【事件激情】サティアンズ 第四解【地下鉄サリン事件】



1. 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
──────────────日本国憲法 第20条

オウム真理教による犯行の経緯、警察の事件捜査は、原則公開された情報にもとづく。
ただし“丸メガネの女”はじめこの色で示されている警察官は、架空であり、
実在する警察関係者やオウム信者と彼女らの関わりは、創作全開ソースは妄想である。

いええいっ、やあああっ、
たあああっ、おおおっ、
たあッ

「あ、あ痛たたた、タンマタンマ!」
「よし、それまで!」



「ふう、いい汗かきました」

「いい汗って、やーやー叫んでるだけで途中ずっと座ってたろ。
佐々さんより息上がるの早いんじゃどうしようもないぞ」

「こら、聞こえとるぞ」
佐々淳行@突入せよ!あさま山荘事件


@元警察庁刑事局参事官@元防衛施設庁長官
@元内閣安全保障室長
@現 危機管理コンサル業とかいろいろ
「なぜおれが最低水準のような言われようなのだ」
「あ、これは失礼しました」

「しかし、土田先生、お元気そうで安心しました」
「心配をかけてすまなかったね」

「とんでもない、そのご心労に拍車をかけし不逞の輩がおると聞き、恩知らずにもほどがあるとこの佐々、大いに憤っております」

「え、誰ですか、それ」
“永田町1丁目の10”@警視

@警視庁公安部公安総務課 管理官
@警察庁警備局警備企画課に出向中
神奈川県警の志賀刑事を志賀ぴん、熊本県警の桑原署長をくわっち呼ばわりしてた1990年の秋から、4年ほどトシ食った“丸メガネの女”である。
その間に、警部>警視、1コ偉くなったんである。
「丸メガネの幽霊」
“本郷”@警部@警視庁公安部公安1課 係長(調査担当)
「このところ、あちこちに女の幽霊が出るそうだ。黒ずくめで背の高い丸メガネの女なんだと。神奈川、熊本、宮崎、千葉、名古屋、さいきんは松本に出たそうな」
「あらそうですか、そんなうわさ聞いたことないですけど」
「まったく! 引き立ててくださった土田先生に迷惑が掛かるとは考えないのか。君も今では組織人としてだな、然るべき階級に就いているのだから、いいかげん独断専行を控えなさい」
「えー、佐々さんにそれ言われても説得力ぜんぜんありませんけど」
「まったくああいえばこういう…、だいたいなんだ、なにごとも気ままに過ぎるぞ君は。総監ご夫妻に媒酌人までお願いして、瞬く間に離婚とはまったく。せっかくこのわたしが素晴らしいスピーチをして拍手喝采だったというのに」
「もーくどいご老人は嫌われますよ」
「架空のくせになんだとお」
「まあまあ佐々くん、ああいう男女のことは相性もあるからしかたないさ」
土田國保@元警視総監
@元防衛大学校長
「しかし城内くんの辞任はずいぶんと急だったね」
「ふん、5年でも10年でも長官の椅子に居座りそうな勢いでしたがね」
「次の長官は國松くんか、次長は井上くんなんだね」
「しかし井上は城内に好かれとらんですからね。似たもの同士でお互いそりが合わんのでしょう。城内は自分のこしらえたファミリーの菅沼、その次に同郷の垣見、杉田の順で後釜につけたいはずです。あの男はサッチョウ顧問におさまってこの先も院政を敷くつもりでしょうな」
「おじさま方は古巣の人事のうわさが好きですねえ」
「そういうおまえが一番好きだろ昔っから」
「そりゃあ我らがボスの人事は現場の動きを左右しますからね」
「つまり、現サッチョウの対オウムのぬるさが気に入らんのだよな。18年前からカルトの台頭に警鐘を鳴らしてた解析屋としては」
「まあ、ありていに言えばそうです」
この実在と架空人間入り交じるだべりの内容は、本筋に関係ないようでじつはのち対オウム捜査に大いに影響するんである。
「オウム真理教、か。さいきんテレビでもよく見るね。若者たちが多いそうだな」
「ふん、胡散臭いエセ坊主どもです。じき詐欺で引っ張られて終わるでしょう」
「あれ? 危機管理のエキスパートとは思えない楽観的なお言葉ですね」
「生意気な! 架空の分際で!」
「いつも同じ展開で争っておるな君らは」
「こいつは人としても警察官としても欠陥品ですが、先読みだけは当てますからね」
「わたし、ぜんぜんほめられた気がしないのはなぜでしょう」
「まさかソ連があれから15年もたずに消えてなくなるなんて最初に聞かされたとき信じられなかったし、予言どおりだった人民寺院の事件も驚きましたよ」
「人民寺院、ああ南米で集団自殺したあれかね。
あれは痛ましかったなあ。子どもまで大勢巻き込まれて」
「ええ、あれでカルトって連中を知りましたから。去年はウェイコのブランチダビディアンの籠城事件もあったでしょう」
「つまり我が国ではオウム真理教がそうした存在になりかねんというわけかね」
「坊主どもが警察相手に銃撃戦か? ここは日本だぞ」
「あれ? あさま山荘って、たしか日本になかったでしたっけ」
「ぬぬぬぬ」
「佐々さん、今日は会合があると言われてませんでしたか」
「おおおおおっいかーん、そうだった!
土田先生、本日はこれにて失礼致します!ε=ε=ε=ε=ヽ( ̄д ̄)ノ」
「あの人、いっつもバタバタしてますね」
「おまえなあ、佐々さんに毎回そう突っかかるなよ。いちおう佐々さん大先輩だろ」
「わたしはべつに何も。あの人が一方的に噛みついてこられるだけで」
「まあ、佐々くんはああみえて君を高く評価して気にかけてるよ」
「そうですか。しかしとくに嬉しくありません」
「君らはある意味似たもの同士だと思うがな」
「やめてください!
あんな自己顕示欲の固まりみたいなおっちゃんなんかちっとも似てません!」
「たしかに似てますね」
「ははは」
ぶー。
「まあ、いろいろ人は言うだろうが──」
「──君らしく君の信じることを。それがよいと思うね」
「……はい、ありがとうございます」
「こいつ、いつも土田先生にだけは超従順だからな、まったく」
「きっと警部も全力で助けてくれるだろう」
「ええ、ええ。全力で助けてもらいますので、総監のご助言どおり」
「あのーついでのように巻き込まんでください、総監」
「絹子も君らが来ると賑やかだと喜んでいるよ。気が向いたらいつでも来なさい」
「…なんか、総監ちっちゃくなっちゃいましたね」
「ま、あの人も現役退いてけっこう経つしな、いくら剣道の指導続けてるとはいえ」
「………」
「チヨダはなんでも知っている、か。誰にも言うなよ」
「分かってます。だから言ってないじゃないですか」
土田國保@元警視総監、こののち、膵臓がんでこの世を去る。享年77歳。
「鬼の目にも涙か」
「泣いてません」
「鬼は認めるんだな。ま、魔女も人の子か」
キリッ
「少しは警視さまに敬意を払いなさい、警部」
「おい無礼講のはずだろ、土田先生のお宅では」
「15秒前に敷地を出たからすでに俗世間です」
「ふん、それでは警視どの、
ブカレストで日本赤軍の浴田由紀子を見つけたのはご存じでありますかな?」
「え」
「さすがのチヨダもまだ知らんよな」
「日系ペルー人の偽パスポートで住みついてるそうだ。チャウセスクが倒れてあぶり出されたってとこだな。
近いうちルーマニア当局が旅券法違反で引っぱって、国外退去ってことで話がつきそうだと。ダッカ事件の超法規的措置以来18年ぶりに日本へ出戻り、で、また逮捕、連続企業爆破の裁判の続きが始まるな。いちおう知らせとくぞ」
「ふうん、そうですか」
「なあ、警視どのは、まだこだわってるのか」
「大道寺あや子に」
「…べつに」
「いつまでも引きずるな」
「ぜんぜん引きずってませんって。もう遠い過去です」
「なら、いいがね」
「そういや本富士署の“渋谷”をこき使ってるようだな」
↓
「ちょっと、あんた。そこで何やってるの?」
「え?」
「だから、そんなとこ登って、何してるの」
「え? いや、とくに、え?」
「降りてきなさい。交番で話聞くから」
「え、いや、ここだと見やすくて、いやあの、え?」
“渋谷”@巡査@警視庁本富士署 公安係
「“渋谷”が動いてるのも例のオウムの件でか」
「チヨダなんて機関は存在しません。だから詮索無用。公安デカならお分かりでは?」
「公安デカだからお分かりだぞ。警備局も公安部も宗教相手には動かん。もちろんチヨダもな。警視どのは歯がゆいかもしらんが」
「………」
「だから丸メガネの幽霊は、県警の公安じゃなく、
捜1のデカの前に現れては粉かけてるんだろ?」
「少なくともあの人たちは事件は鑑賞するものじゃなくて
解決するものだと知ってますから」
「チヨダの理事官はいま高石さんか。爆弾本部のときのおれみたいな心境だろうな。ま、あの人も運が悪かったと思って無事を祈るしかないか」
「人を災害みたいに」
「どうも今の上の方はキナ臭い。気をつけろよ。人手が必要ならおれに言え。渋谷だけじゃ危なっかしくてかなわん」
「優しいんですね」
「おまえにじゃない。オレに火の粉が降りかかると面倒だからだ。渋谷からヨソに洩れないように注意しとけ。あいつは警視どののためならなんでも喜んでやるようだが、どうも迂闊だからな」
「だから早く降りて来なさい!」
「え、でも、ぼく…公、え?」
「へへへ。彼、小動物みたいでなんか可愛いですよ」
「魔女に見込まれたか、あいつも可哀想に」
で、“本郷”はつづけてこうぶっこみかけて、
このあいだの城内長官の急な辞任、あれもおまえが仕掛けたんじゃないだろうな。
でもあやうく思いとどまるんである。
“永田町”に平然と

「はい、そうですけどそれが何か?」
と返されたら、
正直どんな顔していいかわからん“本郷”なんで。
その頃、長野県警では──
吉池松男@警部補、華麗なる独演会中。
「──メチルホスホン酸ジメチル。流通量が非常に少なく使い道もごく限られます」
「しかしサリンを生成するのに重要でして」
「えーサリンを生成するまでに数段階の前駆体を合成する工程が必要ですがメチルホスホン酸ジメチルを買えば工程を二つほどスキップできジメチルに五塩化リンを加熱反応させてメチルホスホン酸ジクロライド略してジクロを生成しフッ化ナトリウムを媒介にメチルホスホン酸ジフリオルド略してジフロに合成しますこれが最終前駆体でこのジフロとジクロの混合物にイソプロピルアルコールを──」
「………(゚⊥゚)」
「あ……管理官、ついて、こられてますか?」
「吉池警部補、君は理系なの?」
「は、大学でバケ学を少し」
「……聞いてるから続けてくれ」
えーこのメチルホスホン酸ジメチルの購入者はほとんど法人ですが、
ひとつだけ個人名がありました。住所は東京都世田谷区。
静岡県内の中堅商社を通して、東京の化学メーカーから買っています。
「ふむ、東京にいるのに、わざわざ静岡を経由して東京の業者から買う。
なにか購入ルートを隠したい理由があるな。それでこの世田谷の住所は……」
あ、それですが、じつは、自分そのう、有休使って先日行ってきまして。
いえ勝手に捜査に行ったんではなくてですね、あくまで東京遊覧の一環としてほんの一瞬通りすがりにちらっと。
その住所は個人の住宅ではありません。もちろん薬品会社でもありません。
なんだったんだ?
ある宗教法人の「世田谷道場」と称する施設でした。
旧長野地方裁判所松本支部庁舎(県宝)
もうひとつ、分かったことがあります。
じつはサリン事件がなければ、地裁松本支部で開かれるはずだった公判がありまして。
明治41年に二の丸御殿跡に建てられました
そのうち7月19日に予定されてた民事訴訟の判決ですが、
土地売買を巡る訴訟で、原告は松本市の地主、被告はオウム真理教。
昭和52年まで実際に使われてました
オウムであることを隠して買収と賃貸で土地を手に入れ、あとでバレて反対運動が起きますが、オウム真理教は「道場」開設を強行。ただし地裁が賃貸分を無効にしたんで、道場は予定より小さくさせられました。
明治の弁護士 蝋人形です
さらに地主が土地売買無効と立ち退きを求めてオウムを訴えました。
で、7月19日に、ようやく判決が出るはずでした。
どうやらオウム敗訴の公算が強かったそうです。
判事 この人も蝋人形です
しかし19日の判決は延期になりました。担当判事が出廷できなくなりまして。
なぜだ。
入院しました。サリン事件で裁判所宿舎唯一の被害者が裁判官で。
いまも療養中のようで、いつ公判が再開されるかは未定だそうです。
というわけで、立ち退き問題はうやむやのまま、相変わらずオウムの道場では信者らが元気に修行しています。
「管理官、おれに1班預けてください。なんなら3人でもいいです、いやおれ1人だけの1人班長でもいいですから、この線を追わせてください、お願いしますっ」
「じつはな、君が有休で抜けてる間に、部長から河野義行の逮捕状請求にゴーが出た」
「ええっ、じゃまさかもう…」
「それが、地検がうんと言わなくて断念した。地検が言うには起訴には根拠が薄弱だそうだ。改めて自供を是が非でも取れと部長からお達しが出た。別件で逮捕できないかいまネタを探してる」
「ダメですよそんなの! 真犯人はこいつらですって!」
「課長にはもう話したのか?」
「えっとですね、そのう、そこを管理官にお願いできないかと。これだけそろっても却下なら課長なんて今度こそ本物のクソですよ」
「本人の前でそれ言うなよ」
「へ?」
「ついてこい。課長と部長と本部長に今のことを説明してもらう」
「え、お、おれがですか?」
「メチルホスチルなんとかだらけで覚え切れん」
吉池警部補はふと、
そういや、“丸メガネ”からもらった手がかりもう一個あったわ。忘れてた。
山梨にある村の議事録だっけ。
えーとあれはなんだったか。あそこにあるオウム施設が迷惑だとか汚いとかなんとか、どこでも嫌われてるなオウムは。
あれ「かみくいしき」と読むんだったっけな。
【第五解 美女と野獣】へとつづく


@警視庁公安部公安総務課 管理官
@警察庁警備局警備企画課に出向中
神奈川県警の志賀刑事を志賀ぴん、熊本県警の桑原署長をくわっち呼ばわりしてた1990年の秋から、4年ほどトシ食った“丸メガネの女”である。
その間に、警部>警視、1コ偉くなったんである。
「丸メガネの幽霊」

“本郷”@警部@警視庁公安部公安1課 係長(調査担当)
「このところ、あちこちに女の幽霊が出るそうだ。黒ずくめで背の高い丸メガネの女なんだと。神奈川、熊本、宮崎、千葉、名古屋、さいきんは松本に出たそうな」
「あらそうですか、そんなうわさ聞いたことないですけど」

「まったく! 引き立ててくださった土田先生に迷惑が掛かるとは考えないのか。君も今では組織人としてだな、然るべき階級に就いているのだから、いいかげん独断専行を控えなさい」

「えー、佐々さんにそれ言われても説得力ぜんぜんありませんけど」
「まったくああいえばこういう…、だいたいなんだ、なにごとも気ままに過ぎるぞ君は。総監ご夫妻に媒酌人までお願いして、瞬く間に離婚とはまったく。せっかくこのわたしが素晴らしいスピーチをして拍手喝采だったというのに」
「もーくどいご老人は嫌われますよ」
「架空のくせになんだとお」
「まあまあ佐々くん、ああいう男女のことは相性もあるからしかたないさ」

土田國保@元警視総監
@元防衛大学校長

「しかし城内くんの辞任はずいぶんと急だったね」
「ふん、5年でも10年でも長官の椅子に居座りそうな勢いでしたがね」
「次の長官は國松くんか、次長は井上くんなんだね」
1994年7月12日、警察庁長官城内康光がいきなり季節はずれの急な辞任。
で、長官<國松孝次次長<井上幸彦長官官房長<関口祐弘大阪府警本部長、という具合に警察庁最高幹部の玉突き人事がバタバタ行われたばかり。

「しかし井上は城内に好かれとらんですからね。似たもの同士でお互いそりが合わんのでしょう。城内は自分のこしらえたファミリーの菅沼、その次に同郷の垣見、杉田の順で後釜につけたいはずです。あの男はサッチョウ顧問におさまってこの先も院政を敷くつもりでしょうな」

「おじさま方は古巣の人事のうわさが好きですねえ」
「そういうおまえが一番好きだろ昔っから」
「そりゃあ我らがボスの人事は現場の動きを左右しますからね」
「つまり、現サッチョウの対オウムのぬるさが気に入らんのだよな。18年前からカルトの台頭に警鐘を鳴らしてた解析屋としては」
「まあ、ありていに言えばそうです」

この実在と架空人間入り交じるだべりの内容は、本筋に関係ないようでじつはのち対オウム捜査に大いに影響するんである。
「オウム真理教、か。さいきんテレビでもよく見るね。若者たちが多いそうだな」
「ふん、胡散臭いエセ坊主どもです。じき詐欺で引っ張られて終わるでしょう」
「あれ? 危機管理のエキスパートとは思えない楽観的なお言葉ですね」
「生意気な! 架空の分際で!」
「いつも同じ展開で争っておるな君らは」

「こいつは人としても警察官としても欠陥品ですが、先読みだけは当てますからね」
「わたし、ぜんぜんほめられた気がしないのはなぜでしょう」


「まさかソ連があれから15年もたずに消えてなくなるなんて最初に聞かされたとき信じられなかったし、予言どおりだった人民寺院の事件も驚きましたよ」

「人民寺院、ああ南米で集団自殺したあれかね。
あれは痛ましかったなあ。子どもまで大勢巻き込まれて」


「ええ、あれでカルトって連中を知りましたから。去年はウェイコのブランチダビディアンの籠城事件もあったでしょう」
「つまり我が国ではオウム真理教がそうした存在になりかねんというわけかね」

「坊主どもが警察相手に銃撃戦か? ここは日本だぞ」

「あれ? あさま山荘って、たしか日本になかったでしたっけ」
「ぬぬぬぬ」
「佐々さん、今日は会合があると言われてませんでしたか」
「おおおおおっいかーん、そうだった!
土田先生、本日はこれにて失礼致します!ε=ε=ε=ε=ヽ( ̄д ̄)ノ」
「あの人、いっつもバタバタしてますね」

「おまえなあ、佐々さんに毎回そう突っかかるなよ。いちおう佐々さん大先輩だろ」
「わたしはべつに何も。あの人が一方的に噛みついてこられるだけで」

「まあ、佐々くんはああみえて君を高く評価して気にかけてるよ」
「そうですか。しかしとくに嬉しくありません」
「君らはある意味似たもの同士だと思うがな」

「やめてください!
あんな自己顕示欲の固まりみたいなおっちゃんなんかちっとも似てません!」
「たしかに似てますね」
「ははは」

ぶー。
「まあ、いろいろ人は言うだろうが──」

「──君らしく君の信じることを。それがよいと思うね」

「……はい、ありがとうございます」
「こいつ、いつも土田先生にだけは超従順だからな、まったく」
「きっと警部も全力で助けてくれるだろう」
「ええ、ええ。全力で助けてもらいますので、総監のご助言どおり」

「あのーついでのように巻き込まんでください、総監」
「絹子も君らが来ると賑やかだと喜んでいるよ。気が向いたらいつでも来なさい」

「…なんか、総監ちっちゃくなっちゃいましたね」
「ま、あの人も現役退いてけっこう経つしな、いくら剣道の指導続けてるとはいえ」
「………」

「チヨダはなんでも知っている、か。誰にも言うなよ」
「分かってます。だから言ってないじゃないですか」
土田國保@元警視総監、こののち、膵臓がんでこの世を去る。享年77歳。
「鬼の目にも涙か」
「泣いてません」
「鬼は認めるんだな。ま、魔女も人の子か」

「少しは警視さまに敬意を払いなさい、警部」
「おい無礼講のはずだろ、土田先生のお宅では」
「15秒前に敷地を出たからすでに俗世間です」
「ふん、それでは警視どの、
ブカレストで日本赤軍の浴田由紀子を見つけたのはご存じでありますかな?」

「え」
「さすがのチヨダもまだ知らんよな」


「日系ペルー人の偽パスポートで住みついてるそうだ。チャウセスクが倒れてあぶり出されたってとこだな。
近いうちルーマニア当局が旅券法違反で引っぱって、国外退去ってことで話がつきそうだと。ダッカ事件の超法規的措置以来18年ぶりに日本へ出戻り、で、また逮捕、連続企業爆破の裁判の続きが始まるな。いちおう知らせとくぞ」
「ふうん、そうですか」
「なあ、警視どのは、まだこだわってるのか」


「大道寺あや子に」



「…べつに」
「いつまでも引きずるな」
「ぜんぜん引きずってませんって。もう遠い過去です」
「なら、いいがね」

「そういや本富士署の“渋谷”をこき使ってるようだな」
↓

「ちょっと、あんた。そこで何やってるの?」

「え?」
「だから、そんなとこ登って、何してるの」
「え? いや、とくに、え?」

「降りてきなさい。交番で話聞くから」
「え、いや、ここだと見やすくて、いやあの、え?」

“渋谷”@巡査@警視庁本富士署 公安係
「“渋谷”が動いてるのも例のオウムの件でか」
「チヨダなんて機関は存在しません。だから詮索無用。公安デカならお分かりでは?」
「公安デカだからお分かりだぞ。警備局も公安部も宗教相手には動かん。もちろんチヨダもな。警視どのは歯がゆいかもしらんが」
「………」
「だから丸メガネの幽霊は、県警の公安じゃなく、
捜1のデカの前に現れては粉かけてるんだろ?」

「少なくともあの人たちは事件は鑑賞するものじゃなくて
解決するものだと知ってますから」
警察庁警備局、警視庁公安部はじめ公安警察は、オウム真理教にギリギリまで手を出さなかった。オウムは全国あちこち複数県にまたがって事件やトラブルを起こしてたんで、警備局が全国一律統制し、県境関係なく動ける公安流がじつは最もふさわしいにもかかわらず。
いちおう警視庁公安部のみが、1991年亀戸異臭騒動@じつは炭疽菌大量殺人未遂が起きた段階で、人員わずかながら都内3か所あるオウム拠点の定点監視をはじめていて、情報が少しずつ蓄積されていた。
だがあくまで念のための情報集めで、それ以上踏み込むこともなかったんである。
「公安の敵は左右の翼」という古い価値観から抜け出せなかった。
だからオウム犯罪を捜査したのは地方の刑事部門や防犯部門だった。だが刑事捜査は、伝統的に地方のデカたちに任されてて、警察庁刑事局は仕切らない。
だからデカたちは他県のデカとろくに情報共有もできないまま、バラバラにオウムと対決することになってしまった。
さらに警察ぜんぶが、条件反射的に「宗教法人」をアンタッチャブルにしていた。
そんなこんなで、対オウム捜査は手ぬるく、ずるずる立ち遅れたんである。

「チヨダの理事官はいま高石さんか。爆弾本部のときのおれみたいな心境だろうな。ま、あの人も運が悪かったと思って無事を祈るしかないか」
「人を災害みたいに」
「どうも今の上の方はキナ臭い。気をつけろよ。人手が必要ならおれに言え。渋谷だけじゃ危なっかしくてかなわん」

「優しいんですね」
「おまえにじゃない。オレに火の粉が降りかかると面倒だからだ。渋谷からヨソに洩れないように注意しとけ。あいつは警視どののためならなんでも喜んでやるようだが、どうも迂闊だからな」

「だから早く降りて来なさい!」

「え、でも、ぼく…公、え?」
「へへへ。彼、小動物みたいでなんか可愛いですよ」
「魔女に見込まれたか、あいつも可哀想に」

で、“本郷”はつづけてこうぶっこみかけて、
このあいだの城内長官の急な辞任、あれもおまえが仕掛けたんじゃないだろうな。
でもあやうく思いとどまるんである。
“永田町”に平然と


「はい、そうですけどそれが何か?」
と返されたら、
正直どんな顔していいかわからん“本郷”なんで。


その頃、長野県警では──
吉池松男@警部補、華麗なる独演会中。
「──メチルホスホン酸ジメチル。流通量が非常に少なく使い道もごく限られます」

「しかしサリンを生成するのに重要でして」

「えーサリンを生成するまでに数段階の前駆体を合成する工程が必要ですがメチルホスホン酸ジメチルを買えば工程を二つほどスキップできジメチルに五塩化リンを加熱反応させてメチルホスホン酸ジクロライド略してジクロを生成しフッ化ナトリウムを媒介にメチルホスホン酸ジフリオルド略してジフロに合成しますこれが最終前駆体でこのジフロとジクロの混合物にイソプロピルアルコールを──」

「………(゚⊥゚)」
「あ……管理官、ついて、こられてますか?」
「吉池警部補、君は理系なの?」
「は、大学でバケ学を少し」
「……聞いてるから続けてくれ」

えーこのメチルホスホン酸ジメチルの購入者はほとんど法人ですが、
ひとつだけ個人名がありました。住所は東京都世田谷区。
静岡県内の中堅商社を通して、東京の化学メーカーから買っています。

「ふむ、東京にいるのに、わざわざ静岡を経由して東京の業者から買う。
なにか購入ルートを隠したい理由があるな。それでこの世田谷の住所は……」

あ、それですが、じつは、自分そのう、有休使って先日行ってきまして。
いえ勝手に捜査に行ったんではなくてですね、あくまで東京遊覧の一環としてほんの一瞬通りすがりにちらっと。

その住所は個人の住宅ではありません。もちろん薬品会社でもありません。
なんだったんだ?

ある宗教法人の「世田谷道場」と称する施設でした。

もうひとつ、分かったことがあります。
じつはサリン事件がなければ、地裁松本支部で開かれるはずだった公判がありまして。

そのうち7月19日に予定されてた民事訴訟の判決ですが、
土地売買を巡る訴訟で、原告は松本市の地主、被告はオウム真理教。

オウムであることを隠して買収と賃貸で土地を手に入れ、あとでバレて反対運動が起きますが、オウム真理教は「道場」開設を強行。ただし地裁が賃貸分を無効にしたんで、道場は予定より小さくさせられました。

さらに地主が土地売買無効と立ち退きを求めてオウムを訴えました。
で、7月19日に、ようやく判決が出るはずでした。
どうやらオウム敗訴の公算が強かったそうです。

しかし19日の判決は延期になりました。担当判事が出廷できなくなりまして。
なぜだ。

入院しました。サリン事件で裁判所宿舎唯一の被害者が裁判官で。
いまも療養中のようで、いつ公判が再開されるかは未定だそうです。
というわけで、立ち退き問題はうやむやのまま、相変わらずオウムの道場では信者らが元気に修行しています。

「管理官、おれに1班預けてください。なんなら3人でもいいです、いやおれ1人だけの1人班長でもいいですから、この線を追わせてください、お願いしますっ」
「じつはな、君が有休で抜けてる間に、部長から河野義行の逮捕状請求にゴーが出た」
「ええっ、じゃまさかもう…」
「それが、地検がうんと言わなくて断念した。地検が言うには起訴には根拠が薄弱だそうだ。改めて自供を是が非でも取れと部長からお達しが出た。別件で逮捕できないかいまネタを探してる」
「ダメですよそんなの! 真犯人はこいつらですって!」
「課長にはもう話したのか?」
「えっとですね、そのう、そこを管理官にお願いできないかと。これだけそろっても却下なら課長なんて今度こそ本物のクソですよ」
「本人の前でそれ言うなよ」
「へ?」
「ついてこい。課長と部長と本部長に今のことを説明してもらう」
「え、お、おれがですか?」
「メチルホスチルなんとかだらけで覚え切れん」

吉池警部補はふと、
そういや、“丸メガネ”からもらった手がかりもう一個あったわ。忘れてた。

山梨にある村の議事録だっけ。
えーとあれはなんだったか。あそこにあるオウム施設が迷惑だとか汚いとかなんとか、どこでも嫌われてるなオウムは。

あれ「かみくいしき」と読むんだったっけな。
【第五解 美女と野獣】へとつづく





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