【事件激情】県警対14歳 Vol.9【酒鬼薔薇聖斗事件】





この文字色の人物*は仮名である。
さらにハリウッド的意味のトゥルーストーリー度は増大中。
特命専従班の存在と活動は、公開された記録の一部に残るが、
刑事のキャラクターは架空である。
磯江アサコ*の遭遇した事件の展開は、ほぼ記録に忠実である。
ただし、
警察が、彼女と事件を知った時期・経緯は、
とある理由から書かれた通りではなく、
聞き込みのエピソードも丸っと架空である。
しかし、捜査の流れ、彼らの行動の結果などは、公開された記録にもとづく。



翌朝のテレビ、新聞、
酒鬼薔薇聖斗 第二の犯行声明で炸裂。
当然ながら神戸新聞が最も詳しい記事を載せていた。
兵庫県警本部の深草刑事部長はマスコミの取材に、
「まだ断定はできないが、犯人が送ってきた可能性は十分にある。現在筆跡を鑑定中である」
とだけコメントした。

例によって警察某なんちゃらからのリークをもとにした憶測報道が入り乱れた。
「下書きにワープロ使用か。『本命』など変換ミスのまま書いていることから」
「『嘘』の字体から、下書きに使用されたのは大阪の某社製ワープロ専用機」
「ゾディアック事件との共通点」


最後の「ゾディアック」は、1968~74年、サンフランシスコを跋扈した連続殺人鬼。
暗号付き犯行声明を新聞社に送ってきた。
○に+のマークがプチ似てるってことで酒鬼薔薇の犯行声明文も暗号だという説だが…。

プチどころかまったく似てない。
ただちなみにまだ肉筆の酒鬼薔薇マークは公表されてないんで、
会見などから、こんなかんじかしら、と各媒体がつくったマークは、
たいていこんな感じになっちゃってるのだった。

大草原の小さな家かよ。
ゾディアックマークはこっちにはプチ似てるんだけどね。
■
「三つの野菜を潰します」を重く見て、徳永参事官率いる警戒対策班は須磨ニュータウンの幼稚園跡地に現地指揮所を急設。パトロール体制を強化した。
さらに大阪府警、京都府警にもヘルプを頼んだ。縄張りとかメンツとか言ってられなくなった。近畿の府県警を統括する近畿管区警察局つまり警察庁が世論(と首相官邸の動き)を気にしてせっついたからだった。
警察庁──
関口祐弘長官、第二の挑戦状の巻き起こした騒動を受けて、
「解決しないと警察は要らないと言われる」
と檄を飛ばす。

須磨警察署の捜査本部も捜査員たちが慌ただしく行き来する。
そういや捜査本部から昨日までいた顔が何人か消えてたけれども、人の出入りはよくあることなので、さして気にされなかった。
その消えた“何人か”は、
須磨ニュータウン内のとあるマンションの一室にいたんだが。

極秘/須磨区男児殺人・死体損壊遺棄等事件捜査本部 特命専従班
捜査対象/日向シゲル*@14歳 中学3年生

班長/本部刑事部捜査第1課強行犯第5係 安東*警部補
以下
同捜査第1課、同機動捜査隊、須磨署刑事1課より9名
その中には、


日向シゲル*を公園で職質した宍戸*松笠*刑事、


2月3月事件との関連を洗ってた伊丹*高浜*刑事も。
刑事罰の対象にすらならない14歳の少年を捜査対象にしてると知れたら、それこそマスコミが餓狼のごとく殺到するだろう。捜査は台無しになる。どころか人権問題になりかねない。
絶対に洩れてはあかんってことで、
彼ら特命専従班は須磨署には顔を出さず、県警が借り上げたマンションの一室を別働捜査本部として泊まり込みで、
マスコミはもちろん他の捜査員すら知らない幽霊部隊となった。
彼らの存在を知るのは、山下捜1課長、小林署長ら捜査幹部の一部だけ。
県警本部でも本部長、刑事部長ら最高幹部数人、そして口の堅い秘書官のみ。
専従班の顔ぶれや別働捜査本部の場所まで知ってるのはさらに極々少数。
捜査本部と専従班をつなぐ窓口は課長補佐の五十嵐*警部ただひとり。
さらに山下捜1課長は念押しで、

「五十嵐*くん、幹部連には君から報告書を配布することになる。で、面倒ですまんけど、一通ずつ、微妙に変えてくれ。核心に関わる重要な部分でなしにちょっとした数字や名前の字などをな」
もし日向シゲル*の捜査情報が外に洩れたときは、報告書の微妙な違いが指紋のごとく働いて、誰からのリークかすぐ突き止められる。
敵を欺くにはまず味方から。スパイ映画じみてるけども、そのくらい外に知れたらあかん極秘捜査だからして。
五十嵐*警部も山下と付き合い長いのでいろいろ行間読んで、
「それはリストどおりでよろしいので?」
(行間読むと=中田本部長と深草部長ら“お客さん”宛も含むので?)
山下課長ニコリともせず。
「しかるべくやれ」
“お客さん”を心から信用するお人好しはノンキャリにはいない。
という前置きのもとに──
1997年
6月9日
月曜日
──事件発生から14日

須磨ニュータウン
某マンション内の隠れ家的別働捜査本部

特命専従班9名だけの捜査会議絶賛開催中。
「タンク山での実況検分はどうやった」
「それがくたびれもうけですわ。マスコミがうろつく前にと朝4時に現地に着いたんですが、なんといたんですテレビ局が。4時ですよ?」
「まったく、やつらどんだけ早起きなんだよ」
「明日は3時から入りますわ」
「そんな時間、真っ暗やろ。どうやって検分するんや、懐中電灯ピカピカやとったら余計目立つやんか」
特命専従班はマスコミや他の捜査員ともニアミスしないよう、苦心して隠密行動してるんだが、これだけ団地に警官とマスコミがあふれてるんだからかなり難易度が高い。
それでも、
日向シゲル*の周辺関係はだいたいつかめてきた。

両親、亮一*@44歳と琴絵*@44歳
亮一*は重工業大手勤務の電気配線技師。

神戸の造船所で潜水艦の電気配線担当。
夫の学歴と勤務先と子どもの進学先と就職先を比べるのが大好きな近所のママ友連中には、一部上場企業の管理職だから一流大学出だろうと思われてて、妻の琴絵*もそのように振る舞ってるが、じつは中卒である。
九州の離島出身。島を出て中卒で技能職として入社したのである。
琴絵*は専業主婦。
彼女本人は神戸生まれだが、母親(シゲル*の祖母)が亮一*と同じ島出身で同郷の縁での見合い結婚だった。
この両親の間に3兄弟。

長男シゲル*@友が丘中3年生
次男ソウヘイ*@同1年生
三男ユキオ*@多井畑小6年生
三男ユキオ*は、殺された淳の幼なじみ、
次男ソウヘイ*は淳の兄と同学年である。

彼ら5人の暮らす2階建ての戸建て住宅。
この家、もともと琴絵*の母親つまりシゲル*の祖母さい*の家。
祖母さい*は理容師として女手一つで娘たち(琴絵*と妹尚子*)を育てたあと、北須磨団地が開発されたときにこの家を買い、余生を過ごしてきた。
長女琴絵*の一家は北区にある亮一*の勤務先の社宅で暮らしていたが、祖母さい*が年取ったからか、シゲル*が小学校に上がる年に一家はここに引っ越し、同居を始めた。
シゲル*が小5の頃、祖母さい*は肺がんの検査入院中に急死。
で、そのあともひきつづき一家5人はこの家で暮らしてるわけだ。
さすがに日向*家に直接聞き込みってわけにもいかないから相当に回りくどく、ごくごく秘密裏に情報を集めた。じつにまどろっこしい。

シゲル*は5月半ばから学校へ行っておらず、家でぶらぶらしてるようだった。
「登校拒否ってやつですかね」
「最近は不登校言わないかんらしいぜ。拒否いうとなんか悪いことっぽいそうや」
「ふん、要は学校行っとらんってことやろ」
安東*班長が、では次、と、
「日向シゲル*の学校に行くのは?」

おれと高浜*組です、と伊丹*刑事が手を上げて、
「1クラス分、作文借り受けてきますわ」
シゲル*の作文を筆跡鑑定するのである。もちろんアポなし。警察の訪問は常にアポなし鉄則。
わざわざクラス全員分を借りるのは、シゲル*のだけ借りて、誰にねらいをつけてるか学校側に特定されないためだった。

「先生はこじらせると厄介だから接し方には気ぃつけてな」
「分かってます、言い逃れできんようにぎゅうぎゅう言わしてやりますわ」
「それがまさにあかん言っとるんや」


友が丘中学の教頭は、刑事バディに押しかけられて困惑かつ迷惑そう。
「お返しいただけるんでしょうね」

作文のファイルを差し出す。露骨にしぶしぶ。
まあ大喜びでくるくる回りながら渡せとは言わんけどさ。
学校関係者は校内を不可侵の聖域のように思ってるし、まずたいていは警察嫌いだから、
無遠慮に入り込まれて、しかも生徒のプライバシーに関わるものを、しかも×2、殺人事件の捜査に引き渡すというのは忸怩たるもんがあるんだろう。
ん、それだけじゃないな──伊丹*脳の片隅にメモ。それ以外にも協力したくない理由がありそうや。
さりげにかつ露骨にふってみる。
「そういえば、以前もこちらに生徒のアルバムを見せるよう頼まれたことがあったそうですなあ。そのときも見せられたんですか」

「ああ、あのときのことですか。いいえ、生徒のプライバシーもありますので丁重にお詫び申し上げてお引き取りいただきました」
「ふうむ、しかし我々にはこうして作文を提供してくださるわけで」
むっとしてる。権威に屈した弱虫と思われるのが悔しいようで。
なんやこの教頭の顔、どことなく昆虫を思い出すな。カマキリとかコオロギとか。
「仕方ありませんわ、警察の方々に事件の捜査のためと言われては。ですからアルバムのことで来られた親御さんにも、まず警察に被害届を出してほしい、とお願いしました。その後、夜8時までお待ちしてたんですが、結局来られませんでした」
残業も警察のせいだといわんばかりの昆虫。
その顛末は伊丹*も高浜*もとっくに知ってる。
2月中落合通り魔事件で、
村雨フジコ*の父親

が乗り込んだ件だからだ。
「それは大変でしたな。しかし教頭先生、4か月も前の話やのに、よう覚えとられますな、居残った時間まで」
疑われたと思ったのかまたまたムッ、
「いやあの日は特別でしたから覚えとるだけです。
なにしろ同じような話が続け──

そこで教頭は口をつぐんだけども手遅れ。
はいドボン。
「ほーーう、同じような話が続けて? 生徒のアルバムを見せろいう事件が同じ日に続けてあったんですか」
「あ、いやそちらは事件というわけでは」
無視。「ひとつはこちらの生徒に殴られた娘さんの父親がアルバムで顔写真をチェックさせろ、と乗り込んできた話ですな。それは警察も把握してます。
で、もうひとつの同じような話とは何ですか」
「いやお待ちください。そのお嬢さんを叩いたのが当校の生徒と決まったわけやありません。当校の制服に似た上着の若い男だったというだけです。当校の生徒が犯罪者やと決めつけるような仰り方は──」
無視。「で、もうひとつの話とは何ですか。そちらにもやはり協力を拒まれたので?」
「いえ、あのーそのー、これから所用がありますんで今日はお引き取り願えますか」

「ええ、帰ります。質問に答えてくださればもうただちに。で、もうひとつの依頼も断ったので? 犯罪捜査への協力を1日に2度も拒まれたので?」
高浜*が横からくいくい袖を引いた。やりすぎですって。
もちろん無視。
「い、いや、そんなことは。犯罪とか事件とか大それたことやないんです。そちらの件は私ではありませんが、教務主任が依頼を受けて、アルバムを閲覧させました」
「ほう、一方はれっきとした傷害事件やいうのにすげなく断って、なぜ事件でもないもう一方には言いなりにアルバム見せたんですか。あーそうか相手がよほど逆らえん大物やったとか?」

「失礼じゃないか、あなた!
いくら警察の方といえ無礼にもほどが」
ひきつづき無視。
「で、なぜそちらの相手にだけアルバム見せたんですか」
「み、見せても問題ない相手だからです」
「なんで問題ないんですか。同じやないですか、外部の人間に見せたなら」

「外部じゃない!
当人も相手も当校の生徒やから
問題ないんですっ」

あ…
伊丹*はおだやかーに、
「ほうほう、で、その当人と相手の生徒とは何者で?」
教頭の名誉のために付け加えると、本人はこんな間抜けではないし、昆虫でもない。
ただし、彼ら学校首脳陣のやったことやらなかったことは結局こういうことだった。
■
中落合の集合住宅の一画、

昆虫からしぶしぶ教えられた、
“当人”こと磯江アサコ*の自宅。
人のよさそーなたぶん母親が出てきて、警察ってことと用向きを伝えるとあわあわして。娘はまだ学校に行ってまして──。
ああそうですか、すみませんねえ、それじゃ待たせてもらって構いませんか。
もちろんしゃべってるのは伊丹*じゃなくて、若くて当たりもソフトな高浜*刑事の方。女性それも女子高生相手にさっきの教頭みたいにぺちゃんこにしたら通る話も通らなくなる。
やがて、
「ただいまー」

「おかーちゃん、めっさハラ減ったー、シリかゆいしームヒあるう? ねえ見てホラ、こんなとこ刺されてん。
あ、え、お客さん? ぎゃーいややー! す、すすみませんっ、
し、仕切り直してくださいっ」
仕切り直しで現れた磯江アサコ*は、
刑事と話すってことでちょっと緊張気味。

「あのう、すみません、わたしは一人でも構へんのですけど、おかーち…い、いえ母が立ち会いたい言うんです」
いやいや、お母さんもどうぞご一緒に。と高浜*は母娘に微笑み返し。
未成年を保護者抜きで聴取してあとでこじれるのもアレだし。
今年3月、アサコ*は友が丘中を卒業して、いま高校1年生。
だから2月10日にあった事件は、彼女が中3で卒業直前のこと──。

最初は2月5日──

“そいつ”に気づいたのは、
高校受験を終えて報告のためトモチューに寄って、それも済んで中落合の自宅へ向かう帰り道。

誰か尾けてくる。
うーんなーんか空気ヤバいな。周り人おらんしなあ。
なので途中、次の角を曲がった瞬間に

アサコ*、ダッシュ!
そのまま市営住宅3階にある自宅へと一気に駆け込んだ。
終わりの方は息が切れて。くっ、なまった。部活引退してから全力で走るなんてなかったし。不覚や。

で、そっと窓から外の様子を窺うと、

向かいの棟の前できょろきょろしてる男子がいた。ぜえぜえいって。
トモチューの制服、見知らぬ顔。
しばらくウロウロしてたけど諦めたのか去っていった。
なんやあれ、キっショいなあ。
その男子がまた現れたのは、
1日おいて2月7日──

夕方、アサコ*はひとりで家に。
洗面所で着替えしようとしてると

玄関の方で、

カチャ──
ん?

おにーちゃんが帰ってきよったんかな。でも早いよな。
おかーちゃんもまだのはずやし。
足音立てないよう玄関に歩み寄って、耳をすまして。
しーん
ドアの外に誰かおる気配がする。
宅配だったら無言なのも変やし。
もしかして泥棒?
って、げ、あかんっ、

カギかけてへんー!
ノブがゆっくりゆっくり回って

そーっとドアが開き始め
ヤバっ!
とっさに、

向こうが驚いて手離したのかドアノブが、カチャン、元に戻った。
アサコ*、ドア思いっきり閉め。

速攻で内鍵! チェーン!

するとすぐ

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ


おとといの“あいつ”だ。
無表情のままノブをガチャガチャやってる。
アサコ*は家中のカギを全部締めて回って、
武器! 武器になるもん!
お、おにーちゃんの部屋に──あらへん!
もーヘタレ! 男なら武器くらい部屋置いとけバットとか!
男子ってなんや意味なく金属バットとか部屋にあるもんやん!
そや、も、物置に!
あーもー! なんでくるくるモップしかあらへんの?!
ええいっ、えーわこれで! カドが当たれば痛いやろ!

くるくるモップを手に、電話の子機(ケータイ普及してませんの時代)もひっつかんで、
玄関が見通せる窓際に立った。
あいつがもし無理矢理入ってきたらベランダに出てそっから隣の家へと逃げるつもり。

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ


──行った?
確かめに行く勇気、さすがにない。
そのまま家族が帰ってくるのを待った。ちなみにケータイ普及前夜のポケベル時代。
まもなく帰ってきたおにーちゃんは、くるくるモップ振り上げて仁王立ちの妹に迎えられてびっくりである。

……う、これマジやばいシャレんならん。
気丈なアサコ*だけどもこれさすがに怖い。
なので、
友だちのノリ子*に連絡して、しばらく一緒に帰ってもらえへん?と頼んだ。
で、週明けの月曜日
2月10日
午後4時頃

「ホントごめんなあ、遠回りやのに」
「ええよええよ話とかしていけるし、ええよ」
アサコ*とノリ子*は約束どおり中落合まで一緒に帰り中。
ときどき後ろを窺ったけども、あいつの姿はない。
ちょっとホッ。諦めたんかな。
ノリ子*がわざとアホな話とかしてくれて救われる。ノリ子*ありがとー。

ホントありがと助かるごめんね、えーて気にすんな、じゃまた明日なー、
とノリ子*と別れて、

自宅のある棟に近づきかけ
あ、

いる。
階段の踊り場。
ひっ、しまった! 待ち伏せ!
何秒か血の気が引いた。
けど、

まだこっちに気づいてない!
アサコ*は音を立てないように回れ右して、

アサコ*、ダッシュ!
別れたばかりのノリ子*に追いついた。
「ノリ子*ノリ子*ノリ子*! あいつあいつあいつがおった!」
「なんやて!」
「今、団地の階段で待ちよるっ」
「おしっ任せとけ!」
急いで戻ると、

踊り場のあいつぽかん。2人来たので面食らったらしい。
ノリ子*怒鳴る。
「あんたっ」

「ちょっと、あんた! ここ降りて来いや!」
あいつ、おとなしく降りてきた。そしたら──すごく小柄で驚いた。
160ちょいのアサコ*とそんなに変わんないし、元バスケ部のノリ子*より明らかにちっちゃい。ナヨッとして華奢。あれ──なんか意外。
「なんやのあんた!」
「なんでこの子につきまっとってるんや!」

あ、え、えーと、いかん、当のわたしが気張らんでどうすんの。
「あ、あんた、この間から何度もわたしのこと尾けてたやろ」
「ぐぉら、なに黙っとるんっ」

「あんたトモチューやろ! 名前は!」
あのーごめんノリ子*めっさありがとうやけどめっさ怖いよ。
「ん…、名前…?」
「そや! 男らしゅう名乗り!」
「…水木や」
水木?
アサコ*は反射的に相手の靴を見た。

学校指定の靴のかかとにしっかりマジックで苗字。
「ウソ! 日向*って書いてある!」
「あ、ホントや」

「なにが水木や!!誰やそれ!
なんちゅー往生際悪いやつや!」
“あいつ”改め“日向*”は手を上げて、

「ま、待って、待って。ちょっ、待って。今から説明するから」
持ってた補助バッグをがさごそ探り出した。
その瞬間、アサコ*、

あかん!
前のめりになってるノリ子*の袖を引いて、
「行こ」
「え、なんで? これからやん」
「ええから!行こ」

友だちを引きずるように駆け出した。
日向*とかいうやつはその場に置き去り。

「なにこれ。なんでっ、なんであたしらが逃げるん?」
「あいつ、武器持ちよる!」
「え、なんで分かるん、そんなことっ」
「分からんけど分かるっ!」
2人は走る。店1軒ありゃしないのがもどかしい。
で、けっきょくトモチューまで戻った。
このとき、午後5時少し前。
職員室に2人して飛び込んで教務主任に、

「先生、アルバム!」「2年のアルバム見せて!」
「は? な、なななんやおまえら急に?」
なんのこっちゃ分からへん教務主任に、アサコ*とノリ子*は先週からさっきまでの経過を3倍速で説明して、
「というわけで、あの子、うちの生徒や!」
「日向*って苗字や。3年と違うわ、知らん顔やもん。たぶん2年や」
「だから顔覚えてるあいだに早よアルバム見せてください!」
「ほら! 先生、ぽけっとしとらんと早よして!」
磯江アサコ*が日頃きちっとした生徒だったってこともあるし、女子2人が肩で息しつつ血相変えて迫りくるしで、
教務主任は言われるがままアルバムを差し出した。

「えーと、ひなたひなたひなた──」

「この子や」
「あ、そうそうこいつこいつ! まさにこいつや!」
日向シゲル*
教務主任は驚いて、日向*家に電話した。
このとき午後5時過ぎ。
日向シゲル*はすでに帰宅してたらしく。
先生は日向*の親に事情を説明して学校に呼んだ。
ばったり外であいつと顔合わさんよう念のためノリ子*と一緒に職員室で待った。アサコ*のおかーちゃんが車で迎えに来てくれて2人ともそれぞれの家に帰った。
もうノリ子*にもノリ子*の両親にもホント平謝り。
ええよええよアサコ*ちゃんが無事でよかった、と親子そろって言ってくれるのが余計に申し訳なくて、思わず泣いてしまった。
そしたらノリ子*ももらい泣き。2人抱き合って号泣。

うちに帰ってきてしばらくすると、
日向シゲル*の母親から謝りの電話があった。
おかーちゃんが電話で話した。
日向シゲル*の言い分は、
「学校の廊下で新しい靴を踏まれた。謝らせようと思った」

知らへんわそんなこと。てか嘘やろ。なんでその場で言わんと何回も尾行したり家に勝手に入ろうとしたりすんの。おかしいわ。
で、母親同士の電話をうかがってると、どうも向こうの母親が息子(つまりシゲル*)と一緒に謝りに来たいと言ってるみたい。

で、ムダに人のいい我が母はあらまあそうですかオホホホとかなんか和んでるしどうぞ遠慮なくおいでくださいなとか言ってしまいそうで、
アサコ*的には、冗談やない!
おかーちゃんはあいつをじかに見てないからそんなノン気なんやともー冷や冷やもんで、
そしたら案の定、
「なあ、先方が息子さん連れて謝りに来たい言っとうやけど、どうする?」
アサコ*速攻、

「来ていらん」
おかーちゃんも娘の剣幕にただことでなしと思い出したらしい。
当たり障りなさそげな社交辞令をつらつら述べ述べてまあ要するに断って電話を切った。
あいつ、なんやったの。
痴漢とかレイプとかやりそうって感じやなかった。
もちろんそっちだって絶対イヤなんやけど。
そういう男のやらしっぽさは、なぜかあいつには感じなかった。
でも怖くなかったってわけじゃない、うまく言えないけれども、
あいつのどこまでも無表情な顔に、
アサコ*はもっともっと原初的な恐怖を感じたのだった。

それからしばらく、外出時には防犯ブザーとか持つようになったし、
ノリ子*も一緒に登下校してくれた。もうホントごめん。
でも、それきりつけ回しも待ち伏せもなく。
まもなくアサコ*はトモチューを卒業して高校に通うようになったしで──

「あれ以来、“あいつ”の姿は見てないんです」
すみません、お役に立てなくて、と小さくなる。
母親が横で、なんやのアサコ*、それじゃまるでおかーちゃんアホみたいやん、とかぶーぶー言い出して。そやから聞かんでええ言ったのに! ていうかなんで開口一番言うのそこなん!? とか母娘で言い合ってる。

高浜*はすっかり感心。いやこの子すごいやないか。
聞いててかなり危険な瞬間が少なくとも4度はあったのに、察知力ととっさの機転と行動がどれもこれ以上ないってほど的確だった。大人でもなかなかこの子みたいにできるもんじゃない。
いや偉いよー。
一方、伊丹*、

感心どころじゃねえ。
あのとき、日向シゲル*、
この中落合にいやがった。
2月通り魔事件とほぼ同じ時間帯、現場のきわめて近くに。
「ちょっと確認します。お嬢さんは午後4時過ぎに踊り場にいるその男子生徒を見つけたと。友だちと2人で問い詰めてたのはどのくらいの時間かな。30分くらい? もっと長い?」
「30分ってことはないと思います。もっと短い時間でした。たぶん10分とか長くても15分くらい」
「友だちと2人で逃げて、男子生徒は追ってくる風でしたか。それとも逃げる風でしたか」
「夢中で後ろ見る余裕なんてありませんでした。だからどうやったかは分からないです。…すみません」
時間的にも距離的にも、辻褄が合う。
南中落合|磯江アサコ*の団地
南南▼
南落合橋|2月通り魔の現場
南南▼
南友が丘|日向シゲル*の自宅
まさに通り道にある。それぞれ1キロ以内。
2月通り魔は、通り魔目的でなく、別の理由で中落合に来ていた。
その理由、これやったんや。

日向シゲル*は2月5日、7日、10日の少なくとも3回、中落合にやって来ていた。
磯江アサコ*をつけ回すために。
2月10日は先回りして待ち伏せ、
逆にアサコ*とノリ子*にとっちめられる。──4:0X~4:20?
2人に置き去りにされて、助けを呼ばれると思ったろう。
だからやつは自分の家へ逃げ帰る。

その途中で松風シホ*と村雨フジコ*に出くわして、
衝動的に殴って逃げる。──4:30
犯行後、なに食わぬ顔で家に帰る。──5:00前
友が丘中学の教務主任から自宅に電話。──5:00過ぎ
ヘドが出るほどおれの見立てとぴったりやないかクソッ。
んなことはおくびにも出さんと、
「いやー大変参考になりました。お嬢さんじつにしっかりしてらっしゃる。うちにも年の近い息子がおりますが、まるでアホですわ」
「ところで我々がこうしてお話を伺いに来たこと、当面は誰にも話さんでもらいたいんです。くれぐれも。いちおう相手も未成年で微妙な問題ですし」
と付け加え、
刑事2人は母娘に礼を述べて引き上げた。

「いやー、ほんとよくできた子でしたね」
「なにニマニマしとる。ロリコンか。捕まるなよ、架空でも一応警察官なんやし」
「できた子やって褒めただけやのになんでそうなるんすか。セクハラですやん」
「…あのう、ところで伊丹*さん、なんでこんなのろのろ歩いとるんですか?」
「早足じゃ追いつけんくなるしな」
「は?」
と言い終わらないうちにぱたぱたサンダルの鳴る音、
「あのっ」
アサコ*が急ぎ足で追ってきた。
「おー、忘れもんかね」
「あの……」

「あいつ、犯人なんでしょう?」
あまりに不意打ちストレートで2人とも絶句。
しかもその「犯人」というのが2月通り魔事件ってことだけじゃないのは、
アサコ*の思い詰めた表情からも分かる。
この子、自分のためにならんくらいカンよすぎや。
誤魔化すこともできた。いやいやこれは誰にでもひと通り聞く話だからね、とか。捜査員にはそういう定型文のストックがいろいろある。
じっさい高浜*は女子ども向けの優しくも曖昧な笑みを浮かべてそう言おうとし
たのを、なぜか伊丹*は遮って、
「なんで君はそう思うんかな」

「あのあと、竜が台でも通り魔あったやないですか、女の子が亡くなったやつ」
それで前にこの辺でも小学生の女の子たちが殴られてたって聞いて、それがわたしのときとおんなじ日やったから、うちの近くやったし、もしかしたら──って引っかかってて。
でも犯人は20歳くらいのシンナーやっとるやつやったっていうし、あの男の子が殺された事件の犯人はがっちりした大人やってテレビで言っとったし、ああやっぱりあいつは関係ないんやと思ってたけど。
でもさっき話を聞いて今は──
「でも、今は、どうや?」
伊丹*はつづけて、
「“あいつ”は、やれたと思うか」
アサコ*はしばらく黙ってたけども、
おそろしく真剣な顔で、

「はい」
高浜*戸惑う。この2人なにを話してるんだ。さっきから禅問答みたいに──
伊丹*は、そっか、そう思うんか、とつぶやき、
「我々もな、彼が3つの事件に関係してるとみて調べてる」
高浜*が横で、え、いいんですか、という顔。
やっぱりそうなんや、とアサコ*は力なくつぶやき、

「わたしがあんとき逃げたりせんで、あいつ止めればよかったんかな。そしたらあの女の子たちは襲われんかった。それかもっと早く警察にあいつのことを教えてれば、きっとあの殺されちゃった男の子だって……」
「んなわけあるか、
ガキが生意気言うんやないわボケ」

アサコ*びっくり。
高浜*もびっくり。
え、泣きそうな女子高生にボケはないんでは?
伊丹*いかめしい顔のまま、
「そんなの身の程知らずもええとこや。あんとき君と友だちが調子こいとったら何があったかわからんのやぞ。もし友だちが大ケガしとったらどうするつもりやった」
「あ──」
なにしろ日向シゲル*のガサゴソやってた補助バッグの中身はアサコ*が直感したとおり凶器だったはずだ。
すぐあと小学生女児2人を殴ったショックハンマー、ことによると3月事件の鉄製ハンマーとナイフも、男児の首を切り落とした正体不明の刃物も。
3度の邂逅でひとつでも判断を間違ってたら、アサコ*は最初の犠牲者になってたに違いない。

「でも、それでも、わたし、何かできたんやないやろか」
「なに言うとる。君はいつも一番ええ行動しとった。聞いてて感心したわ。現役の警察官でも君ほどにやれるか分からんくらいや。たとえばこいつには無理や。責任逃れの才能ばっかり磨きよる」
と高浜*を指す。
「ひどいなあ」
高浜*ぶーたれである。まあでもそれでこの子が少しクスッとしてくれたからいいか。
「ええか、君以上にやるのは誰だって無理や。あとの事件だって君のせいやあらへんしな。君がしっかり考えて動いたから、君も友だちも、なんものうて無事やった。君の家族も、友だちの家族も悲しまんで済んだ。それで今日こうやって警察と話もできてるやないか。そやろ。
よって君がやったことが正解なんや。
警察に知らせるのも無理だ。何十日も経っとるうえに、報道でやかまし言いよるのがシンナーマンやガチムチのおっさんやではその男子生徒と結びつかんのがふつうや」
「…そうやろか」
「そうやろかやない、そうや。君であかん言い出したら、
おれら警察はどんだけあかんのですかってことや。
2月事件は今日やっと君んとこに来れたし、3月竜が台なんてまだこれからやぞ。遅すぎや、情けないわ。
君はほんとよう気が回るけど、予言者や超人やあらへん。
ほんとはわかっとるはずや。どのみちできんかったことを気に病むな。
君のおかげで、警察は大助かりです。これは本当やで。だからもっと凄いやろわたしとか威張っとるもんや」

「はい」
「あーそのな、おれが今バラした捜査の話だが、警察ん中でもまだ極秘中の極秘なんや。君やから教えた」
「はい、言いません誰にも、分かってます。母には伝え忘れたことがあるって言って出てきたんです。今の話をおかーちゃん知ったら大騒ぎやし」
あーしもた。あは、顔メタメタや。あはは、おかーちゃんになんて言お。
アサコ*はぺこんと頭を下げ、
「変なこと言ってすみませんでした」
「んなの構わん。おーそれからな。こういうとき、あとでしんどくなることもあるそうや。君みたく責任感強すぎるとよけいや。だからもし悪い夢見たりとかな、しんどい思うたら、この人に電話するとええわ」

「県警の相談係に田中っちゅうおばさんがおってな。あ、そうか、あの人、今、別んとこやった」

田中デカ長は特殊犯の助っ人で土師家に詰めているはずだ。
「出たやつに伝言しときゃ、田中デカ長がきっちり対応してくれるわ」
「田中デカち…?」
「まあ君がトシ食ったみたいな人や。デカ長呼ぶと怒るからおもろいんや。まあそれはええわ。伊丹*っちゅう架空のおっちゃんから聞いたと言えば通じるわ。ええな、我慢せんでええぞ」
はい、ありがとうございます。

「刑事さん、わたし、うまく言えへんけど、
あいつ、よくない。
あいつを捕まえたってください」
「任せとけ」
駆け戻っていくサンダルのぱたぱた音を聞きつつ、
「念のためこの付近の巡回を増やすよう五十嵐*補佐に頼んどくか」
「伊丹*さん」
「なんや、その目は」
「伊丹*さん、めっさええ人みたいやないですか」
「うるさいわ。みたいが余分や」
「僕のことロリコンやの捕まるやのさんざおちょくっといて、なに知らん間に女子高生と心通じ合わせとるんですか」
「人間力の差や」
「女子高生に極秘捜査バラしちゃうし、ありえへんですよ」

「あるんや。架空の刑事やからな」
「どこ見てるんですか」
「あの子なら洩らさんわ。署長の前で自分だけ助かろうとしたどこぞの卑怯モンより百億万倍信頼できるわ」
「それもう勘弁してくださいよ」
「ふん一生言い続けたるで。架空の一生やけど」
あの子に感謝だ。この一連の事件、初の信頼おける目撃者だ。
ポリ袋男とかシンナーマンとかあやふやなのやない、何人もが関わって裏もきちっと取れる存在証明や。
これで日向シゲル*と2月通り魔事件がグッと近づいた。
「あの昆虫め、つけ回しと通り魔が関係あると気づいてて隠しとったな」
だが今はまだ昆虫をとっちめる時期ではない。学校側に日向シゲル*狙いと確信させるのはまだ早い。
「とにかく、これや!」

日向シゲル*の書いた作文。
これと酒鬼薔薇聖斗の犯行声明の筆跡を照らし合わせるのだ。
■
宍戸*刑事と松笠*刑事、
在原コウヘイ*という少年相手にのろのろ回りくどい聞き込みをしていた。

「ふうん、それで君らは最近一緒に遊んでへんのか」
「そうです。おれら塾行くようになったし中1んときに転校してったのもおるし、あんま遊ばへんくなったな。おれ、いやボクも今は一人としか付き合いないし。あ、さっき言うたヨサノ*ってヤツやけど」
ヨサノ*なんてクソガキゃどうだってええから日向シゲル*のことのみ聞きたいのだが、それでは疑ってるのモロだから無関係な雑談もしないといけない。
「昔はタンク山とか庭みたいなもんやったけどなあ」
宍戸*松笠*はアイコンタクトで苦笑。昔って何歳だよこいつ。
「おれらが落ち合うのに、パンダ公園の便所の壁に合図のマーク刻むねん。それぞれ自分のマークがあってな。今思うとアホやったなーおれら。電話あるのにわざわざそれ見に公園まで行っとったんやもん」
公園の便所に傷をつけるのは公共物破損なんだがそこは突っ込まんことにする。

在原コウヘイ*は日向シゲル*の悪ガキ仲間の一人だ。
小学生の頃、彼ら悪ガキグループの悪たれに近所も手を焼いてたらしい。
万引、喫煙飲酒、バイク無免、山の下草に放火、公共物を壊す、エアガンで同級生女児を狙い撃ち、下級生を恐喝、叩く蹴る、いじめ、嫌がらせ──どれも警察沙汰にはなってないが。
あんまり報道されないけれども、少年犯罪は全体数こそ減りつつも質が変化して、すそ野も小学生まで広がった。

小学生だからってナメちゃいかん。数にまかせて中学生をボコったりカツアゲくらいやってのける。万引も見張り役やら囮役やら運び屋やら立てて本格的だ。中高の不良の使いっ走りになってる子もいる。
しかしシゲル*たちの悪ガキグループは中2かそこらで自然消滅したようだ。
この友が丘は教育熱心で、通称東大通り、灘高通りなんてのもある。その通りにある家の子が東大や灘高に合格したからだ。異分子が気ままに荒れてられる余地はあんまりなかったらしい。
「そっか。君らがこの辺りでよく出歩いとったって耳にしてな、ひょっとして怪しいやつ見かけとらんかと思ったんだが」
というのが、コウヘイ*たち向けの聞き込みの建前だった。

「そや、シゲル*とかカネマサ*なら見てるかもしれへん。あいつら仲良くてようつるんどったし」
「シゲル*というと、さっき学校休んどるとか言っとった子か」
「ああ、そうや。あいつ塾も行っとらんし、あいつは──」
と言いかけたコウヘイ*、急に黙る。
「どうした?」
「いや、別に。とにかくボクは最近もうつるんで遊んどらんしなんも見てません」
おやおやコウヘイ*くんよ、急に口が重くなったな。
日向シゲル*の何を言いかけてやめたんや?
でも深追いはできない、今日はまだ。メモメモ。
「いま新しい名前が出てきたな、カネマサ*くんか。それ誰なんや」
「頭ええやつや。パソコンも使えるんやで。さいきん学校来とらへんけど」

カネマサ*という名前は他の生徒への聞き取りでも何度か出ていた。
問題児グループの仲間じゃなく、成績もよい優等生だが、なぜか日向シゲル*とウマがあって仲良かったらしい。
そこで特命専従班の伊藤*三好*組が、カネマサ*の自宅を訪ねたのだが、親が出てきてなぜか会わせようとしない。
秘密かつ任意捜査の段階では無理強いはできなかった。
「そのカネマサ*くんも学校休んどるんかな」
「うーん、そうみたいやけど、なんやよう分からんのや」
あれ、また口が重いぞ。他の生徒たちと違って君は何か知っとるのかな。
何人か生徒にまどろっこしい聞き込みをやったことで、少なくとも分かったこと。

日向シゲル*は5月15日から学校を休んで、
以降ずっと不登校。
そして、カネマサ*という生徒も、
その前日14日から急に学校へ来なくなった。
教師もその理由について生徒たちに説明していない。
シゲル*は学校を休みだしてからも、ママチャリでふらふら町内を走ってたり、公園でぼんやりしてたりを見られている。

だが、カネマサ*少年の姿は、
14日以来誰も見ていない。
彼は自宅にいるのか、引きこもってるのか、それともいないのか。
親がごりごりにガード堅くしている。
こちらもまたいわゆる不登校なのか、日向シゲル*の不登校と関係あるのか。
何があったんだ?
警察が本気を出せば調べられる。学校も親も警察相手に秘密を隠し通すことはできない。
だがまだ我らが幽霊捜査班はそこまで突っ込めない微妙な立場だ。
カネマサ*くん、君は何者や。
このカネマサ*の存在が、事件を終結へとみちびき、
一方で、さらに複雑怪奇に変じさせるんであるが。
■
別働捜査本部つまりマンションの一室に戻るか、という頃、急に宍戸*がハンドルを切った。
「おい道ちゃうぞ」
「トイレや」

友が丘中公園から少し離れた道ばたで車を停める。
「なんでこんなとこで停めるんや」
「用心や。やつの家、ちょうど公園挟んで向こう側にある」
少し先の辻に機動隊員が立番してる。さいわい京都府警の助っ人でこちらの顔は知られてない。見とがめられないよう用心しいしい公園内に。
通称・パンダ公園。
「あっちやな」

便所あった。宍戸*は公衆便所に入って中を見回し、
やがて入口脇にそれを見つけた。
“落ち合うのに、パンダ公園の便所の壁に合図のマーク彫るねん”
修繕が入ったのか漆喰で埋められてるが、彫られた跡は残ってた。
「あった、これや」
“それぞれ自分のマークがあってな”
「まさかこんなところでおまえと出くわすとはな」

≫【Vol.10 “懲役十三年”】へと続く



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