【事件激情】サティアンズ 第二十四解 前篇【地下鉄サリン事件】




3月18日 土曜日
──地下鉄サリン事件まで、あと2日

おお 都路の治安の華ぞ ああ 正義 我ら機動隊
警視庁警備部機動隊 9個大隊+特科車両大隊>計4000名。
機動隊の正規部隊「本機」は、全都道府県警あわせても1万名弱だから、総員の半分近くは警視庁が持ってるわけでさっすが首都警察。
という花の機動隊も、いま阪神・淡路大震災の災害警備でいっぱいいっぱい。
が、いっぱいだろうがなんだろうが強制捜査に人数あてこまなければいけないんで、警備部は被災地から帰ってきたばかりの隊員も容赦なく強制捜査シフトに組み込んだ。

おお くろがねのちぎりも固き
ああ 光り 我ら機動隊
正直へろへろですう

同日 午前9時──
山梨県西八代郡 上九一色村 富士ヶ嶺地区

第二上九 第六サティアン
「強制捜査の矛先をそらすため、地下鉄にサリンを撒く」

科学技術省大臣村井秀夫@マンジュシュリー正大師
「できるだけ早い平日、3月20日月曜日の通勤時間帯に合わせてやる」

科学技術省次官林泰男
@ヴァジラチッタイシディンナ新正悟師(予定
「対象は公安警察、検察、裁判所に勤務する者。これらの者は霞ヶ関で降りる」

治療省大臣林郁夫@ミスターDV
@ボーディーサットヴァクリシュナナンダ新正悟師(予定
「少し手前の駅でサリンを発散させれば、密閉空間の電車にサリンが充満し、
霞ヶ関で降りる者たちは死ぬだろう」

科学技術省次官廣瀬健一@サンジャヤ新正悟師(予定
同横山真人@_@)ザ・無口くん@ヴァジラヴァッリヤ新正悟師(予定
「衆生のカルマを背負うのは我々の修行だ。君たちにやってもらいたい」

「断りたかったらいいよ」

(おれたちは断れない。それ分かってて言うなんて残酷なやつだ村井。
断ったら、どうなる? 今までやられた法友たちみたいにポアされるのか?)

(かえって強制捜査を呼んでしまうんじゃ? 教団が壊滅してしまうんじゃ?)

(@_@…………………あ…)
林泰男的には、


サリンは正月の騒ぎでぜんぶ捨てたって当の村井から聞いたぞ。
まさか今からサリンつくり直してるのか?
なら、たった2日でつくるなんて間に合うわけない。
また村井得意のできもしないことをできますとか言ったのか?
もしできても効き目のない失敗作だろうそうなればそれがいい。
でも林泰男は、
サリン最終前駆体ジフロ@1リットル半が捨てられず隠されてたことを知らない。
そのジフロは>杉並区の諜報省アジト「今川の家」から運び出され>

第六上九 第10サティアン隣
細菌培養研究棟「CMI棟」こと「ジーヴァカ棟」に持ち込まれていた。
第一厚生省大臣遠藤誠一@ジーヴァカ正悟師

「って、えっジクロないの?」
「ないですよ。あるのはこのジフロ@1リットル半だけです」
「えー…」
サリン最終工程は、最終前駆体ジフロだけじゃできなくて、前工程でジフロの材料になった前駆体ジクロもまた別に要るんである。
法皇内庁長官中川智正@ヴァジラティッサ新正悟師

(サリンつくったのは土谷くんなのになんで今回この人なんだろ。マンジュシュリー正大師に言われて手伝いに来たけど、大丈夫かなこの人で)
どうしてこのとき土谷がサリン生成を担当しなかったのかは謎だけども、
▽ジーヴァカ遠藤が麻原に可愛がられてたこと、▽希代の化学バカ土谷がいまいち信用されてなかったフシがあること、▽クシティガルバ棟のサリン生成設備スーパーハウスが正月の騒動で解体されてしまったこと、とかいろいろじゃないかと思われ。
第三上九 第七サティアンの隣「クシティガルバ棟」
@第二厚生省大臣土谷正実の根城
じつは第三上九と第八上九は隣合わせで、ジーヴァカ棟からも歩いて1分。
第二厚生省大臣土谷正実
@クシティガルバ新正悟師

「はぁ? ジフロとイソプロピルアルコールだけじゃサリンできないですよ。
そんなこと誰が言ったんですか?」
中川「マンジュシュリー正大師が言われたんだけど」
土谷「いや絶対できません」
遠藤「ここでつくれるか?」
土谷「知ってると思いますけどスーパーハウスばらされちゃったんで、ここでは何もできませんね(そのくらい分かれよヴァ~カ)」
なのでジーヴァカ棟のダダ漏れ気味の気密設備でやるしかないわけで。
遠藤中川コンビは土谷にサリン生成のしかたをひととおり聞いて、
「ジクロの代わりとしてジエチルアニリンとヘキサンを混ぜたのを使う」
という苦肉の策をひねり出す。
「VXつくったときにジエチルアニリンは使ったけど、塩基性が低いんで反応しにくいんだよなー。トリエチルアミンの方がまだマシと思いますけどねえ(遠藤おまえヴァ〜カだからわかんねーだろうけどさ)」
「それにジエチルアニリンは教団が大量購入してるのが警察にも知られてると思います。それでサリンつくったらすぐ教団がつくったとバレますよ」
「うーわかってるけど、今すぐ使えるのがジエチルアニリンしかないの!」
サリン完成の期限は、19日いっぱい、明日じゅうなんである。
表向き、オウム真理教はそんなテロ支度をしてるなんてもちろん外に言うこともなく。
18日は、幸福の科学を告訴、毎度いつもの「反体制なのに訴訟大好き活動」展開中。
麻原は、創価学会だけでなくて以前から幸福の科学も露骨に敵視していて、
で、対する幸福の科学側も負けじとアンチオウムで動いていた。
ただオウムの方はアンチ活動どころか、主宰大川隆法をポア\(^o^)/すべくマイクロ波照射攻撃までやらかしてたが(もちろん村井の開発なので失敗である)
幸福の科学は「假谷さん拉致はオウムのしわざ」キャンペーンを大々的に打ってここぞとばかりオウムをとっちめちゃえってかんじで張り切っていた。
対してオウムは損害賠償8チェン万円訴訟で反撃。
いつもと変わらないオウムらしいオウムに見えた。
が、
ふたたび第二上九 第六サティアン
いつの時点で決まったかはっきりしないが、この頃から諜報省CHS次官井上嘉浩@アーナンダ新正悟師が地下鉄サリンテロの「統括」としてさかんに動き出す。
「イシディンナ師、運転手を誰にするか人選してるんだけど、このへんどう思う?」
平田信 寺嶋敬司 杉本繁郎
林泰男は、仲のいい平田・杉本を巻き込みたくないなと思うし、寺嶋はさいきん精神的にやばくて「ちゃらんぽらん」って聞いてるし。
で、井上の人選にひかえめにダメ出しするけども、
「じゃ誰がいいの? この3人ならサリンのことも知ってるし、ヴァジラヤーナワークの経験もあるしさ」と言われると、まあ黙るしかない。
井上くん、べつに本気で林泰男に相談したいわけじゃなくて、
「マンちゃんじゃ細かいとこに気づかないだろうしさ、
僕がけっきょく面倒見ないといけないんだよね」
って自慢したかっただけだと思われ。
という言葉どおり計画の段取りもてきぱき井上が仕切り始める。
「ダメダメ、そんなちゃちい路線図じゃ。時刻も出口も載ってる本じゃないと」
「車は東京か少なくとも近県のナンバーじゃないと」
「5台は必要だ。教団の車はマークされてる心配があるし、在家から調達してと」
(総指揮の貫禄で)「なんで車の送迎なんて必要なんだ。電車で行け」
「サリンを撒くと騒ぎになって、電車はぜんぶストップしますよ。
散布役がそこから逃げられなくなる」
「あ、そうか」
万事そんな調子なんで、計画の主導権はあっちゅう間に井上に奪われていく。
とたんにサクサク段取りも決まり、計画もみるみる綿密かつ具体的に。
鈍感な村井もさすがに気づく。
このときの村井、焦っている。
サリンプラント建設も、大川隆法マイクロ波照射でポア\(^o^)/作戦も、輪宝(レーザーガン)開発も、ボツリヌス菌噴霧器付きアタッシェケースも、
自分が仕切ったヴァジラヤーナワークはちっとも成功してない。
さいきん尊師が「大金をつぎ込んでも科学技術省は失敗ばかりだな」
と愚痴ったのを人づてに聞いた。
この私が! 人づてに! 尊師じきじきではなく! 人から聞いたなんて! この私が! 人づてに! 尊師じきじきではなく! 人から聞いたなんて! この私が!もういいって。
だからリムジン謀議で、ブレイク中のライバル井上をさしおいて「総指揮」を授かったっつうのは、村井的には名誉挽回のチャンス到来で。
散布役を科学技術省で引き受けたのも、
「作ったやつが自分で撒きに行け」と暗に村井をディスった井上への当てつけで。
.ni 7 / \
l^l | | l ,/) / /・\ /・\ \ .n
', U ! レ' / |  ̄ ̄  ̄ ̄ | l^l. | | /)
/ 〈 | (_人_) | | U レ'//)
ヽっ \ | / ノ /
/´ ̄ ̄ ノ \_| \rニ |
`ヽ l
「どうだーっ」尊師の一の高弟はおいらだもんね、
のはずだったのに、
あとで割り込んできた井上に手柄を横取りされようとしてる。
なななななんなんなん……
第二十一解の白鳥ポア謀議で、村井が事前根回しから外されるわ、端本にコケにされるわ、っつう話は、事件そのものが架空なんでじっさい起きてないんだが、

この頃の焦る村井の心象風景、いわばその具現化みたいなもんである。
あと1、2年、教団がこのまま存続したら、村井VS井上の内ゲバが勃発しただろう。
18日 午後11時──
「ジーヴァカ、サリンつくれよ」
「は、はい……」
困った、まじで。
遠藤誠一という男。麻原四女@まだ4歳、のお婿さん認定中。
遠藤は帯広畜産大大学院卒>獣医師免許をとったあと>
>京大大学院医学研究科博士課程@遺伝子工学・ウィルス学専攻。
という学歴から遠藤は修行ではへなちょこだったが特別扱いで出世、炭疽菌、ボツリヌス菌の培養に取り組む、
んだけども一度たりとも成功せず。
オウムの細菌兵器開発は、医療研究用の弱毒株を手に入れ、遺伝子いじって猛毒化させるっつうものだったが、そもそもオウム程度の半端な設備じゃ不可能で。
細菌兵器には「感染」というおとろしい能力もあるんで、化学兵器よりもさらに恐怖的存在だ。が、やはり生きものなので思うようにはならず。
さらに遠藤本人にもそういう才能というかセンスがまったくなかったっぽい。
そういう意味じゃ村井と東西無能横綱である。
というダメダメ続きにもかかわらず、遠藤はなんでか知らないが最初から終わりまで麻原のお気に入りでありつづけた。
まあでもさすがに霞ヶ関アタッシェケース事件でポカをやらかした観が強いんで、村井と同じく与えられたリベンジチャンス、一発がんばんないと、
だが、ぬーむ。
ビビビビビ
一方の土谷はというと、きかれたことには最低限答えるは答えるんだが、大大大大嫌いな遠藤に手柄立てさせる手伝いなんかしたかねーやヴァ~カらしく、お手並み拝見ってかんじでクシティガルバ棟からぴくりとも動かない。
遠藤もそんな土谷に頭下げてまで手伝ってもらいたかないので、
意地でもこれでやるしかない。なんとかこのやりかたでサリンを……。
3月19日 日曜日 ──地下鉄サリン事件 前日
東京都・埼玉県境
陸上自衛隊 朝霞駐屯地
ひそかに警視庁&関東管区機動隊が集結。
管区機動隊とは>各地方の管区警察局が各県警から招集する臨時機動隊で、ふだん町のお巡りさんやってるようなふつうの警官たちが呼び出される。
今回は阪神・淡路大震災の災害警備もあって警視庁いっぱいいっぱいなんで関東一円の町のお巡りさん追加投入になった。
自衛隊から貸し出される防護マスクと化学防護服の装着訓練である。
「防護マスクは8秒以内に装着せよ!」
と言われてもこれが、よっと、やっと…ぬぬぬぬ。催涙ガス用とちがうし。
関東荒武者軍団おおいに苦戦中。
さらに神経ガス検知器、アルカリ性水溶液噴射機の除染のしかた、もしサリンを吸ってしまったときの解毒方法とかも詰め込み式で教えられ。
揮発して空中に舞うサリンは無色透明。見えない敵。
機動隊がこれまで戦ってきた敵とまったく違う。
正直いって怖い。帰りたい。
「もうひとつ、当日はカナリヤも必要です」
「( *´益`*) (*´益`* ) 笑」
「冗談ではありません。検知器は機械です。絶対ではなく故障するときもあります」
「だからカナリヤも持って行き、つねに検知器とセットで動いてください。
カナリヤは空気の動きにとくに敏感な鳥だからです。
カナリヤの様子がおかしくなったら、すぐ防護マスクをつける。
その一瞬の判断が生死をわけます」
これと同じ19日 日曜日
3月上旬に出版された麻原著の単行本「日出づる国~」の宣伝ビラが
都内のあちこちでまかれた。

ビラ裏面には>東京の地下鉄路線図がなぜか印刷されていた。

まもなく正午──
「ジーヴァカ、おまえまだやってないだろう。早くやれ」
「は、はい……」
困った、まじで。
午後1時──
「サリンまだできないじゃないか」
「おまえらやる気ないみたいだから、今回はやめにするか。どうだアーナンダ」
井上「尊師の指示に従います、やります」
村井「サンジャヤたちもやる気満々で、いま下見に出ていますから」
「じゃおまえらに任せる」
と言いながら、
運転手候補リストにごちゃごちゃ口を出す。
こまごました部分まで思いどおりじゃないと気に入らない麻原なんで。
こういうベンチャー企業のワンマン社長みたいな習性もアダとなり、
麻原は共謀共同正犯から逃れられなくなる。
同じ頃──
朝のうちに上九一色を発った地下鉄サリンテロ担当信者7人、

中央道を高井戸インターで降りて>環八通りを北上して>
>杉並区今川へ。
ごく平凡な住宅地の古い一軒家@じつは諜報省アジト@通称「今川の家」に到着。
この時点のメンツは、
林泰男 豊田亨 横山真人 廣瀬健一 寺嶋敬司 平田信 杉本繁郎。
年長の林泰男がしぜんと引率役に。
下見がてらサラリーマン風の服も買いに出ようとなって。
「まこやん、新宿とかぶらぶらしないか」
「ぶらぶらって、やっさん、下見は?」
「いいよ、そんなの。下見したらやること確定って気がしてヤだし」
というようにこの2人のモチベは例によって限りなく低い。
林泰男と平田信、男同士でるるるる新宿デート。
「ひさびさだな、紀伊國屋書店も」
「うおっ本たくさんあるなー」
「本屋だからな」
「教団以外の本をこうやって読むのも久しぶりだ、ははは」
「日曜の新宿、真っ昼間、野郎で仲よくソフトクリームか」
「へへ、そこがいいんだよ」
「やっさん、ホントはヒデコさんと食べたかったんじゃないの」
「ほっとけ」
「冷たいなソフトクリーム」
「久しく食ってなかったな、こういうの」
「なんか急に食いたくなってさ。これが最後…」
「………………」────「………………」
「………帰ろか」
「君がうわさの“落第生”か?」

「“アナーキストは必ず爆弾闘争を起こす強敵となる、
重監視対象にすべき”、と。なるほど」
「君のレポート、なかなか面白い視点だ。なぜそういう着想を得たか聞きたくてね」
「なぜと言われましても」
「資料をふつうに読んだらそう書いてありました」
「少なくとも教官たちは資料を君の言うふつうには読まなかったようだが」
「みなさん絵を鑑賞するように眺めてただけで読んでなかったのではないでしょうか」
「はは、負けん気が強いな。君の推理、私は一理あると思うね」
「お言葉ですが、推理ではありません。解析です」
「まあそのうち君の解析が正しかったと証明されるかもしれん。
しかし君が落第させられるまでに間に合うかというと難しい」
では、私は正しいことを言ったから罰を受けるんですか?
まあ、そう怒るな。そういうけったいな組織なんだ。
うまくやり過ごさないと生きづらくなるぞ。
どうせ落第でクビならその心配も必要ないのでは?
そうとも限らんぞ。
私はそんな窮地にある君と取り引きをしに来た。
取り引き?
露骨にいやな顔しなくてもいい。君はべっぴんだが、及第と引き替えにデートしろとかは言わん。私は非常勤の講師でここじゃたいした権力もないし。
だが、私はふだん本庁で別の仕事をしてる。そっちが本業だ。
つまり君をうちの部に推薦する、というお膳立てならできる。そうすれば頭の固い教官どもも、君を好き放題にどつき回せなくなるわけだ。
私の本業は、君の亡くなったおやじさんと同類だ。
あ、悪いが君のことを調べさせてもらった。君の家族のことも。
お言葉ですが、私、あの人たちを家族と呼んじゃいけないので。
名字を名乗らせてもらってるだけで、もう赤の他人です。
しかし君はあまたある職業から養父と同じ警察官という道を選んだじゃないか。
高校で無期限停学か警察官枠に入るかどちらか選べと言われたからです。
警察なら宿舎と食事も保証されるし。私、頭もよくないしお金無いんで。
君は頭が悪いわけじゃない。あのレポートはバカには書けん。もったいなくも才能を発揮する場に出会わなかっただけだ。
うちなら勤務しながら大学受講支援も受けられるぞ、国の金で。A枠(大卒採用)に準ずる昇任も融通できなくもない。
警視庁は都の予算でまかなわれてるのでは?
いや、うちは特別だ。やるのはお国の仕事だからね。どうだ?
……いつからでしょうか。
本日付だ。

「白鳥巡査、公安部へようこそ」
申し訳ないですが──
ご遺族から、縁の切れた方の焼香はご遠慮いただきたいと。

どうかこのままお引き取りを──
あんたが解析屋か?
おれは“本郷”だ。
このあいだ預けた「腹腹時計」の解析とやらを聞くよう言われて来た。
先に言っとくが、おれは文書解析なんぞ眉唾もんと思ってるからな。
おれがなるほどと納得するように推理してくれ。
推理じゃありません、解析です。


まあそのう、今日は休め。
「おい、解析屋」
「君の信ずる道を進めばいいと思うね、百合子くん」
珍しくしおれたツラしてんな白鳥。
やっぱおまえにふつうの嫁さんなんて無理だわ。
学者なんぞに飼い慣らされるタマじゃないだろおまえは。
今日はまあ、そのう休め。
おまえとはこれきりだ、渋谷に二度と近づくな。
警視どの!

「おい、解析屋」

「おれに謝らせろ」

「白鳥、このままいくな」
どこ?
「目を醒ませ」
どこですか、警部──

どこ──

あ──



「おっ、目を醒ましたか?」
ぎゃあああああっ
「なんだ、なんの騒ぎですか」
「あ、警部さん、どこ行ってらしたの? 百合子ちゃんが──」
「ちょっと一服しに。おお気がついたか白鳥!」
「なにやってるんですか警部、感動の一瞬を逃しましたよ。もう、ほんと間が悪すぎ」
「おまえ開口いちばん嫌味か」
「ええ、せっかくのチャンスですもん。地獄の入口で引き返してきました」
「なので警部、さ、謝ってください、見てますから」

あ、
「佐々先生ー、私が悪かったですー、いくら佐々先生でも手握っといてぎゃーはないですよね、反省してますからー、中に入りましょうよー、そこ寒いですよー」
午後7時──
「統括」井上嘉浩@アーナンダが、林泰男たちの待つ今川の家@諜報省アジトへ。
乗ってるRAV4は例の山本直子@IQ190が井上@マイラブのために実家@徳島県におねだりしてポンと買ってもらった諜報省の指揮車。パパ金持ちそして甘やかしすぎ。
井上は免許持ってないし車の運転も山本直子で、
「マイカーで井上さんと日曜ドライブデート楽しーっうきーっ」
「いやあの山本くん、なにかどこかが違うんだが…」
今川の家に着くと、井上はさっそく最終決定したメンバー割を一同に披露。
運転手候補3人のうち、寺嶋敬司と平田信は外され、
なんでこうなった
杉本繁郎@ガンポパだけ残留。
新たな運転手として、自治省の新實智光@ミラレパ、外崎清隆@ローマキサンガヤ、北村浩一@カッサパ、諜報省の高橋克也@スマンガラが加わった。
杉本は自分の上司で大臣の新實が、一運転手役と知って驚いた。
午後7時30分──

井上嘉浩@アーナンダ、元自衛官山形明@ガルアニーカッタムッタ、現役オウム自衛官@白井孝久、平田信@ポーシャ、
「オウム弾圧されてかわいそうです」的自作自演テロを実行中。
平田信は地下鉄サリン組からはずされ、手が空いたってことで、こっちの自作自演テロを手伝わされることになった。
自作自演テロ第1弾
杉並区・島田裕巳@宗教学者@オウム御用擁護学者の自宅マンション。

階段踊り場大爆発
ただし、諜報省の情報はちっと古くて、
当の島田はすでにこのマンションから引っ越して住んでない。
以前の村井新實采配があまりにひどかったんでまともに見えるけど、
諜報省もまだ素人に毛の生えた程度、詰めが甘うござる。
つづいて、井上たちは港区青山へと移動、
自作自演テロ第2弾
オウム真理教東京総本部
コーラ瓶にガソリン詰めた火炎瓶で、

1階玄関ホール大炎上
思ったより炎が大きくてガソリンの怖さに一同びびります。
教団がアンチ勢力からテロを仕掛けられたと見せかけ、地下鉄サリンテロから目を逸らさせようとする陽動作戦。ぜんぜんムリだったが。
午後9時──

大阪府警がフライングっぽく大捕物。
この日、真っ昼間に大阪大生の拉致事件が発生、
府警捜査1課がオウム真理教大阪支部道場を家宅捜索。
大学生を保護>信者3人を逮捕した。
じつはこれ波野村強制捜査以来、ひさびさ4年ぶりのオウム信者の軽罪微罪でないれっきとした逮捕である。
翌日の朝刊では、この逮捕劇がちょっとした見出しになった。
だが、それが読者の目にふれる頃、
リアルタイムでそんなもん吹っ飛ぶ大事件が起きてるんだが。
東京都港区明石町
聖路加国際病院
「ようやく目覚ましたと思ったら」
「おまえ今度はなにを言い出す」
「なにって強制捜査です、もう実施されましたか?」
「今のところ、まだだ」
「じゃいつになったんですか、警部」
「知らん、おれみたいな末端にはまだ下りてきてない」
「つまり明日も無いってことか…」
「おまえ、そのざまでまだ仕事する気か。しばらく休んでろ」
「私の携帯電話って、どうなりましたか」
「相っ変わらず人の話聞いてないなおまえは」
「はい頭殴られてもそこは不動不変です。私、のびちまう前に渋谷くんには伝えたはずなので、現場から回収されたと思うんですけど携帯電話」
「渋谷なら分かるだろうが、あいつ明日まで被災地派遣で神戸だ」
「あ、渋谷くんがいないじゃないですか。どうりで静かだと思った」
「じゃ渋谷くんに連絡を」
「今からか? 明日には帰ってくるし、それからでいいんじゃないのか。おまえもまだ目覚めたばかりできついだろうし」
「連絡を」
午後9時30分 ──地下鉄サリン事件まで、あと11時間半
渋谷センター街
若いもんと酔っ払いと若い酔っ払いでざわめくカオスのまっただ中、
高層マンション「渋谷ホームズ」409号室@諜報省「宇田川アジト」
自作自演テロやって帰ってきた井上は意気揚々、
「やったやった! 新聞に出るニュースになるよ!」
しーん
あ、
えーと、えへん、みんなそろってる?
じゃ、自分の担当する路線だけ覚えるんだ。
「サリンは1人1リットルずつになった」
「軍資金だ、5万円ずつ」
「車は在家信徒から調達する。このあと手分けして回ること」
林泰男(ヤハリヤルノカモウ逃ゲラレナイ)
杉本繁郎(こんなことしたらかえって招き猫になるだけだ)
「サリーちゃんをちゃっちゃと撒け」
とはいえまだかんじんのサリーちゃんが完成したという連絡はまだ来ない。
テロの成否は過去ろくな成果上げたことのない遠藤誠一の手腕にかかっていた。
オウム側の事件直前の動きをみると、
彼らもまた30分刻みのぎりぎり綱渡りで計画を進めていたのがわかる。
聖路加国際病院
「渋谷がどうしても代われだと」
「渋谷くん?……うん、ありがと。心配かけたねすまん。うん、渋谷くんマジで命の恩人だよほんと珍しくほめるよ……パンツ? そんなこと覚えてなくていいから。
……え? 今から?
ちょ、ちょっ、そっち神戸でしょ、こんな時間から無理だよ。
いいってこっち戻ってからで!ちょっと! 待てっ!
駄目だよ出張中なのに! 渋谷くん!」
「………切れちまいました」
「神戸からどうやって来るつもりなんだあいつ(;-д-」
「渋谷くんにまだ知らせてなかったんですか?」

「あいつ、おまえ助けに行ったときな、定点監視ほったらかしてったんだ。
大目に見られたが、次やらかしたら今度こそ懲戒だ。
だから渋谷が帰ってから知らせるつもりだった」
「うーん、パトカー勝手に乗って来るとか、徴発と言って一般の車を盗むとか?」
「そりゃまずいな。向こうの班長に警告入れとこう」
「柱に縛っとけば最初は鳴いてもすぐ慣れるんじゃ」
「子犬かよ」
「とにかく渋谷によると、現場にはサッチョーの公安も何人かいたらしい。たぶん様子からして第1課だな。渋谷はそこの警部に携帯電話のありかを伝えたそうだ」
「高石課長に連絡つけてください、今すぐ」
午後10時半
第二上九 第六サティアン
「あの…尊師」

「できたみたいです、サリン」
≫ 後篇へと進む


「って、えっジクロないの?」

「ないですよ。あるのはこのジフロ@1リットル半だけです」
「えー…」
サリン最終工程は、最終前駆体ジフロだけじゃできなくて、前工程でジフロの材料になった前駆体ジクロもまた別に要るんである。
法皇内庁長官中川智正@ヴァジラティッサ新正悟師


(サリンつくったのは土谷くんなのになんで今回この人なんだろ。マンジュシュリー正大師に言われて手伝いに来たけど、大丈夫かなこの人で)
どうしてこのとき土谷がサリン生成を担当しなかったのかは謎だけども、
▽ジーヴァカ遠藤が麻原に可愛がられてたこと、▽希代の化学バカ土谷がいまいち信用されてなかったフシがあること、▽クシティガルバ棟のサリン生成設備スーパーハウスが正月の騒動で解体されてしまったこと、とかいろいろじゃないかと思われ。

第三上九 第七サティアンの隣「クシティガルバ棟」
@第二厚生省大臣土谷正実の根城
じつは第三上九と第八上九は隣合わせで、ジーヴァカ棟からも歩いて1分。
第二厚生省大臣土谷正実
@クシティガルバ新正悟師


「はぁ? ジフロとイソプロピルアルコールだけじゃサリンできないですよ。
そんなこと誰が言ったんですか?」
中川「マンジュシュリー正大師が言われたんだけど」
土谷「いや絶対できません」
遠藤「ここでつくれるか?」
土谷「知ってると思いますけどスーパーハウスばらされちゃったんで、ここでは何もできませんね(そのくらい分かれよヴァ~カ)」

なのでジーヴァカ棟のダダ漏れ気味の気密設備でやるしかないわけで。
遠藤中川コンビは土谷にサリン生成のしかたをひととおり聞いて、
「ジクロの代わりとしてジエチルアニリンとヘキサンを混ぜたのを使う」
という苦肉の策をひねり出す。

「VXつくったときにジエチルアニリンは使ったけど、塩基性が低いんで反応しにくいんだよなー。トリエチルアミンの方がまだマシと思いますけどねえ(遠藤おまえヴァ〜カだからわかんねーだろうけどさ)」

「それにジエチルアニリンは教団が大量購入してるのが警察にも知られてると思います。それでサリンつくったらすぐ教団がつくったとバレますよ」

「うーわかってるけど、今すぐ使えるのがジエチルアニリンしかないの!」
サリン完成の期限は、19日いっぱい、明日じゅうなんである。

表向き、オウム真理教はそんなテロ支度をしてるなんてもちろん外に言うこともなく。
18日は、幸福の科学を告訴、毎度いつもの「反体制なのに訴訟大好き活動」展開中。

麻原は、創価学会だけでなくて以前から幸福の科学も露骨に敵視していて、
で、対する幸福の科学側も負けじとアンチオウムで動いていた。
ただオウムの方はアンチ活動どころか、主宰大川隆法をポア\(^o^)/すべくマイクロ波照射攻撃までやらかしてたが(もちろん村井の開発なので失敗である)

幸福の科学は「假谷さん拉致はオウムのしわざ」キャンペーンを大々的に打ってここぞとばかりオウムをとっちめちゃえってかんじで張り切っていた。
対してオウムは損害賠償8チェン万円訴訟で反撃。
いつもと変わらないオウムらしいオウムに見えた。
が、

ふたたび第二上九 第六サティアン
いつの時点で決まったかはっきりしないが、この頃から諜報省CHS次官井上嘉浩@アーナンダ新正悟師が地下鉄サリンテロの「統括」としてさかんに動き出す。

「イシディンナ師、運転手を誰にするか人選してるんだけど、このへんどう思う?」
平田信 寺嶋敬司 杉本繁郎

林泰男は、仲のいい平田・杉本を巻き込みたくないなと思うし、寺嶋はさいきん精神的にやばくて「ちゃらんぽらん」って聞いてるし。
で、井上の人選にひかえめにダメ出しするけども、
「じゃ誰がいいの? この3人ならサリンのことも知ってるし、ヴァジラヤーナワークの経験もあるしさ」と言われると、まあ黙るしかない。
井上くん、べつに本気で林泰男に相談したいわけじゃなくて、

「マンちゃんじゃ細かいとこに気づかないだろうしさ、
僕がけっきょく面倒見ないといけないんだよね」
って自慢したかっただけだと思われ。
という言葉どおり計画の段取りもてきぱき井上が仕切り始める。

「ダメダメ、そんなちゃちい路線図じゃ。時刻も出口も載ってる本じゃないと」
「車は東京か少なくとも近県のナンバーじゃないと」
「5台は必要だ。教団の車はマークされてる心配があるし、在家から調達してと」

(総指揮の貫禄で)「なんで車の送迎なんて必要なんだ。電車で行け」

「サリンを撒くと騒ぎになって、電車はぜんぶストップしますよ。
散布役がそこから逃げられなくなる」


「あ、そうか」
万事そんな調子なんで、計画の主導権はあっちゅう間に井上に奪われていく。
とたんにサクサク段取りも決まり、計画もみるみる綿密かつ具体的に。
鈍感な村井もさすがに気づく。

このときの村井、焦っている。
サリンプラント建設も、大川隆法マイクロ波照射でポア\(^o^)/作戦も、輪宝(レーザーガン)開発も、ボツリヌス菌噴霧器付きアタッシェケースも、
自分が仕切ったヴァジラヤーナワークはちっとも成功してない。
さいきん尊師が「大金をつぎ込んでも科学技術省は失敗ばかりだな」
と愚痴ったのを人づてに聞いた。

この私が! 人づてに! 尊師じきじきではなく! 人から聞いたなんて! この私が! 人づてに! 尊師じきじきではなく! 人から聞いたなんて! この私が!もういいって。
だからリムジン謀議で、ブレイク中のライバル井上をさしおいて「総指揮」を授かったっつうのは、村井的には名誉挽回のチャンス到来で。
散布役を科学技術省で引き受けたのも、
「作ったやつが自分で撒きに行け」と暗に村井をディスった井上への当てつけで。
.ni 7 / \
l^l | | l ,/) / /・\ /・\ \ .n
', U ! レ' / |  ̄ ̄  ̄ ̄ | l^l. | | /)
/ 〈 | (_人_) | | U レ'//)
ヽっ \ | / ノ /
/´ ̄ ̄ ノ \_| \rニ |
`ヽ l
「どうだーっ」尊師の一の高弟はおいらだもんね、
のはずだったのに、
あとで割り込んできた井上に手柄を横取りされようとしてる。

なななななんなんなん……
第二十一解の白鳥ポア謀議で、村井が事前根回しから外されるわ、端本にコケにされるわ、っつう話は、事件そのものが架空なんでじっさい起きてないんだが、

この頃の焦る村井の心象風景、いわばその具現化みたいなもんである。
あと1、2年、教団がこのまま存続したら、村井VS井上の内ゲバが勃発しただろう。

18日 午後11時──

「ジーヴァカ、サリンつくれよ」
「は、はい……」

困った、まじで。
遠藤誠一という男。麻原四女@まだ4歳、のお婿さん認定中。
麻原はノストラダムスの予言に「“松の世”と書いてある、つまり松本の松だ、松一族が世界を支配する」と超訳。早川紀代秀が「絶対そんな風に読めんで」とあきれた超絶解釈だけども麻原は本気で。娘婿たちに松姓を与えて各地を治めさせるつもりだった。なんかチンギスハンみたいな。上祐史浩を長女ドゥルガー、石川公一を三女アーチャリー、遠藤を四女ホーリーネームはまだない、村井新實を愛人の娘たち、とくっつけてそれぞれ入り婿にする予定だった。
遠藤は帯広畜産大大学院卒>獣医師免許をとったあと>
>京大大学院医学研究科博士課程@遺伝子工学・ウィルス学専攻。
という学歴から遠藤は修行ではへなちょこだったが特別扱いで出世、炭疽菌、ボツリヌス菌の培養に取り組む、
んだけども一度たりとも成功せず。
オウムの細菌兵器開発は、医療研究用の弱毒株を手に入れ、遺伝子いじって猛毒化させるっつうものだったが、そもそもオウム程度の半端な設備じゃ不可能で。
細菌兵器には「感染」というおとろしい能力もあるんで、化学兵器よりもさらに恐怖的存在だ。が、やはり生きものなので思うようにはならず。

さらに遠藤本人にもそういう才能というかセンスがまったくなかったっぽい。
そういう意味じゃ村井と東西無能横綱である。
というダメダメ続きにもかかわらず、遠藤はなんでか知らないが最初から終わりまで麻原のお気に入りでありつづけた。
まあでもさすがに霞ヶ関アタッシェケース事件でポカをやらかした観が強いんで、村井と同じく与えられたリベンジチャンス、一発がんばんないと、
だが、ぬーむ。

一方の土谷はというと、きかれたことには最低限答えるは答えるんだが、大大大大嫌いな遠藤に手柄立てさせる手伝いなんかしたかねーやヴァ~カらしく、お手並み拝見ってかんじでクシティガルバ棟からぴくりとも動かない。
遠藤もそんな土谷に頭下げてまで手伝ってもらいたかないので、
意地でもこれでやるしかない。なんとかこのやりかたでサリンを……。

3月19日 日曜日 ──地下鉄サリン事件 前日
東京都・埼玉県境

陸上自衛隊 朝霞駐屯地
ひそかに警視庁&関東管区機動隊が集結。
管区機動隊とは>各地方の管区警察局が各県警から招集する臨時機動隊で、ふだん町のお巡りさんやってるようなふつうの警官たちが呼び出される。
今回は阪神・淡路大震災の災害警備もあって警視庁いっぱいいっぱいなんで関東一円の町のお巡りさん追加投入になった。
自衛隊から貸し出される防護マスクと化学防護服の装着訓練である。

「防護マスクは8秒以内に装着せよ!」
と言われてもこれが、よっと、やっと…ぬぬぬぬ。催涙ガス用とちがうし。
関東荒武者軍団おおいに苦戦中。

さらに神経ガス検知器、アルカリ性水溶液噴射機の除染のしかた、もしサリンを吸ってしまったときの解毒方法とかも詰め込み式で教えられ。
揮発して空中に舞うサリンは無色透明。見えない敵。
機動隊がこれまで戦ってきた敵とまったく違う。
正直いって怖い。帰りたい。
「もうひとつ、当日はカナリヤも必要です」
「( *´益`*) (*´益`* ) 笑」
「冗談ではありません。検知器は機械です。絶対ではなく故障するときもあります」

「だからカナリヤも持って行き、つねに検知器とセットで動いてください。
カナリヤは空気の動きにとくに敏感な鳥だからです。
カナリヤの様子がおかしくなったら、すぐ防護マスクをつける。
その一瞬の判断が生死をわけます」

これと同じ19日 日曜日
3月上旬に出版された麻原著の単行本「日出づる国~」の宣伝ビラが
都内のあちこちでまかれた。

ビラ裏面には>東京の地下鉄路線図がなぜか印刷されていた。

まもなく正午──

「ジーヴァカ、おまえまだやってないだろう。早くやれ」
「は、はい……」

困った、まじで。
午後1時──
「サリンまだできないじゃないか」

「おまえらやる気ないみたいだから、今回はやめにするか。どうだアーナンダ」
井上「尊師の指示に従います、やります」
村井「サンジャヤたちもやる気満々で、いま下見に出ていますから」

「じゃおまえらに任せる」
と言いながら、
運転手候補リストにごちゃごちゃ口を出す。
こまごました部分まで思いどおりじゃないと気に入らない麻原なんで。
こういうベンチャー企業のワンマン社長みたいな習性もアダとなり、
麻原は共謀共同正犯から逃れられなくなる。

同じ頃──
朝のうちに上九一色を発った地下鉄サリンテロ担当信者7人、


中央道を高井戸インターで降りて>環八通りを北上して>
>杉並区今川へ。
ごく平凡な住宅地の古い一軒家@じつは諜報省アジト@通称「今川の家」に到着。
この時点のメンツは、
林泰男 豊田亨 横山真人 廣瀬健一 寺嶋敬司 平田信 杉本繁郎。
年長の林泰男がしぜんと引率役に。
下見がてらサラリーマン風の服も買いに出ようとなって。

「まこやん、新宿とかぶらぶらしないか」
「ぶらぶらって、やっさん、下見は?」
「いいよ、そんなの。下見したらやること確定って気がしてヤだし」
というようにこの2人のモチベは例によって限りなく低い。
林泰男と平田信、男同士でるるるる新宿デート。

「ひさびさだな、紀伊國屋書店も」

「うおっ本たくさんあるなー」
「本屋だからな」
「教団以外の本をこうやって読むのも久しぶりだ、ははは」

「日曜の新宿、真っ昼間、野郎で仲よくソフトクリームか」
「へへ、そこがいいんだよ」
「やっさん、ホントはヒデコさんと食べたかったんじゃないの」
「ほっとけ」

「冷たいなソフトクリーム」
「久しく食ってなかったな、こういうの」
「なんか急に食いたくなってさ。これが最後…」

「………………」────「………………」
「………帰ろか」
「君がうわさの“落第生”か?」

「“アナーキストは必ず爆弾闘争を起こす強敵となる、
重監視対象にすべき”、と。なるほど」

「君のレポート、なかなか面白い視点だ。なぜそういう着想を得たか聞きたくてね」
「なぜと言われましても」

「資料をふつうに読んだらそう書いてありました」
「少なくとも教官たちは資料を君の言うふつうには読まなかったようだが」
「みなさん絵を鑑賞するように眺めてただけで読んでなかったのではないでしょうか」
「はは、負けん気が強いな。君の推理、私は一理あると思うね」
「お言葉ですが、推理ではありません。解析です」
「まあそのうち君の解析が正しかったと証明されるかもしれん。
しかし君が落第させられるまでに間に合うかというと難しい」

では、私は正しいことを言ったから罰を受けるんですか?
まあ、そう怒るな。そういうけったいな組織なんだ。
うまくやり過ごさないと生きづらくなるぞ。
どうせ落第でクビならその心配も必要ないのでは?
そうとも限らんぞ。
私はそんな窮地にある君と取り引きをしに来た。
取り引き?
露骨にいやな顔しなくてもいい。君はべっぴんだが、及第と引き替えにデートしろとかは言わん。私は非常勤の講師でここじゃたいした権力もないし。

だが、私はふだん本庁で別の仕事をしてる。そっちが本業だ。
つまり君をうちの部に推薦する、というお膳立てならできる。そうすれば頭の固い教官どもも、君を好き放題にどつき回せなくなるわけだ。
私の本業は、君の亡くなったおやじさんと同類だ。
あ、悪いが君のことを調べさせてもらった。君の家族のことも。

お言葉ですが、私、あの人たちを家族と呼んじゃいけないので。
名字を名乗らせてもらってるだけで、もう赤の他人です。
しかし君はあまたある職業から養父と同じ警察官という道を選んだじゃないか。
高校で無期限停学か警察官枠に入るかどちらか選べと言われたからです。
警察なら宿舎と食事も保証されるし。私、頭もよくないしお金無いんで。

君は頭が悪いわけじゃない。あのレポートはバカには書けん。もったいなくも才能を発揮する場に出会わなかっただけだ。
うちなら勤務しながら大学受講支援も受けられるぞ、国の金で。A枠(大卒採用)に準ずる昇任も融通できなくもない。
警視庁は都の予算でまかなわれてるのでは?

いや、うちは特別だ。やるのはお国の仕事だからね。どうだ?
……いつからでしょうか。
本日付だ。

「白鳥巡査、公安部へようこそ」
申し訳ないですが──
ご遺族から、縁の切れた方の焼香はご遠慮いただきたいと。

どうかこのままお引き取りを──
あんたが解析屋か?

おれは“本郷”だ。
このあいだ預けた「腹腹時計」の解析とやらを聞くよう言われて来た。
先に言っとくが、おれは文書解析なんぞ眉唾もんと思ってるからな。
おれがなるほどと納得するように推理してくれ。

推理じゃありません、解析です。




まあそのう、今日は休め。


「おい、解析屋」

「君の信ずる道を進めばいいと思うね、百合子くん」


珍しくしおれたツラしてんな白鳥。
やっぱおまえにふつうの嫁さんなんて無理だわ。
学者なんぞに飼い慣らされるタマじゃないだろおまえは。
今日はまあ、そのう休め。

おまえとはこれきりだ、渋谷に二度と近づくな。

警視どの!

「おい、解析屋」

「おれに謝らせろ」

「白鳥、このままいくな」

どこ?
「目を醒ませ」

どこですか、警部──

どこ──

あ──




「おっ、目を醒ましたか?」
ぎゃあああああっ
「なんだ、なんの騒ぎですか」
「あ、警部さん、どこ行ってらしたの? 百合子ちゃんが──」

「ちょっと一服しに。おお気がついたか白鳥!」

「なにやってるんですか警部、感動の一瞬を逃しましたよ。もう、ほんと間が悪すぎ」
「おまえ開口いちばん嫌味か」
「ええ、せっかくのチャンスですもん。地獄の入口で引き返してきました」

「なので警部、さ、謝ってください、見てますから」


あ、

「佐々先生ー、私が悪かったですー、いくら佐々先生でも手握っといてぎゃーはないですよね、反省してますからー、中に入りましょうよー、そこ寒いですよー」

午後7時──
「統括」井上嘉浩@アーナンダが、林泰男たちの待つ今川の家@諜報省アジトへ。
乗ってるRAV4は例の山本直子@IQ190が井上@マイラブのために実家@徳島県におねだりしてポンと買ってもらった諜報省の指揮車。パパ金持ちそして甘やかしすぎ。
井上は免許持ってないし車の運転も山本直子で、

「マイカーで井上さんと日曜ドライブデート楽しーっうきーっ」
「いやあの山本くん、なにかどこかが違うんだが…」
今川の家に着くと、井上はさっそく最終決定したメンバー割を一同に披露。
運転手候補3人のうち、寺嶋敬司と平田信は外され、

杉本繁郎@ガンポパだけ残留。
新たな運転手として、自治省の新實智光@ミラレパ、外崎清隆@ローマキサンガヤ、北村浩一@カッサパ、諜報省の高橋克也@スマンガラが加わった。
杉本は自分の上司で大臣の新實が、一運転手役と知って驚いた。

午後7時30分──

井上嘉浩@アーナンダ、元自衛官山形明@ガルアニーカッタムッタ、現役オウム自衛官@白井孝久、平田信@ポーシャ、
「オウム弾圧されてかわいそうです」的自作自演テロを実行中。
平田信は地下鉄サリン組からはずされ、手が空いたってことで、こっちの自作自演テロを手伝わされることになった。
自作自演テロ第1弾
杉並区・島田裕巳@宗教学者@オウム

階段踊り場大爆発
ただし、諜報省の情報はちっと古くて、
当の島田はすでにこのマンションから引っ越して住んでない。
以前の村井新實采配があまりにひどかったんでまともに見えるけど、
諜報省もまだ素人に毛の生えた程度、詰めが甘うござる。
つづいて、井上たちは港区青山へと移動、
自作自演テロ第2弾
オウム真理教東京総本部
コーラ瓶にガソリン詰めた火炎瓶で、

1階玄関ホール大炎上
思ったより炎が大きくてガソリンの怖さに一同びびります。
教団がアンチ勢力からテロを仕掛けられたと見せかけ、地下鉄サリンテロから目を逸らさせようとする陽動作戦。ぜんぜんムリだったが。

午後9時──

大阪府警がフライングっぽく大捕物。
この日、真っ昼間に大阪大生の拉致事件が発生、
府警捜査1課がオウム真理教大阪支部道場を家宅捜索。
大学生を保護>信者3人を逮捕した。
じつはこれ波野村強制捜査以来、ひさびさ4年ぶりのオウム信者の軽罪微罪でないれっきとした逮捕である。
翌日の朝刊では、この逮捕劇がちょっとした見出しになった。
だが、それが読者の目にふれる頃、
リアルタイムでそんなもん吹っ飛ぶ大事件が起きてるんだが。

東京都港区明石町

聖路加国際病院
「ようやく目覚ましたと思ったら」

「おまえ今度はなにを言い出す」

「なにって強制捜査です、もう実施されましたか?」
「今のところ、まだだ」
「じゃいつになったんですか、警部」
「知らん、おれみたいな末端にはまだ下りてきてない」

「つまり明日も無いってことか…」
「おまえ、そのざまでまだ仕事する気か。しばらく休んでろ」
「私の携帯電話って、どうなりましたか」

「相っ変わらず人の話聞いてないなおまえは」
「はい頭殴られてもそこは不動不変です。私、のびちまう前に渋谷くんには伝えたはずなので、現場から回収されたと思うんですけど携帯電話」
「渋谷なら分かるだろうが、あいつ明日まで被災地派遣で神戸だ」
「あ、渋谷くんがいないじゃないですか。どうりで静かだと思った」

「じゃ渋谷くんに連絡を」
「今からか? 明日には帰ってくるし、それからでいいんじゃないのか。おまえもまだ目覚めたばかりできついだろうし」
「連絡を」

午後9時30分 ──地下鉄サリン事件まで、あと11時間半

若いもんと酔っ払いと若い酔っ払いでざわめくカオスのまっただ中、
高層マンション「渋谷ホームズ」409号室@諜報省「宇田川アジト」
自作自演テロやって帰ってきた井上は意気揚々、

「やったやった! 新聞に出るニュースになるよ!」

あ、
えーと、えへん、みんなそろってる?

じゃ、自分の担当する路線だけ覚えるんだ。
「サリンは1人1リットルずつになった」
「軍資金だ、5万円ずつ」
「車は在家信徒から調達する。このあと手分けして回ること」
林泰男(ヤハリヤルノカモウ逃ゲラレナイ)
杉本繁郎(こんなことしたらかえって招き猫になるだけだ)

「サリーちゃんをちゃっちゃと撒け」
とはいえまだかんじんのサリーちゃんが完成したという連絡はまだ来ない。
テロの成否は過去ろくな成果上げたことのない遠藤誠一の手腕にかかっていた。
オウム側の事件直前の動きをみると、
彼らもまた30分刻みのぎりぎり綱渡りで計画を進めていたのがわかる。
さて、このいわゆる「渋谷謀議」での会話だけども、マン喫で捕まった高橋克也の公判が2015年1月に始まり、高橋は「自分はサリンをまくとは知らずに送り迎えしただけ(殺人罪じゃない)」と主張。渋谷ホームズでサリンという言葉が出たか出なかったかが争点になった。
そこで地下鉄サリン事件の実行犯たちがひさびさにシャバで証言したんであるが、この証言もまた食い違って2015年3月現在波紋呼び中である。
井上と林郁夫は「サリンと言った」、廣瀬は「豊田が“サリン”と口にした」、ところが林泰男は「サリンという言葉は出なかった。自分も言わないようにしていた」、送迎役たちも「知っていた」「知らなかった」と証言が割れてるんである。
まあ20年も前のこまかいことなんて記憶もどんどん薄れて変わっていくから割れるのもとうぜんだけども。これもし「高橋はサリンと知らなかった」認定されて罪が軽くなったりしたら、無期懲役組は、ちょっとひとこと言いたいだろう。
【サティアンズ】では当初の認定のまま「サリン」と言わせている。

聖路加国際病院

「渋谷がどうしても代われだと」

「渋谷くん?……うん、ありがと。心配かけたねすまん。うん、渋谷くんマジで命の恩人だよほんと珍しくほめるよ……パンツ? そんなこと覚えてなくていいから。
……え? 今から?
ちょ、ちょっ、そっち神戸でしょ、こんな時間から無理だよ。
いいってこっち戻ってからで!ちょっと! 待てっ!
駄目だよ出張中なのに! 渋谷くん!」

「………切れちまいました」
「神戸からどうやって来るつもりなんだあいつ(;-д-」
「渋谷くんにまだ知らせてなかったんですか?」

「あいつ、おまえ助けに行ったときな、定点監視ほったらかしてったんだ。
大目に見られたが、次やらかしたら今度こそ懲戒だ。
だから渋谷が帰ってから知らせるつもりだった」

「うーん、パトカー勝手に乗って来るとか、徴発と言って一般の車を盗むとか?」
「そりゃまずいな。向こうの班長に警告入れとこう」
「柱に縛っとけば最初は鳴いてもすぐ慣れるんじゃ」
「子犬かよ」

「とにかく渋谷によると、現場にはサッチョーの公安も何人かいたらしい。たぶん様子からして第1課だな。渋谷はそこの警部に携帯電話のありかを伝えたそうだ」

「高石課長に連絡つけてください、今すぐ」

午後10時半
第二上九 第六サティアン

「あの…尊師」

「できたみたいです、サリン」
≫ 後篇へと進む




- 関連記事
-
- 【事件激情】サティアンズ 第二十五解【地下鉄サリン事件】
- 【事件激情】サティアンズ 第二十四解 後篇【地下鉄サリン事件】
- 【事件激情】サティアンズ 第二十四解 前篇【地下鉄サリン事件】
- 【事件激情】サティアンズ 最終戦争篇 予告【地下鉄サリン事件】
- 【事件激情】サティアンズ 第二十三解 -続き【地下鉄サリン事件】
スポンサーサイト
| 事件激情 | 18:30 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑