員全員が拳銃携帯でのぞむ。
日本の刑事はふつう捜査中も拳銃なんて持ち歩かないんだけども、
オウムはふつうの犯罪者じゃないんで。
さらに、
そんな大部隊の目立たない後ろの後ろの方に、
当時まだ内緒で秘密の存在だった黒服集団がこっそりひっそり紛れている。
対テロ特殊部隊「特科中隊SAP」@第六機動隊所属
ふつうの警察官とはちがって、サブマシンガン、スナイパーライフルで重武装。
オウム信者が自動小銃で応戦してきたばやい、
問答無用に射殺して排除。警察とっておきの隠し球である。
ちなみにこの秘密部隊、
この年おきた全日空ハイジャックで初めてテレビに映って世に知られ、
のちSATと呼ばれるんだが。それはまた別の話。
サリン工場と見なされる第七サティアンに先陣切って突っ込むのは、
最猛者といわれる「近衛のイッキ」「旗本イッキ」こと警視庁第1機動隊。

ペット店からかき集めたカナリヤさんたちも果敢に参戦。というか単に運ばれてる。

“こちら上九一色村から中継でお送りしています。
教団施設にいま機動隊が……”

“迷彩柄の防護服を着た機動隊が、あ、いま教団施設に──”
“静岡県富士宮市、オウム真理教富士山総本部前です。ここにも大勢の機動隊が──”

「令状を見せろー」「警察の権力乱用を許さないっ」

午前6時50分──

オウム真理教教団施設、一斉強制捜査、始まる。
【第二十七解 アイ ショット ザ ポリス】へとつづく

「それみたことか、サリンはあったじゃないか。もっとあったらどうする」
「2日後は危険、充分な態勢を整え直すため延期すべきだ」
「まだ都内でテロを仕掛けるつもりかもしれない。首都防衛に力を注ぐべきでは」
「Xデイを公表してるわけじゃないし、延期もやむなし」

という声が強くて、22日派は押され気味に。
そんな弱含みの空気を、
「なーにを怖じ気づいておるか!」

井上幸彦@警視総監
「これは警視庁、いや警察、いや国家への挑戦状!
警察を封じ込める目的で起こされたことは明白である!

ここで腰が引けて延期などすれば、警察が臆病風に吹かれたと思われる!
きゃつらの思惑どおりになるだけだわ!
きさまら警察官であろうっ。

偉そうな階級章は2階の売店で買ったオモチャか!?」

同じ頃──

オウム真理教も強制捜査カミングスーンを見越して、
去年つくった対強制捜査マニュアルに沿って証拠隠滅をはかる。

違法行為の証拠になる記録、帳簿、メモのたぐいはどんどん焼却。
失うとまずい科学技術省の記録類は、サマナが小分けにして持ち出せ。
「これを君に預ける。科学技術省の重要情報だ」

小林勝彦@科学技術省秘書
トリウム爆弾、レーザー砲戦車、反物質爆弾、人工雷、巡航ミサイル、金属イオン爆弾、氷爆弾──の設計図というか「やりたいなリスト」
科学技術省のトンデモ新兵器こそいちばんいらんと思うんだが。


地下鉄サリン事件の修羅場の余韻まだ残る、
聖路加国際病院

コツ、コツ、コツ──


コツ…─────────────キイイイ──





「警視どのー」


「渋谷くん、よかった無事で」
「よしよし」
「あーこらっ、もー髪に鼻水ついたじゃん!」

1995年3月22日に行われた対オウム真理教強制捜査までの、警察、自衛隊、そしてオウム真理教の動きは、公開された情報にもとづく。
登場する公官庁、企業、機関、組織、部局、役職もすべて実在する。
白鳥百合子、1107などこの色で示されるのは、架空の人物であり、実在する人物、事件、出来事と架空の彼らの交差する部分は、例によって創作全開ソースは妄想なんであるが、その内容には一応意図がある。
また、この色この形式*の人名は仮名である。



「白鳥警視に話がある」

高石和夫@警察庁警備局公安第1課長@白鳥百合子の上司

「こんばんわ、課長。こんなとこにおいでになる暇ないのでは?」

「彼はどうしたんだ?」
「泣き疲れて寝ちゃいました」

「君の携帯電話だ」

「すまなかった」

「あなたが謝らないといけない相手は私じゃないと思いますけど」

「強制捜査は延期せず、予定どおり22日決行と決まった」
「あら、てっきり皆さんパニクって延期かと思ってました」
「そうなりかけたが、総監の一喝で変わった」
「あー、あの人は戦国武将ですからね」

「──留守電で1107が助けを求めてます。対応は?」
「していない。事前に波風立てるのは好ましくないとの指示だ」

「今日はわざわざありがとうございました。
私の血圧が上がる前にとっととお帰り願えますか」

「備局長は君を黙らせたいようだ。気をつけろ」


「ねえ、このあいだ、あなたと話してたときだけど──」

「マハーカッサパ師の、ほらアメリカの、ヘリ免許の話したでしょ」
「あ、はい」
「あれね、自分で喋っといてなんだけど、あんまり広まらない方がいいの。
まだ他の人に話してないよね?」

「はい、もちろんです」
「よかった。このまま内緒にしておいてくれる?」

マチク・ラプドンマ師
会員番号20番@最古参信者。
1990年総選挙にも立候補した25人のひとり。
元イラストレーター、バブル華やかりし頃ばりばりギョーカイ人だった。
教団では編集・美術系のワークを担当。
富士山総本部道場の曼荼羅図を描いたのも彼女である。
入信前は岐部哲也@マハーカッサパ正悟師@もし平井堅がインド人だったらの恋人で。彼女の方が先にオウムにのめり込み、岐部は彼女を止めようと同行するうちにミイラ取りがなんちゃらかんちゃら。
古参のわりに知名度低く、ほぼ同期の早川、村井、新實、岐部らが大臣長官にまで出世したのとくらべると、彼女はずっと目立たず地味に中堅幹部のまま。
ただ真面目で修行スキルはわりと高く、周りから敬意を払われていた。
石井久子や都澤和子と似た古風な少女的美人だったんだが、なぜか麻原に重用されていない。彼女の何かが麻原のお好みに合わなかったと思われ。
「ねえ、さっきから顔色悪くない? 大丈夫?」

「…あの…サマナが、在家の人たちから、今朝の地下鉄の事件はオウムがやったと世間で言われてる、と聞いてきたんです。私、不安で」
「気持ちは分かる。でもみんなが動揺するからね。
あなたを慕ってる子はあなたが思ってる以上に多いんだから」
「……すみません」


「さ、ここよ」

「どうぞ、入って」


「電気電気、あ、あった」




「大事な資料を急に仕分けしないといけなくなったの。一人じゃ手に負えなくてさー。あなたなら仕事も早いし、ちょっと手伝ってもらえない?」
「は、はい。私でお役に立つのでしたら」
「ありがとう、助かる」

「スパイチェック」

「いま支部道場では一部の人が、特別な修行させられてるそうよ、
公安のスパイと疑われるサマナたちだけどね」

「不安なのは分かるけど、目をつけられないようにね」


「えー大久保より姐さんへ。イイオンナの無事確認」

「今のところは異状ないようです」

明けて、
3月21日 火曜日 強制捜査前日

南青山の総本部道場で教団が記者会見。
「假谷さん拉致事件、地下鉄サリン事件と教団は無関係」
「わからない事件をすぐに教団と結びつけるような報道はやめてほしい」
マスコミは慎重に「正体不明の犯人グループ」とだけ報道。
そして警察は、犯人についてなんも発表せず。不気味に沈黙したまま。



──────────「イイオンナです」
“無事でよかった。ひとつ訊く、
いま、危険を感じているなら正直に答えて”
「次の指示をください」
“……電話の下を見て”

「携帯電話が貼り付けてある」


「明日午前6時30分をもって宗教法人オウム真理教に対し、
目黒公証人役場事務長假谷清志逮捕監禁容疑での一斉家宅捜索に着手する」
捜索対象は、山梨県上九一色村富士ヶ嶺地区内および静岡県富士宮市内の教団施設約30棟、さらに都内にある施設13か所など計25か所。


富士山総本部 富士道場・第一・第四サティアン(郵政省)


第一上九 第二・第三・第五サティアン(法皇官房・印刷工場)


第二上九 第六サティアン(麻原彰晃・家族・幹部の住居、教団本部)・治療省棟
ヴィクトリー棟(自治省)・プレハブ工場群(科学技術省)


第三上九 第七サティアン(サリンプラント)・クシティガルバ棟(化学研究棟)
第六上九 第十サティアン(礼拝堂・児童居住区)・ジーヴァカ棟(細菌培養棟)



第四上九 第八・第十二サティアン(パソコン組立工場・銃器密造工場)
第五上九 第九・第十一サティアン(作業場・銃器密造工場)
第七上九 倉庫・ヴァジラパーニ棟


都内教団施設
南青山東京総本部・亀戸新東京総本部・世田谷道場・杉並道場など13か所
これまでの捜査によりますれば、上九一色サティアンに暮らす信者は約800人。
老人女子供もいるんで全員が戦力じゃないけども、このうち20人30人でもサリンと自動小銃もって籠城されるとかなり手ごわい敵になる。
地下鉄サリン事件発生からして危険度爆上げってことで、
関東管区機動隊<さらに800名追加招集。
機動隊だけで1800名という大軍にふくれあがった。

強制捜査総指揮>井上幸彦@警視総監@警視庁総合指揮所
現地指揮本部責任者>寺尾正大@捜査1課長
上九一色現場統括>山田正治@捜査1課理事官
上九一色+富士宮捜索部隊>約2000名
機動隊と警視庁捜査員にくわえて、山梨県警、警察病院医療班with硫酸アトロピン、さらに陸自化学学校自衛官@臨時兼職警察官。
都内教団施設捜索部隊>約500名。
機動隊、警視庁刑事・公安・生安捜査員。
総員2500名超え。刑事の家宅捜索としては異例中の異例の超大軍団。

強制捜査の大義名分は目黒公証人役場事務長拉致事件。
假谷さん救出保護のための家宅捜索令状と、
拉致ワゴンから指紋の出た拉致犯一味@松本剛の逮捕状。
表の優先事項は「假谷さんの救出」「松本剛の逮捕」
なので名目上の主役は大崎署「目黒公証人役場事務長拉致事件」捜査本部。
で、ほかはあくまで「捜査本部支援」@お手伝いし隊という建前。
お手伝いが本体の20倍くらいいるのはまあほれそういうもんじゃんね。
もちろん本音は>教団のサリン製造と地下鉄サリン事件関与の証拠をつかむこと。
假谷さんはどこにでも監禁されてる可能性があるため、
すべての教団施設をガサ入れできまくり、っつう理屈なんである。

おお 都路の 治安の華ぞ ああ 正義 われら機動隊
先陣切って危険きわまるサティアン突っ込む役目は、
もちろん警視庁機動隊。

「着手後、ただちに軍用ヘリを包囲、信者を絶対に近づけず、離陸を阻止せよ」

「第七サティアンへの道幅は狭く、マスコミが群がると機動隊進入に支障が出るおそれがある。障害になりそうな行動をとる記者やカメラマンは容赦なく排除せよ」
問題はサリンによる反撃。
きほん液体だが外気にさらされるとすぐ気化、一瞬で広がる。
およそ110-120m以内にいる人間の半数が死亡、とされる。
なので、
前線だけでなく後方の捜査員、支援要員も防護服を着用する必要がある。
捜索部隊は一か所に集中するのは危険なんで、小集団に分散して配置すること。
と危機感あおる一方で、
「宗教法人でもあり捜査手法によっては物議を醸す恐れもある。力ずくの強行突破は極力するな。あくまで假谷さん保護を前面に出し、令状どおり決して無理押しすることなく粛々と捜索を行え」
制約だらけ。どないせえっちゅうねん。
一方、「22日決行」を知った自衛隊も動く──

「警察さんは自分らだけで鎮圧できるキリッとか言ってるけどぶっちゃけ無理っしょ」
今度の相手は極左過激派や暴力団、学生デモとは危険度の次元が違うし。
警察の態度は
「除染の汚れ仕事済んだら、自衛隊なんぞとっとと巣に帰りやがれ」
「でも専門家が必要だから、化学部隊の自衛官をとっとと貸しやがれ」
「あ、自衛官が捜査に参加するのは違法なんで警察官ってことにしてやるから」
的な恩知らず感ただようかんじだが。
やつらが自動小銃、サリン、ひょっとしたら持ってるかもしれないロシア製重火器をもって籠城ゲリラ戦を始めたら、
警察ではどうしようもなくなる。こっちに泣きつくしかない。
そう、我ら自衛隊の出番だ。

「自衛隊としては最悪の事態を想定して備える!」
自衛隊は生まれてこのかた、一度たりとも「治安出動」をしたことがない。
「治安出動」の準備だけで物議かもしまくりである。第二次朝鮮戦争の机上シミュレーションしたのがバレて国会で大騒ぎになった三矢研究騒動もあったし。
なので、
防衛庁内局と陸幕監部の間で、
ごく慎重に慎重に作戦は立てられた。ごくごく極秘裏に。
マスコミは気づかず、防衛庁の動きを「化学物質飛散した場合の災害派遣」の準備ていどにとらえていた。
だが実際には自衛隊初の治安出動、しかも全力で、
という大作戦が立てられてたんである。

サリン対策として、
特殊トレーラー「野外手術システム」はじめ医療部隊、
上九一色から5キロの北富士駐屯地に待機。
各方面隊の化学防護小隊も、演習の名目で上九一色に近い駒門駐屯地に待機。
さらに輪をかけて極々秘裏に、

富士山周辺および関東一円の各駐屯地から、
偵察ヘリ部隊、第1空挺団、普通科(つまり歩兵)連隊、化学戦部隊、高射砲部隊、さらに戦車部隊、即出動できるよう待機。
もし警察が阻止に失敗して、
オウムの軍用ヘリやラジコンヘリが飛び立ってしまったときは、

待ち構えた35ミリ高射機関砲@1分220発で撃墜する。
また他の地域でラジコンヘリが飛び立ったときは、
>無線妨害電波でジャミング作戦、


さらに対戦車ジェットヘリコブラの20ミリ機関砲(3000発/分)で>積んでるサリンごとラジコンヘリ木っ端微塵に。
ただし撃墜しても墜落地点がサリンに汚染される可能性大。
「とにかく首都中枢に絶対侵入させるな」
それって代わりにあることを意味するんだけども、そこは思考停止の約束だ。

さらにさらにオウム真理教が自動小銃などで反撃、>サティアンや支部道場に籠城、>警察が制圧失敗、>知事から「治安出動要請」が出た、ってときには、
ただちに輸送ヘリで地上部隊を急派、
上九一色サティアン群、都内施設をがっちり包囲封鎖。


「九十式戦車が乗り込んでサティアンを砲撃、

戦車を盾にしつつ化学防護服の普通科連隊がサティアンに突入、抵抗を排除する」
てのが当時極秘で立てられた「治安出動計画」で。
なんかすげー気分はマジプライベートライアンな内容である。
対オウム捜査は、なりゆきしだいで血みどろの内戦へ発展する危険まではらみつつ。
午後7時には、東部方面隊の第1師団、第2師団、方面航空隊に「第三種非常勤務」への移行発令。24時間出動可能にしておけ命令である。
その対象には最精鋭の第1空挺団も含まれていた。

第1空挺団のオウム自衛官@白井三曹、こっそり井上嘉浩@アーナンダに注進。

井上はオウム警官@小杉からのタレコミと第1空挺団の動きから、
強制捜査が明日だと悟る。


ふたたび聖路加国際病院

「警部、立場逆転ですね、へへ」


「……………」
「やっぱり、無理でした」

「結局なにも変えられなくて。大ぜい死なせて傷つけてしまった」


「じつは去年くらいから、本庁へ行くと、
つい覗いてしまう場所があるんですよね。
拳銃保管庫です。
何度も拳銃を持ち出そうとしました。3、4回? いえ、10回とかもっとです。

あの男さえ消えてなくなれば、すべて終わりにできる。
どうしても合法的に止められないなら、もうそうするしかない。
でも結局いつも手ぶらで帰るんです。勇気が無くて。
あ、これ初めて人に話しましたよ、はは」

「やってればよかった」

「警視殿の下手くそな射撃の腕じゃ──」

「──弾は外れるわ、麻原はかすり傷ひとつ負わんわ、宗教法人代表に対する警察官の殺人未遂という前代未聞の不祥事になるところだった。やらないで正解だ」
「え、あれ。お、起きてたんですか! やだ、人が悪いなー」
「おまえの独り言でかいんだよ」

「情けない。さんざんっぱらサリンのこと聞かされてたのにこのざまだ。
すまんな、肝心なときに手伝えなくて」
「え?」
「どうせ、またろくでもないこと企んでるんだろう」
「あ、バレました?」

「今度のは、シャレにならないかもですよ」

「言ったろ、やれるとこまでやればいい」

「──はい」
「だが、法は破るなよ」
「じゃ、できるだけちょっとにします」
「破るのかよ!」

その頃、渋谷はというと──

「この大事なときに、なんで選挙違反担当なの? 警視どのー!」

日付が変わり、
3月22日 水曜日

上九一色のサティアンや都内の支部道場から、次々とワゴンやトラックが走り出る。
ばたばたの刑事部は相変わらず監視ひとつ張りつけてない。
いちおう視察についてた公安部の車が慌てて追っかける。
が、

この時期になっても公安部は「これは刑事警察の事案だから」
あてつけのように大半の要員を統一地方選の選挙違反対策にふりむけてたんで。
人員も車も最小限杉るにもほどがあり、あえなく振り切られた。
公安の車が去ったあと、各教団施設から、


背にリュックのオウム信者たちがそろりそろりと現れ、
夜にまぎれて立ち去った。
去年11月につくった対強制捜査マニュアルどおりに絶賛証拠隠滅中である。
ここ富士山総本部でも──

「あ、待って」

「これも追加で入れてくようにって」

「あ、はい」
「気をつけてね」

“──はい、どちらさま”
「イイオンナです。いま出発しました。お土産も一緒です」
“うん、確認する。ありがとう”
「………あの」

「……地下鉄の、あれですけど──
あれは教団の、したことなんですか?」

「………ええ」

「……人のためになることしたくて入信したんですよね、私。
他のみんなも、そうでした。いえきっと今もです。
今だって外で言われてるような悪い人いないんです、ほんとです」
“ええ、そうだと思うよ”

「なのに、どうしてこんなことに?」
“私は外の人間だから、あなたたちの気持ちを理解できると言ったら嘘になる”

「でも、ほとんどの人が“どうして”を問うことすらやめて、
気づけないか気づかないふりをしていて。
その中であなたは踏みとどまって、自らよいと思う行動をした、そう思ってほしい」

「こちら駒込、感知しました」




「こいつ山道を歩いてますね」
“コマちゃん、このあたりは間道が多いから、見失わないように気をつけて”
「駒込班、了解」

「そういや、コマって警部補@班長だったよなあ。いつの間にかおれより上だ」
「思い出していただき恐縮ですわ、巡査部長」

「えー、では警部補、追尾にかかりますですか」
「急に気持ち悪いから。ですます要らんしコマでいいし」

電子の目で追われてることを知りもしない信者はせっせと山道を歩き、

山道に停まってるホンダインテグラのもとに到着。
運転席には小林勝彦@科学技術省秘書。

で、そういう荷運び信者が何人かやってきて。荷物を次々とインテグラに積み込み。

インテグラこそーり出発。

小林勝彦@科学技術省次官秘書の役目は、
ほとぼりが冷めるまで機密資料を抱えて旅人しつつ、
全国津々浦々の安全な場所に隠して回ること。
地下鉄サリン事件をこれまでの殺人のように
「ほとぼりが冷める」とか考えてるのが甘いんだが。

だが彼は知らない。
「よし、あれだ、該当車を確認」

「白のインテグラ、ナンバーは山梨57 ゆ──」
とっくにロックオンされてること。

そして予定外の積み荷も紛れ込んでること。

そのほんとは破棄焼却されるはずだった数枚の光ディスクには、
教団を崩壊へと導く「滅びの呪文」が刻み込まれてることも。

「駒込より永田町。当該車両はジャンクションを西へ向かった」
“では予定どおりでお願い”
「了解」

「なんでわざわざ逃がしちまうんだ?
いまひっ捕まえればお宝がさくっと手に入るのに」
「それだと私たちは公安の捜査員だから、公安部─警備局がお宝を手に入れる流れになるでしょ。でも警視はそのラインにお宝を独占させるつもりがないってことよ」
「え、そうなの?」

「そう、だから私たちは情けなくもあれを失尾するの。
あのインテグラは、警視庁以外の警備公安じゃない警察官に捕まる。
それが白鳥警視の狙い。
お宝は正規のルートで警察庁に報告されて、全体に共有される。
そうすれば上も公安得意の秘匿のしようがないから」

「でもそれって」
「そう、反逆そのものよ。だからバレたらまークビかな。
ここまでやるって、警視はよほどお偉方に愛想つかしたんだと思う。

「体調がああじゃなかったら私たちを巻き込まないで自分だけでやったんじゃないかな。今だって一人でぜんぶ責任かぶるつもりなんだと思う。そういう人じゃん」

「でも私はそれでもやるし。もしバレたときは私も逃げない。
あ、でも大久保はいまの話、知らなかったことにしてもいいよ」

「見損なうなコマ。おれだって姐さんに地獄までついてくぜ。
ああっどこ行ったインテグラ!」
「演技は要らんから」

とにかく“お宝”満載のインテグラは、西へ西へと──

3月22日 水曜日
午前3時55分──
自衛隊はさらに前のめりに。
青森発寝台列車に乗っていた玉澤防衛庁長官からゴーサインをもらい、
陸幕長が「陸乙般命第二七号電・陸上自衛隊幕僚長指示第三号」を発信。
東部方面隊全部隊に「不測事態対処態勢」が発令され、1万2000名が待機に入る。

「不測事態」とは「戦闘」のこと。
ひそかにひそかに、自衛隊は内戦突入カウントダウンに入っていた。
防衛庁@情報部門の要職には警察キャリアがお目付役として出向している。
とうぜんそこから警察庁にも自衛隊のきな臭い動きが耳打ちされる。

「自衛隊を治安出動させる事態があってはならん。
なんとしても警察の力で抵抗を抑えるのだ」

「出ろ」

杉マリコ*@妊娠中、牢獄コンテナから出される。


(私のほかにもこんなにたくさん監禁されてたんだ)
強制捜査で見つからないように、
“囚人”たちは牢獄コンテナから出され、第十サティアンの礼拝堂に集められ、
「おまえたち、これを飲むんだ」


“囚人”たち、オウム医師に言われるまま飲んで、

ばたんきゅー。眠りこける。

杉マリコ*も同じく眠りこけ
てなくて、マリコ*、
錠剤飲んだふりして舌の裏に隠していた。
きっと警察が来るんだ。
逃げるチャンスが絶対ある。

寝たふりしつつ、不屈の妊婦杉マリコ*、朝を待つ。

午前6時──

東京方面からやってきた警備車数十台の大集団が、
中央道河口湖インターを次々と通過。料金所のおっちゃんびっくり。


一方、対戦車攻撃ヘリ含む偵察ヘリ42機はじめ陸自の各部隊も、
上九一色近くの駐屯地に移動、出番を待つ。サリンに備えて治療隊と硫酸アトロピン入り注射器200本、除染部隊も待機。
さらに都内の不測事態にそなえて、別の治療隊が市ヶ谷駐屯地で待機する。
午前6時半──

強制捜査部隊車両群、上九一色村富士ヶ嶺地区に到着。

機動隊、捜査員がぞろぞろ降り立ち、
徒歩で各サティアンへと向かう。

機動隊も捜査員も、自衛隊から借りたミリタリーな化学防護服というものすごい光景。
國松長官「移動中は防護マスクを装着せず、迷彩柄の防護服も隠して行動するように」

機動隊は軍隊的な集団なんで、長官の指示に全員従ってるんだが、
デカたちは「やだよ死ぬじゃん」最初っからみんなフル装備である。

しかも今回、機動隊はもちろん捜査員全員が拳銃携帯でのぞむ。
日本の刑事はふつう捜査中も拳銃なんて持ち歩かないんだけども、
オウムはふつうの犯罪者じゃないんで。
さらに、

そんな大部隊の目立たない後ろの後ろの方に、
当時まだ内緒で秘密の存在だった黒服集団がこっそりひっそり紛れている。

対テロ特殊部隊「特科中隊SAP」@第六機動隊所属
ふつうの警察官とはちがって、サブマシンガン、スナイパーライフルで重武装。

オウム信者が自動小銃で応戦してきたばやい、
問答無用に射殺して排除。警察とっておきの隠し球である。
ちなみにこの秘密部隊、
この年おきた全日空ハイジャックで初めてテレビに映って世に知られ、
のちSATと呼ばれるんだが。それはまた別の話。

サリン工場と見なされる第七サティアンに先陣切って突っ込むのは、
最猛者といわれる「近衛のイッキ」「旗本イッキ」こと警視庁第1機動隊。


ペット店からかき集めたカナリヤさんたちも果敢に参戦。というか単に運ばれてる。

“こちら上九一色村から中継でお送りしています。
教団施設にいま機動隊が……”

“迷彩柄の防護服を着た機動隊が、あ、いま教団施設に──”
“静岡県富士宮市、オウム真理教富士山総本部前です。ここにも大勢の機動隊が──”

「令状を見せろー」「警察の権力乱用を許さないっ」

午前6時50分──

オウム真理教教団施設、一斉強制捜査、始まる。
【第二十七解 アイ ショット ザ ポリス】へとつづく






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